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離婚問題になぜ「ADR(裁判外紛争解決手続)」が有効か? 夫婦が歩み寄れる関係性が子どもや自分の未来を守る

- 離婚した夫婦の中には、相手に関わりたくない、裁判費用がないなどの理由から話し合いの場を持たないケースが多い
- 「ADR(裁判外紛争解決手続)」は離婚や相続といった民事上のトラブルを裁判によらずに解決する手続き。第三者が当事者間に入り、話し合いを通じて解決を図る
- お互いが納得した上での離婚が、自分はもちろん、子どもにとって幸せな未来につながる
取材:日本財団ジャーナル編集部
家族間の問題は、民事事件や刑事事件と違って、徹底的に争って勝てばいいというものではありません。離婚して夫婦は別れたとしても子どもにとっては父親であり、母親であり続けます。
親の相続で争っても、最後に助け合えるのは兄弟姉妹。しかし、問題解決が長引くほど、問題は複雑になり、ときには家族の関係が修復不可能になることもあります。家族間の問題こそ、なるべく争わずに、合理的で理性的に解決できることが理想といえるでしょう。
そんな家族間の問題に対し、「ADR(Alternative Dispute Resolution:裁判外紛争解決手続)」という、裁判によらない新しい話し合いの方法で早期解決に取り組むのが、一般社団法人 家族のためのADR推進協会(外部リンク)です。今回は同協会の代表理事・小泉道子(こいずみ・みちこ)さんに、「ADR」の特長や問題解決の取り組みについてお話を伺いました。
時代が変わっても、「離婚」に対するハードルが高い日本の社会
――小泉さんのもとに寄せられる相談内容も踏まえて、昨今の家族問題には、どのような傾向が見られますか?
小泉さん(以下、敬称略):日本の社会における「戸籍」の社会的拘束力の強さは今も昔も変わっていないなと感じます。本来は「結婚」も「離婚」も法律上の契約であり、残念ながらうまくいかなかったら「やめる」という選択肢があってもいいはずです。
例えば、楽しそうと思って始めたテニスが自分に合わなかったら、すぐに「やめる」という選択肢が頭に浮かぶのではないでしょうか。ところがこれが「結婚」になると、社会的拘束力が強く、「やめる」という選択肢がなかなかできないのが日本の社会の現状です。
それ以外にも、別れた相手に子どもの親権を奪われる、収入が減ってしまうなど、離婚することによって失うものが多過ぎて、不幸な結婚生活を送りながらも、二の足を踏んでいる方は本当に多いですね。
私のもとに来られる中にも、15年や20年と長い間悩み続けて、ようやく離婚に向かって動き出したという方がたくさんいらっしゃいます。

