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障害者だけでなく“みんなに”より良い環境に。子ども視点で考える「学校のバリアフリー」

「みんなが過ごしやすい学校を考える」ワークショップに参加した横浜国立大学附属横浜小学校の児童たち
この記事のPOINT!
  • 誰もが過ごしやすい学校のバリアフリー化を小学生自らが考えるワークショップを実施
  • 障害のことだけでなく“みんなが”楽しくて安全なアイデアがたくさん生まれた
  • 子どものうちからさまざまな人と関わり、多様な価値観を身につけることが共生社会につながる

取材:日本財団ジャーナル編集部

障害や難病などを理由に、通常学校・学級(※)に通うことができない子どもたちがいます。しかし、そんな現状を変えるために進められているのが「インクルーシブ教育」です。

  • 一般的な学校のこと。障害のある子どもが将来自立できるような教育に重点を置いた「特別支援学校」と対比する際に使用されることが多い表現

これは障害や病気の有無にかかわらず、全ての子どもたちが同じ場所で共に学ぶという考え方のこと。子どもの頃から多様な人たちと関わることで、自分とは異なる個性や価値観を受け入れる心を育み、誰もが活躍できる共生社会の実現を促します。

しかし、日本ではなかなかインクルーシブ教育が進んでいません。そんな状況を打破するべく推進されているのが、日本財団と横浜国立大学(外部リンク)が協働で取り組んでいる「産学官連携インクルーシブ教育環境の推進プロジェクト」です。

本プロジェクトの目的は、「共生社会」の担い手となる次世代の人材を育成すること。そのため、高い専門性を有する支援員の養成や、支援技術の開発、「インクルーシブ教育」の効果検証を随時行っています。

その一環として2023年9月と10月に全3回にわたって、横浜国立大学附属横浜小学校の4・5年生を対象にワークショップが開催されました。テーマは「みんなが過ごしやすい学校を考える」。

自分たちが通う学校の環境を分析し、障害を含む何らかの配慮が必要な子どもたちと一緒に学ぶためにはどのような「改善=バリアフリー」を施せば良いかを、児童自身に考えてもらう取り組みです。

体育館でワークショップに取り組むたくさんの児童たち
横浜国立大学附属横浜小学校で実施された「みんなが過ごしやすい学校を考える」ワークショップの様子

ワークショップで出てきた、子どもたちの多様な考え方

子どもたちのサポートをするのは、横浜国立大学D&I教育研究実践センター(別タブで開く)の五島脩(ごしま・おさむ)さん、髙野陽介(たかの・ようすけ)さん、中知華穂(なか・ちかほ)さんといった本プロジェクトを牽引する大人たち。

ワークショップで進行役を務める五島さん
ワークショップで子どもたちをサポートする横浜国立大学D&I教育研究実践センターのメンバーをはじめとする講師の皆さん。右から1人目が髙野さん、2人目が中さん

髙野さんは車いすユーザーでもあるため、当事者目線での意見も子どもたちに伝えます。そして障害とは何か、多様性とは何かを説明しながら、児童たちに「みんなが過ごしやすい学校」について考えてもらいました。

第1回では自分たちの学校の中を見て回って改善ポイントを探し、第2回では複数のチームに分かれてどんな学校にしたいかについてアイデアを出し合いました。

みんなが過ごしやすい学校づくりのためのアイデアを出し合う子どもたち
写真:みんなが過ごしやすい学校づくりのためのアイデアを出し合う子どもたち
ワークショップ当日だけでなく、放課後や休み時間も有効活用してアイデアを考えたという

そして最後となる第3回では、グループごとに考えた学校のバリアフリー化案について、みんなの前で発表。「階段にスロープをつける」「階段の半分を滑り台にする」「ベランダの段差をなくす」「自由研究や理科などの展示物を置く専用の部屋をつくる」「階段や廊下の曲がり角に(衝突防止の)ミラーを付ける」――。

それぞれのグループから出てきたのは、実にさまざまな意見。そこには障害がある人だけでなく、 自分たちも安全で楽しく過ごせるようにという“誰にとっても”の視点が反映されていたのが印象的でした。

「共生社会」の実現に必要な視点を、子どもたちはワークショップを通して学んだようです。

子どもたちの考えた「誰もが過ごしやすい学校」のアイデアは、横浜国立大学D&I教育研究実践センターが中心となって取りまとめ、2024年度以降、具現化される予定です。

