日本財団ジャーナル

社会のために何ができる?が見つかるメディア

「分からないこと」を受け入れるアートを通じて多様性を学ぶ子どもたち。パフォーマンスキッズ・トーキョーの取り組み

写真:舞台上で創作活動を行う子どもたち
アーティストと一緒に子どもたちが舞台作品を作り上げる「パフォーマンスキッズ・トーキョー」。画像提供:芸術家と子どもたち(2023PKT新宿文化センター×浅井信好 撮影:金子愛帆)
この記事のPOINT!
  • パフォーマンスキッズ・トーキョーは学校などにアーティストを派遣し、子どもと一緒に創作活動を行う
  • 作品作りを通して子どもたちの創造性を引き出し、多様性を育む場にもなっている
  • 多様な学びの場をつくるためには、「分からないこと」を受け入れ、面白がる空気感が必要

取材:日本財団ジャーナル編集部

パフォーマンスキッズ・トーキョー(以下、PKT)は、ダンスや演劇、音楽などのプロのアーティストと子どもたちとがワークショップを通じてオリジナルの作品を作り上げ、発表まで行う取り組み。公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京(外部リンク)と、NPO法人 芸術家と子どもたち(外部リンク)が、2008年度から主催している事業です。

子どもたちの創造性を引き出すだけでなく、他者の新たな一面に気付いたり、考え方などの違いを知ったり、アイディアをぶつけあったりして、「分からない」「人と違う」を受け入れて面白がれることが、多様性を認め合うことにもつながっているといいます。

PKTの活動には、家庭の経済格差が拡大しアートに触れる機会が少ない子どもが増えていることや、学校の先生が忙しく、子どもたちに自由な発想や表現、対話を行う機会を教育現場で提供するのが難しいという課題も背景にあるといいます。

アーティストと触れ合うことで、子どもたちにどのような好影響を与えているのでしょうか?

今回、PKTの運営を行う芸術家と子どもたちの代表、堤康彦(つつみ・やすひこ)さんと、事務局長であり学校とアーティストの間に立ってコーディネートをしている中西麻友(なかにし・まゆ)さんにお話を伺いました。

「自分で考え、つくる」アートの経験を子どもたちに

――改めて、PKTの活動について教えてください。

堤さん(以下、敬称略):アーティストを学校やホール、児童養護施設などに派遣し、1カ所につき約10日間のワークショップを行っています。台本や決まった振り付けのあるプログラムを提供するのではなく、子どもたちや先生、アーティストがゼロからダンスや演劇といった作品を作り上げていき、成果発表会まで行う取り組みです。

――活動を始めたきっかけは?

堤:私が子どもたちに芸術と出会う場を提供したいと思うようになったのは、家庭の事情で劇場や美術館に足を運ぶことがあまりできない子どもたちにも、アートに触れる経験が必要だという思いからです。

芸術家と子どもたちの代表、堤さん。芸術家と子どもたちは1999年に発足し、子どもたちに芸術と出会う場を提供してきた

堤:私はアーティストというのは、クリエイティビティとコミュニケーションの専門家だと思っています。アーティストは、人と人との関係や、人とものとの関係など、さまざまな関係性を見つめ直させてくれます。

そんなアーティストと触れ合い、対話しながら新しいものを生み出す経験は、子どもたちの創造性を引き出し、他者とのコミュニケーションを促す場になります。そして、普段自分に自信を持てない子どもにとっても、自己肯定感を高める場になると考えています。

経済的・教育格差が広がっている今、学校教育を通して子どもたちにアートを届ける意義はますます強まっていると感じます。

――学校の授業に外部団体が入って授業を担うことがあるんですね。約10日間というのもわりと長い期間だと思いました。

堤:当初は知り合いの先生づてに交渉し、1校につき1日2こまで1~5日間程度の、特に成果発表を伴なわないワークショップ型授業を実施していました。その後、2008年度から、東京都および東京都歴史文化財団(現在はアーツカウンシル東京)との共催事業として、PKTがスタートします。

PKTでは、都内全域の小中学校・特別支援学校に対して実施校を公募し、授業時数も1校につき約20こま程度実施するという形になりました。1日、2日だと単なるイベントになってしまうんです。私たちがやりたいのはイベントではなく、先生とがっつりタッグを組んで、先生も一緒に考えながら授業を組み立てていくことです。

単発のイベントとは違い、アーティストもダンスや演劇などの専門性を総動員して、10日間という時間を活用しますし、その制作過程では子どもたちや先生、アーティストとの間に共感だけでなく、摩擦も発生します。そういった体験が普段の授業とは異なる影響を及ぼすのではないかと思っています。

