【ソーシャル人】“先生ファースト”で教育現場にイノベーションを起こす若きパイオニア

写真:株式会社ARROWS社長の浅谷さん
株式会社ARROWS社長の浅谷さんが目指す教育現場のあり方

取材:日本財団ジャーナル編集部

この記事のPOINT!

  • 教育現場には課題が多くあり、多くの先生が働きづらさを感じている
  • 制度の見直しではなく、現場にいる「先生」を直接サポートすることが課題解決の近道である
  • 日本の先生の過度な忙しさを解消し、創造的な授業ができる環境作りを目指す

「世の中」あるいは「誰か」のために役立つ仕事をしたい。そんな志を抱く若者に向けて、社会課題に対し自らの意志と力で歩み、日々向き合っている先輩たちの声を届けるのが連載企画「ソーシャル人」だ。 

第2回は「教育現場の改革」を事業化することに成功した、株式会社ARROWS(以下、アローズ)の代表・浅谷治希(あさたに・はるき)さんにインタビュー。全国の先生がネット上でつながり、意見交換や、教材やノウハウのシェアができるプラットホーム「SENSEIノート」をはじめとする革新的なツールが誕生した経緯とは?利益を生み出すことが難しいとされる教育の領域に足を踏み入れたきっかけや、彼の思い描く「教育」における理想とともに話を伺った。

情熱を持って子どもたちと向き合う「先生」たちの課題を解決したい

2019年4月、教育現場の改革に取り組む「株式会社LOUPE(ルーぺ)」は事業拡大に伴い「株式会社ARROWS」へ生まれ変わった。同社は現在教育分野に力を注いでいるが、いずれは世界規模での課題の解決に取り組むことも視野に入れ、社員全員で会社としてのミッションを考え直したと代表の浅谷さんは語る。

「僕たちが授かった知性は、困難を乗り越えるためにあると思うんです。そこで『世界的課題に取り組む、知性の体現者であり続ける』ことをミッションに掲げることを決めました」

そんな浅谷さんは、ソフトバンクグループ株式会社の代表・孫正義さん、株式会社サイバーエージェントの代表・藤田普さんと並び、Yahoo!がインタビュー企画「平成、そして新時代」(別ウィンドウで開く)で取り上げたICT(情報通信技術)起業家6人の1人にも選ばれている。日本を代表する起業家と並ぶほどの実績を作った彼が立ち上げたアローズが現在、メインに行っているのは3つの事業だ。

[SENSEIノート]

全国各地の先生がつながれる、先生専用のSNS(ソーシャル・ネット・ワーキングサービス)。登録している先生同士で意見交換ができるほか、教材やノウハウなどの役立つ情報をシェアできる。

[SENSEIよのなか学]

日本や世界をリードする企業とタッグを組み、企業が持つ知見やツール、データを注ぎ込んだ完全オリジナルの授業パッケージを制作。無償で学校に提供している。

[SENSEI多忙解消委員会]

労働時間が長いために疲弊している日本の先生たちの現状を打開すべく、現場で先生の働き方を数値化し、多角的に解決法を模索。2020年にはノウハウを完成させ、全国展開する予定。

これらはいずれも先生のパフォーマンスを最大化し、創造的な授業が作れるようサポートすることを目的に取り組んでいる。

写真:学校の一室で複数の先生と話をする浅谷さんとアローズのスタッフ
浅谷さんたちは、先生たちの声を直接聞き取り、事業作りをしている

教育に興味があった浅谷さんが、2011年に新卒で就職した先は通信教育の大手企業。ウェブマーケティングの仕事を担当しながら働くうちに、教育業界の変化のなさに疑問を覚えたという。物足りなさを感じて1年で転職を決めた浅谷さんはある日、教職に就いた旧友と会うことに。そこで友人から先生としてのやりがいや苦労を聞き、大きな感銘を受けたそう。

「先生はこれだけ情熱を持って子どものことを考えているのか。すごいなと、素直に感動しました。そして、そんな先生たちが抱えている課題を僕が解決したいと、その時強く思ったんです」

これまで行われてきた教育現場の変革は、どれも制度に重点を置いたもの。しかし浅谷さんは、先生を“直接”サポートした方が、教育現場に変化が生まれるのではと考えた。

写真:壁に貼られた事業の目的
本当に価値あるサービスを先生に提供できているか、社内でも常に確認し合うそう

「大学時代にも起業を経験しましたが、信念を持って立ち向かえる課題と出合ったことがなかった。僕にとっては教育現場における先生の現状こそが、人生を投じたいと思える課題だったんです」

