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頑張り過ぎてしまう、人との対話が苦手——。虐待の後遺症による「虐待サバイバー」の働きづらさとは?
- 虐待を受けて育った人の多くは、後遺症やトラウマなど何らかの働きづらさを抱えている
- RASHISAでは「虐待サバイバー」の働きづらさに配慮しながら強みを活かせる仕事を提供
- 誰かの行動をただ批判するのではなく背景を想像してみることが、優しい社会につながる
取材:日本財団ジャーナル編集部
児童虐待の相談対応件数は年々増加しており、2022年は21万9,170件に。この10年間でおよそ3倍に増えています。
- ※ こちらの記事も参考に:なぜ親は子どもに虐待をしてしまうのか?背景にあるのは貧困と孤立(別タブで開く)
虐待を受けて育った人は「虐待サバイバー」とも呼ばれます。「虐待サバイバー」はトラウマ(心の傷)や後遺症により、期待をされると頑張り過ぎてしまう、コミュニケーションが苦手になってしまうといった傾向にあり、働きづらさを感じる人も少なくないといいます。
そんな「虐待サバイバー」の雇用創出を目的とした事業を展開しているのが、株式会社RASHISA(外部リンク)です。RASHISAでは虐待被害者でも安心して働くことができる就労環境を整えるなど、さまざまな社内施策を生み出しています。
そしてRASHISAの特徴が「虐待を受けた人だからこその強みを活かせる仕事の提供」を行っている点です。
虐待を受けた人だからこその強みとは、一体どのようなものなのでしょうか? 代表取締役の岡本翔(おかもと・しょう)さんにお話を聞きました。
ずっと心にあった虐待への問題意識。2人の経営者に背中を押されて
――RASHISAの取り組みについて教えてください。
岡本さん(以下、敬称略):RASHISAでは「虐待サバイバー」の雇用創出を目的とした、「RASHISAセールス」という営業代行事業を行っています。
弊社と「虐待サバイバー」の方が直接雇用契約を結び、企業から受託した仕事に取り組んでもらうというもの。主な業務としてはクライアント企業から受け取った見込み顧客の企業リストに対して電話をかけてアポイントを取る、いわゆる電話営業になり、リモートワークで勤務してもらっています。
――RASHISAを立ち上げたきっかけについて、教えてください。
岡本:私自身が複雑な家庭環境の中で育ち、虐待に対してはずっと問題意識を持っていました。ですが、自身に虐待問題を解決できるとは考えていなかったため、RASHISAは当初、就活イベントの企画・運営を行うために立ち上げた会社だったんです。ビジネスが波に乗ればいずれ虐待問題を解決したいと、ぼんやりと考えていました。
――RASHISAが今のような虐待問題をビジネスで解決する企業になった理由は?
岡本:1つ目は、とある経営者の方に私の生い立ちを話した際に、「いい意味で他の人にはない経験じゃないか」と、ポジティブに受けとめてくれたことです。その時に初めて、自分の過去をしっかりと受け入れることができました。
2つ目は別の経営者の方が、「岡本くんが本当にやりたいことは何なの?」と聞いてくださり、「最終的には虐待問題を解決したいと思っています」と話したら、「今からそのことに取り組むのであれば、僕は応援するよ。必要な資金を全て出す」とおっしゃってくれたことです。
その2人の経営者の方から背中を押してもらい、2019年に虐待問題をテーマに事業をスタートさせようと決めたんです。
「虐待サバイバー」だからこその強みを活かせる仕事を提供
――虐待問題を解決する方法はさまざまあると思いますが、「虐待サバイバー」に仕事を提供するという形にした理由をお聞かせください。
岡本:事業を始めるにあたり、まずは「虐待サバイバー」の方にヒアリングを行ったのですが、その中で「働きづらい」という声が多々あったからです。「虐待サバイバー」の方が働きづらさを感じる点というのは、以下の4つだと考えています。
岡本:「期待されると頑張り過ぎてしまう」ですが、「虐待サバイバー」の方は、幼少期に親に期待をされるという経験をしてこなかった人が多いため、社会に出て誰かに期待をされると、それに応えようとついつい頑張り過ぎてしまう傾向にあります。無理をし過ぎて体調を崩してしまい、仕事が長く続かないという方もいらっしゃいます。
2つ目に「他人の言葉に敏感」という点です。暴言が飛び交う家庭で育った人は言葉にとても神経質になり、例えば文字のやりとりの中で「ありがとうございます。」と最後に「。(句点)」が書いてあるだけでも、「怒っているのではないか?」と受け取ってしまう人もいるんです。「。」に冷たさを感じてしまうほど、他人の言葉に神経質になってしまうんです。
3つ目に「音に敏感」だということです。家庭内で殴る、蹴る、物が割れるということを経験しているため、周りの音に敏感になり、大きな音を聞くだけで恐怖がよみがえる人もいます。そのため、電車に乗ることも難しいといいます。
最後に「コミュニケーションが苦手」ということですね。「虐待サバイバー」の方の多くは、親から理不尽に怒られ続けてきたため、自分の意見を伝えることが上手くできず、議論や対話をするという経験が未熟なまま育ちます。結果、他人とのコミュニケーションに消極的になってしまうんです。
――そういった働きづらさを感じている方が電話で営業をかける、いわゆるテレアポの仕事というのは少しハードルが高いのでは?
