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みんなで考え・みんなで創り・みんなで贈る。視覚障害児のための新しい教材作り

不足する視覚障害児のための“楽しい”教材を、盲学校や学生たちと共に開発し全国に届ける、NPO法人テクたまご代表の須惠耕二さん
この記事のPOINT!
  • 視覚障害児用の教材は種類が少なく、教員の努力と工夫で指導を支えている現状
  • 教材の開発は、大学生にとって技術開発のノウハウを学ぶ実践の場にもなっている
  • モノづくりの輪が広がれば、視覚障害児の「学ぶ楽しさ」の輪も広がっていく

取材:日本財団ジャーナル編集部

熊本大学の公認サークル「ソレイユ」(外部リンク)は、工学部の技術職員と学生たちが力を合わせて視覚障害児向けの学習教材を開発・製作し、盲学校・視覚支援学校に届ける、という全国的にも珍しい活動を10年以上続けています。

これまで開発した教材は、打ち込んだ点字を読み上げるタイプライター「おしゃべり点字タイプ」をはじめ、盲学校に何度も足を運んで教員のニーズを汲み取り、それをどう形にできるか、サークルのメンバーが知恵を絞る中で生まれてきたものばかりです。

学生らのモノづくりの力を生かして、これまでに約600台にも及ぶ教材を寄贈し、視覚障害児の学びをサポートしてきました。

しかし大学のサークルという性質上、学生たちの卒業によってメンバーが入れ替わることは避けられません。そこで、ソレイユのOB・OGを含む有志がこの活動を続けていける受け皿になることを目指し、2022年4月にNPO法人テクたまご(外部リンク)が設立されました。

今回はソレイユの生みの親であり、テクたまごの理事長を務める熊本大学工学部の技術専門職員・須惠耕二(すえ・こうじ)さんにインタビュー。大学生と盲学校との連携が持つ可能性や、テクたまごが目指すこれからの展望についてお話を伺いました。

難しいといわれる点字学習が「面白い!」に変わった

熊本大学で盲学校用の教材開発・製作活動が始まったきっかけは、工学部の技術専門職員として勤務する須惠さんが、山口大学の職員による発表を聞いたのがきっかけでした。

「発表の内容は『視覚障害者のための学習機器を開発している』というものでした。持てる技術を生かして学外とつながり、社会に貢献している発表者の姿を見て、同じ技術職員として大きな衝撃を受けまして。私にも何か社会の役に立てることがあるのではないか、という思いが強くなり、勇気を出して熊本盲学校にお電話をしたんです」

視覚障害児のための教材開発を始めた当時のことを振り返る須惠さん

実際に熊本盲学校を訪れて、現場に立つ教員たちから盲学校の教育についての説明を受けた須惠さんは、その高度で複雑な内容を知って衝撃を受けます。

「盲学校では、普通の学校と同じ学習カリキュラムを進めながら、並行して点字や歩行練習といった自立訓練もしているんです。しかも視覚障害児の数が少ない関係で、専用の教材を作る会社もほとんどありません。先生方が子どもたちの状況に合わせて教材を手作りし、工夫しながら教えていらっしゃる。こんな難しい世界で自分にできることなど何もないのでは、と途方に暮れていたところ、ある先生から教具の修理ができないかと相談されまして。その教具が、点字タイプライターのキー部分を手作りしたものとパソコンをつなぐと、打った点字を音声で読み上げてくれるものだったんです」

パソコンとつなぐのは一見便利なようで、接続方法を覚えなければいけないほか、落下して壊れるリスクが高いなど、使う子どもにとって負担が大きくなります。「タイプライター単体で音が出せるようにできるはず」と考えた須惠さんは、技術職員の同僚らと一緒に開発を進め、本体の電源を入れるだけで打った点字を読み上げてくれる試作器を完成させます。

「先生に見せたところ、とても喜んでいただき『3台ほしい』と依頼を受けました。そこで学生に『一緒に盲学校用の教具を作りませんか』と募集をかけたところ、モノづくり好きが7人やってきた。彼らと一緒に完成させた改良版が、現在の『おしゃべり点字タイプ』です」

ピアノのような鍵盤型のキーを押すと打った点字を音声で教える「おしゃべり点字タイプ」

視覚障害児にとって、点字を覚えることは勉強を進める上で欠かせない知識。しかし、普通の点字タイプライターは打つ音がするだけで、正しく打てているのかは紙が出てこないと分からず、「面白い」という感覚を持たせる難しさがありました。

