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日本の住宅、夏は暑くて冬は寒い! 断熱が絶大な効果をもたらすって本当?

『「断熱」が日本を救う』の著者、高橋真樹さん
この記事のPOINT!
  • 地球温暖化、気候変動に歯止めをかけるため、個人でも省エネに取り組む必要がある
  • 省エネの切り札として断熱が注目されているが、意識をしている人はまだまだ少ない
  • まず、断熱された快適さを体感する。我慢する省エネからの脱却が気候変動を抑止する

取材:日本財団ジャーナル編集部

国際的にも大きな問題となっている、地球温暖化の影響による気候変動。その対策のために、温室効果ガス(※)の排出を削減することが急務となっています。

2022年度の環境省の調査(外部リンク/PDF)によると、日本における温室効果ガス排出・吸収量は約10億8,500万トンとなり、2013年度と比べると22.9パーセント減少となりました。

排出量の算定を始めた1990年以降、もっとも少ない量となりましたが、2050年までに排出量ゼロ、脱炭素を目指している日本にとっては、まだまだ安心できる数値ではありません。

個人ができる取り組みとしては、電気やエネルギー消費を抑える、いわゆる省エネが挙げられますが、断熱はあまり注目されていません。例えば、夏は暑く、冬は寒い日本では、エアコンが生活に欠かせないものになっていますが、床や壁などに断熱材を入れる、サッシをアルミから樹脂製に変えることなどにより、家の断熱性が高くなり、2階建てであってもエアコンが1台ですむという家もあるそうです。

「断熱ジャーナリスト」として全国の断熱の取り組みを取材し、著書に『「断熱」が日本を救う』(外部リンク)がある高橋真樹(たかはし・まさき)さんに日本の断熱事情についてお話を伺いました。

取材に応じる高橋さん。高橋さんは2017年よりパートナーと共にエコハウス(※)で暮らしている
  • 環境に配慮された住宅のこと。明確な定義はないが、高橋さんは「エネルギー消費が少なく快適に過ごせる住宅」と定義する

高橋さんは「日本の断熱基準は世界と比べても著しく低く、断熱の重要性が伝わっていない」と言います。

日本の断熱基準は海外では違法レベル

――断熱に関して、日本の建築事情はどうなっているのでしょうか?

高橋さん(以下、敬称略):日本でも徐々に断熱性能の高い家に注目が集まってきてはいるのですが、他の先進国、特に冬に寒くなる国と比べると、日本の家の断熱性能は著しく低く、後れを取っているのが現状です。

日本では断熱性の高さを表す断熱等級という指標が設けられています。断熱等級は1980年に作られ、その後も改正が重ねられてきました。2000年に等級4、2022年に等級5~7が定められ、さらに2025年からは全ての新築住宅に断熱等級4以上が義務化されます。

断熱性能が高い順に等級7から等級1が存在する
日本の断熱等級。2025年より等級4が最低基準となる

高橋:少しずつ断熱性能の基準を高める動きが出てきてはいるのですが、まだ十分とはいえません。2025年に最低基準として義務化される断熱等級4でも、他の国では断熱性が低すぎて建てることができない、要するに違法建築レベルなんですよ。

世界の住宅における断熱性能(UA値)を比較したグラフ。UA値は、室内と外気の熱の出入りのしやすさを示す指標で、数値が低いほど断熱性能が高いことを意味している。

横軸は「暖房デグリーデー」で、左に行くほど温かい地域、右に行くほど寒い地域を表しています。縦軸はUA値で、下に行くほど断熱性能が優れている。

日本の断熱等級4の基準は、UA値0.87で、グラフでは青色の折れ線で示されている。これに対して、イタリア、イギリス、韓国、ドイツ、アメリカカリフォルニア州の基準値もそれぞれ異なる色で示され、日本の断熱性能基準が、他国と比べて劣っているが視覚的に分かりやすく示されてる。
日本の断熱等級4を世界の断熱基準と比較したグラフ。地域にもよるが、日本の断熱性能が他国の2分の1以下のところも。グラフは『「断熱」が日本を救う』をもとに編集部が作成

――なぜ日本の断熱基準(※)はこんなにも低いのでしょうか?

高橋:いくつか要因がありますが、行政が、住む人の健康や幸せよりも、住宅・建築業界団体の利益や都合を優先してルールを作ってきたという面があります。特に、新築着工数を上げることが大事とされる中で、個々の住宅の質については問われることがありませんでした。断熱基準を高めると建築コストが上がってしまうということもあったでしょう。

また、住宅の場合、輸出をしないので国際競争力が働かず、業界共通の物差しがなかったことも、基準が低い原因だったのではないかと分析しています。自動車の燃費性能や家電の省エネ性能のようなものが、住宅には統一した基準として表示されていませんでした。

  • 2024年4月からは住宅・建築物を販売・賃貸する事業者に、省エネ性能ラベルの表示することが努力義務となった

――他の先進国では、そうではないというわけですね。

高橋:ええ。断熱性能が低いと環境にもよくないし、個人の生活においても健康被害が出たり、光熱費も高額になったりと、QOL(※)が下がり幸せを妨げるということが分かっているのだと思います。

ヨーロッパでは20〜30年前から、断熱に関する規制がされていて、ドイツなどはその基準が年々レベルアップしています。

  • 生活の質。「Quality of Life」の略

――断熱性能が低いと、健康被害も出るのですか?