小泉:一方で、民法の一部改正が進み、2026年5月までに「父母の離婚後の子の養育に関するルール(※)」が見直され、施行されることになりました。
これまでは離婚をしたら子どもには会えないものだと諦めていた父親たちが声を上げるようになったり、働く母親が増えたことで「夫婦としての関係は終わっても、子どもを育てる父母として関係を維持しよう」という感覚が少しずつ広がってきています。今回の法改正によりそれが加速するのではないかと思っています。
また、子どもがいない方の離婚は以前よりもハードルが低くなってきたのではないでしょうか。
これは余談ですが、マッチングアプリや結婚相談所を通して結婚した夫婦の離婚相談が増えていることも、最近の傾向といえます。
- ※ 令和6年5月に民法等の一部を改正する法律(父母の離婚後等の子の養育に関する見直し)が成立。父母が離婚した後も子どもの利益を確保することを目的に、子どもを養育する親の責務を明確化するとともに、親権、養育費、親子交流などに関するルールが見直された。参考:法務省民事局「父母の離婚後の子の養育に関するルールが改正されました」(外部リンク/PDF)
――小泉さんは、家庭裁判所調査官(※1)としてさまざまな家族の問題にかかわってきたとのことですが、家族のためのADR推進協会を設立した経緯について教えてください。
小泉:日本では離婚する夫婦のうち約90パーセントは協議離婚であり、家庭裁判所(以下、家裁)に調停を申し立てる夫婦が9パーセント程度(※2)います。調停を起こす夫婦は感情の対立が大きいことが多く、とにかく揉めます。
不思議なもので、人間は揉めれば揉めるほど相手のことが憎くなり、次第に自分の幸せはさておいても、相手の不幸を祈るようになってしまうんですね。こうなると、狭間に置かれた子どもたちは本当にかわいそうな立場に置かれます。
私たち家庭裁判所調査官は、子どもたちの生の声を聞き取って父母に伝えるのですが、ご本人たちは夫婦間の葛藤が高いが故に、子どもの声を自分のバイアスなしに聞くことが難しくなっています。
また、幼い女の子が自分の弟を守ろうとして緊張している姿や、お母さんから「何か聞かれたら、ここに書かれている通りに話すのよ」とメモを渡されている姿など、子どもたちが大人に振り回されながらも必死で頑張っている姿を目の当たりにして、とても胸が痛みました。
仕事そのものにはやりがいを感じていましたが、形式として協議離婚を選んでいる90パーセントの人たちのために何かできることはないかという思いが、家族のためのADR推進協会の設立につながりました。
- ※ 1.家庭裁判所調査官は、家庭裁判所で取り扱う家事事件(離婚、養育費、相続、成年後見など家庭に関する事件全般),少年事件などについて、調査を行うのが主な役割
- ※ 2.離婚の手段は4種類。「協議離婚」は、夫婦間の話し合いで合意し、離婚届を市区町村役場に提出することで成立する離婚。「調停離婚」は家庭裁判所の調停手続(夫婦関係調整調停)を利用して話し合い、離婚すること。家庭裁判所の調停委員が夫婦双方の話を聞き、離婚の合意や財産分与などの離婚条件について調整を行う。「審判離婚」は、家庭裁判所が離婚の審判を下して成立させる離婚。調停が成立しない場合や、離婚をしたほうが双方のためになると判断された場合に利用される。「裁判離婚」は、夫婦間で離婚の合意ができない場合に、裁判所が離婚を認めるか否かを判断する離婚。最終的に裁判所が判決を下し、離婚成立の可否や、離婚する場合の離婚条件を決定する。審判離婚、裁判離婚の割合は1パーセントに満たない 注釈

家庭裁判所よりも利便性が高い「ADR」
――そもそも「ADR」とは、どんな仕組みでしょうか? 家裁との違いについても教えてください。
小泉:ひと言でいうと、裁判所は「国が運営する話し合いの場」であるのに対して、「ADR」は「民間が運営する話し合いの場」です。民間の機関ではありますが、ADR法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律※)に基づき、法務省によって監督を受けています。
また、法務大臣が認証を与えた機関のみが、認証機関として特定分野の問題を扱うことができます。

