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フードロス、生ごみ問題を「ハエ」が解決する?“諦めが悪過ぎる東大医学生”の挑戦
- 生ごみやフードロスの削減は解決すべき世界的問題の一つ
- ミズアブの幼虫は生ごみを分解する上に飼料となるため、食品リサイクルの一助となる
- ソーシャルビジネスをする上で「諦めの悪さ」と「驚き」は大切
取材:日本財団ジャーナル編集部
テクノロジーの力で誰もが生きやすい社会をつくろうと、日々研究開発に取り組む人々がいる。
今回紹介するのは、医学部に所属する現役の東大生、川本亮(かわもと・りょう)さん。彼の開発した小型の食品リサイクル装置「グラビン(Grubin)」が注目を集めている。これは「アメリカミズアブ」と呼ばれるハエの幼虫に生ごみを分解させて低コストで処理し、回収した幼虫は家畜の飼料として販売可能にする装置である。
この装置によりフードロス問題の解消を目指す彼が、「生ごみ問題」と「ミズアブ」を結びつけるに至ったきっかけ…。それは、カンボジアへ訪れた際に見たある光景だった。
東大医学生、生ごみ問題とミズアブに出会う
東京大学の学生チーム「グラビン」は、医学部に所属する川本さんをリーダーとする3人のメンバーで構成されている。結成したのは大学1年生の頃。所属する国際関係のサークル活動の一環として川本さんがカンボジアへ訪れた際に目にした光景に、衝撃を受けたことが始まりだった。
「道に山積みされた生ごみの量にびっくりしました。異臭を放ち、その周りにはネズミが大量に死んでいて、ハエもたかっている。これは衛生的にかなりマズイと感じましたし、実際、感染症などによる下痢も問題になっているようでした」
帰国後しばらくして、国連が開催する世界最大規模の社会起業家コンテスト「Hult Prize(ハルトプライズ)」の存在を、同級生を通して知った。「面白そうだから挑戦してみよう」と、2人は工学部の同期も誘い、一緒にコンテストへ出場することに。
コンテストに提案する事業の条件は「発展途上国における問題を解決すること」だったことから、カンボジアで見たあのごみの山をどうにか解決できないかと考えていたところ、あることを思い出した。
「子どもの頃から生き物が好きで、ハエを専門に研究されている教授に話を伺ったことがあって。その時に、ハエの幼虫は生ごみの分解能力が高いこと、そして鶏や豚の飼料に使えることも聞いたんです」
もしかすると生ごみの山をハエで解決できるかもしれない。そう直感した川本さんたちは早速、ハエの種類の選定を始めた。ミズアブに目を付けた理由は「ミズアブの成虫には口がないから」だそう。
「口がないということは、生ごみを食べないということなので、例えば人の傷口にとまって感染症を引き起こすこともないんです。生ごみはもちろん、それに伴う病気も防ぎたいと考えていたので、これは重要なポイントでした」
悔しさをバネに足を動かし、現実を知る
ハルトプライズのプレゼンテーションに向けて研究に明け暮れた3人が開発したのが「グラビン」だ。名前は英語で幼虫を意味する「Grub(グラブ)」と、ごみ箱の意である「Bin(ビン)」を組み合わせた造語だという。この装置に生ごみを投入すれば、中にいるミズアブの幼虫がこれを分解する。成長した幼虫は回収し、「飼料」として販売。それを食べて育った鶏や豚、魚などが食卓に並ぶことで、食の循環が完結する仕組みだ。
そうして本番を迎えるも、出場したアジア予選でネパールから参加したチームに敗北。敗者復活戦に挑戦するも、今度はバングラデシュのチームに敗れた。
「プレゼンテーションも企画も、他に比べて論理的で正しい自負がありました。それなのにどうしてと思っていたところ、『アイデアもプレゼンも素晴らしいが、距離感がある』と審査員に言われたんです」
勝ち抜いたネパールとバングラデシュのチームは、祖国の問題を語っていた。課題をその目で見て、現場に暮らし、肌で感じた問題を真剣に解決しようとしていた。
「それに対して僕らは、本番までに3回しかカンボジアに足を運ばなかった。そんな自分たちが『カンボジアの方に代わってカンボジアを救います』と言ったところで響くわけがない。机上の空論だったわけです」
自ら発した言葉の、本当の意味が分かっていない。そう気づいた川本さんらは、このままでは終われないと思った。
