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多様な子どもたちが共に学ぶ「インクルーシブ教育」。いま、子どもたちになぜ必要か?

「インクルーシブ教育」の構築と普及に取り組む横浜国立大学D&I教育研究実践センターの皆さんと、日本財団職員の中野裕愛さん(右)
この記事のPOINT!
  • 通常学校・学級(※)に通いづらいと悩む子どもたちは、10年前に比べ1.5倍に増えている
  • 「インクルーシブ教育」は誰かに我慢を強いるものではなく、みんなが安心して学べる環境をつくることが重要
  • 多様な人と関わりながら、相手のことも自分のことも尊重できる視点を育てることが共生社会の実現に
  • 一般的な学校のこと。障害のある子どもが将来自立できるような教育に重点を置いた「特別支援学校」と対比する際に使用されることが多い表現

取材:日本財団ジャーナル編集部

2022年、国連が日本に対し分離教育を止めるように勧告しました。

この「分離教育」とは、難病や障害のある子どもとそうではない子どもを切り離し、別々の環境で教育する仕組みのこと。障害のある子どもにとって、人生経験や人間関係、社会経験の機会を奪ってしまう可能性があるからです。

そこで新たな考え方として導入されつつあるのが、障害や病気の有無、国籍や人種、宗教、性別といったさまざまな違いや課題を超えて、全ての子どもたちが同じ環境で一緒に学ぶ「インクルーシブ教育」です。多様な子どもたちが地域の学校に通い、共に過ごす。そのことで、自分とは異なる個性や価値観を受け入れる心を育み、誰もが活躍できる共生社会の実現を促します。

しかし、「インクルーシブ教育」の実現にはまだまだ課題があるのも事実。その課題解決に向けて進められているのが、日本財団と横浜国立大学(外部リンク)が協働で取り組んでいる「産学官連携インクルーシブ教育環境の推進プロジェクト」です。

本プロジェクトで目指す場所はどこにあるのか? そのために私たち一人一人に、何ができるのか?

本プロジェクトを担当する日本財団職員・中野裕愛(なかの・やすえ)さんが、プロジェクトを牽引する横浜国立大学D&I教育研究実践センターの泉真由子(いずみ・まゆこ)さん、五島脩(ごしま・おさむ)さん、髙野陽介(たかの・ようすけ)さん、中知華穂(なか・ちかほ)さんに話を伺いました。

インクルーシブ教育が広がらない日本の現状

中野さん(以下、敬称略):まずは日本における「インクルーシブ教育」の現状について教えてください。

泉さん(以下、敬称略):2022年9月、国連障害者権利委員会から日本の障害者権利条約(※)の実施状況に対して勧告がなされました。通常教育に関われていない障害のある子どもが大勢いることについて、懸念が表明されたんです。

ちょうどその頃、私たちも横浜市教育委員会から横浜市内の学校における「インクルーシブ教育」の実施状況に関するデータをいただき、調査をしました。すると、通常学校・学級への進学に対する相談件数が、10年前と比べて約1.4倍に増えていることが分かりました。

相談内容を確認したところ、知的発達に遅れがない子どもの相談が約5割を占めており、おそらく身体障害や発達障害などを含む何らかの事情によって学校適応に困難を抱え、居場所がない子どもたちが大勢いる、と……。

日本とアメリカの学校教育は「平等主義的」だといわれています。アメリカでは、機会の均等を保証し、結果はその人の頑張り次第であるとしています。一方、日本の場合は結果自体の平等を求めるんです。つまり、どんな子であっても「同じ到達点」まで届くことが求められている。

しかし、計算することや漢字を書くことなど、どうしたって個人の能力差が出てしまいます。それは仕方ないことなのに、一緒に学ぶのであれば同じ結果が出せないと教育の失敗だと思われてしまう。それを懸念するあまり、多様な子どもたちが一緒に学ぶ機会が奪われてしまっているんです。

それこそが、日本で「インクルーシブ教育」が進まない理由だと感じます。

  • 障害者の人権および基本的自由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的として、障害者の権利の実現のための措置等について定めた条約。2006年に国連総会において採択され、2008年に発効。2023年4月時点での批准国・地域・機関数は186。日本は、2014年に批准した
横浜国立大学D&I教育研究実践センターで、センター長を務める泉真由子さん
日本財団で「産学官連携インクルーシブ教育環境の推進プロジェクト」を担当する中野裕愛さん

中野:教育現場では具体的にどのような問題が起きているのでしょうか?