小泉:「ADR」の特長としては、まずは利便性が高いことが挙げられます。「ADR」は無料ではありませんが、解決までにかかる期間は平均約3カ月、98パーセントがオンライン調停です。もちろんメールも利用できますし、家庭裁判所と違って平日夜間や土日に調停を行うことも可能なんです。
一方で、一般的に、裁判所に離婚調停を申し立てた場合、調停が行われるのは1カ月から2カ月に1回程度、解決までにかかる期間は半年から1年と長引く傾向にあります。
また、家庭裁判所はいまだにメールの使用が許可されていないため、当事者は何か伝えたいことがあったら電話や手紙を利用しなければなりません。裁判所によっては12時から13時はお昼休みで出られなかったり、17時には電話受付が終わってしまったりします。
そうなると、働いている人は、なかなか電話することができませんよね。弁護士を付ければオンライン対応も可能ですが、そうすると費用がかさみます。
――時間や費用がかかるからという理由で協議離婚を選ぶ人も多いと思います。家族のためのADR推進協会が運営する「家族のためのADRセンター」ではどのように相談者をサポートされているのでしょうか。
小泉:離婚協議の仲介に加えて、一般的な離婚条件や子どものメンタルケアなどについて学ぶ「離婚講座」や、離婚したいと悩んでいる人に対してカウンセリングも行っています。
離婚問題に悩んだとき、多くの人は弁護士の法律相談に行くのではないでしょうか。でも、今は便利な時代なので、ちょっと検索すれば離婚に関する法律も分かりやすく解説されたサイトがたくさん見つかりますよね。
むしろ、離婚を考えたときに知りたいのは、「果たして本当に離婚するべきかどうか」や「離婚が子どもにはどんな影響を与えるのか」「子どもにどんな風に説明をした方がいいのか」「離婚する前に別居するべきだろうか」など、実際の生活にひもづく、たくさんの小さな疑問ではないでしょうか。
日本ではまだまだ離婚に対するハードルが高く、気持ちの整理も必要です。私たちは1対1で話し合いながら、まずはご自分の気持ちを明確にし、疑問を一つ一つ解消していく作業を行っています。
――小泉さんのもとにいらっしゃる方のお悩みには、どのような傾向が見られますか?
小泉:最も多いのは、「離婚もしくは別居をしたいのに、相手が応じてくれない」というご相談です。できれば穏便に解決したいが、相手からNOと言われてしまったため、どうやって先に進めばいいか分からないというケースがほとんどです。
――一度は好きになった相手だからこそ、できれば穏便に、と思われる気持ちもよく分かります。ただ、家族の問題を「恥ずかしいこと」と捉えて相談することを避けている人、誰に相談したらいいか分からないという人も多いと思います。「ADR」にはどんなタイミングで相談したらよいのでしょうか?
小泉:できれば早い段階のタイミングが良いですね。例えば「離婚」の2文字が頭をよぎったら、相談いただくのがベストだと思います。というのも、住宅ローンやお仕事のこと、お子さんの就学環境など、離婚までに時間をかけて準備する必要があるケースもあるからです。
とはいえ、なかなか前もって離婚に向けて準備をしよう!という気持ちにはなれませんよね……。
結婚生活には多かれ少なかれ波があり、「もう無理だ」と「まだもうちょっと頑張れそう」の繰り返しだと思います。波が「もうこれ以上は無理!」となった瞬間に、その勢いに乗って相談いただけたらと思います。
「ADR」の目的は、法的にも心情的にも「納得がいく」解決をすること
――これまでに解決した家庭の事例や、印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
小泉:事例は家庭によって本当にさまざまです。例えば、平均約3カ月で解決すると話しましたが、必ずしも早期解決することを良しとしているわけではありません。
例えば、両親共に子育てに積極的に参加していて、お互いにそれなりに収入が安定しているケースでは、まずは期間を決めて別居をし、「離婚後の育児分担」や「面会交流プラン」を立て、プラン通りにできるか、また、離婚したら生活がどう変わるかを体験していただくこともあります。
その上で迷いが出てきたら、もう一度話し合ってもらうために一旦休止にすることもあります。
――お一人一人に寄り添ってプランを立てられているんですね。小泉さんがお仕事をされる上で最も大切にされていることはなんでしょうか。
小泉:法的にも心情的にも、お互いが「納得がいく解決」を目指すことです。
もちろん、相手があることなので、100パーセント思い通りにはならないし、不満に思うこともあるでしょう。それでも「それは仕方ないな」とか「ここで手を打とう」と納得して、自分で決断することが、その人を前に進ませると思うのです。
では、どうやって納得に導くかというと、離婚を申し立てた方にも、相手方にも、丁寧に寄り添うことしかないと思っています。話し合いの中で少しでも「不満」とか「納得がいかない」というような言葉が出たら、聞き逃しません(笑)。納得がいくまで、何度でも話し合いを重ねます。
「別れた相手に無理やり決められた、という気持ちで終わるのは嫌ではありませんか? 話し合って納得した上で、ご自分で決めたこととして終わりましょう」というふうに……。逆にいえば、納得がいかなければ、合意する必要はないんです。

