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「魚をさばく」ことで「海を大切にする」ことを伝えたい――総再生数3,300万回YouTubeチャンネルの思い

ブリをさばく動画のサムネイル
魚のさばき方を解説するYouTube「さばけるチャンネル」。中でも人気なのは185万回再生(2023年10月現在)のブリの動画。画像提供:日本さばけるプロジェクト
この記事のPOINT!
  • YouTubeの「さばけるチャンネル」では数々の魚のさばき方を紹介
  • 魚をさばく行為を通して、海で起きていることを自分事として考えてもらうことが目的
  • 地域の海についての背景まで知って魚を味わうことが、海を大切にする気持ちを育む

取材:日本財団ジャーナル編集部

100種類以上の魚のさばき方や下処理・調理方法を配信している、YouTube「さばけるチャンネル」(外部リンク)。料理の勉強になることはもちろん、その鮮やかな手つきは見ているだけでも楽しめます。

さばけるチャンネルの動画のサムネイル
さばけるチャンネルでは、プロの料理人による魚さばきのレクチャーや関連動画を配信。画像提供:日本さばけるプロジェクト

チャンネル登録者数は20万人を超え、中には185万回を超える再生数を記録している動画もあります。

このYouTubeチャンネルを運営しているのが日本さばけるプロジェクト(外部リンク)。「魚をさばく」ことを入口に、魚にもっと親しみを感じてもらい、海で起きている問題を自分事として考えてもらいたいという思いがあるのだそうです。

今回、日本さばけるプロジェクトの國分晋吾(こくぶん・しんご)さんに、その取り組みについてお話を伺いました。

魚をさばくことで海と人をつなげる

——まずは日本さばけるプロジェクトの活動内容を教えてください。

國分さん(以下、敬称略):活動の軸は主に2つあります。魚のさばき方の解説動画を配信するYouTubeチャンネル「さばけるチャンネル」と、魚をさばきながら調理技術だけでなく、各地の海の食文化や海洋環境について学ぶ講座「日本さばける塾」(外部リンク)の運営です。

どちらの活動も「魚をさばく」という日本古来の調理技法を次世代へと継承すると共に、海を大切にする気持ちを育み、豊かで健全な海を未来に引き継ぐというアクションの輪を広げる取り組みになります。

オンラインでの取材に応じる國分さん

——「海を大切にする気持ち」を「魚をさばく」ことで育むというのが、すごく面白い着眼点だと思いました。なぜ、魚をさばくことに注目したのでしょうか?

國分:活動の背景には、日本人が魚に触れる機会がどんどん減っているということがあります。その要因の一つとなっているのが、ライフスタイルの変化でしょう。核家族化により調理方法を親から教わる機会がないことや、調理の際に出る生ごみを煩わしいと感じるようになりました。魚の切り身ってあるじゃないですか、あれがそのまま海の中を泳いでいると思っているお子さんもいるくらいなんです(笑)。

魚をさばくことで得られる体験や感動は、そのまま海への思いや興味につながっていくのではないかと思います。

また、魚をさばくことは日本の伝統文化といってもいいでしょう。海外にも魚をさばく文化はありますが、日本のようにきれいにさばく国はあまりないように思います。そういった技術を未来にしっかり残していくことを大切にしたいと思ったんです。

——魚をさばき、海に興味を持つことが、海の課題を知ることにもつながっていくということですか?

國分:はい。海洋ごみ問題や温暖化、若者の海離れなど、海はさまざまな社会課題を抱えています。そういった課題を危機感をあおる形で伝えるのではなく、「食」を入口に、おいしいということを通して伝える。そして、海と人とをつなげようと考えたんです。

日本さばけるプロジェクトでは「知れば知るほど海はおいしい」ということを全体のテーマとして掲げていて、それをまさに体現しているのが「魚をさばいておいしく食べること」だと思っています。

手元に特化してスマホでも見やすく。動画チャンネルが人気に

——さばけるチャンネルについてお聞きします。動画配信を始めたきっかけは何でしょうか?

國分:日本の魚をさばく公式チャンネルのような立ち位置を目指して始めました。2016年にYouTubeチャンネルを開設したのですが、それまで魚をさばく動画はあっても、さばく方法を分かりやすく解説した動画というのはあまりなかったと思います。

カメラ位置を固定して、スマホでも見やすく、分かりやすく。手元に特化した動画作りというのは最初から意識していましたね。

さばけるチャンネルの動画のキャプチャ。手元が見やすいカメラ位置
さばけるチャンネルのウェブサイト(外部リンク)では、動画だけでなく写真とテキストでもさばき方を解説している。画像提供:日本さばけるプロジェクト

——こんなにもたくさん再生されることは想像していましたか?

國分:立ち上げ当時の担当者からは、「反響は想像以上だった」と聞いています。このYouTubeチャンネルをきっかけに日本さばけるプロジェクトの認知度も上がっていきました。特に水産関係者の認知度が高くなったと思います。「何か分からない魚が水揚げされ、さばき方が分からないときに見る」と言われたこともあります(笑)。

それから、お子さんが動画を見て、家族に「魚を買ってきて」と頼み、さばいているなんて声も聞いたことがあります。

——開設から6年経過したとのことですが、今も定期的に動画を配信されていますか?

