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【おもちゃが紡ぐ親子の絆】難病児とその家族にクリスマスプレゼント。「あそびのむし」で届ける笑顔になれるひととき

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「あそびのむし」を箱詰めする小茂根福祉園の皆さん
この記事のPOINT!
  • 難病児とその家族のためのおもちゃセット「あそびのむし」をクリスマスに向けて発送
  • 箱詰め作業を担当しているのは、障害者就労支援施設「小茂根福祉園」の通所者の人々
  • 「あそびのむし」を通じて、難病児とその家族だけでなく、より多く人が笑顔になってほしい

取材:日本財団ジャーナル編集部

小児がんや心臓病、医療的ケアなどの重い病気を抱える、難病児たち。その数は全国で25万人以上。そのうち約1万8,000人が、人工呼吸や経管栄養の管理といった医療的ケアを必要としながら、自宅で生活をしている。

彼らへのサポートというと、医療的な支援制度や補助金といったものばかりに目が向いてしまう。しかし、それだけでは不十分なのではないか。そんな問いから生まれたのが、「あそびのむし」(別ウィンドウで開く)プロジェクトだ。

これは、難病の子どもとその家族が“夢中になって遊べる”おもちゃセットを制作するという取り組みで、東京おもちゃ美術館(別ウィンドウで開く)の副館長を務める石井今日子(いしい・きょうこ)さんと、日本財団職員の中嶋弓子(なかじま・ゆみこ)さんが中心となって進めてきた。

2019年初夏に企画がスタートし、2020年1月におもちゃセットは完成。同月に開催された東京おもちゃ美術館でのお披露目会(別ウィンドウで開く)には多くの家族が集まり、大人も子どもも一緒になって遊びを楽しんだ。

それから新型コロナウイルスによる影響なども受けたが、いよいよ「あそびのむし」の発送が開始。対象となるのは北海道から沖縄まで全国約100カ所にある難病児を支援する施設や病院だ。

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2020年1月に東京おもちゃ美術館で開催されたお披露目会の様子。写真右端が中嶋さん

その箱詰めと発送作業を担うのは、東京・板橋区にある障害者支援施設「小茂根福祉園」(別ウィンドウで開く)の通所者の皆さん。障害のある人たちが箱詰め、発送を担当する意味とは何か。この取り組みに込めた想いを、石井さんと、「あそびのむし」のパッケージデザインを手掛けたコミュニケーション・デザイナーの加藤未礼(かとう・みれい)さんに伺った。

障害のある人たちが箱詰め、発送作業を担う

取材当日、箱詰め作業を担当したのは松田煇(まつだ・ひかり)さん、相良貴司(さがら・たかし)さん。電車好きの松田さんは「あそびのむし」に入っている“MAN消防車”というおもちゃがお気に入りの様子。

写真:消防車のおもちゃを手に持つ松田さん
乗り物が大好きな松田さんは、おもちゃに夢中に

一方、アーティストとしても活動している相良さんはカラフルなおもちゃの数々に目を奪われ、創作意欲も刺激されているのか、とても楽しそう。

写真:おもちゃを手に持つ相良さん
絵を描くことが得意な相良さんも、「あそびのむし」のおもちゃに興味深々

小茂根福祉園で生活支援員をする久保田勇樹(くぼた・ゆうき)さんのサポートもあり、終始和やかなムードの中で箱詰めと発送作業が行われた。

こうして障害当事者たちによってきれいに箱詰めされた「あそびのむし」は全国にある施設や病院へ届けられる。そこに通う、あるいは入院する難病児とその家族に楽しいひとときを過ごしてもらうためのクリスマスプレゼントだ。