――「ADR」で問題を解決した家族からはどのような声が寄せられていますか。
小泉:過去3年間に利用した方にアンケートをとったところ、「人生が変わりました」「別れた夫は子どもと今もいい関係を築いています」という声が大半ではありましたが、なかには、相手方から家庭内の問題に第三者を入れることに対する不満の声もありました。
その背景には、「そもそも離婚したくなかった」ことに加えて、「1対1なら自分の思い通りに進められたのに、第三者が入ったことでそれができなかった」という思いがあるんですね。
この声を聞いた時に、「相手方を納得に導く」にはまだまだ課題があると感じました。
――複雑化している家族の問題に対して、社会全体で必要な取り組みとはなんでしょうか。
小泉:1つは、より多くの方が「親が離婚をしても、親子であることには変わらない」という認識を持つことです。
1人で子育てしている方からは「別れた相手に子どもを会わせたくない」「養育費をもらったら会わせなければならない。だったらもらわないほうがいい」という声をよく聞くのですが、子どもにとっては大好きな親に会えない、生活資金ももらえない、とダブルパンチだと思うんです。
離婚カウンセラー(※)や弁護士といった、相談にのられる方は親に寄り添うことももちろん大切ですが、それ以上に子ども自身がどう思っているのか、子どもたちの権利や未来にも目を向けてほしいですね。
- ※ 夫婦間の問題や離婚問題に悩む人に対して、心理的なサポートやアドバイスを行う専門家

小泉:もう1つは、子どもの有無にかかわらず、対等な結婚生活を送るための取り組みも必要だと思います。
少し話が大きくなりますが、私は多くの社会課題の解決策は「教育」にあると考えています。「仕事を持つことの大切さ」や「結婚は幸せになるための契約であり、お互いに解約することができる」こと、「そもそも結婚はゴールではない」こと、「結婚とは対等な関係で、お互いがうまくやっていく努力が必要だ」ということなどを、教育現場を含めて社会全体で周知しなければ、日本の結婚に対する価値観は変わらないのではないでしょうか。
――最後に、「ADR」を活用する人が増えることで、社会にどんな変化があるのでしょうか。
小泉:厚生労働省が行った「令和3年度全国ひとり親世帯等調査」(外部リンク)によると、協議離婚をしている親は、調停や裁判といった「その他の離婚」と比べて、養育費の取り決めをしている割合が低いというデータが出ています。取り決めをしなかった理由の中で最も多いのが「相手とかかわりたくない」、その次に「相手に払う意思がないと思った」「相手に支払い能力がないと思った」と続きます。

小泉:この結果からも、協議離婚をした夫婦の多くが養育費の存在を知りつつも、なんらかの理由により請求をあきらめていることが分かります。
ひとり親家庭のうち、3から4割が泣き寝入りをしているといわれており、「ADR」が広く知られることで、お互いに納得がいく条件での離婚ができ、ご自身や子どもの幸せな未来にもつながるのではないかと考えます。
編集後記
社会的価値観の多様化に伴い、家庭や家族の問題も複雑化しています。そんな中、争わない解決手段として注目される「ADR」が、なぜ離婚問題に有効なのかを探るべく、今回小泉さんにお話を伺いました。
「離婚は夫婦の問題」とよくいわれますが、子どもにとっても親の離婚は人生を左右する大きな問題です。もちろん、初めから「いつか離婚するかもしれない」と考えながら結婚する人はいないと思いますが、明日はわが身に降りかかるかもしれません。
離婚問題を相談できる窓口として「ADR」が存在することを覚えておくと、自分や身近な人が離婚問題に直面した際に、その後の人生を幸せに送るための手助けになるかもしれません。
撮影:永西永実
〈プロフィール〉
15年間、家庭裁判所調査官として全国の家庭裁判所で勤務。離婚や相続といった家庭問題の解決に従事する。その後独立し、一般社団法人 家族のためのADR推進協会を2017年に設立。家族や親族にまつわる問題の中でも、特に子どものいる夫婦の離婚問題に注力。親が離婚しても、親も子どもも自分らしく暮らせる社会を目指して活動する。主な活動として、相談業務やADRの他、自治体での離婚講座講師経験も多数。そのほか、YouTubeチャンネル『家族のためのADRセンター 離婚テラス』ではさまざまな離婚に関する情報を発信している。
一般社団法人 家族のためのADR推進協会 公式サイト(外部リンク)
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