しかし「おしゃべり点字タイプ」は音での反応があるため集中力が続く、と現場でも好評だったそう。

「盲学校からいただいた感謝の言葉に、一緒に製作に挑戦した学生たちも感激したようでした。その中の1人が、子どもが喜んでタイプライターを使う様子に感銘を受け、『後輩を連れてくるから、この活動を継続しましょう』と新たな学生を呼んで来てくれました。こうして2012年、のちに公認サークル『ソレイユ』となる学生チームが誕生することになったんです。その後も『おしゃべり点字タイプ』には全国の盲学校から導入希望が寄せられ、ソレイユでは4年をかけて67校の盲学校に1台ずつ寄贈を達成しました」

須惠さんと共に視覚障害児のための教材を開発するソレイユの皆さん

音が出る・触れる教材が、理解の奥行きを広げていく

盲学校との連携によって、その後もソレイユの学生たちは現場のニーズを元にさまざまな音声式の教材を開発していきます。

例えば地図の学習教材もその1つです。

「視覚障害のある子どもは一般的に、都道府県の県境を点字で表現した『点字地図』を使って地理を学びます。しかし、指で線を追っていっても地域の全体像やそれぞれの位置関係はなかなか頭に入りづらく、大人でも地図が苦手な人が多いそうです。先生方も子どもたちに教えるのに苦労していました」

そこで開発したのが「ポップまっぷ」。日本地図の都道府県一つ一つがスイッチになっており、押すと都道府県名を音声で読み上げる仕組みです。この方法であれば、住んでいる地域の周辺を押すだけで県名が分かるので、位置関係を覚えやすくなると喜ばれているのだとか。

日本の47都道府県がスイッチになった「ポップまっぷ」
「ポップまっぷ」の学習方法を、日本財団ジャーナルの編集部員に教えてくれる須惠さん

また「都道府県の形を手で触って教えられる教材がほしい」という要望から、パズル型の地図教材「パッチンちずる」も誕生。これは都道府県一つ一つが手に持って触れるパズルのピースになっており、ボードの正しい位置にはめ込むと「〇〇県です」と音声で知らせてくれる教材です。

「はめ込むときに『パチン』と気持ちの良い音がするのも、子どもたちが楽しんで学ぶ要素の1つです。ピースの表面には県庁所在地が分かる立体的なマークを付けているのですが、これが表面の目印であると同時に、北の方角がマーク(△)の形で分かるようになっています。地図をはめ込む台の部分も、海と陸の違いが指先で判別できるよう素材を使い分けてあるので製作には手間もかかる。全て学生たちの努力の賜物(たまもの)です」

九州を県別に分けてパズル形式にした「パッチンちずる」

地図のような平面だけでなく、立体的な空間における位置関係を把握することも、視覚障害児にとって簡単なことではありません。

ソレイユの建築専攻の学生に協力を仰ぎながら製作した「おしゃべり校舎くん」は、盲学校に入学する新入生が学校内部のトイレや教室の位置を、指で触って覚えられる校舎模型。指で触れた部分のセンサーが反応し「保健室」「男子トイレ」など部屋の名前を読み上げてくれます。

音が出る校舎模型「おしゃべり校舎くん」

「この試作品を盲学校に持ち込んだとき、小学5年生の生徒が指で階段を触りながら『“階段を上がる”っていうのはこういうことなんですね』と話したのが印象に残りました。目が見えない子どもにとって、足を動かしている実感はあっても、自分が高い所に移動していることは分かりづらいんです。模型を指で触ることで、これまで体感している知識と建物の立体的な構造が、彼の頭の中でみるみるつながっていく様子がはっきりと伝わってきたのには鳥肌が立ちました。彼は模型を使って移動ルートを把握し、その存在すら知らなかった2階の教室まで自分一人でたどり着くことができたんです」

全国にいる「モノづくり好き」を活動に巻き込みたい

現在、ソレイユには約30人の学生が所属し、新たな教具の開発にあたっています。

需要が少なく、一般企業で製造するのが難しい盲学校用の教具ですが、モノづくりが好きな学生がサークル活動として取り組むことで、視覚障害児は無償で教材を入手することができ、学生は製品の企画~開発までの実践的なプロセスを経験することができる。つまり、双方にとって学びの輪が広がるのです。

