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持続可能な社会の担い手がつながり、育つ場。日本で初めて誕生した、武蔵野大学・サステナビリティ学科とは?
- 2023年4月、全国初の「サステナビリティ学科」が武蔵野大学に開設
- 持続可能な社会の実現を目標に、「環境 × 社会・経済」問題を総合的に解決する社会創造の担い手が育つ場
- 問いを立て、周囲の人と創造的な対話を行うことが、持続可能な社会の実現につながる
取材:日本財団ジャーナル編集部
2023年4月、日本で初めて「サステナビリティ(※)」と名前のついた学科が創設されました。それが東京・江東区にある武蔵野大学工学部サステナビリティ学科(外部リンク)です。
- ※ 現在だけでなく、将来にもわたって、自然環境や社会経済のバランスを長く保つこと
設置の背景には、持続可能な社会を実現するための力を持った社会創造の担い手が不足していることが挙げられます。そこで武蔵野大学サステナビリティ学科では、気候変動や廃棄物、生物多様性など特定の環境問題の解決だけでなく、経済発展、社会的包摂(※)などさまざまな社会課題を統合的に解決できる担い手の輩出を目指しています。
- ※ 社会的に弱い立場にある人も含めて、社会の一員として支え合う考え方のこと。ソーシャルインクルージョンともいう
サステナビリティ学科の大きな特徴は、実践を通じた学びを重視し、1年次の後期からプロジェクト型の必修授業を取り入れていること。学生は教員が主宰するラボ(研究室)に所属し、自ら問いを立て、その解決に向けて活動を行っていきます。
サステナビリティ学科長の白井信雄(しらい・のぶお)教授に、学科の特徴や学生たちの変化などについて詳しくお話を伺いました。
環境問題を中心に統合的解決ができる社会創造の担い手を育成
――サステナビリティ学科が開設された理由を教えてください。
白井教授(以下、敬称略):環境問題だけを個別に解決するのではなく、さまざまな問題に統合的なアプローチを行い、課題解決ができる社会創造の担い手を育成するためです。もともと武蔵野大学工学部には環境システム学科があり、環境問題を解決できる担い手の育成を模索してきました。
しかし、持続可能な社会の実現は環境問題の解決だけで完結するわけではなく、経済発展、格差や孤立、あるいは災害への備えなどのさまざまな社会課題の解決を同時に行わなければなりません。
そこで環境、経済、社会を視野に入れた発展と、課題解決ができる担い手を育てるという目的のもと、環境システム学科を発展させる形で開設されたのが、サステナビリティ学科になります。
――社会で起きている問題に対して、統合的な対応ができる担い手が足りていないという現状があるのでしょうか?
白井:そうです。私は地域づくりの現場や地方自治体に足を運ぶことが多いのですが、それらの場でも異なる環境問題同士、環境と経済、または環境と福祉などの異なる分野をつなぐ必要性を理解し、統合的な取り組みを推進できる人は多くないと感じています。ほぼいないのではないでしょうか。
また、近年LCA(ライフサイクルアセスメント※)が重視され、加工、流通、販売など一連の行程を通しての環境負荷(CO2排出量)によって企業を評価する流れが加速。ただ売れる製品やサービスを生み出していればよいというわけではなく、できるだけ環境負荷の少ないものを社会に普及させていくことが求められているわけです。
企業は、自社に関わるライフサイクル全体を捉え、構造から考えるシステム思考で統合的解決を図ることが重要になっています。
また、企業と企業、もしくは行政と企業、市民と企業との間に入り、お互いの課題を解決できるようにする中間支援、すなわちコーディネーターがますます求められる社会になってきています。それぞれの取り組みには限界があり、協働による連携や学び合いが必要です。
- ※ 製品やサービスの環境負荷を多角的に定量化する評価手法のこと
――学生たちはどのようなことを学ぶのでしょうか?