芸術家と子どもたちの公式サイトトップページ
PKTの例年の実施数は都内小中学校、特別支援学校で20校程度、都内ホール5カ所程度、都内児童養護施設等3カ所となっている。画像提供:芸術家と子どもたち

堤:学校教育には変革が起きていて、教科書に書いてあることをただ伝えればいい時代は終わりました。文部科学省からも「主体的・対話的で深い学びの視点からの授業(※)」を行うように要請されており、先生方もいろいろと試行錯誤をしています。

  • 子どもたちが生きる力を育むため、2020年に学習指導要領に記載され、推進が求められている

――PKTの取り組みのような姿勢が、学校教育で求められてきているのかもしれませんね。先ほど、「アートに触れる経験が必要」と堤さんは話されていましたが、現状の学校教育では、アートに触れる機会が足りていないということでしょうか?

中西さん(以下、敬称略)音楽や演劇鑑賞などの機会はあるかもしれませんが、子どもたち自らがゼロから作り上げていくという体験は少ないと思います。先生方も、子どもたちにいろいろな経験を提供しようと努力されているのですが、日々の業務の忙しさなどから、学校の中だけではそこまで手が回らないのが現状ではないでしょうか。

そういった場合に、PKTにお申込みいただくのだと思います。

事務局長を務める中西さんは元小学校教諭

堤:PKTが主としているのは、身体表現や身体的なコミュニケーションです。今の学校教育は言語活動に偏っており、体育授業の一環としてダンスはありますが、自分がどのようなことを感じているかを身体で表現する場というのが極端に少ない気がしています。

もちろん言語表現はとても大切ですが、言語以外にも表現はあるということが子どもたちにも伝わるといいと思っています。

子どもたちがもともと持っている力に光が当たる

――PKTが入ることで、普段の授業とはどのような違いがあるのでしょうか?

堤:学校という場に、新たな関係づくりの場を提供しているのではないかと。

同じ音を聞いても、人によって違う反応が起こります。「この子はおとなしいと思っていたけど、音を聞いただけでこんなに身体が動き出すんだ」と他の子が知る。そこからコミュニケーションや新たな関係性が生まれてくることもあります。

他者との違いを知り、それを受け入れることをきっかけにコミュニケーションが生まれるということは、多様性を認めることにつながるのではないかと。

PKTでは、そういった変化がたくさん起こっていると思います。

振付家・ダンサーの鈴木ユキオ(すずき・ゆきお)さんによるワークショップの様子。 画像提供:芸術家と子どもたち(2023PKT狛江エコルマホール×鈴木ユキオ 撮影:松本和幸)

堤:また、ワークショップの中で、アーティストが子どもたちに対して「こんな動きをやってみましょう」と課題を与えることがありますが、子どもたちはアーティストの指示どおりではなく、別のことを始めたりもするんですね。

そうするとアーティストは「間違っているよ」と注意するのではなく、「あ、なんか面白いことやってるね」と受け入れ、子ども自らの表現を広げていく。それが他の子の刺激になって、より個々の表現が広がっていくということがあります。

――アーティストが子どもたちの内側にある表現力を引き出すということですね。

中西:そうですね。例えば、子どもだけでのグループ創作を始めると、先生や保護者の方など、大人がすごく不安になることがあります。「このまま進めて形になるのでしょうか?」って(笑)。

私も元教員なので気持ちはよく分かるんです。学校だと単元の時間が決まっているので、完成図が見えないものってやりづらいのだと思います。「1+1の答えがなんで2なのか、みんなで考えてみよう!」っていちいちやっていたら、進めなくてはいけない単元が終わらなくなります。

でもPKTの時間だけは、時の流れが少しゆっくりになって、失敗したらはじめからやり直してもいい。そんな時間になっている気がします。

――身体表現を大切にしているとのことでしたが、他にも活動の中で大切にしていることはありますか?

