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AI時代を生きる子どもたちへ。サッカー元日本代表監督・岡田武史が伝えたい「生き抜く力」

写真:FC今治のオーナー岡田武司さん
FC今治のオーナーである岡田さんが取り組む社会活動とは?
この記事のPOINT!
  • 今の子どもたちには、本当の強さや豊かさを知り、自分で人生を切り拓く力が必要
  • 子どもたちに、人間が本来持っている遺伝子のスイッチを入れる機会を与えたい
  • 地球は子孫から借りている。未来の子どもたちに環境問題を残すのは無責任である

取材:日本財団ジャーナル編集部

愛媛県今治市をホームタウンとするサッカークラブ「FC今治」。そのオーナーであるサッカー元日本代表監督の岡田武史(おかだ・たけし)さんはスポーツや健康を通じた地方創生に携わる傍ら、子どもたちに向けて環境教育や野外体験学習のワークショップを30年以上にわたって手掛けている。「岡ちゃん」の愛称でサッカーファンに愛され続ける彼は、なぜ幅広く社会活動を行うに至ったのだろう。原点はサッカー、そして1冊の本との出合いにあった。

「サッカーで今治市を盛り上げる」目標に立ちはだかった壁

株式会社今治.夢スポーツ(以下、夢スポーツ)の代表取締役会長であり、同社が運営する「FC今治」のオーナーを務める岡田さん。彼が今治にやってきたのは、4年前のことだ。「穏やかな海があり、島があり、山や沢がある。本当に美しい場所ですよ」と、第二の故郷となった今治の魅力をそう語る。

写真:試合中のFC今治の選手たち
岡田さんはFC今治のオーナー。時にご自身も指導することがあるそう

そんな岡田さんはまだ無名のサッカークラブFC今治の強化とJ1リーグ昇格に尽力するほか、さまざまな社会活動を行っている。その1つが、地方創生だ。

「ここで暮らし始めた当初は驚きました。しまなみ海道ができたおかげでフェリーが出なくなり大きな商店街は寂れて閑散としている。ホームタウンである今治がこの状態では、たとえFC今治が成功しても人が来ないだろうと思ったんです」

サッカーを通して街も一緒に盛り上げたい。そう考えた岡田さんはまずFC今治の周知と応援を集めることに力を注いだ。

「最初の2年は苦労しましたよ。ビラを配ったりポスターを貼ったりと手を尽くしましたが、誰も振り向いてくれませんでした。スポンサーも集まらないし、辛かったですね」

写真
一からサッカークラブを盛り上げる難しさを実感したという岡田さん

なぜ今治の人たちに受け入れてもらえないのだろう。当時の夢スポーツのメンバーが6人で話し合っていたある日、重要なことに気がついた。

「メンバーの誰1人として、今治市出身の知り合いがいなかったんです。私たちが今治の人たちに歩み寄る努力をしていないのに、応援してもらえるわけがないですよね」

その夜を境に、岡田さんらは“友達づくり”を開始。仕事終わりには街へ繰り出し、1人で最低5人の友人をつくることを決めた。そうして順調に「友達」を増やし、街になじみ始めると「不思議と、本当に周りの目が変わってきました」と岡田さん。

「例えばFC今治が試合に出ることをお知らせすると、『あなたたちが言うなら観に行くよ』と応援に来てくれる人がどんどん増えたんです」

地元の人々に受け入れられるとスポンサーも増え、ついには2017年に5,000人規模の「ありがとうサービス.夢スタジアム」を完成させるまでに至った。民間の力では不可能と言われていたスタジアムの設立を、今治の人々と成し遂げたのだ。

写真:「ありがとうサービス.夢スタジアム」に入場する選手、審判と、それを見守る大勢の観客
成長したFC今治の姿を見て泣く観客もいたそう

「満員にできるわけがないと言われていた中、初めてスタジアムで試合をしたときは5,000人以上の観客が来てくれました」

全国規模のサッカーリーグの中で、FC今治はJ1、J2、J3のさらに下であるJFL(日本フットボールリーグ)で戦っている。2018年は残念ながら最終戦で負けてしまい、J3に昇格できなかった。