髙野さん(以下、敬称略):身体に障害のある当事者としてお話をさせていただくと、バリアフリー対応に代表されるように、学校の設備がまだ整っていない問題があるかと思います。故に、設備が整っていないのにさまざまな障害のある子どもを受け入れて大丈夫なのか、学校の先生たちも戸惑っているんです。

さらに、設備が十分だったとしても、学校にいる間、そのお子さんのサポートは誰がするのか、あるいは必要以上にサポートしてしまう恐れはないのか、そういった課題も残されています。

同時に障害のあるお子さん側も、インクルーシブな環境に身を置いたときに、適切な支援を求める力をつけていくことも必要だと思います。「インクルーシブ教育」というと、どうしても健常者側ばかりに頑張りを求めてしまいがちですが、障害者側も努力をしていくことが重要です。

しかしながら、そのための指導ができていないのも、現状の問題点ですね。

障害当事者として、横浜国立大学D&I教育研究実践センターの講師を務める高野陽介さん

中さん(以下、敬称略):人的なサポートはどうしても、十分に受けられる時間とそうでない時間とに分かれてしまいがちです。そうなると、サポートを受けられないときにどうするのか、障害のあるお子さんご本人も保護者の方も悩んでしまうんですよね。

本来はもっと選択肢があればいいのでしょうが……。

横浜国立大学D&I教育研究実践センターにて講師を務める中知華穂さん

五島さん(以下、敬称略):そもそも現在の教育現場は分離教育が前提で考えられてしまっているので、教育の構造にも問題もありますし、先生たちの意識的な部分にも「健常児と障害児は離して教育するもの」という思い込みがあると思います。

でもそれは「インクルーシブ教育」から乖離している考え方ですよね。こういった背景があって、日本ではなかなか「インクルーシブ教育」が進んでいかないのではないか、と感じています。

横浜国立大学D&I教育研究実践センターにて助教を務める五島脩さん

「誰かが我慢すること」を少しずつ減らしていく

中野:そういった問題が残されている中で、「産学官連携インクルーシブ教育環境の推進プロジェクト」はどんな目的を持って進められているのでしょうか?

高野:目的は2つあります。1つは、どんな障害がある子どもであってもできる限り健常児と同じ環境で学ぶことによって、さまざまな人との関わり方を身につけ、学力も備え、就労するところまでつなげていくこと。「インクルーシブ教育」を通して、社会の中で活躍する人材を育成していきたいんです。

そしてもう1つは、障害のある子どもだけではなく、彼ら彼女らと一緒に過ごす健常児や先生たちにも何らかの影響を与えること。

社会に出れば本当にさまざまな人と関わりますよね? そのときに抵抗感を覚えない、多様な人たちと柔軟に関わることができる、いわゆる「共生力」を備えた人たちを育成したいと考えています。

障害などがあっても専門的で適切な支援を受け高等教育に進学=就労人口の増加に貢献

インクルーシブな環境で育つ子どもたち
児童生徒期→青年期→成人・老年期=多様性.歓迎できる大人に
「産学官連携インクルーシブ教育環境の推進プロジェクト」が目指すビジョン。画像提供:横浜国立大学D&I教育研究実践センター

泉:まさにこの2つが大きな目的ですね。「インクルーシブ教育」の現状って、誰かが我慢をすることで成り立っています。でもそうではなくて、誰にとっても安心・安全で、そこで共に学んで生活していけるような教育環境をどうやって実現していくのかを目指さなければいけません。

そのために私たちはトライ&エラーを繰り返しながら、試行錯誤しています。

中野:その「我慢」についてもう少し教えてください。

泉:立場によってさまざまな意見があると思います。例えば先生の目線に立ってみると、障害のある子どもがクラスにいることによってその子にばかり手がかかってしまう、他の子のケアに手が回らないといったストレスや我慢があるでしょう。

あるいは障害のある子どもの立場でいうと、本当はもっと自分のペースで進めていきたいのに、周囲の子から遅れてしまうことで注意されることが嫌、ということもあるかもしれません。