堤:即興性です。音楽でもダンスでもそうなのですが、決められた動きや演奏をするのではなく、即興的にその場、そのときの表現を生み出す。「相手がこう踊ってきたからこう返す」というように、その場で感じたことを身体表現で返していくことを大切にしています。

中西:それは発表の時もそうです。練習していたことをアーティストが本番直前にぱっと変えたりすることもあります。「これ、面白くないからやっぱりこうしよう」と。周りはハラハラしますが、子どもたちは対応できるんです。

堤:発表直前のステージの袖で、子どもたちの方から「こういう動きとせりふに変えてもいい?」と伝えてきたこともあります。

こうしたらもっと面白くなるんじゃないか、良くなるんじゃないかと最後まで考えて実行しようとする姿勢が見られる。

PKTの目的はパフォーマンス作品の形を整えることではないので、やってみたけれど失敗したという経験も大事だと思っています。

分からないものを面白がる社会の寛容さが、教育の場も変える

――PKTの活動を通して、子どもたちにはどんな変化が起こるのでしょうか?

中西:子どもたち同士の関係性が変わったり、クラスの空気が変わったりすることはありますが、私は子ども自身が変化しているわけではないと思っています。子どもがもともと持っていたけれど、誰にも見えていなかった力を、アーティストが引き出し、可視化してくれているのではないかと思います。

子どもから「初めて自分で考えることができた」という感想もあって。「自分で考えて表現をしていい」という体験ができることは大切なのかなと思います。

その場、そのときの一人一人の体から生まれる振り付けのないダンス。画像提供:芸術家と子どもたち(2023PKT三鷹市生涯学習センター × 長与江里奈 撮影:松本和幸)

――保護者の方からはどういった反応がありましたか?

中西:賛否両論あります。形として整っているもの、みんながぴしっと揃っているものが見たいという意見が出ることがありますし、子どもたちが新しいチャレンジをして、輝いていることを理解し、感動してくれる方もいます。

アートというのはそういうものだと思うんです。全員が全員、それを面白いとは思わないのが当然で、作品を通して受け取る側がいろいろなことを考えて気付かないといけない、そんな作品もあっていいと思っています。

――多様な学びを提供できるような社会にするために、読者一人一人に何かできることはあるでしょうか?

中西:私たちは何らかの成果を求めがちですが、別に何も変化が起こらなくてもいいという気楽な雰囲気が社会全体にも欲しいなと思います。「何か変化を起こさなくてはいけない」というプレッシャーを、先生も子どもたちも感じているような気がするんです。

人が出会って、うまくいかないことも含めて一緒に困ったり笑ったりできることが、とても豊かな時間だと私は思っています。「結局、分かり合えなかった」ということもあると思いますが、緩やかにお互いを知り、分かり合えなかったことも否定するのではなく、多様な価値観や考え方があること自体が面白いと受け止め合えるような空気感があると社会も変わっていくのかな、と。

「成果や分かりやすさだけを求めない社会が必要」と話す、堤さんと中西さん

堤: 学校や劇場、美術館が自分たちのことだけではなく、自分たちの地域とその未来のことを考えて行動していくことが重要なんじゃないかと思います。

教育とは成績アップのためではなく、人を育てることだと思います。そのためには、文化や芸術の力が不可欠だということが、もっと社会に広がっていって欲しいと思いますね。

編集後記

作り手や受け取り手によって、形を変えるアート。その存在が社会に与える影響がいかに大きいかがよく分かった取材となりました。多様性を認める一歩として、アートを活用する試みが全国に広がって欲しいと思います。

また、子どもにさまざまな体験をさせたい熱量のある教師はいるのに、忙しくて手が回らないという教師の過重労働問題も見えてきました。教育現場の仕組みから改善されることを願います。

撮影:永西永実

〈プロフィール〉

堤康彦(つつみ・やすひこ)

1965年東京生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。民間企業に就職し、配属先で新設のホールやギャラリーでダンス・音楽・美術等のシリーズ企画をプロデュース。退社後、大阪府立大型児童館等の勤務を経て、1999年より独立。2008年、学校やホール等でワークショップを通じて子どもが主役の舞台作品を創作する活動「パフォーマンスキッズ・トーキョー」を開始。著書に、「子どもたちの想像力を育む アート教育の思想と実践」(共著/佐藤学・今井康雄編)、「子どもたちのコミュニケーションを育てる」(共著/秋田喜代美編)がある。

中西麻友(なかにし・まゆ)

1980年生まれ。成安造形大学デザイン科写真クラス卒業。 2006〜2008年大阪市内の小学校に教諭として勤務。2009年から約1年半、イギリスのKingston Universityに留学。Curating Contemporary DesignコースでMAを取得。帰国後2011年3月より「NPO法人芸術家と子どもたち」に入局。ワークショップ・コーディネーターとして、小中・特別支援学校 (特別支援学級含む)や、児童養福祉施設等での事業を担当。
芸術家と子どもたち 公式サイト(外部リンク)

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。