当時は同世代の友人とシェアハウスをしていた浅谷さん。ここでの出会いが彼の原点となる「SENSEIノート」誕生のきっかけとなる。

「シェアハウスのメンバーの友人がアメリカから遊びに来たのですが、彼が『Startup Weekend Tokyo大会』の共同創業者でした。話をする中で、君も出てみたらと勧めてくれたんです」

「Startup Weekend(スタートアップ・ウィークエンド)」とは全世界で7,000回以上開かれ、41万人以上が参加している起業体験イベント。金曜日の夜から日曜日までの間、参加者同士で仲間づくりをしながらアイデアを事業化するところまで競うというもので、浅谷さんは2012年に出場する。

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Startup Weekend Tokyoで「SENSEIノート」をプレゼンする浅谷さん

「この3日間で先生向けのSNS『SENSEIノート』を完成させたところ入賞し、世界大会へ出場するに至りました。これをきっかけに、アローズの前身となる株式会社LOUPEを創業したんです」

社会をリードする企業の知見を、先生を通して子どもたちに

しかし、前途は多難だった。浅谷さんたちが取り組む事業には前例がないため、参考にできる情報がない。公務員である先生のサポートを通して売り上げを確保することは困難を極めた。

「学校が持っている予算の8割は先生の人件費。残りの2割は出張費などとして使われるので、他のことにお金を使っている余裕なんてないんです。そんな領域でどう事業を伸ばすのか、かなり苦しみました」

収益モデルをなかなか見出せずにいるうちに資金も底を尽きかけ、会社は内部崩壊しかけたと言う。

「元々の目的は先生の課題を解決することだったのに、いつの間にか『SENSEIノート』でどうやって収益を上げるかばかりを考え、続けることが目的になってしまったんです。この時期に経営が苦しかったのもあり、最後に1人残った創業メンバーが辞めてしまい、一時は事業を売却することも考えました」

浅谷さんはこの経験を通し、改めて会社を続ける意味、そして本来の目的を明確化できたという。まずは社員の幸せややりがいを大切にし、その上で事業の立て直しを図ると自然と会社も軌道に乗り始めた。そして、ビジネスモデルの変更という一大決心をし、2017年に完成させたのが「SENSEIよのなか学」だ。

多くの先生が子どもたちに、教科書には載っていない「これからの時代を生き抜くために必要な知識」を伝えたいと思っている。しかし授業として教えられるだけの知見や情報は持っていない。そのニーズを汲み取り、浅谷さんたちは社会をリードしている企業とタッグを組み、「世の中」について学ぶ50分の授業パッケージを制作し、学校に無償で提供している。

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先生であれば誰でも無償で使える新しいサービス「SENSEIよのなか学」

「授業は10分の映像と40分の講義で構成されています。もちろん、学校からはお金をいただきません。一緒に授業を作る企業さんがスポンサーとなって、広告費やマーケティング費という形で利益を得ています」

例えば、某人材サービス企業は、若年層の人材不足に悩まされていた。そこで、浅谷さんたちは高校生向けの「転職」について学べる授業プログラムの制作を提案。これから社会に出る子どもたちに対し直接PRできることは人材サービス企業にとって大きなメリットとなるからだ。

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某人材サービス企業と作成した「SENSEIよのなか学」の転職編。最新の転職事情を学ぶことができる

「CMは長くて30秒ほどであるのに対して、『SENSEIよのなか学』は50分。企業にとってもかなり濃密な宣伝ができる場になります」

一方で多くの高校生にとっては大学に進学することが目先の目標。当然、転職事情について知るよしもない。

「日本人の平均転職回数は3回なのですが、これを高校生が知ると驚くんです。人生100年時代といわれる今、転職を見越した人生設計をすることも、彼らにとって必要なことですよね」

他にも大手検索エンジン企業と「効率的な検索の仕方」を学ぶ授業を作るなど、浅谷さんが「今自分が10代だったら、絶対にこれだけは押さえておいた方がいいと思う知識や考え方」を基準にした教材を提供している。「SENSEIよのなか学」を利用して学習する生徒数は、2019年中には10万人単位になることが見えており、2020年には数十万人という規模になるとのことだ。

「先生は国内に100万人います。少なくとも年間100万人単位の生徒にアクセスできるよう、数年以内に実現したいと考えています」

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これまでにないビジネスモデルを構築し、教育現場の課題解決に挑む浅谷さん

世界中の先生が、健やかな環境で創造的な授業ができる学校づくりを目指す

2017年、浅谷さんは日本財団が革新的なアイデアを持った人材・チームを支援するために実施した「日本財団ソーシャルイノベーションアワード」に応募し、優秀賞を獲得。この賞で得た1億5,000万円の助成金を、先生の多忙な状況を改善する「多忙解消委員会」を事業化するために活用している。

