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【おもちゃが紡ぐ親子の絆】難病児を育てる親の「子どもと遊べるなんて知らなかった」という声から生まれた“おもちゃセット”が目指す社会
- 難病児を育てる家族は、「子どもとのコミュニケーション」に悩んでいる
- 「あそびのむし」は療育ではなく、人をつなぐ場をつくるおもちゃ
- 難病児を育てる悩みは、「子育ての悩み」そのものであることを知ってもらいたい
取材:日本財団ジャーナル編集部
公園を走り回って泥だらけになったり、テレビや絵本を見て声を立てて笑ったりする。そんな何気ない日常を体験することが困難な子どもたちがいる。小児がんや心臓病 、医療的ケアなどの重い病気を抱える、難病児たちだ。
その数は全国で25万人以上。そのうちおよそ1万8,000人が、人工呼吸や経管栄養の管理といった医療的ケアを必要としながら、自宅で生活をしている。この数は、決して少ないとは言えない。難病の子どもとその家族は、紛れもなく、私たちの隣人なのだ。
彼らへのサポートというと、医療的な支援制度や補助金といったものばかりに目が向いてしまう。しかし、それだけでは不十分なのではないか。そんな問いから生まれたのが、「あそびのむし」(別ウィンドウで開く)プロジェクトだ。
これは「難病の子どもとその家族にこそ、“遊び”が必要だ」という想いからスタートしたもの。東京おもちゃ美術館(別ウィンドウで開く)の副館長を務める石井今日子さんと、日本財団職員の中嶋弓子さんが手を組み、難病児向けの“おもちゃセット”の制作を進めている。
なぜ、おもちゃなのか。それが難病の子どもとその家族に何をもたらすのか。子どもたちの声が響く東京おもちゃ美術館に足を運び、2人に話を聞いた。
難病児を育てる親にも、ケアが必要なのではないか
2人の出会いは、今から3年前。日本財団が実施している、難病の子どもとその家族向けに東京おもちゃ美術館を貸し切りにするというイベント「スマイルデー」がきっかけだった。
そこで2人は、「あそびのむし」プロジェクトの種となる“声”を耳にした。
中嶋さん「スマイルデーは年に2回のイベントなんですが、毎回、来てくださったご家族にアンケートを取るんです。そこで明らかになったのが、難病のお子さんとのコミュニケーションに悩んでいる親御さんたちの姿。普段は医療的ケアのことで頭が一杯になっているみたいで、このイベントに参加して、『初めて子どもと遊べるということを知りました』という方がすごく多かったんです。
そもそも、難病の子どもを育てる親御さんの中には、3時間以上眠ったことがない、という人も珍しくなくて。痰(たん)を吸引するために付きっきりで看病している、旦那さんと1時間おきに交代で看ているという状況もざら。そんな環境だと、子どもと遊ぶことに意識が向かないのも仕方ないですよね」
石井さん「一年くらい入退院を繰り返し、初めてお出かけをするというご家族も大勢いました。医療的ケアが必要なお子さんは、感染のリスクもありますし、医療機器を持ち運ぶのも大変。だからこそ、なかなか外に出られないんですよね」
中でも2人が胸を打たれたのは、難病の子どもを持つ家族の本音だった。
中嶋さん「『健常の子どもが遊んでいる姿を見られない』『外出先で、自分たちがどう見られるのか不安』といった声がすごく多くて。難病の子どもだけではなく、その家族にもケアが必要だと感じました」
難病の子どもだって遊べることを知らない。そして、周囲の目線が気になってしまう。そんな家族が楽しく過ごすためには何が必要だろう。そこで行き着いたのが、難病児とその家族のためのおもちゃセット「あそびのむし」の制作だった。
制作にあたり、東京大学で子育てを研究する教授や理学療法士、デザイナー、おもちゃコンサルタントなど、さまざまな人たちの協力を募った。しかし、一番大切にしたのは「当事者たちの声」だという。
中嶋さん「これはどの分野にも言えることですが、自治体の協議会や他の専門家が集まる委員会では、当事者がメンバーに入っていないこともあるんです。 でも、私たちは、『あそびのむし』を本当に必要とする人たちの声が知りたくて」
石井さん「今年の4月から、難病の子どもを育てる親御さんへのヒアリングをスタートしました。そこで見えてきたのは、療育にがんじがらめになってしまっている親御さんたちの姿。例えば、『おままごと』のようなスタンダードな遊びは選ばず、難病のお子さんには『この子の右手が動くように』という“結果”が出るものばかりを与えてしまうんです。でも、本来、遊びというものはもっと自由でいいもの。“結果”や“目的”にとらわれる必要なんてないんですよ」
おもちゃを通じて、人がつながり、笑顔の輪ができる場をつくりたい
難病で体が動かない子どものため、療育を目的としたおもちゃを与える。それもまた、親心だろう。しかし、「あそびのむし」での狙いはもっと違うところにある。
中嶋さん「仮に体が動かない、あるいは反応を示せないお子さんだとしても、本人がどう思っているのかは分からないですし、心はもっと自由であっていいはず。それを病気のせいで、『この子にはできない』と決めつけてしまっているんじゃないかなと。そういった思い込みを取り去ることができたらいいなと思うんです」
石井さん「同時に、おもちゃを通じて大勢の人たちが集まるシーンをつくりたい。スマイルデーを開催した時に、一人のお父さんが、皿まわしのおもちゃにチャレンジしたんです。でも、なかなかうまくできない。その様子を見て、難病のお子さんとそのきょうだいで健常のお兄ちゃんが楽しそうに笑ったんです。そしたら、お母さんから『家庭内でもこういうシーンがほしいんです』と言われて」