写真:バリアフリー化のアイデアを大きな付箋に書く児童
みんなで話し合いながら、自分のアイデアをまとめていく
写真:バリアフリー化のアイデアを大きな付箋に書く児童
アイデアを分かりやすく伝えるためにイラストなども活用

障害のある人の気持ちになってみることが大切

ここで、バリアフリー化案を発表した1つのグループの児童の皆さんに話を伺ってみました。

インタビューに応じてくれた児童たち

――皆さんが考えた「みんなが過ごしやすい学校」のアイデアを教えてください。

テンさん:プレイルームに大きな遊び場を作ってほしいと思いました。それと、トイレに車いすの人が入りやすいようにしてほしいです。

ソラさん:プレイルームのドアが重くて大変なので、自動ドアになってほしいと思います。車いすの人は2階や3階に行きづらいので、階段にはスロープをつけてほしいとも思いました。

トワさん:メディアスペース(図書室)にある本が高くて取れないので、もっと低い場所に置いたらいいと思いました。あとはピロティ(玄関)の床をもっと柔らかくしてほしいです。いまは硬すぎて、転んだらけがをしてしまうかもしれないので。

ユメさん:私はベランダや玄関の段差をなくしたほうがいいと思います。誰かに押されて転んじゃうかもしれないし、車いすの人や目の見えない人にとって危ないので。スロープがあるともっと良いと思います。

プレゼンするための準備を進める児童
みんなの前でアイデアをプレゼンする児童の様子

――ワークショップに参加してみて、どんなことを感じましたか?

テンさん:世の中にはいろんな人がいるんだってことが分かりました。あと、障害のある人の気持ちを前よりも想像できるようになったと思います。またワークショップがあったら、ぜひ参加してみたいです。

ソラさん:私には耳の聞こえない友達がいるので、ワークショップに参加している間、その子のことを考えていました。障害のある人の生活について、これまであまり考えたことがなかったけれど、これからは考えていきたいです。障害がある人でも安全に生活できるようになったら良いな、と思います。

トワさん:私には障害がないけれど、学校の改善点を考えるときには、障害のある人の気持ちになることを意識しました。今後はできることからやっていきたいと思いました。障害があってもなくても、同じことを楽しくやれるような学校をつくりたいです。

ユメさん:障害のある人には、その人にしか考えられないこと、気づけないこともあるんだということが分かりました。ワークショップに参加したおかげでそれが分かって、いろいろ学べたと思います

写真:大きなボードに貼られた児童たちのバリアフリー化のアイデア
インタビューに応えてくれた児童たちのバリアフリー化案のテーマは「けんこうな学校」
写真:大きなボードに貼られた児童たちのバリアフリー化のアイデア
安全性を重視したものから、学校をより楽しく過ごすためのものまで、たくさんのアイデアを提案した

多様な人たちと関わることで、想像力を養っていく

ワークショップに参加し、障害だけでなく自分ではない誰かの視点をより意識できるようになった子どもたち。その変化に対し、サポートした横浜国立大学D&I教育研究実践センターの皆さんはどんな手応えを感じているのでしょうか?

――ワークショップを3回やってみて、手応えはいかがですか?

五島さん(以下、敬称略):1回目の後に、ひとりの児童さんから「こないだ、駅のホームで車いすに乗っている人を見かけました。どうやって電車に乗るのかと思っていたら、駅員さんが手伝っていました」という感想をもらったんです。

それまでにも身近にいたはずだけど、きっと目が向いていなかったんだと思うんですよね。それが、今回のワークショップをきっかけに、そういう人の存在に気づけるようになったのはすごくうれしい結果でした。

横浜国立大学D&I教育研究実践センターの五島さん

中さん(以下、敬称略):学校の外でも困っている人がいたら手伝おうとする児童さんが増えてきたのも良かったですね。社会にはさまざまな人がいるという視点を養えたのではないかと思います。

髙野さん(以下、敬称略):そうですね。最初は少しだけ不安でしたが、やってみると、こちらが想像している以上に子どもたちはいろんなことを見て、考えていることが分かりました。

私は障害の当事者として当たり前に困っていることがありますが、それって当事者じゃないとなかなか気づけないことだとも思うんです。でも、ワークショップに参加した児童さんたちは、そこに気づけた。それは本当にすごいことだと思いますし、子どもたちの可能性を感じますね。

