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座って接客してもいいですか? レジなどに椅子を導入する新しい接客のかたち

- 日本における接客業は基本的に立ちっぱなし。しかし、昨今は疑問視する声も拡大
- 人材サービス会社のマイナビはこの現状を鑑みて、レジにいすを導入する「座ってイイッスPROJECT」を開始
- 時代の変化とともにトライ&エラーを繰り返すことが働きやすさの向上につながる
取材:日本財団ジャーナル編集部
日本の接客業において、従業員は立って接客すること、つまり立ちっぱなしが慣習となっています。
昨今、SNSを中心に「座ってもいいんじゃない?」といった声が散見されるようになりました。
株式会社マイナビ(外部リンク)が運営するアルバイト情報サイト『マイナビバイト』では、そんな現状を鑑みて、座っての接客を推進する「座ってイイッスPROJECT」(外部リンク)を立ち上げました。座って働くことが当たり前になる環境づくりのためのプロジェクトです。
今回、マイナビで「座ってイイッスPROJECT」を担当する鈴木里彩子(すずき・りさこ)さんに、接客業における働き方の現状や、プロジェクトの一環で開発した「マイナビバイトチェア」についてお話しを伺いました。
欧米の接客における当たり前を日本にも浸透させたい
――「座ってイイッスPROJECT」は、どのようなことがきっかけで立ち上がったのでしょうか?
鈴木さん(以下、敬称略):きっかけはプロジェクト関係者が海外を訪れた時に、店員が座ってレジ業務をしている姿を見たことでした。欧米では座ってレジを打つスタイルが当たり前だそうで、「なぜ日本ではずっと立っていなくてはいけないのだろう?」という疑問を持ったそうです。

鈴木:また以前から、接客業の方と関わる中で、立ちっぱなしに対する不満も耳にしており、そういう方たちの労働環境を少しでも改善するべく、「座ってイイッスPROJECT」を立ち上げた次第です。
――長時間の立ち仕事は疲れますよね。
鈴木:そうですね。働き方に関して弊社でアンケート調査を行ったところ、アルバイトの合計65パーセントが「座って接客したい」と回答し、雇用主の73.3パーセントが「接客中に座ってもいい」と感じていることが分かりました。

――日本社会において、「座って接客」が浸透しなかった理由はなんでしょうか?
鈴木:調査によると「お客さんからの印象の悪化を防ぐため」が最多で33.8パーセントでした。一方で「特に理由はない」「変えるきっかけがない」「他店舗が変えようとしないため」といった回答も多く、これらが全体の約45パーセントを占めていたんです。
ただ、「自身がお客さんとした場合、いすに座って接客されることについてどう感じますか?」という質問には、79.7パーセントが気にならないと回答したんです。
この結果から私たちは、きっかけさえあればアルバイトの働き方はもっと改善されるのではないかと確信し、そこで接客業でも座って働きやすい椅子「マイナビバイトチェア」を開発しました。

座っていないように見える「マイナビバイトチェア」
――「マイナビバイトチェア」を開発するにあたり、どのような点にこだわりましたか?
鈴木:重視したのは店舗への導入しやすさです。あらゆる職場でも置けて、かつ座ったときの安定性も確保したサイズで設計しました。また椅子ではあるものの、座っているように見えないよう「ちょい掛け」できることにこだわりました。
日本ではまだ座って接客をするという文化が定着していないため、お客さんからの視線が気になる従業員の方は多いと思うんです。ゆくゆくはしっかり座れる椅子に変わってもいいと思いますが、立ったり座ったりを繰り返す職場では、ちょい掛けできるほうが使いやすいという声もあったので、現状のような形に落ち着きました。
他にも、個々の身長やレジ台の高さに合わせられるよう、椅子の高さを60~75センチメートルまで調節できるようになっています。
2024 年3月28日から小売業のドン・キホーテ様を中心に、6つの企業に試験導入を開始しており、声をいただきながら改良を重ねている最中です。