中嶋さん「難病のお子さんだって、自分のケアだけで一生懸命になっている家族の姿を見るよりも、楽しそうに笑っている様子が見たいんじゃないかと思うんです。だから、『あそびのむし』を機に、難病のお子さんとご家族のつながりの場ができればうれしいですね」
おもちゃを中心として、人が集まり、笑顔の輪ができる。その一瞬が、医療的ケアに追われる家族や、難病の子どもの人生をより豊かで色鮮やかなものにしてくれるかもしれない。「あそびのむし」には、そんな想いが込められているのだ。
「難病児だからできない」ではなく、どう楽しめるかを探す
「あそびのむし」には、さまざまなおもちゃを詰め込んだ。柔らかく大きな布、カラフルなおままごとセット、猿のぬいぐるみ、太鼓や木琴(もっきん)…。療育ではなく、純粋に遊びを楽しむためには何が必要なのか。石井さんと中嶋さんは何度も対話を重ね、突き詰めていった。
今後は、日本財団が全国に展開する難病の子どもと家族の支援施設に配布し、最終評価を行う。
石井さん「まずは施設のスタッフさんに使っていただき、そこでの反応を見たいと思っています。施設をつくっているのは看護師や医師の方々なので、どうしても医療のことを中心として考えられてしまうんです。もちろん、それは大事なことですが、そこに遊びを入れていきたい。子どもが成長していく過程において、遊びを通じて世界を知っていくというのはとても重要なことです。なので、そういった施設においても遊びが日常的になっていけばいいですね」
その反応を受け、微調整を加えながら、年内中の完成を目指している。そして、完成した「あそびのむし」は、施設への常設のほか、東京おもちゃ美術館を介し、一般家庭への販売も考えているという。
石井さん「この『あそびのむし』を手にしたお子さんたち、そしてご家族の“遊び心”に火が付けばいいなと思うんです。読書好きな人は『本のむし』と呼ばれたりするじゃないですか。それと一緒で、遊ぶことが好きだから、『あそびのむし』。みんながそうなってくれたらうれしいんです」
社会からの目線や思い込みによって、がんじがらめになってしまっている難病の子どもとその家族。彼らの声に耳を傾け、本当に必要としているものを届けたいという想いから始まった「あそびのむし」プロジェクトは、彼らを取り巻く世界を変える大きな一歩になるに違いない。
石井さん「難病のお子さんもそうですけど、いま、健常のお子さんも知育偏重(ちいくへんちょう)のおもちゃばかりを与えられて、窮屈(きゅうくつ)な思いをしている気がするんです。でも、おもちゃの役割は、自分の好きなこと、夢中になれることを見つけることで、それを知っている子どもは大人になってからも幸せなんじゃないか、と。だから、子どもたちが本当に好きなことを選べる社会になってほしいですし、『あそびのむし』がそのきっかけになれれば」
中嶋さん「同時に、子どものことを大人が決めつけるべきではないと思います。私は3年間にわたって難病のお子さんの支援に携わってきましたが、ずっと勘違いをしていたんです。難病のお子さんを育てる親御さんが抱える悩みというのは、子育ての悩みなんですよね。
だけど、医療ケア、支援策、制度、補助といった言葉ばかりが蔓延していて、子育てがないがしろにされてしまっている。そうではなくて、親御さんたちは『子どもと会話したい、遊びたい』というもっと小さなところで悩んでいるんです。社会にはそれを知ってもらいたいですし、親御さんたちにも、『あなたがしていることは難病児のケアではなく、みんなが何かしら悩みながら手探りする子育てなんですよ』とも伝えたい。
そこで大切なのは、『うちの子は難病だから…』と諦めてしまうことではなく、どうすれば子どもと楽しく過ごせるのか考えること。そのためにも、『あそびのむし』を活用していただければと思います」
2人の想いが詰まった「あそびのむし」。この希望に満ちたおもちゃ箱が全国に届けられるまで、あと少しだ。
撮影:永西永実
〈プロフィール〉
石井今日子(いしい・きょうこ)
幼稚園、保育園、子育て支援センターを経てNPO勤務。新宿の廃校に「東京おもちゃ美術館」を立ち上げ、国産材のスギにこだわる「赤ちゃん木育ひろば」の運営に携わる。おもちゃで人と人を「つなぐ」をコンセプトに、企業とのコラボや、日本財団と共に難病児のための貸切りイベント「スマイルデー」を開催。
東京おもちゃ美術館 公式サイト(別ウィンドウで開く)
中嶋弓子(なかじま・ゆみこ)
幼少期をアメリカで過ごし、帰国後に不登校や退学を経験。大学ではボランティアサークルを立ち上げ、フェアトレード商品の輸入販売や環境に配慮した学園祭づくり、不登校児支援プログラム等を企画。卒業後は医療機器メーカーで海外営業に従事し、現在は日本財団で難病の子どもと家族を支えるプログラムを担当。
特集【おもちゃが紡ぐ親子の絆】
- 第1回 難病児を育てる親の「子どもと遊べるなんて知らなかった」という声から生まれた“おもちゃセット”が目指す社会
- 第2回 おもちゃコンサルタントに聞く、難病児の親子に「遊び」が大切な理由
- 第3回 社会がこの子と一緒に笑顔になってほしい。難病児の親がおもちゃセットに託す想い
- 第4回 難病児とその家族にクリスマスプレゼント。「あそびのむし」で届ける笑顔になれるひととき
- 第5回 「あそびのむし」を全国約100カ所へ配布。難病の子どもとその家族、社会がつながる未来を目指す
- 第6回 新たに見えてきた難病の子どもの「遊び」のかたち。「あそびのむし」オンライン説明会
- 第7回 「あそびのむし」がもたらす子どもたちの変化。夢中になって「遊ぶ」ことの大切さ
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。