一方、障害のない子どもでいうと、障害のある子どもが同じクラスにいるから、どうしても授業の進みが遅くなってしまうことに対する不満が出てくることも……。

こんなふうにそれぞれの立場でそれぞれの我慢を強いられているということです。私たちはそれをなくしていけたら、と考えています。

中野:目の前にある問題をどうやって乗り越えられるのか、それをみんなで考えていけるようになるといいですよね。

髙野:そのためにもまずは専門性がある支援体制を整えなければいけないのですが、そもそも「専門性とは何か?」から考えています。多様なお子さんをサポートするためにはどんな専門性、スキルが必要なのか、まだ不透明なんです。

なので、学校の先生たちや支援員の皆さんのニーズを調査し、現状の課題を踏まえた上でカリキュラムを作り始めています。

[専⾨職⽀援員]
横浜国立大学D&I教育研究実践センター
①チーフ・サポートスタッフ(特別支援教育等を専門とする大学教員)
②メイン・サポートスタッフ(小・中・高・特別支援学校の教員免許を有する教員)
③スチューデント・サポートスタッフ(特別支援教育を専攻する学生)
↓
定期的にサポート
①は、活動全体の管理責任者、学校・保護者との連絡・相談窓口
②、③がメインで支援を必要とする児童生徒等へのサポートを実施
↓
[学校現場]
サポートスタッフによる⽀援のイメージ
↓
必要に応じてサポート
④は、医療・福祉・心理等に関する支援を必要とする児童生徒が在籍する場合、各専門のスタッフが入り、
サポートを実施
↓
[地域の医療、福祉等の関係機関]
④エキスパート・サポートスタッフ
・看護師
・介護福祉士
・心理士
・理学・作業療法士

専⾨職⽀援員、学校現場、地域の医療、福祉等の関係機関で支援に関する情報を共有
・関係者での支援状況等に関するミーティング
・学校への支援記録&報告書の提出
「産学官連携インクルーシブ教育環境の推進プロジェクト」が進めるインクルーシブ教育の仕組みづくり。画像提供:横浜国立大学D&I教育研究実践センター

泉:この「支援員」と呼ばれる方々も、どんなふうに育成されるのかは自治体によって方針がバラバラなんです。だからこそ「育成」が必要だと考えています。

基本的には資格も求められないため、例えば横浜市内だと2,000人くらいの「支援員」が存在しますが、横浜国立大学で年に数回開催する特別支援教育やインクルーシブ教育に関する研修会に参加するのはわずか50人ほど。数としてはそれなりにいますが、そのうちどれくらいの人たちが十分な支援をできるのかというと、正直分かりませんよね。

中野:だからこそ今回のプロジェクトで「支援員」を育成するカリキュラムをきちんと作成し、いずれはそれを国としての仕組みにしていきたいとお考えなんですね。

泉:その通りです。専門性のある「支援員」を育成する制度が確立されれば、各自治体でも導入されやすくなるのではないかと思います。

社会にはさまざまな人がいることを理解してもらいたい

中野:2023年の9月・10月には横浜国立大学附属横浜小学校の児童の皆さんを対象に、「みんなが過ごしやすい学校を考える」というワークショップ(別タブを開く)も実施されましたね。

五島:児童の皆さんには、この社会にはさまざまな人がいることを知ってもらえたんじゃないかと思います。例えば、これまでにも車いすの人を見かけたことがあるけど、ワークショップを通じてより意識するようになったという声もありました。

中:中には、「ダイバーシティ」や「インクルーシブ」という言葉がピンとこない児童さんもいて……。でもワークショップを重ねていくうちに、その言葉の中には自分たちも含まれているということに気づいてくれたみたいなんです。

誰かにとって生活しやすい空間を考えるためには、そこに自分も含める必要がある。そんな意識がちょっとずつ芽生えていく様子を見られたのもうれしかったですね。

横浜国立大学附属横浜小学校の4・5年生を対象に行われた「みんなが過ごしやすい学校を考える」ワークショップの様子
ワークショップで、アイデアを考え、出し合う児童たち

髙野:4年生の児童さんたちと教室を見て回る機会があったんですが、その時、「車いすの人が通るなら、もっと机と机の間を開けておかないといけない。でも、私たちが使うところはいつも通りでいいよね」と話していたんです。

相手のことも自分のことも考えられるその姿勢に、手応えを感じましたね。

泉:そうそう。一方的に誰かに合わせなきゃいけないと思うと、どうしても負担が出てしまう。そうじゃなくて、相手も自分も我慢し過ぎないことが重要です。どう折り合いをつけていくのかを考えられると、関係も長く続けられるんだと思います。

ワークショップで考えたアイデアを発表する児童たち
 
ワークショップでは、誰もが安全で楽しく過ごせるための学校づくりのアイデアがたくさん生まれた

中野:子どもの頃からそういった多様性について考えられるのは素晴らしいことですよね。では一方で、すでに大人になってしまった私たち一人一人にできることはあるのでしょうか?