白井:多岐にわたります。まず、環境倫理・正義、システム思考、デザイン思考、ファシリテーション、社会調査、メディア表現、ライフサイクルアセスメントなどの規範や統合のための基本的な方法を学ぶ授業があります。
また、ソーシャルデザイン系と環境エンジニアリング系のそれぞれの専門的科目があります。
ソーシャルデザイン系では環境政策、環境経済、環境心理、サステナブル経営、ソーシャルビジネス、持続可能な地域づくり、ESD(持続可能な社会のための教育)などに関する講義があります。環境エンジニアリング系では、環境気象、生物多様性保全、環境分析化学、リスクマネジメント、資源循環、カーボンマネジメントなどに関する講義があります。
サステナビリティに関して学ぶべき分野の範囲は広く、4年という期間は限られますので、自分で講義を選び、カスタマイズした学びをつくっていくことになります。ただ、誰であっても物事を俯瞰的に観察・分析し、統合的アプローチにより社会を創造していくことができる担い手を目指してほしいと考えています。
社会の現場で、人と関わり、問題解決を実践していくプロジェクトを中心とした学び
――サステナビリティプロジェクトとは、どんな授業なのですか?
白井:1年次の後期から3年次の前期まで通して、月曜日を丸1日使ってプロジェクトに取り組む授業です。1日を使うことによって、外出するなどアクティブな活動が可能になります。
学生はそれぞれの教員がプロジェクトのキーワードにしているもの、例えば「気候変動教育」「コミュニティデザイン」「サーキュラーセンター」「エシカル消費」「環境ラベル」「水環境と流域管理」「暑熱対策」「グリーンインフラ」「廃材利用」「バナナペーパー」「海洋性プラスチック」などを見て、興味のあるラボに入り、活動を進めます。
1年次から自分で問いを立て、プロジェクトを進めていくことは難しいので、教員からサポートを受けながらも、学生が主体となって具体的な方針を決めていきます。学生によっては、最初から自分のやりたいことを表明し、チームをつくって活動を始めることもあります。
――プロジェクトの一例を教えてください。
白井:例えば、アーバンパーマカルチャーラボ(外部リンク)というプロジェクトがあります。パーマカルチャーとは、人間と自然が共存し、持続可能な暮らしを送るためのデザインの方法です。
サステナビリティ学科が入っている有明キャンパスの屋上を使って、都会の中でも人と自然、人と人とがつながり、循環的でサステナブルな暮らしができるように、パーマカルチャーの考え方を取り入れた場づくりや研究を行っています。
もともと、芝生が張られた屋上緑地だったのですが、周辺の街路樹の落ち葉をいただいて堆肥を作り、自然農法により植物を作り、土を耕し、野菜やハーブなどを作っています
学科内はもとより、他学科の学生、あるいは地域の企業さん、子どもたちも見学や体験、作業のために集まるコミュティガーデンにもなっています。
白井:屋上菜園では養蜂も行っています。蜂蜜を作るだけでなく、製品化も行い、武蔵野大学内にあるカフェや無印良品などで販売してします。この蜂蜜はミシュランの星を獲得したレストランでも使われており、高い評価を得ています。
――活動の場が学外にも広がっているのは素晴らしいですね。
白井:そうですね。持続可能な社会の実現のためには地域や企業と連携する「共創力」もとても重要だと考えており、外部の人と連携する機会は大切にしています。それぞれのプロジェクトで第一人者の方に話を聞きに行ったり、地域の人に声をかけてもらったりして、一緒にプロジェクトを行うこともあります。
――入学してくる学生は、環境問題に対して明確な意識を持った人が多いのですか?
白井:環境に興味があるという学生は多いですが、明確な問題意識を持っているという学生は少ないかもしれませんね(笑)。入学後に行ったワークショップでは、4年間自分が考えていきたいことを考えるワークショップを開催したのですが、「平和とは」「格差がない社会とは」など、環境以外の問いを立てている学生もいました。
内発的に問いを立てることが重要なので、SDGsのゴールに関連することであれば、環境以外の問いもどんどんと立ててもらえればと思っています。サステナビリティに関して多様な問いを持った学生たちが集まり、視野を広げながら、入口は違っても目指す方向は同じであることを学んでいってもらえればいいと思います。
――まだ開設から1年弱というところですが、学生たちの変化を感じることはありますか?
白井:大きな変化という点でいうと、まだ具体的にお話できるようなことがないのですが、意識は変わっているのではないかと思います。待っていれば教員が教えてくれるというような学びではなく、自発的に学んでいくしかない環境なので、意識を変えざるを得ないところがありますね。
またプロジェクトに取り組み始めたばかりの学生が、さまざまなことに難しさを感じ、苦労をすることは、ある意味で変化といえるかもしれません。先日もプロジェクトの発表会があったのですが、自分でテーマ設定をすることや、発表すること、みんなで話し合ってもなかなか進まないことなど、学んでいくことの難しさを漏らしていました。
その難しさは人と人や、人と組織がつながり、課題を解決する上では避けては通れない道なので、大いに学び、前向きに乗り越えていってほしいと思っています。
問いを立て創造的対話をすることが、サステナビリティな社会へ
――気候変動などは国民一人一人が行動を変えていかないと解決しない問題ですが、白井先生の目から見て、環境問題に対する国民の意識は変わってきていると思いますか?
