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どんぐり育成が「命を守る」一歩に。林業従事者以外も巻き込む、土砂災害による人的被害ゼロへの道
- 林業の資金・人手不足の問題が、土砂災害の被害増加につながっている
- ソマノベースは「森や林業を身近にする」取り組みを通じ、土砂災害による人的被害ゼロを目指している
- 山間部に住んでいなくても、土砂災害の当事者になり得る。地域の山を「遠い自然」から「守るべき対象」へ変える意識が不可欠
取材:日本財団ジャーナル編集部
近年、豪雨や台風の影響により、日本各地で土砂災害が相次いでいます。気象庁が公表している「日本の気候変動2025」(外部リンク)によると、1980年頃と比較し、2015年から2024年の10年間の大雨発生頻度は約2倍増加。併せて大雨の強度も全国平均で高まっています。
気候変動が進む中、土砂災害による人的被害をいかに減らすかは、重大な社会課題となっています。
こうした課題に、森づくりという視点から向き合っているのが株式会社ソマノベース(外部リンク)。和歌山県を拠点に、ユーザーが育てたどんぐりの苗を山に植えるプロジェクト「MODRINAE(戻り苗)」を展開し、森を身近に感じる体験の提供と、災害に強い山づくりの両立を叶えています。
今回は、代表取締役CEOの奥川季花(おくがわ・ときか)さんに、土砂災害による人的被害を減らすための取り組みや、林業が抱える問題解決のために必要なことを伺いました。
土砂災害の背景にあるのは林業が抱える課題
――ソマノベースは「土砂災害による人的被害をゼロにする」ことを目的に設立されたとのことですが、そもそも土砂災害はどうして起こるのでしょうか。
奥川さん(以下敬称略):土砂災害は、大きく分けて「表層崩壊」と「深層崩壊」の2つに分けられます。
表層崩壊は、山の表面から1〜3メートルほどの浅い部分が崩れる現象で、雨量や地質に加え、斜面に木が生えているかどうかが大きく影響します。樹木の根は土壌を網目状につなぎ、雨水による流出を抑える役割を果たすため、植林や適切な森林管理によって、発生のリスクを下げることができるんです。
小さな土砂流出でも、ダムに堆積すれば貯水容量が減り、大雨時の洪水リスクが高まります。山で土砂の流出を抑えることは、流域全体の安全につながるのです。
一方、深層崩壊は、より深い地層から山全体が崩れる大規模な災害で、主な要因は地質構造や極端な豪雨です。現時点では人の手で直接防ぐことは難しく、ダム整備や避難計画など、被害を最小限に抑える対策が中心となります。

――土砂災害への対策について教えてください。
奥川:深層崩壊のような大規模な災害は、地質や極端な豪雨が原因となるため、避難体制の整備や情報伝達など、「災害が起きた際に被害を最小限に抑えるための対策」が中心となります。
一方で、表層崩壊については、人と自然の関わり方次第でリスクを下げることが可能です。重要なのは、山を使いっ放しにせず、きちんと次につなげていくことです。木を切ったら植える、成長に合わせて間伐を行うなど、基本的な森林管理が続けられていれば、雨水の流出を抑え、土砂の崩落を起こりにくくすることができます。
しかし、こうした管理が行き届かない山が増えているのが現状です。本来は防災機能を持っているはずの森が、その役割を果たせなくなっているんです。
だからこそ、山の管理を一部の専門家だけに任せるのではなく、社会全体でどう支えていくかを考えることが、これからの土砂災害対策には欠かせないと感じています。

――国内の林業における課題も関係しているのでしょうか。
奥川:そうですね。林業が抱える課題は複合的ですが、なかでも林業全体の経済的困窮と、木を切ったあとに植え直す「再造林」の停滞が大きな問題です。
木材価格は長期的に下落しており、50年かけて育てた木でも、丸太1本あたり2,000円から3,000円程度にしかならないケースもあります。この水準では伐採して売ることはできても、その後に苗を植え、山を更新するための投資にまでお金が回りません。
さらに、安価で安定供給される外国産木材との競争も厳しく、国産木材を選ぶ積極的な理由を見出しにくい状況があります。その結果、伐採後に再造林されずに放置される山が増え、悪循環が続いているのです。
――産業を支える人の面では、どのような課題がありますか。
奥川:労働環境の厳しさと人材不足も深刻です。林業は全産業の中でも死傷者数が多く、危険性の高い仕事とされていますが、この状況は長年大きく改善されていません。
収益性も低いため十分な人員を確保しづらく、結果として効率を優先せざるを得ない場面があります。その過度な効率化が、かえって安全面のリスクを高めるという問題が生じています。

森を育てる体験が、防災を「自分ごと」に変える
――これらの課題に対して、どのような解決策が考えられるのでしょうか。
奥川:全ての課題に共通して私が大切だと思うのは「山の手入れを、限られた専門家だけの仕事にしないこと」です。専門知識や体力が必要な林業の現場は、どうしても関わる人が限られ、担い手不足が加速してきました。
そこで重要となるのが、山づくりへの関わり方を分解し、入り口を増やすことです。いきなり山に入って作業をする必要はありません。苗を育てる、植林に関心を持つ、地域の山の現状を知る。そうした小さな関わりが、山を放置しないための土台となります。
林業の外から、異なる専門性を持つ人たちが関わりやすくすることも重要です。
――そのためにソマノベースが行っていることを教えてください。
奥川:ソマノベースの代表的な取り組みが「MODRINAE(戻り苗)」です。「MODRINAE」は、誰にとっても身近であるどんぐりから苗木を育て、成長したところでそれを山に返して植える仕組みです。
現在は和歌山県、北海道、東京都の3拠点でプロジェクトを展開し、それぞれの地域の気候や山林環境に適したどんぐりの樹種を選定しています。
森づくりを専門家だけのものにせず、誰もが楽しく、主体的に参加できる防災の形を目指しました。森の一部を育てる体験を通して、防災を「自分ごと」として感じてもらう。その積み重ねが、林業が抱える課題解決や、土砂災害による人的被害の軽減につながると信じています。