「大学で視覚障害の教材を開発する事例はありますが、多くの場合その目的は研究のためです。しかしソレイユは盲学校から寄せられる実際のニーズに応えるモノを作るのが目的。全国的にもこういった活動は珍しいようです」

盲学校で子どもたちに教材の使い方を教えるソレイユの皆さん

活動開始から10年余りが経過した今、直面しているのはこれまで開発した教具に対する「うちの学校にもぜひ作ってほしい」という追加依頼、そして寄贈後の修理に対する対応です。

「サークル活動として教材開発を行っているため、活動費も助成金も単年度予算の中でやりくりしなければいけません。その年度で作り終えられなかった教材は次年度予算で対応しないと繰り越し注文として残り続けてしまいます。現在の限られた人数で、新しい教材の開発、日々届く新規の注文と修理依頼まで対応するのが難しくなってきていました」

また、教材の製作を通じて優れた技術を獲得した学生たちの知識が、卒業と同時に途切れてしまうという課題もありました。

そこで須惠さんが決意したのが、NPO法人テクたまごの発足でした。

「私自身、定年が視野に入ってくる年齢となってきました。熊本大学で活動できる時間も限られてきた現在、ソレイユで育んできた知識や、これまでに手掛けた製品の修理をいかに途切れさせず、持続可能な体制にしていくかが課題です」

手触りで駒の種類や進行方向が分かる将棋を模したボードゲーム「ふれあいどうぶつしょうぎ」
点字を模した穴にピンを差し込むと「あ」「い」など言葉を発する、おしゃべり6ピン点字器「ぴん六」

テクたまごという団体ができることで、サークルのOB・OG有志が卒業後も活動を続けていくことができる受け皿になります。また須惠さんはこのNPOを活用して、全国各地にいるモノづくり好きな人たちを巻き込んでいけたら、というビジョンを描いています。

「リタイアした技術者の方や、モノづくりを趣味にしている方は全国各地にたくさんいらっしゃるはずです。そういう方々に対して、教材づくりのノウハウと材料費の支援を行えば、得意分野を生かしながら社会貢献をしていただける。各地にいる協力者の方々と全国にある盲学校がつながれば、より地域に根ざした活動に成長させていくことができるのではないか、と」

目が見えないのは“不自由”と決めつけてはいけない

日本中にある盲学校のニーズを満たすため、全国各地に技術者のチームをつくる。彼らと地元の大学生が協働することで、よりたくさんのアイデアが生まれ、より早く教材を現場に届けることができる。

須惠さんのビジョンにある未来像は、今よりもさらに多様性のあるチームとなったテクたまごの姿です。

テクたまごの未来について話す須惠さん

「例えば、タブレット用教材の活用も進んでいますから、今のような音声式の教材に加えて、アプリ開発の専門家が加わっても面白いアイデアが生まれるかもしれません。いろいろな得意分野を持った方が集まってくれることを願っています」

視覚障害のある子どもたちの教育のために、社会にいる私たち一人一人にどんなことができるのか、須惠さんに聞いてみました。

「まず知っていただきたいのが、視覚障害のある人たちは私たちにない強みや優れた部分をたくさん持っているんですよね。以前、盲学校に行ったとき、休み時間になると子どもたちが片手に鈴を持って、校舎のそばを走り回って遊んでいるのを見ました。結構なスピードで走るのですが、お互いの鈴の音を聞くことで決してぶつからないんです。私が目隠しして同じことをやれと言われても、絶対にできません。目が見える・見えないの違いがあったとしても、彼らには彼らなりの情報の獲得の仕方があるんです。それを“不自由”“不幸”と勝手に決めつけないでほしい。その上で、周囲の大人たちが見守り、応援しながら彼らの可能性を広げてあげてほしいですね」

テクたまごが人と人とをつなぐプラットフォームとなって、視覚障害児たちの学びを、そして関わる人たちの人生をもっと豊かに変えていきたい——。

そんな須惠さんの思いが全国へと広がっていった先にはきっと、「みんなが、みんなを支える」社会があるのではないでしょうか。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

NPO法人テクたまご

全国の盲学校・視覚特別支援学校で学ぶ視覚障害児に向け、視覚障害教育に携わる教員の意見を基にした教材を開発、盲学校へ寄贈する活動を実施。「みんなで考え・みんなで創り・みんなで贈る」をモットーに、教材開発に挑む学生の支援や、地域ボランティアと連携した教材製作、視覚障害についての理解を深める社会教育活動を行っている。
NPO法人テクたまご 公式ホームページ(外部リンク)

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