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世界における海洋酸性化の現状と影響。国際機関の研究者が説く、早急な対策の必要性
- 米国で起きたカキの幼生の大量死、サーモンの漁獲量の減少…海洋酸性化の影響か
- 沿岸域、海水の温度が低い海域ほど海洋酸性化が進行。早急な二酸化炭素削減の対策を
- 研究者や漁業関係者だけでは食い止められない。一人一人が取り組むことが重要に
取材:日本財団ジャーナル編集部
大気中の二酸化炭素の量は年々増加傾向にあり、それを海が吸収することで進行する「海洋酸性化」。もともとアルカリ性である海水が酸性に近づく現象で、21世紀末までに世界の海洋表層のpH(※)は最大で0.3低下すると予測されています。
- ※ 酸性・アルカリ性の強さを示す指標。0〜14の数値で表しpH7を中性とする。海水(海面)は弱アルカリ性となりpHは約8.1
それにより、サンゴや貝類といった炭酸カルシウムの骨格や殻を作りながら成長する海の生き物たちが大きな脅威にさらされています。アメリカ西部のワシントン州、オレゴン州の養殖場では、2005年から2009年にかけてカキの幼生が大量死する出来事が起こりました。
日本でも、日本財団が2020年から1年半にわたって行なった観測調査(別タブで開く)で、海洋酸性化による直接的な被害は出ていないものの、カキやサンゴの成長に影響を及ぼす可能性のある数値が複数回観測されました。
いま、世界規模で進行する海洋酸性化。その問題に、私たちはどのように向き合えばよいのでしょうか?
今回は、30年以上にわたり海の生物多様性や生態系機能(※)の問題に取り組んできた、イギリスにあるプリマス海洋研究所(外部リンク)の科学部長・スティーブ・ウィディコムさんに、世界の海で起きている海洋酸性化の実情や、国際機関の取り組み、私たち一人一人ができることについて話を伺いました。
- ※ 生態系の中での生物と環境との相互作用
100以上の国と連携し、海洋酸性化問題に取り組む
――はじめに、スティーブさんのプリマス海洋研究所での活動内容と、研究所内での役割について教えていただけますか?
スティーブさん(以下、敬称略):私は1991年からプリマス海洋研究で活動を始めました。以来、海の生物多様性や生態系の問題、環境が生き物たちに与える影響などについて研究してきました。
海洋酸性化については、さまざまな計測機器や人工衛星などを活用して幅広い観点から調べているため、モニタリングの結果を出すのに長い時間をかけていますね。
――スティーブさんが取り組む調査・研究には、プリマス海洋研究所以外にどのような方々が関わっているのでしょうか?
スティーブ:100以上の国々、1,000人以上の専門家と連携しています。世界海洋酸性化観測ネットワーク(GOA-ON)実行委員会(外部リンク)の共同議長なども務めながら、海洋酸性化に関する情報や知見を共有し合い、世界的な視点に立って議論を重ねています。国境を超えて助け合いながら、海洋酸性化の問題解決に取り組んでいるのです。
またつい最近では、日本財団とザ・エコノミスト・グループ(※)が2021年に立ち上げた海洋環境保全に向けたイニシアチブ「Back to Blue」(外部リンク)が主催する国際シンポジウムなどにも参加させていただき、研究者としての立場から海洋酸性化が生態系に及ぼす影響についてお話しさせていただきました。
- ※ 世界14カ国にオフィスを構え、世界中の視聴者とクライアントに向けてサービスを提供するイギリスの多国籍メディア企業。海洋が直面する最大の課題について、数多くの世界規模のディスカッションをけん引してきた
カキやサーモンが消える日も…。世界で起きている海の異変
スティーブ:いま深刻なのは、海洋酸性化によって貝類や甲殻類(※1)の殻が薄くなっていることです。特にカキやホタテに与える影響が大きく、酸性化が進んだことで彼らは殻を形成するのに今まで以上のエネルギーが必要になってしまったのです。
エネルギー不足によって殻が形成できずに死んでしまう幼生も増えてしまい、アメリカ西部のワシントン州とオレゴン州では、養殖場でカキの幼生が大量死するという被害が発生しました。将来的には多くの海域において絶滅の恐れや、殻を形成できたとしても今よりサイズが小さくなってしまう可能性が…。
また、オキアミやカイアシ類(※2)といった甲殻類を食べて成長するサーモン(サケ)やトラウト(ニジマス)なども消えてしまうのではないかと危惧されています。
- ※ 1.節足動物の分類群の一つ。代表的なものとして、エビ、カニ、オキアミ、フジツボ、ミジンコなど
- ※ 2.エビと同じ甲殻類の仲間で、地球上の水界のほとんどあらゆる場所にいる動物。海洋では動物プランクトンとして海面から超深海まで分布
――すでに海の生き物たちに影響が出ているのですね。特に酸性化が進んでいる海域などは分かっているのでしょうか?
スティーブ:調査によって、沿岸域の海洋酸性化の進行が早いことが分かっています。沿岸域は農業や人間の生活から出た有機物を多く含んだ淡水が、川を伝って流出する場所。淡水に含まれる大量の有機物が分解されることで二酸化炭素濃度が上昇し、酸性化を引き起こします。
また、海水の温度が低いほど二酸化炭素は吸収されやすいため、大西洋やベーリング海といった海域も酸性化の影響を受けています。
実際に漁業産出額の3分の1をサケ漁が占めるアラスカ州では、サケの漁獲量が減少しサイズともに小さくなる傾向に…。海洋酸性化が影響しているという確証はまだ得られていないのですが、生計を立てている人々にとってはかなり深刻な問題です。
――海洋酸性化の進行が早い地域での対策としては、どのようなことが挙げられますか?
