未来のために何ができる?が見つかるメディア
誰もが移動することを諦めない社会づくりを! モータージャーナリスト竹岡圭さんが語る理想の「福祉車両」とは?
- 「福祉車両」とは、高齢者や障害者の移動をサポートするために特別に設計された車のこと
- 買い物やお出かけなど「普段から使える車」として進化しているものの、「特別な車」という先入観が普及の壁になっている
- 高齢化や過疎化が進む未来。福祉車両を当たり前の選択肢として捉える環境づくりが、誰もが移動を諦めなくていい社会につながる
取材:日本財団ジャーナル編集部
ショッピングモールや飲食店の駐車場で、車いす専用の駐車スペースを見かけることが増えてきました。一方で、そういった福祉車両を利用したことがある人や、その必要性を「自分ごと」として考えたことがある人は、まだ多くないかもしれません。
「福祉車両」とは、高齢者や障害のある人の移動を支えるため、乗り降りや運転をしやすいように設計された車のこと。車いすのまま乗ることができる「車いす仕様車」や、自分で運転操作を行う「自操式車両」、シートが回転・昇降するタイプなどさまざまな種類があり、見た目もスタイリッシュに「普段から使える車」として進化を遂げています。
高齢化が進む日本では、介護や身体の不自由さによって「移動」に困難を抱える人が増えています。にもかかわらず、高齢者や障害のある人のための車と「特別視」されがちで、それが普及の壁になっていると、モータージャーナリストの竹岡圭(たけおか・けい)さんは話します。
竹岡さんは、父親の介護や、自身が変形性股関節症を患った経験から、「福祉車輌取扱士スペシャリスト(※1)」の資格を取得し、最新の福祉車両の性能や、それにより広がる暮らしの可能性を発信しています。
「父にもっといろいろな景色を見せてあげたかった」
そう振り返る竹岡さんに、福祉車両の現在地や普及における課題、そして誰も移動することを諦めなくていい社会づくりのヒントを伺いました。

資格取得のきっかけは、父の介護と自身の病気
――まずは竹岡さんが、福祉車輌取扱士スペシャリストの資格を取得されたきっかけを教えてください。
竹岡さん(以下、敬称略):福祉車両に興味を抱いたのは2006年頃に末期の肺がんとなった父の介護を経験したこと、そして2016年に私自身が変形性股関節症(※2)という病気になったことです。激痛で歩けなくなることもあり、「このままでは車を運転できなくなってしまうかもしれない」という恐怖を感じました。
結果的にその後、両足の人工股関節置換の手術を受けたので運転に支障はなくなりました。ですが当時は車に関わる仕事をしていたこともあって、車に乗れなくなったら困るという思いが強くあったんです。
そのときに頭に浮かんだのが、福祉車両でした。
父を介護していたとき移動に困る経験もしていましたし、もし自分の体に何かがあり足が動かなくなっても、福祉車両なら手で運転することもできる。これを機に福祉車両について学ぼうと思い、福祉車輌取扱士、そして上位資格である福祉車輌取扱士スペシャリストの資格を取得しました。
――お父さまの介護の場では、「移動」に関してどんな困難がありましたか。
竹岡:病院への移動はとくに大変でした。私の父は178センチメートルと大柄で、私とは20センチほど身長差があり、支えながらバランスを取るのがとても難しかったです。
また当時私が乗っていた車はVWゴルフGTIとBMW MINI R50の2台でどちらも車高が低めの車だったので、乗り込むときに腰を大きく落とさなければならず、それもかなり負担になっていました。
その後、父は歩くこと自体が難しくなり、移動手段が車いす、ストレッチャーへと変化していきました。そのたびに、車いすが乗るバンをレンタルしたり、介護タクシーを利用したりしていましたね。
介護は、本人の状態が少しずつ変わっていきます。それに併せて必要な移動手段も変わっていく大変さを強く感じました。
――要介護状態のお父さまと、お出かけをされることもあったのでしょうか。
竹岡:はい。印象深かったのはちょっと笑ってしまう話なんですけど、「自分が入るお墓を掃除して、あいさつをしておきたい」と父が言い出し、お墓のある軽井沢に連れていったことです。その道中では食べ歩きも楽しみ、いい思い出になっています。