高橋:はい。一番注意すべきなのは、急激な温度変化により、脳卒中や心筋梗塞を起こす、ヒートショックですね。日本の住宅は基本的にリビングや個人の部屋にしかエアコンがなく、部屋によって室温に大きな差があります。

特に死亡事故につながりやすいのが浴室です。入浴中のヒートショックで亡くなる人は、2011年に約1万7,000人と推計されたこともあります。同年の交通事故人数は4,611人ですから、家の中で亡くなっている人の方がはるかに多いんです。

また、夏の熱中症でも主に室内で倒れて搬送される方が全体の4割を占めています。夏も冬も、断熱性能が低いことで健康面に大きなマイナスの影響を受けているのです。

窓、サッシ、断熱材。断熱性能を高めるのに必要なもの

――高橋さんがエコハウスで暮らすようになって、感じた変化はありますか?

高橋:一番大きな変化は冬の寒さや夏の暑さ、湿気によるストレスをほぼ受けなくなったことです。家の中が1年中春のような感じなので、2階建ての一軒家に暮らしていますが、エアコンは10畳用の1台だけで十分です。それだけで、冬は家全体が20度以上、夏は25〜26度程度を維持することができます。

当然、光熱費も下がり、電気代やガス代が上がった現在でも、過ごしやすい季節であれば、電気代とガス代を合わせ月に約6,000円、真冬でも1万円程度です(※)。

今の家に住み始めてから感じたのは、エアコンはよく悪者のようにいわれますが、悪いのは家の断熱・気密性能だということです。断熱性能が高い家であれば、エアコンをがんがんかけなくても家の中が快適になり、極度に冷え過ぎたり、温度むらが起こったりすることもありません。

  • 太陽光発電パネルも併用
キッチンで家事をする髙橋さんとパートナー
高橋さんが暮らすエコハウス。画像提供:高橋真樹

――一軒家でエアコンが1台で済むというのは衝撃的ですね……

高橋:よく驚かれます。あとはかなりひどかったアレルギー性の鼻炎が軽減しました。断熱性能の低い家だと、窓や壁の内側に結露が発生するんです。すると、カビが生えやすくなり、カビをえさとするダニが発生し、ダニへのアレルギー反応が出やすくなるんです。

人によっては断熱性の高い家に住んで、ぜんそくが軽減したという声も聞きますね。

――断熱性能の高い家というのは、具体的にどんな施工を行うことで実現できるのですか?

高橋:ポイントはいくつかあるのですが、1つには床、壁、天井に断熱材を厚く入れて、外気温や湿気の影響を極力受けにくい状態にすることです。

断熱材としてよく使用されているグラスウール

高橋:また、壁の隙間などを極力なくすことによって気密性能を高めることと、効果的に換気ができるよう設計することも重要です。

断熱というと「冬は暖かいけど夏は暑い」ということを想像する人が多いと思うのですが、どちらかというと冷たいものは冷たく、温かいものは温かく維持できる魔法瓶のようなイメージを持っていただけると良いと思います。

――他にも断熱性を高める施工はありますか?

高橋:断熱性を高めるために欠かせないのは、窓やサッシの性能です。窓を断熱性能が高いガラスに変え、サッシをアルミから樹脂製や木製に変えることで、窓から入ってくる冬の冷気や夏の熱気を抑えることができ、室内の結露も抑えられるようになります。

日本で主に使われているアルミ製のサッシ。樹脂製や木製と比べて、熱を伝える能力が1,000倍以上もあるため、外気の影響を受けやすい。夏は暑さを、冬は寒気を伝えやすく、結露も頻繁に起こす

高橋:最後は日射のコントロールです。冬はできるだけ太陽の熱を窓から取り入れ、夏は逆に直射日光をできるだけ入れないように庇(ひさし)などを作って遮熱対策をします。すだれやオーニングなども効果的です。遮熱は窓の外側でするのが効果的だと覚えておいてください。

■窓
・断熱
窓の断熱性能はガラスとサッシで決まります。一般的にはガラスは単板よりも複層のほうが、サッシは金属製よりも樹脂製や木製のほうが、性能は高くなります。

・日射
室内に入ってくる熱を減らすには、窓ガラスに日射熱を通しにくいLow-Eガラスなどを使用することも効果的です。

■庇、軒など
庇や軒を確保することで、日射を遮ることができます。外付けブラインドなどを設置することも有効です。

■断熱材
壁、床、天井などの断熱性能はm断熱材の種類や厚みによって左右され、同じ種類であれば性能は厚みに比例します。
断熱性能を上げるためにできる、さまざまな施工の例。引用:断熱性能 | ラベル項目の解説|国土交通省(外部リンク)

――新築の住宅で断熱性能を高めたい場合、一般的な住宅と比べて、どのくらいの建築コストがかかるのでしょうか?