「先生ってとにかく忙しいんですよ。その忙しさの原因の中には細々とした“伝統的な”体制や慣習があるんです」

例えば、通知表を作成する際、先生は1枚ずつ30分もかけて手書きでメッセージを書いている。しかし記入項目を減らして、大切なことは面談で伝えるようにすれば、通知表に取られる時間は年間で数十時間減らすことがきる。その上、子どもたちとよりコミュニケーションを深められるのだ。

そういった、忙しさの要因を洗い出し改善策を探るため、千葉県柏市と協定を結び、つくばエクスプレスの柏の葉キャンパス駅にある「柏の葉小学校」にアローズのスタッフが常駐しながら、先生たちの1日を1分単位で記録し、アンケートを取っているそう。もちろん、無償で行っていることだ。

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千葉県柏市にある柏市立「柏の葉小学校」

「こういった活動をする上で、日本財団による助成金にはとても助けられています。誰かと受発注の関係性を結んでいるわけじゃないので、とにかくスピーディーにことが運べる。おかげで事業化の兆しが明確に見えてきました」と浅谷さん。2020年には全国展開を目指している。

写真:学校の一室で先生たちと話をする浅谷さんとアローズのスタッフ
アローズのスタッフは毎日学校へ通い、先生の忙しさの要因を洗い出している

日本の教育改革に情熱を注ぐ浅谷さんだが、作り上げたシステムや培ったノウハウをもとに、いつか世界に挑戦したいと考えているそう。

「対象は主に先進国を考えています。新興国が抱える教育現場の課題は、先進国が一度経験している場合が多いんです。そのため、解決策はすでに用意されていると言えます。けれど先進国に降りかかる課題は未曽有の場合がほとんど。これを解決できれば、新興国が同じ壁にぶつかった時にも、すぐ対応できるはず」とのこと。

「世界中の先生が、健やかな環境で創造的な授業ができる学校づくりを目指す」と浅谷さんは力強く語る。

お金以上に価値のある希望を生み出すことこそが、企業(起業)の役割

ここで、高校生の頃からソーシャルビジネスについて学んできた浅谷さんから、社会課題を解決したいと考えている日本財団ジャーナルの読者に向けたアドバイスをもらうことに。ポイントは2つあるそうだ。

1つ目は、「まず、自分が考えていることと同じ事業をしている企業がないか調べてみてください」とのこと。

「社会課題を解決するために起業したいと考える人も多いと思います。でも『社長』という肩書きにこだわらないのであれば、すでに事業を展開している企業に合流した方が、課題解決の近道になるはずです」

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浅谷さんと共に教育変革に情熱を注ぐアローズのスタッフたち

逆に誰も手を出していない領域なら、浅谷さんのように自ら開拓する必要がある。2つ目のポイントとして、事業を進める場合は「難しくて勇気のいる選択肢をあえて選ぶようにしてほしい」とのことだ。

「起業すれば、安定した道とリスクのある道のどちらを選ぶか、決断を迫られる時があります。今振り返れば、僕はいつもリスクのある道を選んできました」

今の日本なら失敗しても死ぬことはない。人材不足に悩む企業が多い中、むしろチャレンジすることで経験を積んだ人材のニーズは高いはずだ。

「これだけ恵まれた環境を生かさない手はありません。やるからには目いっぱいチャレンジしてください」

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「課題解決を目標に生きるとしても、自身の幸せをないがしろにしてはいけない」と浅谷さん

最後に、浅谷さんが掲げている目標を伺った。

「僕の名前『治希』には、国を治めるような希望になってほしいという親の願いが込められています。そんな名前にどれだけ見合う人間になれるのかが、人生のテーマ。人が幸せに生きる上で、お金はもちろん大切です。だけど本当に大切なのは、絶対に無理だと誰もが言っている課題を解決したときに、人が感じる“希望”だと思うんです」

お金以上に価値のある希望を生み出すことこそが、企業(起業)の役割だと強く信じている浅谷さん。教育者に対するリスペクトと課題解決に対する情熱を原動力に、彼は挑戦し続けている。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

浅谷治希(あさたに・はるき)

1985年生まれ 神奈川県出身。2009年慶應義塾大学経済学部卒。大手教育企業に入社し、女性向け大型ポータルサイトの集客に従事。2012年8月に退職し、ITサービス企業に入社。Startup Weekendの優勝を機に2013年、株式会社LOUPEを創業。2019年に社名を株式会社ARROWSに改め、再出発。利益が生まれないとされていた教育分野での活躍を通し、さまざまな業界から注目を浴びている。
株式会社ARROWS コーポレートサイト(別ウィンドウで開く)

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