その年の夏休みは、問題を肌で感じるため、カンボジアで1カ月過ごした。現地で採取したミズアブを育て、生ごみを分解させ、成長した幼虫を鶏や魚の養殖業者に使ってもらうまでを実践したという。
「カンボジアの生ごみは想像以上の量で、これをグラビンだけで解決することはかなり難しいと身をもって知りました。生ごみ問題を解決しながらお金を生んで地元に還元すること…。これは現実的に考えて、厳しかった」
だけど、やっぱり諦めきれない。実際にミズアブを飼育し、生ごみの分解速度をその目で見た川本さんらは、その可能性に強く惹かれていたのだ。
そこでまずは日本でどうにか形にできないかと考えていたところ、日本財団がソーシャルイノベーション(社会問題に対する革新的な解決法)の創出に取り組む人材やチームを支援するために実施した「日本財団ソーシャルイノベーションアワード2018」の募集を目にした。
目指すは食品リサイクルが成り立ち、フードロスに苦しむ人がいない世の中
「本当に諦めが悪いんですよね(笑)。結局また応募したんです」
ミズアブの力を日本で応用する上で彼らが着目したのは「フードロス」だった。日本で出されている年間2,759万トンの食品廃棄物のうち、まだ食べられるのに廃棄される食品(フードロス)は、643万トンにも上る(農林水産省及び環境省「平成28年度推計」)。
これを解決するため、川本さんらはハルトプライズで提案した仕組みをブラッシュアップ。よりコンパクトで個人単位でも使いやすい「グラビン」を完成させた。
このプレゼンテーションにより、グラビンは日本財団ソーシャルイノベーションアワードで見事最優秀賞を受賞。1,000万円を獲得した。
「正直、本当に驚きました。未だに受賞できたことが信じられないぐらいなのですが、これだけのチャンスをいただいたんです。確実に形にしていこうと改めて覚悟しました」
そんなグラビンは現在、食品系大手企業の社員食堂で実際に装置を置かせてもらうまでに成長している。回収したミズアブの幼虫は飼料にし、沖縄県の養鶏業者で使ってもらっているという。次の目標は、養鶏業者の鶏肉を、装置が置いてある企業に食材として使ってもらうことだ。
「生ごみから飼料、そして鶏肉という循環がうまく回れば、とても健やかな食品リサイクルが成立すると思うんです」
大学、食堂、イベント会場…グラビンは今後、オリジナルの装置をさまざまな場所に置くことを目指している。
川本さんたちは今後、グラビンを通してどのような社会を実現したいのだろう。
「まずは、食品リサイクルに関する世間の意識を大幅に向上したい。それから生ごみの問題について考える時、ミズアブが当たり前の選択肢の一つとして取り上げられるぐらい一般的なものにしたいですね」
そして何より、飲食店スタッフなど、食べ残しなどを捨てるたびに心を痛めている人の支えになりたい、と語った。
医学部で勉強に勤しみながら、社会問題の解決のため研究を重ね、社会人と渡り合って事業を進めている大学生。とても特別な存在に思える川本さんだが、「もともとソーシャルビジネスがやりたいと思っていた訳でも、社会問題に強い関心があった訳でもないんです」と語る。
そんな彼がソーシャルビジネスで結果を残すことができるのは、なぜだろうか。
「これもとどのつまり、諦めの悪さゆえかもしれません…(笑)」と、川本さん。
そして“驚く”ことも大切だと思うんです、と好奇心の強そうな目を輝かせて言う。
「世界にはこんな課題があるのか。こんな小さな虫に、これほどまでの力があるのか。僕らのそんな“驚き”が重なって、今のグラビンがあると思っています」
グラビンは現在、東京2020オリンピックの選手村で装置を置くべく事業を進めている。「日本は、フードロスを面白く、今までにない新しい方法で解消している」そんな新たな発見を世界に向けて発信できる日も、そう遠くないかもしれない。
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
川本亮(かわもと・りょう)
1998年兵庫県生まれ。現在、東京大学医学部医学科に在籍。医師を志すと同時に、ハエの一種アメリカミズアブを用いた食品リサイクルの実現に取り組むプロジェクトGrubin(グラビン)の代表を務める。東京大学総長賞や日本財団ソーシャルイノベーションアワード2018最優秀賞など受賞多数。
グラビン 公式サイト(別ウィンドウで開く)
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