横浜国立大学D&I教育研究実践センターの中さん
横浜国立大学D&I教育研究実践センターの高野さん

中:子どもたちならではの気づきもありましたよね。物が置いてある場所についての意見で、「背が低い子だと取りづらいから、もっと低い場所に置いてほしい。そうすれば車いすの人にとっても便利になる」というものがあって、子どもならではの目線の面白さを感じました。

髙野:児童さんたちは自分たちの生活目線で困ることをバリアの1つとして捉えていて、それは大人でもなかなかできる発想ではないと思います。

――ワークショップを通じて「想像すること」の大切さに気づいた児童も多いのではないかと思います。

五島:共生社会を実現する重要な要素として「バリアフリー」がよく挙げられます。じゃあなぜバリアが存在するのかというと、この社会の多くが健常者向けにデザインされているからなんです。だからバリアフリーを進めようと頑張っている。

でも、最初から健常者でも障害者でもアクセスしやすい社会になっていたら、そもそもバリアフリーなんて言葉はなくなるわけですよね。ただ、それを健常者が想像するのは非常に難しいことです。だからこそ、想像することの大切さを知ってもらいたい。今後もその視点を忘れないでほしいと思います。

髙野:そもそも、障害者と関わる機会が少ないと、分からないことも多いと思います。実際、ワークショップの中も、私と触れ合う児童さんたちは「どこまで聞いていいんだろう」と探り探りの様子でした。

でも回を重ねていくうちに、遠慮なく思っていることを言ってくれるようになって、たった3回の中でも柔軟に変わっていく様子が見られたんです。そういった子どもたちが大人になったらどうなるのか。それを追いかけていきたいですね。

中:知らないものは怖い、近づきにくいと思ってしまうかもしれませんが、積極的に関わり合うようになってもらいたいですよね。

五島:そのためにも、まずはバリアをつくらない人になってほしいです。もちろん、他者との相性はあるし、中には距離を置きたくなる人もいるでしょう。でも、そこに行き着くまでにはバリアをつくらないで、とりあえず関わってみてほしいと思うんです。

このプロジェクトを通じて、そういった子どもたちを多く輩出していけたら良いな、と……。

大勢を前に堂々とアイデアをプレゼンする児童たち
写真:アイデアを発表する児童たちに手を挙げて質問をしようとする児童
児童同士で質問し合うなど、発表会は大いに盛り上がった

――子どもたちに期待しつつ、その周りにいる大人にできることはありますか?

五島:子どもたちはまだ多様な人との関わり方を知らないことも多い。だからこそ、周囲の大人がそういった人たちと関わる姿を、背中を見せて伝えていけたら良いのかな、と思います。

髙野:それと、未知のものに触れる機会をつくってあげることも大事だと思います。多様な人と関わるのは怖い、怖いから偏見が生まれる。だからインクルーシブが進まない。そうではなくて、先入観を持たずに、さまざまな人と関わっていく。周囲の大人たちはそういうお手伝いをしてあげると良いんじゃないでしょうか。

写真:大きなホワイトボードにプロジェクターで投影された児童たちのバリアフリー化アイデア
ワークショップで出たバリアフリー化のアイデアは、2024年度以降の実現に向けて進行中
写真:大きなホワイトボードにプロジェクターで投影された児童たちのバリアフリー化アイデア
子どもたちのアイデアが、横浜国立大学附属横浜小学校にどのような変化を生み出すのか、今から楽しみだ

編集後記

この社会には多様な人たちがいて、そんな人たちの生きやすさを考えることは、自分たちの生きやすさ、過ごしやすさにも通じる。それは当たり前のことなのに、大人になるとどうしても忘れてしまいがちです。

だからこそ、子どもの頃からこうして多様性について考えることが大事なのかもしれません。考え方が柔軟なうちに、多様な価値観を身につける。そうやって育った子どもたちが大人になったとき、社会はより良い方向に進んでいくのではないかと思います。

そんな子どもたちの姿を見守りながらも、私たち大人も普段見過ごしてしまいがちな、多様な社会のあり方について考える必要があるのではないでしょうか。

撮影:十河英三郎

横浜国立大学D&I教育実践センター 公式サイト(外部リンク)

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