高橋:断熱のレベルにもよりますが、およそ1割から2割増しになるといわれています。2,000万円の家を建てると、約200万円から400万円プラスになる計算です。

そう言われれば躊躇してしまうかもしれません。しかし、最初に多少お金をかけて断熱した方が、光熱費などのランニングコストがおさえられるので、長い目で見れば経済的にも得をします。また、カビが生えづらいので家を長く維持することが可能です。将来のお金が不安な人ほど、断熱性能の高い家に住むべきだと思います。

――すでに建築済みの既存の住宅や賃貸住宅にもできる、断熱の方法はあるのでしょうか?

高橋:断熱のリフォームで一般的なのは、窓の内側にもう1つ窓をつける「内窓」ですね。そこまで高額にはならないリフォームですし、2024年8月現在、国は住宅省エネ2024キャンペーン(外部リンク)と称して補助金も出しています。

賃貸の場合は、リフォームと比べるとレベルは落ちますが、両面テープで貼れるような簡易内窓があります。あとは100円均一で売っている隙間テープで窓やドアの隙間を埋めることも、何もしないよりは断熱の効果が上がります。

効果を体感し、断熱を社会に推し進めていく

――省エネや気候変動対策として断熱を促進していくために、一人一人ができることを教えてください。

高橋:一人一人が暑さ、寒さ、そして省エネに対する概念自体を変えるべきだと思います。日本では省エネといえば「我慢をする」というのが当たり前になってしまっていますが、それで得られるものは多くないですし、むしろ健康被害を生みかねません。

ヨーロッパでは過度な暑さや寒さは人権侵害だと捉えられているくらいです。断熱を体験できる施設も住宅メーカーのモデルハウスや窓メーカーのショールームなど各地にありますので、その効果をぜひ体感してもらって、一人でも多くの方に取り入れてもらいたいと思います。

また、今回は住宅の話が中心でしたが、ビルや公共施設など大型の建物は、さらに多くのエネルギーロスを起こしているのが現状です。断熱はとても地味な存在ですが、社会を変える可能性を秘めています。多くの人がその重要性を認識して、社会全体で断熱をしようと声を上げていくことで、脱炭素という大きな目標の達成にも近づくのではないかと思います。

編集後記

家選びの際、広さや日当たりは気にしますが、断熱性能は気にしたことがありませんでした。断熱という概念なくして、本当の意味での省エネも、私たちのQOL向上も実現はできないと感じる取材となりました。

ハウスメーカーなどでは断熱性能を体験できる内窓やサッシなどの展示やショールームを積極的に行っているそうです。まずはその効果を実感し、身近に取り入れられる断熱を始めてみたいと思います。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

高橋真樹(たかはし・まさき)

1973年、東京・多摩地域生まれ。1996年、早稲田大学在学中に国際NGOと出会い、世界をめぐることに。以降、NGO職員として世界約70ヶ国を訪れ、主に災害支援、難民支援、核兵器廃絶、国際協力、平和教育などの分野で活動する。2002年に出版した初の単著『イスラエル・パレスチナ平和への架け橋』では、第8回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞を受賞。2010年、フリーのノンフィクションライターとして独立。「持続可能な社会」をテーマに、国内外をめぐり、取材、執筆、講演活動を続けている。また2017年には、取材の過程で知った世界トップレベルのエコハウスで暮らし始め、その体験をブログ「高橋さんちのKOEDO低燃費生活」で執筆中。2018年に公開された自然エネルギーによるまちづくりを描いたドキュメンタリー映画『おだやかな革命』(渡辺智史監督)では、アドバイザーを務めた。近年の取材テーマはSDGs、気候変動を含む環境・エネルギー問題、まちづくり、難民、災害、貧困、核問題、国際情勢など幅広い。
高橋真樹 公式サイト(外部リンク)

「断熱」が日本を救う 健康、経済、省エネの切り札(外部リンク)

日本の家はなぜこんなに寒い? 誰でもできる住まいの改善策から持続可能なまちづくりまで――。じつは日本の建築の断熱性能は他の先進諸国と比べて著しく劣っている。夏は暑く、冬は寒い、そうした居住空間における「がまんの省エネ」は、特に高齢者にとってヒートショックなど健康面での深刻な問題にもなっている。しかし、断熱性能を改善することによって、わたしたちの暮らしは激変する。世界的なエネルギー価格高騰の中、本書では断熱性能を向上させる具体策を紹介し、そうした実践が企業や自治体の経済を好転させ、持続可能なまちづくりにつながることも実証していく。停滞する日本社会のブレークスルーを目指す画期的な一冊。

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