――座りながら接客できることで、従業員の働き方や健康、雇用にどのようなメリットがあると考えていますか?
鈴木:疲労の軽減はもちろん、誰でも働きやすい環境を提供できる点がメリットといえるでしょう。雇用形態についてはまだ大きな変化はみられていませんが、「マイナビバイトチェア」を導入して体への負担が軽減されることで、労働のハードルが下がり、いままで働きたくても立ち仕事を避けざるを得なかった妊婦の方や、高齢者の方がより長く働けるようになると推測しています。
――実証実験に参加された企業からはどのような声が届いているのでしょうか?
鈴木:ご参加いただいた企業の方にそれぞれアンケートを取ったところ、腰痛持ちや生理痛に悩んでいる人から「とても働きやすくなった」と伺っています。健康な方からも「ずっと立ちっぱなしはつらかったが、ちょっと腰をかけられる椅子が近くにあるだけで疲労感が軽減する」という声もありました。
最初こそお客様からのネガティブな声が心配だったそうですが、実験期間中にネガティブな声は届かなかったそうです。ただ、中にはまだお客さんの視線が気になるという方もいらっしゃいました。
また実証実験に参加してくださった企業の上層部の方から、「私の時代は立ち仕事が当たり前だと思っていたけれど、このプロジェクトがあって働き方について改めて見直すことができた。今後もこういう従業員の方にとって働きやすい改革はどんどん進めていきたい」との声もありました。
本プロジェクトが裁量権のある方々に響いたことは良い成果だったかなと思っています。
――「座って接客する」ということへの理解促進のため、ほかに取り組まれていることはありますか?
鈴木:はい。本プロジェクトの主旨を記載したチラシやステッカーを作成し、店舗に掲示してもらうなど啓蒙活動を行っています。
また弊社のSNSでプロジェクトの啓発動画を配信したり、求人募集欄にも「座りながら接客可能」といった項目を増やしたりと、働き方における価値観を広げる活動も続けています。
実際に求人欄に「座って働ける」と記載した結果、応募が増えたという話も出ているんです。こうした具体的な成果がもっと出てくると、より多くの企業に導入したいと思ってもらえるのではないかと期待しています。
「マイナビバイトチェア」をより普及させるための取り組みとしては、店舗によって椅子を置けるスペースの大きさが異なるため、サイズやバリエーションを増やしていこうと考えています。誰もが座りながら接客できるようになるためにも、開発に携わっているメーカーさんと話し合いながら進めていきます。

時代と共に働き方も変化。トライ&エラーを恐れないことが大切
――昨今、従業員の身だしなみについて、昔と比べて自由度が向上したように感じます。その理由は何だと考えますか?
鈴木:最も大きな理由は、働き手の不足だと思っています。以前はピアスNG、髪色はダークブラウンより暗く、髪型にも指定があるなど厳しいルールが設けられていました。ただ、それでも従業員の応募はそれなりにあったはずです。
しかし、時代の変化によって働き手は不足し、さらに身だしなみの自由度が低い職場への応募は減少する傾向にあるんです。逆に髪型や髪色などのルールがない求人ほど、応募は増えているんですよ。
「いかに自分らしく働けるか」も重視される時代です。企業もそれに合わせて変化していく必要があるのかもしれませんね。
――誰もが働きやすい社会になるため、一人一人が取り組めることはなんでしょうか?
鈴木:企業としては、恐れずにトライ&エラーを繰り返していくことではないでしょうか。
本プロジェクトを進めていく中で、従業員の働きやすさを改善したいと考える雇用主は多いものの、施策を実施するまでには至らない職場が多いと気づきました。先ほどの話と重複しますが、座りながら働くことについても、誰もが「座ってもいいのではないか?」と思いつつも、「どこもやっていないからやらない」というふうになったのではないかと思います。それでは働きやすさはなかなか改善しません。
導入コストなど複雑な事情はあるかもしれませんが、働きやすさの改善は業務効率や成果向上にもつながると思います。まずは現場から声をしっかり聞くことが大事なのではないでしょうか。
個人としては、雇用主と従業員の意見交換の場を積極的につくるのが重要だと思います。異なる世代の人と意見交換をしてみると新しい発見があるでしょうし、お互いに理解が深まるのではと思います。
――「座ってイイッスPROJECT」を、レジ打ちや小売店以外に展開していく予定はありますか?
鈴木:そうですね。工場や病院なども立ち仕事が多いので、マイナビバイトチェアの設置を検討するという声もいただいています。
また「座ってイイッスPROJECT」の特設サイト内には、従業員の方や雇用主の方の声が届けられる「ご意見ボックス」を設置しています。今後はその中から働く上での困り事をキャッチして、雇用側と従業員側、双方がWin-Winとなるプロジェクトを媒体として考えていきたいと思っています。
編集後記
以前は「接客業は黒髪が当たり前」という風潮でしたが、現在はそうではなく、おしゃれなヘアカラーをした店員さんがいても、疑問にすら思わなくなりました。
それと同じように「座って接客すること」も近い将来には違和感がなくなり、「なんであの時代は立っていたんだろう?」と疑問に思う社会が訪れるような気がします。
世の中にはまだまだ「当たり前だと思っているけど、それを破っても誰も困らないルール」というものがあると思います。当たり前を疑うということの重要性に気づくことができた取材となりました。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。