岡本:一般的なテレアポとは違い、すでに名刺交換をしている、過去に取引があるなど、ある程度関係性ができている、いわゆる見込み客への営業ですので、メンタル面で厳しい点はテレアポに比べては少なくなります。
そして、もし強い言葉を受けたとしても、「自分が悪いから怒らせてしまった」ではなく、見方を変えて「そういう人もいる」という形で捉えられるよう社内共有も行っています。
また、RASHISAセールスを続けるうちに気付いたことなのですが、「虐待サバイバー」の方は「繊細である」ということが強みだと思うんです。声だけで相手の気持ちが察せられるというのは、営業の仕事をする上でプラスに働くと考えています。
――他にも繊細だからこその強みというのはあるのでしょうか?
岡本:立ち上げ当初、RASHISAでは文字起こしや資料制作などの仕事を請け負ってきたのですが、コツコツ続ける仕事、やり方が決まった仕事で力を発揮する方が多いことが分かりました。また努力家であり、適応能力が高い人が多いのも強みだと思います。
とはいえ、職場でのマネジメントや配慮は不可欠で、それがあってこそ強みが活かせると思っています。
――RASHISAでは具体的にどのようなマネジメントや配慮を行っているのでしょうか?
岡本:一例として、頑張り過ぎてしまうことを防ぐために、「自分を理解する状態チェックシート」というアンケートフォームに週1回、答えてもらっています。
自分の体調や、仕事に対してどのように感じているか、どのような健康管理をしているかなどをフォームに入力してもらい、結果があまりよくない場合には、必要に応じて業務委託で手伝っていただいている社会福祉士との面談をしてもらう仕組みです。
岡本:このような施策は、これまでテスト的に行ったものを含めると100個を超えると思いますが、その中でも効果的だったものを厳選して社内施策として残しています。
――100個も! 施策は全て岡本さんが考えているのでしょうか?
岡本:それもありますし、メンバーから上がってきた声やアイデアもあります。これも施策の1つですが、働きづらさを感じた人が課題や、その課題を解決できるアイデアを記入できるアンケートフォーム「課題発見シート」をつくっています。
そこにメンバーが上げてくれた声をもとに検討を行い、施策として採用する流れになっています。
――何か課題があったとしても、スタッフを責めたりするのではなく、それを防ぐ仕組みをつくることで解決をされているわけですね。RASHISAで働くようになってスタッフの方に起きた変化はありますか?
岡本:これまで人を信じられず、人間関係の構築が難しいと思っていたスタッフが、社内メンバーとのオンラインランチ会などを通して交流を深め、「隠していたことを初めて打ち明けられた」「人のことを信じられた」ということがありました。
変化とは少し違うかもしれませんが、安心して働けるようになったことから、涙を流してくれた人もいます。
また、過去には体調が悪くても、「みんなと仕事をしている方が元気になれるから」と、無理やり出社しようとした人もいましたね。当然、無理をするのはよくないので休んでもらったのですが、会社のメンバーが家族のような存在になれているんだと感じた瞬間でした。
――仕事提供以外にも、今後考えている事業などはありますか?