さすがにスポンサーも離れるだろうと覚悟した岡田さんだったが、予想を裏切り、さらに多く人が応援してくれるようになったと言う。

「『来年は絶対上がるぞ』『増額するからどんどん良い選手を育てろ』と、むしろ一緒に盛り上がってくれる方ばかりでした。最近はスポンサーになりたいと新たに連絡が来たり、1,000万円もの寄付をくださる方が現れたりと、嬉しい変化が起きているんです」

サッカーを通して人々は一丸となり、今治は少しずつ変わり始めている。

「地球は子孫から借りているもの。美しい状態で返すべき」

地方創生に力を入れる一方で、岡田さんは今治の美しい自然を活用し、子どもたちに向けて環境教育や野外体験学習を行っている。彼が手がけているプログラムは、大きく分けて2つ。「今治自然塾」と「しまなみ野外学校」だ。

写真:しまなみアースランド・今治自然塾と書かれた看板の後ろに立つスタッフたち
広大なしまなみアースランドで今治自然塾は開催されている

今治自然塾は、自然との共生を学ぶことを目的に造られた公園「しまなみアースランド」内で行われている。私たちが住む地球はどのような星で、環境問題とは具体的に何を指すのか。問題を解決するために私たちは何ができるのか。そういった我々が直面している環境問題を、園内にある屋外環境教育施設を使って身体と心で感じながら学ぶことができる。

「例えば『地球の道』と呼んでいるコースでは、46億年の地球の歴史を460メートルの距離に置き換えているんです。ここを歩きながら、生物の誕生と進化の過程をインストラクターが解説します。過去を振り返りつつ、人類の未来について考えてもらうことを目的にしているんですよ」

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今治自然塾のプログラムはアイデアを凝らして作られている、と岡田さん

そもそも岡田さんはなぜ、環境問題に関心を持つようになったのか。きっかけは学生時代に読んだ『成長の限界―ローマ・クラブ「人類の危機」レポート』(ドネラ・H・メドウズ著、ダイヤモンド社)にあった。

「私が学生だった当時は、海にゴミを捨てたところで問題ないし、資源には底がないからいくら使っても大丈夫だと思われていたんです。それが当然とされる世の中でしたし、私もそう考えていました」

しかし『成長の限界』を通し、環境の破壊や汚染は大問題であり、資源はいずれ枯渇することを知った。さまざまな文献を読み危機感を覚えた岡田さんは、環境NPOに参加しサミットにも足を運ぶようになったそうだ。

「私たちは戦争のない、豊かな高度経済成長期を生きさせてもらいました。けれど、子どもたちの世代に対しては、国による1,100兆円もの借金や、年金制度の崩壊、少子化など、問題が山積みです。その上さらに、深刻な環境問題まで残すのはあまりにも無責任ではありませんか」

地球温暖化をはじめとした環境問題の深刻さが叫ばれて久しいが、「人類の危機」を感じる人は少ないだろう。しかし何もしなければ、数世代先の子どもたちは大変な時代に生きることを強いられる可能性がある。

「地球は子孫から借りているものなんですよ」と岡田さんはつぶやく。これはネイティブアメリカンに伝わる言葉なのだと言う。

「借りているものなのだから、汚したり傷つけたり、ましてや壊して返すわけにはいきませんよね。未来に生きる子どもを思ったとき、株価や経済以上に何を優先させるべきか、明確だと思うんです」

写真:「地球は子孫から借りているもの」と書かれた石碑の前に立つスタッフたち
「地球は子孫から借りているもの」と書かれた石碑が公園内に立っている

子どもたちに必要なのは、人生を自ら選びとって生き抜く力

人はより安心で安全、快適な社会を求め続け、それを実現してきた。その恩恵は大きいが、庇護(ひご)される子どもたちは「生き抜く強さ」を身に付ける機会が奪われたとも言える。

「例えば公園の遊具でけが人が出たら、すべて撤廃されてしまうことがありますよね。ここまで守られ、何の危険もなく生きていけるなんて、逆に子どもたちがかわいそうだと思ったんです」