ただ、実際に介護をしながら出かけてみると、エレベーターの位置が分かりづらかったり、バリアフリーの動線が複雑だったりと、移動に関する課題もたくさん見えてきました。
介護はする側もされる側も、心の負担がとても大きいと思います。お互いに気を使うし、本音を言えないことも多い。
父も「ここに行きたい」といろいろと話してくれてはいましたが、本当はどこまで我慢していたのか、どんな気持ちだったのかは分かりません。だから、もっといろいろな景色を見せてあげたかったなという思いは今でもあります。


福祉車両を特別なものにしない。それが進化と普及を後押しする
――現在、福祉車両はどのように進化しているのでしょうか。
竹岡:最近では、ホンダさんやマツダさんが手だけでアクセルやブレーキを操作できる車両を展開しています。操作方法は違いますが、どちらのメーカーの車両も、通常のペダル操作と手動操作を切り替えられるため、1台の車を家族で共有することができるのが特徴です。
現在の福祉車両は、新しい技術が次々と登場しているというより、既存の機能をさらに使いやすく磨き上げるアップデート型の進化を遂げています。つまり「福祉車両」という特別なカテゴリーを発展させるというより、どんな人にとっても使いやすい車へと進化している感覚です。
――どんな人にとっても使いやすい、とはどういうことでしょうか。
竹岡:例えば、運転席や助手席のシートが回転したり、外側に傾いたりしてせり出す機能が一般車両のオプションとして普及し始めています。これは福祉目的だけでなく、膝が痛い方や着物を着ている方の乗り降りにもとても便利で、福祉車両という枠を超えた進化といえます。
また車いすを載せるためのスロープ付き車両も進化しています。
これまでは使わないときはスロープを立てて収納するのが一般的でしたが、この状態ですと荷物が積みにくかったんです。最近ではスロープを前倒しできる車種も登場し、車いすを使わないときは普通の乗用車のようにフラットな荷室として使えるようになりました。
さらに、スロープ自体も短くなり、狭い場所でも展開しやすくなるといった、細かな改善が積み重ねられています。
――海外の状況はどうでしょうか。
竹岡:進んでいる国と比べると、日本はまだ発展途上だと感じます。
私自身はまだ実際に行けていないのですが、ドイツの福祉機器展示会「REHACARE」では、もっとスタイリッシュなデザインのものや、一般車両に後付けできる福祉パーツなども多く展開されていると聞いています。
――日本の福祉車両の開発が進みにくい理由はなんでしょうか。
竹岡:自動車メーカーにとって、福祉車両は販売台数が限られる小さなマーケット。ただでさえ日本は人口減少が進み、一般乗用車市場も伸びにくくなっています。そのなかで、各メーカーは世界市場に向けて車をつくらなければなりません。
でも国ごとに安全基準や燃費、排ガス規制などが異なるので、それら全てに対応しながら福祉車両まで展開するのは、かなりハードルが高いんですよね。
――その状況を変えるには、どんなことが必要だと思われますか。
竹岡:車両そのものをゼロから開発するのは、どうしてもコストがかかります。そのため、今後は既存の車に後付けできる装置やパーツの開発が、普及のカギになると思っています。
――利用者側にもハードルはありますか。
竹岡:はい。例えば、介護期間が短い場合、高価な福祉車両を買い替えるのは大きな負担です。福祉車両のサブスクリプションやレンタルの仕組みは、まだ十分とはいえません。
また、日本には「不自由さを隠したい」という文化も根強く残っていると感じます。「福祉」という言葉がつくだけで、高齢者や障害のある人専用の特別な乗り物という印象になってしまう。そこが普及のハードルになっている部分は大きいと思います。
それを超えるためには、「介護に必要だから仕方なく使う」のではなく、「便利だから選ぶ」という感覚に変わっていくことが重要だと思うんです。
例えば、高齢者向けのスマートフォンでも、「高齢者専用」と強く打ち出されると、選ぶことに抵抗を感じる人もいますよね。その点、iPhoneは「Pro」や「Max」といったモデル名によって、自分に必要な機能を前向きに選べ、そのなかで自分に合わせてカスタマイズがしやすいようになっています。
福祉車両も「便利だから選ぶ」「かっこいいから選ぶ」という感覚で、自然に選択できるようになるといいなと思います。


竹岡圭さんが考える「人に優しい車」とは?