岡本:「虐待サバイバーと共に働くHANDBOOK」というものを制作し、「虐待サバイバー」が抱える働きづらさとは何なのか? それに対して会社はどうあるべきか? ということを形にできる段階にきましたので、これらノウハウを他社に提供する事業を2024年から新たに始める予定です。
岡本:今まで自社で取り組んできた施策は、虐待を受けた人だけでなく、さまざまなバックグラウンドを持った人の活躍の場の提供にも適用できるため、DE&I(※)推進に取り組む企業などに対して販売できればと思っています。
- ※ 「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」の略。人種や性別、年齢、障害の有無といった多様性を互いに尊重し、認め合い、誰もが活躍できる公平な社会づくり。従来のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の考え方に「Equity(公平性)」を加えた概念
周囲への優しさが虐待を抑えることにもつながる
――その他に「虐待サバイバー」の方が働きづらさを感じるポイントはあるのでしょうか?
岡本:面接や就職する際に、緊急連絡先の提出を求められることがありますよね。虐待サバイバーの場合、親を頼ることができないので連絡先に書ける人がいなくて困ったという話を聞いたことがあります。
その際に、企業から「親とは仲良くした方がいい」「親なんだから大切にした方がいいよ」と一般論を押し付けられてしまい、ストレスに感じる人も少なくないようです。
他にも、戻る家がない人が多いため、一歩を踏み出してチャレンジするということができない人は一定数いると思います。虐待サバイバーは就職や転職など、人生の転機に大きな挑戦をしづらい環境にいるのではないでしょうか。
――そういった、「虐待サバイバー」の現状や、後遺症について社会的認知は広がっていると思われますか?
岡本:いえ、まだまだだと思っています。理由としては、虐待が起きたということだけがメディアに取り上げられ、その背景には何があるのか、親がなぜ虐待をするまでに至ってしまったのかという部分や、虐待を受けて大人になった人がどうなっているのかというところがほとんど報道されていないからではないかと。
国としても、今、虐待が起きているところだけに予算を投下しており、起きたことに対してはまだまだ対策が成されていない印象があります。
もちろん、今、起きている虐待を止めることも重要ですが、虐待から逃れられたとしても、その後の人生の方が長いので、何らかのケアが必要ではないでしょうか。
――虐待が起きてしまう社会的な要因を、岡本さんはどのように考えていらっしゃいますか?
岡本:背景はさまざまだと思いますが、親の貧困や孤立がやはり大きいのではないかと思っています。そこから起きるあらゆるストレスを親だけが抱え、その矛先が子どもに向いてしまうのではないかと……。
――そのような社会を変えるために、必要な構造や仕組みはどんなことでしょうか?
岡本:社会というのは、いろいろなものが集まった集合体で、その1つが会社だと思っています。じゃあ、会社が何をできるかと考えると、給与面や働き方などを通して、従業員一人一人の幸福度を上げることだと思うんです。
幸福度と周りの人にどれだけ優しくできるかには、相関関係があると思うので、RASHISAでも働いてくださる方々が周囲に優しくできるくらい、幸福度を上げていきたいと思っています。
――虐待のない社会にするため、私たち一人一人ができることは何でしょうか?
岡本:隣にいる人や身近な人が、実は過去に虐待を受けてきた可能性があるということを想像してもらえたらうれしいですね。虐待に限らず、自分が想像できないような行動を相手が取ったとき、その行動を批判するのではなく、その行動に至った背景を考えることが大事なのではないでしょうか。
そうすれば、社会はもっと優しくなりますし、虐待サバイバーの困難というのも減っていくのではないかと思っています。
編集後記
適切なマネジメントや配慮を行えば、虐待を受け、働きづらさを抱えている人でも力を発揮できるという点に、希望を感じた取材となりました。それと同時に、虐待を受けた人が自分の強みを活かした仕事に就けるよう、社会全体で「虐待サバイバー」のケアを行う仕組みの重要性も感じました。
虐待は世代間連鎖も多いといいます。次の世代に虐待を引き継がないよう、身近な人の背景を想像して行動できるようになりたいと感じました。
〈プロフィール〉
岡本翔(おかもと・しょう)
広島県生まれ。高校時代に起業家に憧れ、福岡県の大学に進学。学生時代に九州の学生と東京のベンチャー企業のマッチングを行うRASHISAを創業する。2018年に上京し、翌年、就活サービスをリリース。同年2019年に同サービスを事業譲渡し、2020年虐待の後遺症で悩む「虐待サバイバー」向けのBPOサービスを開始する。
株式会社RASHISA 公式サイト(外部リンク)
RASHISAワークお問合せフォーム(外部リンク)
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