写真:森の中に設けたタープの下で過ごす子どもたち
自然を楽しむことだけが、しまなみ野外学校の目的ではない

自然の脅威を乗り越え生き抜いた、先人の強い遺伝子が私たちに備わっている。しかし快適で安全な現代において、この遺伝子のスイッチが入ることは少ないだろう。

そこで「守られた」環境から飛び出し、科学技術ですら勝ち得ない「自然」に触れるチャンスを子どもたちに与えたい。強さとは何か、本当の豊かさとは何かを考える機会を設けたい。そんな岡田さんの思いから生まれたのが、しまなみ野外学校だ。日本財団ジャーナルの記事「初めて親と離れて過ごす1泊2日の小さな冒険!子どもたちが見せた“生きる力“」(別ウィンドウで開く)でも紹介した子どもたちのキャンプも、このプログラムの一環である。

「しまなみ野外学校のプログラムは年代に合わせて用意しているんです。例えば小学生であれば、10日間近くに及ぶ無人島体験があります。ここでは火の起こし方や飲み水の確保手段を教え、自分でまかなってもらうんですよ。2019年度も『島の冒険キャンプ8泊9日』(別ウィンドウで開く)と題し7月の実施に向けて、応募を募りました」

さらに年齢が上がれば、山の中での単独キャンプや、シーカヤックで島から島へ渡る無人島体験など、よりハードなプログラムが用意されている。参加者は本やネットからは得られない学びや気づきを得ることができる。

「例えば単独キャンプ体験では熊と遭遇した時の対処法などを一通り教え、あとは1人きりで深い山の中でキャンプしてもらいます。夜の山で1人きりって、想像以上に怖いものなんです。中には眠れずに朝を迎える参加者もいます」

写真:シーカヤックで海へ乗り出そうとする子どもたち
シーカヤックで島から島へ。なかなかハードなプログラムだ

そういった参加者は、白む空を見て涙を流すこともあると言う。

「太陽がなければ人は生きられないことを私たちは理科で習いますよね。だけど実感はしていない。それが夜の恐怖を乗り越えた時に初めて、“太陽がなければ生きられない”ことを、身をもって知るんです」

このような野外体験を通して得たものは、これからを生きる子どもたちにとってどのような意味をなすのだろうか。

「AI技術をはじめ、人間がより快適に、楽に生活するための技術がめまぐるしい発展を遂げています。そうなった時、今の子どもたちはロールモデルのない、ある意味で大変な時代を生きることになると思うんです」

安心安全、快適な環境の中で守られて育った子どもたち。AIがさらに発展した未来で、彼らはあらゆる判断を他に委ねることになるかもしれない。

「もしそんな時代が来ても、自分の人生は自ら選びとって生き抜く人間になってほしい。そのためにも本当の強さや豊かさを知り、自立して考えることを子どもの頃から学ぶ必要があると思っています」

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どんな時も、人は人らしさを忘れず強くあってほしいと語る岡田さん

サッカー、地域創生、環境教育、野外体験学習。活動は多彩だが、岡田さんの目的は1つだ。

「サッカーを通じて感動を与えたい。今治を盛り上げて人々を活気づけたい。環境教育で人や地球の未来について考え、野外体験学習で本当の強さや豊かさを学んでもらいたい。いずれも最終的には、『人の心を豊かにする』ことが目的なんです」

富や権力、物質的な豊かさ以上に、今を生きる人々、そしてこれから生まれてくる未来の子どもに必要なものは何か。その答えが岡田さんの軸となり、より素敵な社会づくりに一役買っている。

撮影:永西永実

〈プロフィール〉

岡田武史(おかだ・たけし)

FC今治の経営オーナーであり、運営会社の株式会社今治.夢スポーツ代表取締役。日本の元サッカー選手であり、サッカー指導者でもある。自然環境の保護について考える塾や、自然を活かした学習体験プログラムを作成。多くの参加者が集まっている。
FC今治 公式サイト(別ウィンドウで開く)
しまなみアースアイランド 公式サイト(別ウィンドウで開く)

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