スティーブ:やはり二酸化炭素の排出量を減らすことです。沿岸域に関しては、まずその地域で暮らす人々が生活排水について考えること。農業も環境に負荷をかけない生産方法に変えることが重要でしょう。
例えば、畑の肥料を含んだ水が海に流れ出ると酸性化進行の要因になるため、作物に栄養を与えるための別の手段を考える必要があるでしょう。私たちの日々の営みも海洋酸性化の問題に深くつながっているのです。
――このまま海洋酸性化が進むと、私たちの暮らしにどのような影響を及ぼす可能性があるのでしょうか?
スティーブ:まず、先ほどお話したアメリカ西部や、アラスカ州のように、経済的に大きなダメージが出るでしょう。当たり前の話ですが、漁業で生計を立てている人は魚が取れなくなれば収入が減ります。
また最近は、エコツーリズム(※)という考え方が浸透していますが、海洋酸性化が進むとサンゴが消滅し、美しい景色や魚たちを見ることができなくなってしまう。そうなると観光業も衰退してしまうでしょう。
- ※ 地域ぐるみで自然環境や歴史文化など、地域固有の魅力を観光客に伝えることにより、その価値や大切さが理解され、保全につながっていくことを目指していく、観光の1つの仕組み
海洋酸性化問題について国際機関が取り組んでいること
――海洋酸性化に対し国際機関が取り組んでいること、また今後取り組もうと考えられていることなどを教えていただけますか?
スティーブ:世界の科学者でつくる国連のIPCC(※)では、気候変動や海洋酸性化の現状をさまざまな視点で調査・評価をし、定期的に報告書にまとめて世界に向けて発信しています。
また、アメリカをはじめ、カナダ、スウェーデン、フランス、ベルギーなどといった国々でも、政府として海洋酸性化を抑えるためのアクションプラン(外部リンク)を作成し取り組んでいます。
それらの先進国と比べ日本は対策が遅れ気味なのですが、日本財団による海洋専門家と漁業関係者が協力した海洋酸性化に関する調査(別タブで開く)など、新たな取り組みも見られます。
- ※ 世界気象機関(WMO)及び国連環境計画(UNEP)によって1988年に設立された、国際的な専門家でつくる政府間組織。気候変動や地球温暖化についての科学的な研究の収集、整理などを行う
――海洋酸性化に対する各国のアクションプランの中で、効果の見られる取り組みはあるのでしょうか?
スティーブ:残念ながら、ちゃんとした成果が出ている取り組みは、私が把握している限りまだありません。最近では、海中の二酸化炭素を除去するテクノロジーも開発されていますが、その安全性や、海の生き物たちへの影響までは確認できていません。
しかし重要なのは、アクションプランを作成し取り組もうとする姿勢です。実際に行動を起こすことが何より大切だと考えます。
これ以上海に負担をかけない対策を、みんなで取り組む
――スティーブさん自身の海洋酸性化に対する今後の目標を教えていただけますか?
スティーブ:私が共同議長を務めるOARS(OCEAN ACIDIFICATION RESEARCH FOR SUSTAINABILITY)で掲げている7つの目標(外部リンク)があります。全て達成できるように、今後もさまざまな機関と連携し取り組んできたいです。
- 海洋酸性化に取り組む全ての関係者に役立つ、質の高いデータを提供する
- 科学に基づいた海洋酸性化に対する適応戦略を立てて、実装する
- 2025年までに観測戦略を立ててデータの収集と、特定された問題の改善に取り組む
- 2030年までに、海洋酸性化による海の生き物たちの影響を観察し、保護する
- 2030年まで海洋酸性化への適応と緩和を実現するため、将来予想と技術開発に必要な情報を提供する
- 海洋酸性化とその原因や影響について、一般の人々に広め、対策への意識を高める
- 各国の政策に海洋酸性化を軽減する対策を盛り込むための戦略や解決策を開発する
――この記事を読んで、海洋酸性化問題に取り組みたいと考える人もいると思います。何から始めればよいでしょうか?
スティーブ:この問題に積極的に関わっていくことが大事でしょう。海洋酸性化など海の問題に触れた記事を読んだり、それを誰かに伝えたりすることから始めてみるのもいいと思います。
可能であれば、研究者と一緒に、問題解決に向けて取り組んでいただきたい。研究者と一般市民がつながれば、より具体的な対策や、解決に導くための優先順位が分かるのではないでしょうか。
また政治家にも声を届ける努力も必要でしょう。声を届けるには、自分が行動に移さなければいけません。まずは海洋酸性化のことを知り、どんな影響が危惧されているのか理解することから始めてみてください。
編集後記
世界で起きている海洋酸性化の影響は、想像以上に深刻でした。国や行政の対策は重要ですが、何より一人一人が行動に移さなければ、漁業への影響はもちろん、いつかカキやサケといった身近な食材が食卓から消える日が訪れるかもしれません。
あなたのアクションが、海洋酸性化を抑えるカギを握っているといっても過言ではないのです。
〈プロフィール〉
スティーブ・ウィディコム
海洋生態学者で、イギリスにあるプリマス海洋研究所の科学部長を務める。30年以上にわたり底生生物学、生物多様性、生態系機能などの問題に取り組み、最近では気候変動、海洋酸性化などが海洋生物と生態系に与える影響について研究。海洋環境のモニタリングや観測にも積極的に取り組み、世界海洋酸性化観測ネットワーク実行委員会の共同議長や、「国連持続可能な開発のための海洋科学の10年」で承認されたプログラム「持続可能な海洋酸性化研究」の共同リーダー、国連海洋会議などといった政策議論にも定期的に参加している。
プリマス海洋研究所 公式サイト(外部リンク)
世界海洋酸性化観測ネットワーク(GOA-ON)実行委員会 公式サイト(外部リンク)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。