――モータージャーナリストと福祉車輌取扱士、両方の視点から見た、人にとって本当に優しい車とは、どんなものだと思いますか。
竹岡:まず、誰が見ても「かっこいい」と思えるデザインであること。そして、とにかく簡単に使えることが重要だと思います。結局、操作が面倒なものは使わなくなってしまいますから。
介護はする側、される側のどちらにも心理的な負担があります。でもやっぱり出かけたいと考えるのは、人間の本能です。おいしいものを食べたいし、きれいな景色を見たい。介護が必要になっても、その間を少しでも楽しく過ごせるように、福祉車両も改良されていくといいのかなと思います。
――誰もが移動を諦めない社会のために、必要な意識のアップデートとはどんなものでしょうか。
竹岡:これからは高齢者が確実に増えていきます。それは決して特別なことではなく、身近にいる人も、そしていつか自分自身も必ず年齢を重ねるということです。だから福祉という特別な枠で考えるのではなく、「自分ごと」として捉えていく必要があると思います。
もちろん人同士が助け合うことも大事ですが、これからは人手不足も進みます。道具や技術に頼ることは絶対に必要になってくると思います。
私自身、変形性股関節症になって、歩けなくなるかもしれないと感じた時に、改めて車の可能性も実感しました。車は足の代わりになってくれる大きな可能性を持っているからです。
さらに地方の高齢化や過疎化が進むにつれて、路線バスなどのライフラインがなくなっていっても、自動運転の技術が新たな可能性になるかもしれません。それを福祉のためだけではなく、誰にとっても便利なものとして開発していくことが大切なのだと思います。


誰もが自由に移動できる社会づくりのために、私たち一人一人ができること
最後に、病気や障害の有無に関係なく、誰もが移動することを諦めなくていい社会にするために、私たちにできることを竹岡さんに伺いました。
[1]高齢化や体の不自由さを自分ごとだと捉える
高齢化や障害は、特別な誰かの問題ではなく、自分や大切な家族にも起こりうること。まずは「いつか自分にも起こるかもしれない」と想像することが、助け合いの第一歩になる
周囲に意識を向け、何に困っているのかを想像する
スマートフォンなどに集中し、自分の世界だけを見てしまいがちな今だからこそ、周囲に目を向けることが大切。移動に困っている人がいないかを少し想像するだけでも、社会はもっと生きやすくなる
[3]声をかけ合い、譲り合う空気をつくる
「心のバリアフリー」を育むためには、日常の小さな声かけや譲り合いが欠かせない。困っている人を見かけたら「何かお手伝いしましょうか」と、声をかけてみる。その積み重ねが、誰が生きやすい社会につながっていく
人の移動の可能性を広げてくれる車。その力を知っている竹岡さんの言葉からは、福祉車両が単なる介護のための車ではなく、人の人生や選択肢を支える存在であることが伝わってきました。
そして「福祉」という枠で特別視しないことが、開発や普及においても重要です。そうした意識が広がることで、年齢を重ねても、体が不自由になっても、誰もが自由に移動できる社会の実現につながっていくのではないかと感じました。
撮影:永西永実
- ※ 1.「福祉車輌取扱士スペシャリスト」とは、福祉車両に関する専門知識を持ち、利用者に合った車両選びや活用方法を提案する専門資格
- ※ 2.「変形性股関節症」とは、股関節のクッションの役割を果たす「関節軟骨」がすり減り、痛みや歩行障害を引き起こす病気のこと
竹岡圭(たけおか・けい)
モータージャーナリスト、福祉車輌取扱士スペシャリストとしてテレビや雑誌、Webメディアなど幅広い媒体で活躍する。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)副会長、日本・カー・オブ・ザ・イヤー選考委員、JAFモータースポーツ振興委員会委員、自動車技術会正会員、国際交通安全学会委員なども務める。
竹岡圭さん公式YouTube「圭Tube☆竹岡圭のカートークバラエティ☆」
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。