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音楽やデジタルを駆使して医療福祉を変える!始まりは大切な母や祖父への想い
- 医療福祉のことを身近に感じ、障害や病気のことを理解してもらうためにはエンターテインメントの力が必要
- デジリハを通して、子どもたちが楽しく自然とリハビリに「頑張れる」仕組みをつくる
- 自分ひとりでは、社会を良くするには小さすぎる。まずは周りの人から幸せにする
取材:日本財団ジャーナル編集部
「医療福祉エンターテインメント」の実現を目指し、さまざまな事業を行うNPO法人「Ubdobe(以下、ウブドべ)」(別ウィンドウで開く)の代表を務める岡勇樹(おか・ゆうき)さん。彼は堅苦しい印象を持たれがちな「医療福祉」に音楽やダンス、クラブイベントを掛け合わせ、新たな風を業界に吹き込んでいる。
自分を支えてくれたのは音楽だった
「東京に生まれ、3歳の時に親の仕事の関係でアメリカへ引っ越したんです。当時はヒップホップが流行していて、友人たちとはアーティストの話でよく盛り上がりました」
そう語る岡さんは、無類の音楽好きである。海外の多様な文化に触れて幼少時代を過ごしたことで、エンターテインメントのとりこになった。
しかし、11歳になり日本へ帰国すると、学校ではアニメや漫画が話題の中心で、岡さんは話題についていけなくなった。音楽に夢中だった彼は周囲に溶け込めない孤独を感じつつ、中学へ進学すると、今度は壮絶ないじめを受けたという。
「いろいろあり過ぎて忘れるぐらいひどい目に遭ったんですけど(笑)、そんな時に出会ったのが“反骨精神”を表現したハードコアパンクでした。苦しみから逃れるために、音楽の世界に入り浸る日々でしたね。」
高校、大学と成長し、岡さんはますます音楽にのめり込んだ。自身もパフォーマンスしたり、イベントを開催したりしたという。そうしているうちに、思いも寄らない出来事が起きる。
「母がガンで亡くなったんです。母が2年間も隠していたのに僕は気付かず、何もしてあげられないうちに別れが来てしまって。激しい後悔と悲しみが残りました」
難しい問題だからこそ必要なエンターテインメントの力
大学卒業後はサラリーマンになり、岡さんは仕事に奔走した。祖父が認知症になったのはその頃だった。
「仕事の忙しさにかまけて家族をないがしろにすれば、また母の時と同じように後悔する」
そう思った岡さんは大好きな音楽と医療福祉を掛け合わせた「音楽療法」を学ぶために、仕事を辞めて専門学校に入学。
「重度の認知症になった祖父は、自分のことさえ分からない状態でした。でもある時、祖父の大好きな『花のサンフランシスコ』という曲を聴かせると、曲に合わせて少し首を振ったり、口をパクパクしたり、なんとなく視点も合ってきたんです。それから何ヵ月間その曲を聴かせていたら、祖父は1回だけ僕のことを思い出しました」
そのことがきっかけとなり「大好きな音楽で人助けができるなら最高じゃん!」と、岡さんは医療福祉の世界に足を踏み入れた。
実習の一環として演奏するため、ある離島の障害者施設を訪れた時のことを岡さんは語る。
「障害のある子どものための施設と聞いていたのに、入所していたのは高齢者ばかりだったんです。気になって施設長の方に話を聞いてみると『ここへ連れてこられてから親に迎えに来てもらえず、50年も経ってしまった』方ばかりでした」
障害者ガイドヘルパーなどを経験したこともあり、障害のある人とも近しかった岡さん。施設に置き去りにされた入居者を見て、まるで友人が不当な扱いを受けているような気持ちになったと言う。
「レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(北米のロックバンド)の『Guerrilla Radio』という曲が脳内で響きました(笑)。不当な扱いを許さない、と歌う曲なんです」
とはいえ、世間に怒りをぶつけても仕方がない。今自分ができることは、「見たものを伝えること」だと思った。これをきっかけに障害のある子どもも、そうでない子どもも参加できる音楽イベントを開催することにした岡さん。
「KODOMO MUSIC & ART FESTIVAL(コドモ・ミュージック&アート・フェスティバル)」と題したこのイベントに、都内の福祉施設にいる子どもや通常の小学校に通う子どもを招待。イベントには、大勢の観客が詰め寄せ、大成功を収めた。
「音楽やアートを通すとバックグラウンドに関係なく人と話せたり、普段は興味を持たなったことに目が向くことがあるんですよね」と岡さん。「みんなが楽しめる場があれば、障害者に対する偏見が減るかもしれない。」そう思い、2010年に専門学校からの卒業を機にウブドべを立ち上げた。