國分:現在約170本の動画がアップされています。日本で捕れる魚はだいたい網羅できたので、最近では年間1、2本と動画の更新ペースは落ちてきています。

最近はアイゴ(※1)や、ホンビノス貝(※2)のように、海洋環境の変化が分かるような魚介を取り上げることが増えてきていますね。

  • 1.雑食性で、海藻を食い荒らすため、沿岸の生物が減少する「磯焼け」の原因であるといわれている。また、毒のある鋭いとげと、独特の臭みがあるため、市場では値が付かない「未利用魚」に分類される
  • 2.2000年くらいから東京湾周辺で生息が確認されている外来種だが、在来種のアサリなどとは生息域が違うため、既存の生態系に影響を及ぼさない種としても注目されている

背景を知ることで変わる海への意識

——日本さばける塾の活動についても教えてください。具体的にはどのような活動を行っているのでしょうか?

國分:参加者には、まず、海についての動画を見てもらいます。海の生態系や海洋ごみの問題について解説した動画ですね。

その後、魚をさばいて、実際に食べるのですが、その前にも必ず自分たちが暮らす地域の海について話す時間を設けており、それがこのイベントの重要なポイントだと思っています。

魚をさばくという感動を体験いただくだけでなく、地域の海のことを自分事として考えてもらえるように工夫しているんです。

地域の専門家の話を聞くさばける塾の参加者。画像提供:日本さばけるプロジェクト

——例えばどんな話でしょう?

國分:北海道でブリをテーマにさばける塾を開催したときは、「北海道でブリなんて全く捕れなかったのに、この10年ですごく増えた。その背景には地球温暖化があって、その原因となるのがCO2。トラックや船など配送の際に排出されるCO2を削減するには、その土地で捕れた魚をその土地の人が消費することが重要」といった話をしました。

そういう背景を知れば知るほど、地域の海について自分事と捉えるようになって、ただ魚を食べるのではなく、魚をおいしく「味わって」もらえるようになると思うんです。

海に住む生き物や、海で起きているさまざまな問題に触れることで、私たちの生活と海との結びつきや大切さを考えるきっかけとなればと思っています。

——確かに、背景を知ることで地域の海や魚についての関心が高まりそうですね。2022年は全国47都道府県で開催されたと聞きました。

國分:はい。子どもたちが地域の海をもっと自分事として考えてもらえるよう、地域に特化したさばける塾を開催しようということになり、全国で開催することができました。

2023年は初の試みとして、飲食店や地域に根ざした活動を行う企業が主催となってさばける塾を開催する公募制を取り入れました。

公募制で行われたさばける塾の内容は、地域や開催団体に合わせた独自なものが多いのが特長です。過去に開催した例として、愛知県の知多(ちた)半島にある回転鮨 魚太郎 半田店さん主催のさばける塾では、職人さんによる魚の解体ショーが行われました。

回転鮨 魚太郎の寿司職人がサワラを解体。その後、子どもたちが切って寿司を握った。画像提供:日本さばけるプロジェクト

——他にはどんな催しがありましたか?

國分:千葉県にある三番瀬(さんばんぜ)で開催されたさばける塾では、実際に海へ出てフィールドワークを体験してもらいました。

このフィールドワークでは、干潟に降りてヤドカリやコメツキガニを探し、生態について学んだり、有識者を招いて干潟の役割を聞いたりしました。その後、東京湾で以前は盛んに行われていた海苔すきや、大きなスズキをさばく体験なども。その際には海苔がクロダイに食べられてしまっていて採れなくなっているなんて話もしました。

三番瀬で行われたフィールドワークの様子。画像提供:日本さばけるプロジェクト

國分:海での具体的な体験があると、印象深さ、記憶の残り方が変わるんですよね。このような場を地域のみんなで協働してつくれるのが、地域特化のさばける塾の強みだと思っています。

海苔すき体験をする子どもたち。この海苔を使って、さばいたスズキを手巻き寿司にした。画像提供:日本さばけるプロジェクト

——寄せられた感想で印象的なものはありましたか?

國分:三番瀬での感想で印象的だったのが、「干潟にはたくさんの生き物がいて、海の汚れを浄化しているなど、私たちを守ってくれていることが分かった。これから干潟を大切にしていきたい」というものです。

これがまさに「自分事として考える」ということですよね。「魚がおいしかった」とか、「魚がさばけて楽しかった」という声ももちろんうれしいのですが、「海について真剣に考えるきっかけになった。地域の海は自分たちで守らなければならない」とか、「海のことを大切にしたい」と思ったという感想が出てくるのが一番うれしいです。

——最後に読者一人一人が、海を大切にするためにできることを教えてください。

國分:繰り返しになってしまいますが、一番手軽にできることは魚をただ食べるのではなく、「味わってもらう」ことです。味わってもらうためにはその背景を知ってもらいたいと思います。

例えば、カウンターのある寿司屋に行ったとき、職人さんがどこどこで捕れた魚を、こういうふうに締めているとか、海流がこうなっているから身が締まっている、というような説明をしてくれると、すごくおいしく感じると思うんですよね。その情報も舌で感じようとするからではないでしょうか。

そして「海は今どんな状況なんだっけ? 漁師は今どんな状況に置かれてるんだっけ?」と、考えてみてもらいたいです。

そうした背景を知ることでより一層魚がおいしく感じられ、海に対する意識や考えが変わってもらえるとうれしいですね。

編集後記

魚をさばく行為が、海とつながり、海洋問題を知るきっかけになるとは、これまで考えたことがありませんでした。

今後、魚を買う際は、生産地や漁獲量の変化とその理由なども調べてみようと思います。きっと今よりも身近に海を感じられるはずです。

日本さばけるプロジェクト 公式サイト(外部リンク)

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