――プロジェクトは、どのような流れで進んでいくのですか。
奥川:「MODRINAE」は公式サイトでどなたでも購入が可能で、最初に木の鉢、どんぐり、土のセットが届きます。苗木を育てる目安は約2年間。30センチほどの大きさまで成長したところで、郵送で返送、もしくは毎年開催される植樹ツアーに参加し、自らの手で山に植えることも可能です。
山に植えられた苗木は、ソマノベースや地域の林業家が仕事として引き継ぎ、継続的に管理し参加者が育てた苗を植えて終わりにせず、プロの手で守り育てていく体制が整えられています。
苗を送り出した後は、どんぐりと土のみを再購入し、次の育成サイクルを始めることもできます。

林業を開く「架け橋」へ、人と森をつなぐ新しい仕組み
――一般の方を巻き込む仕組みづくりは、これまでの林業の常識にとらわれないものだと感じます。
奥川:災害や人手不足など、林業が抱える課題は30年以上大きく変わっていないと言われているんです。異なる専門性や視点を持つ人材が関わることで、これまでになかった発想や仕組みが生まれる。その積み重ねが林業の抱える課題解決につながると捉えています。
ソマノベースのメンバーも、林業現場の出身者だけでなく、デザインやプログラミングなど、他分野のバックグラウンドを持つ人がほとんどです。
――林業に多様な視点を取り入れ、業界をさらに開いていくための具体的な取り組みも教えてください。
奥川:ソマノベースは「専門性が高い」という林業のイメージを覆し、山に関わりたいと願う人や企業の「架け橋となる存在」を目指しています。
「MODRINAE」の他、定期的に企業を巻き込んだセミナーなどを開催しています。外からは見えにくい林業の複雑な構造や、他社・他地域の取り組みを積極的に共有することで、企業や個人が参入しやすい土壌づくりを進めています。

――既存の防災活動に対しては、どのような点に問題を感じていますか。
奥川:土砂災害対策に関わる中で、防災訓練やセミナーの参加者が高齢者の方に偏っている現状を目の当たりにしました。若い世代や、防災に関心を持ちにくい層には情報が届いていません。このままでは人的被害を減らせないのではないか、という危機感を抱きました。
老若男女関係なく、多くの人がより気軽に関われるオープンな情報発信の必要性を感じています。
――最後に、土砂災害による人的被害を減らすために、社会としてどのような方向を目指すべきだと考えていますか。
奥川:土砂災害による被害を減らすためには、インフラ整備や避難計画といった行政主導の対策だけでなく、一人一人が防災を「自分ごと」として捉えられる社会をつくっていくことが重要だと感じています。
これまで、林業や防災対策は専門性が高く、限られた人だけが関わる分野になりがちでした。しかし、山の管理や防災の問題は、私たちの暮らしと切り離せるものではありません。森や山と日常的に関わる人が増えれば、災害リスクへの理解も自然と深まり、いざという時の行動にもつながります。
将来的には、年齢や立場を問わず、多くの人が森や防災に関心を持ち、情報を共有し合える状態が当たり前になること。その積み重ねが、土砂災害による人的被害を限りなくゼロに近づけられると考えています。
土砂災害による人的被害を減らすために、私たち一人一人ができること
最後に奥川さんに土砂災害による人的被害を減らすために、私たち一人一人ができることをお伺いしました。
[1]自分の住んでいる地域が、どの山とつながっているのかを調べる
土砂災害は、山間部だけの問題ではない。都市部を含む多くの住宅地は、山や川の「下流」に位置している。自分の暮らす場所が、どの山や流域とつながっているか、その視点を持つだけで、災害は遠い出来事ではなく、身近に起こりうると認識できる
[2]身近な自然に目を向け、できることから関わってみる
防災や森づくりは、特別な知識がなくても始められる。例えば、街中でどんぐりを拾い、土に埋めて育ててみる。そんな小さな行動でも、植物の成長を通じて「森」や「山」とつながる感覚を持つことができる
[3]楽しみながら、森や山とつながり続ける
登山やハイキングなど、レジャーとして山を楽しむことも立派な関わり方の一つ。さらに、植林ツアーや保全活動への参加、応援したい山への寄付など、関わり方はさまざま
クマの被害のニュースを見て、山林の荒廃が気になり、ソマノベースを知りました。
豪雨や土砂災害が毎年のように報じられるなか、「森を育てること」が私たちの日常とどう結びつくのかは、どこか遠い話に感じられがちです。しかし、どんぐりを拾い、育て、森へ返すソマノベースの取り組みは、自然と人との距離を確かに縮めていました。
土砂災害を防ぐための森づくりは、特別な人だけのものではありません。このプロジェクトは、私たちの意識を変えるきっかけとなるプロジェクトだと感じました。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。