ウブドベではイベントの開催事業を中心としつつも、他にも行っている事業は多岐にわたり、中でも力を入れていることの1つが「デジリハ」(デジタルアートとリハビリを掛け合わせた造語)事業である。
デジタルの世界で子どもたちが「夢中になって楽しむ」リハビリを実現
「デジリハ」(別ウィンドウで開く)は、2016年にロックフェスティバル「AIR JAM(エアジャム)」へ参加したことをきっかけに生まれたプロジェクトである。
「運営サイドから、デジタルアートを使って親子で楽しめるプログラムを会場に作ってほしいと依頼を受けたんです。そこでデジタルアートに詳しい友人たちの手を借りて、子どもが遊べる空間を作りました」
何もない空間に映像を投影するだけで、子どもたちが熱狂するハコになる。音や映像にはしゃぎ、跳ねたり触ったりするその様子に感動した岡さんは、これをどうにか医療福祉とつなげられないかと考えた。
「友人たちと話している中で、これを使えば熱狂的に楽しいリハビリが作れるのではないかという案が出たんです」
とはいえ、実際にリハビリとして効果的な動きを生むデジタルアートをプログラミングし、事業化するには莫大な資金が必要だった。そこでたまたま目にしたのが、ソーシャルイノベーション(社会問題に対する革新的な解決法)の創出に取り組む人材やチームを支援するために日本財団が実施した「日本財団ソーシャルイノベーションアワード」(別ウィンドウで開く)の募集である。
「応募をしたのはよいけど、ソーシャル(社会)もイノベーション(変革)もよく分からない、というのが本音でした(笑)。
そこで岡さんは「より良い社会とは何なのか、分からない。だけど、目の前でリハビリに苦労している子どもがいたとして、彼らが楽しくなる道具があるならそれで良いのではないか?最初は1人にしか影響がなくても、デジリハの楽しさが伝播して世界中で当たり前のリハビリ手段における選択肢の一つになれば“社会を変える”ことになるかもしれない」と、審査委員の前で熱弁した。
これによりウブドべは、優秀賞を受賞。現在、2021年春にデジリハのアプリケーションをローンチすることを目標に準備を進めている。
「いつかリハビリを必要としている世界中の、全ての子どもたちにサービスを届けられるようにしたい。国籍も障害も関係なく、バーチャルリアリティの中で子ども同士がデジリハで“遊べる”ようにしたい。医療福祉という軸をぶらさず、ギリギリまでエンタメに近づけたいんです」
生きづらさを抱える全ての人は救えない。まずは身近な人から幸せに
エンターテインメントを掛け合わせることで、医療福祉をよりポップで親しみやすいものとして発信している岡さん。そんな彼が今の取り組みを続けようと強く思ったきっかけがある。クラブイベント「SOCiAL FUNK!」(別ウィンドウで開く)を始めて5年目の時だった。これは音楽や踊れる場を提供しつつ、医療福祉についてアーティストやゲストがトークを展開するイベントだ。
「自分が本当に意味があることをやっているのか、迷いながらイベントを開催していた時期があったんです。そんな時、刺青だらけで音楽好きそうなお兄さんが、ロビーでアンケートを書いてくれているのを見かけて、声を掛けたら『アーティスト目当てで来たけど、こういうの、すっげぇ良いな。帰ったら母さんに電話するよ』って言ってくれたんですよ」
自分のことで頭の中がいっぱいなあまり、かつて知らぬ間に母を亡くしてしまった。そんな若かった頃の自分と同じような若者が「母に電話する」と言ってくれた。
「これがしたかった、まさにこういう風に医療福祉のことが伝わってほしかったって思ったんです。やることに意味がある。これは続けようと、そのとき思いましたね」
「より良い社会の姿」も「生きづらい世の中を正す方法」も、正直分からないと岡さんは語る。
「僕自身は今も昔も、自分の周りにいる人だけはハッピーでピースな気持ちでいてほしいと思っているんです。そんな単純な思いと、大好きな音楽が僕のベースで、全てです」
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
岡勇樹(おか・ゆうき)
NPO法人Ubdobe(ウブドベ)代表理事。音楽とアート、医療福祉の領域でイベントを開催するほか、地方創生や子どものリハビリに有用なプログラムの展開を手掛ける。東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部ユニバーサルデザイン2020関係府庁等連絡会議や、厚生労働省の介護人材確保地域戦略会議の委員も務める。2017年には日本財団ソーシャルイノベーターに選出された。
Ubdobe 公式サイト(別ウィンドウで開く)
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