泉:子どもたちって、年齢が低ければ低いほど、率直に言い合うんです。「自分はこうしたいんだけど、あなたはできないでしょ。だって歩けないんだもん」というように……。これって、大人になるとセーブしますよね。自分とは異なる意見や価値観を持つ人との衝突を恐れたり、相手を傷つけてしまうのではないかと、必要以上にコミュニケーションを避けてしまうというか。

でも、相手のことも自分のことも尊重しつつ率直に意見を出し合うことで、ほどほどの落としどころが見つけられるのではないかと思います。加えて、「社会には自分とは異なるさまざまな人がいること」を前提に物事を考えられる人が増えるといいなと……。

近年都市部では中学受験が盛んですが、それをクリアしようと思うと、どうしても子どもの頃から同質な人たちの中で過ごす時間が長くなってしまう。同質集団の中で思春期を迎え、青年期を迎え、成人していく。そのような人が社会を牽引する立場に就いたとしても、自分とは異なる特性や価値観を持つ人のことにはなかなか想像が及ばないのではと思うんです。

そうではなくて、社会にはいろんな人がいることを考えられる人材、さらにはいろいろな人がいることを歓迎できるような人材を育成していかなければいけないですし、このプロジェクトがそのきっかけになったらうれしいですね。

ワークショップの最後に、児童たちに多様な人と関わることの意味、大切さを話す泉さん

五島:それを踏まえて、明日からでもすぐにできることで言うならば、例えば車いす用のスロープに枝が落ちていたら拾うとか、点字ブロックの上に自転車が置いてあったらどかすとか、そういう日常的なことでしょうか。

それを意識すると、「この社会がいかに健常者向けにデザインされているのか」「そのために困難を抱える人たちに対して、さまざまなサポートがある」と気づくのではないか、と。

中:そうやって「気づく」ことは大事ですね。「共生」って大きなレベルの話なので、一人でできることには限界もあります。でも、まずは一人一人の特性にあった学びや働く環境といった「選択肢を増やす」ことを意識していけたらいいのかもしれませんね。

髙野:その先にある理想を言えば、私たちの職場のような環境が広がっていくことかもしれません。

このプロジェクトのメンバーは本当にフラットな関係で、車いすの私に対しても「そろそろ帰るよ。車いすなら置いていくよ」なんて言ってくるんです(笑)。それは私も同じように言い返せるから成立している関係ですが、でもそれくらい冗談が言い合えるってすごく良い関係だと思います。

障害のある人についての知識がないと、どうしても無意識の思い込みが生まれてしまう。それが偏見につながり、フラットに接することができない原因にもなる。

だからこそ、障害の有無に関係なく、なるべくさまざまな人と触れ合い、関わってもらいたいです。環境や施設、設備はすぐには変わりませんが、「意識」であれば自分一人ですぐに変えられますからね。

誰もが活躍できる共生社会の実現に向けて、私たちができることに話してくれた横浜国立大学D&I教育研究実践センターの皆さん

編集後記

同質な人とだけ過ごすのではなく、多様な人と触れ合う。子どもの頃からそういった環境に身を置いていれば、多様性の視点が自然と身についていくのかもしれません。そうして育っていった子どもたちが大人になり、社会を牽引する立場についたとしたら、この社会はより良い方向へと進んでいくのではないでしょうか。

ただし、次世代の子どもたち任せにはしないことも必要。私たち大人にもできることはたくさんあります。「健常者向けにデザインされた」この社会の中で、どんな人たちが困難を抱えているのか。それを一つ一つイメージし、取り除いていく。

「インクルーシブ教育」の中で成長していく子どもと、それを見守る大人。両輪を走らせ、この社会を「誰にとっても生きやすいもの」に変えていくことが大事だと感じる取材でした。

撮影:十河英三郎

横浜国立大学D&I教育実践センター 公式サイト(外部リンク)

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