白井:私は長野県飯田市(※1)の気候変動に対する意識を見るアンケート調査を10年間行っていますが、必ずしも意識は高まっていないようです。飯田市のように先進的な取組みを積み重ねてきて、意識の高い住民が多い地域でさえです。
気候変動が深刻化している状況は確かにあって、それを住民は実感しているにもかかわらず、気候変動に対して自分が何をやっていいか分からないという人が多く、人任せになっているのではないでしょうか。
もともと意識が高い地域だということもあるのですが、「自分たちでできることはやってきた。でも、ゼロカーボン(※2)などの取り組みは、行政や企業が動かないと変わらない」となり、そこからどう動いていいか分からず、停滞してしまっているのだと思われます。
これは飯田市に限ったことではないと思います。
- ※ 1.飯田市は「環境文化都市」を目指し、地元企業・市民・NPOなど地域ぐるみでさまざまな環境問題に取り組んでいる。参考:エネルギー自治先進都市・長野県飯田市の事例を考える|SDGsと地域活性化【第3部 第1回】|講談社SDGs by C-station(外部リンク)
- ※ 2.CO2を含む温室効果ガスの排出量をゼロにするための取り組み
――どうすれば、そういった意識を変えることができるのでしょうか?
白井:社会を変える参加と協働の機会をつくること、いわゆるシビックアクションを通じて学んでいく人づくり、つまり教育がとても重要だと感じています。2021年に環境省と文部科学省から全国の教育委員会に、気候変動教育に力を入れるよう通達が出ているのですが、深く学び、考える機会というものが足りていないのではないかと思います。
小・中・高等学校ではSDGsについて学ぶ機会は増えてきており、若い世代はSDGsの知識が豊富になっています。それを入り口や接着剤のようにして、サステナビリティの視点を持ち、さまざまな問題に目を向け、社会に働きかけることを身近に感じられるようにすることが大事なのではないでしょうか。
――サステナブルでより良い社会を実現するために、私たち一人一人ができることは何でしょうか?
白井:まず、目指すべき良い社会とは何かを考えることが、重要だと思います。持続可能で、人々が幸せでいられる社会とはどんなものなのかを考えて、それをみんなで共有していくと、取り組みが不十分な部分が浮かび上がってくるはずです。
そして、学科のプロジェクトの中でもとても大切にしていることですが、課題に対して自ら問いを立てること。その問いに対する答えを多数決でも、議論でもない、他者との創造的対話の中で探っていくことが重要だと考えています。
相手のことを理解することが自己の内省にもつながります。相互に理解し合うことで関係ができ、関係ができると場、つまり社会を変えることができます。
自分一人で考えるのではなくて、考え方の違う人とのつながる場をつくること。つながることで、自分や社会を変えていく、そういう力を身につけていくことが大事だと思います。
また、2023年秋に武蔵野大学サステナビリティ学科では、学びの範囲や重点、基本的考え方をまとめた教科書として「キーワードで知る サステナビリティ」(外部リンク)を発刊しています。こちらも参考になるはずです。
編集後記
年々深刻さを増す環境問題に対して、問いを立て、創造的な対話を行うこと。サステナビリティ学科の学生たちが取り組んでいることは、社会にいる私たち一人一人も同じように取り組まなくてはいけない問題なのだと感じました。
考え方の違う人と同じテーブルに着くことは勇気がいることですが、そこから生まれるシナジーはきっと自身にとっても、社会にとっても役に立つはずです。
撮影:永西永実
〈プロフィール〉
白井信雄(しらい・のぶお)
武蔵野大学工学部サステナビリティ学科 学科長。大阪大学工学部環境工学科卒業。大阪大学大学院環境工学専攻修了。博士(工学)。技術士(環境部門)、専門社会調査士。民間シンクタンク勤務、法政大学サステナビリティ研究所教授、山陽学園大学地域マネジメント学部教授を経て、2023年4月より現職に。専門は持続可能な地域づくり、環境政策論、サステナビリティ学。
武蔵野大学 工学部サステナビリティ学科 公式サイト(外部リンク)
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