みんなで一緒に作りたい」という想い

なぜ、今回の箱詰めと発送作業を小茂根福祉園に通う人たちにお願いしたのか。そこには石井さんの「障害」のある人とその家族に対する深い想いが込められていた。

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「最後までみんなで一緒に作りたかった」と話す石井さん

石井さん「どこかの業者さんに委託するということも考えたのですが、やはり、障害のある人や、そのお母さんたちと一緒に最後まで作り上げたかったんです」

石井さんは、加藤さんが関わっている小茂根福祉園に協力してもらうことを思いついた。加藤さんは同施設でのブランディングコンサルタントを担当しており、通所者の人たちが作るイラストやクッキーの販売支援も任せられている。

石井さん「本当は『あそびのむし』を利用するであろう難病児のお母さんたちに、箱詰め作業に協力していただこうと思っていたんです。でも、ふだんはお子さんのケアに追われていて、なかなかまとまった時間がつくれない。どうしようか考えていたときに、加藤さんが小茂根福祉園に関わっていることを思い出しました」

加藤さん「石井さんから作業の依頼を受けて、小茂根福祉園の人たちにお願いすることで、彼らの自己実現にもつながると思いました。自分たちでおもちゃを箱に詰めて、それを発送する。一連の流れを体験することで、ちゃんと社会に参加している感覚を実感していただきたくて」

「あそびのむし」を通して、可能な限りさまざまな人たちに笑顔になってもらいたい。今回の箱詰め、発送作業にも、そんな願いが込められていたのだ。

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「あそびのむし」のコンセプトメイキング、ロゴマーク、ボックスなどのデザイン周りのディレクションを担当した加藤さん

難病児のお母さんによる手作りおもちゃも

「あそびのむし」には約50個のおもちゃが詰め込まれている。マグネットを利用したお絵描きができるボードやコットン製のバルーン、バーベキューや朝ご飯が再現できるおままごとセットなど、素材も彩りもバラエティに富んでいる。また、木製で優しい手触りのものも多い。

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世界中にあるおもちゃの中から、「夢中になって遊べるもの」を選りすぐったおもちゃセット「あそびのむし」

石井さん「キャラクター玩具などではなく、コミュニケーションや成長発達を大切にしたおもちゃばかりをセレクトしました」

加藤さん「例えばいろいろな特性を持った子どもたちがしっかり認識できるように、はっきりした色合いのものや、触ると大きな音が鳴るものも入れているんです。それは東京おもちゃ美術館で子どもたちと触れ合ってきたおもちゃコンサルタント(別ウィンドウで開く)の皆さんの意見を踏まえています」

また、中には難病児を育てるお母さんと一緒に制作したおもちゃもある。それが「おなべブランコ」。子どもを乗せることができる大きな布で、自分で体を動かすことができない子どもにも大きな動きを体感してもらうことが狙いだ。

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「おなべブランコ」で一緒に遊ぶ、子どもと母親。写真左端は石井さん

石井さん「施設や病院で難病のお子さんたちに必ず喜ばれるのが、彼らをバスタオルに乗せて大きく揺らしてあげる遊びなんです。わらべ歌を歌いながら揺らしてあげると、満面の笑みを見せてくれて。でも、市販のシーツやタオルはそういう遊びのために作られているわけではないので、それなら『あそびのむし』のために開発してみようか、と。寝たきりのお子さんを育てているお母さんとおもちゃコンサルタントが一緒に、安全性にも配慮して何度もテストを重ねて完成させました」

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「おなべブランコ」を制作中の難病児の母親とおもちゃコンサルタントたち

「あそびのむし」がすでに届いた施設や病院からは、喜びのメッセージが続々と寄せられているという。クリスマスまでには40セット、残りは「世界希少・難治性疾患の日」にあたる2月28日(2021年)までに届ける予定だ。

この「あそびのむし」を通じて、どんなメッセージを伝えたいのか。石井さんは「子どもたちに、子どもらしい時間を過ごしてもらいたい」と願っている。

石井さん「もちろん、難病を患っている以上、生命を守ることが何よりも優先されます。ただ、ちょっとした時間に遊びの楽しさも体験してもらいたいんです。ケアやリハビリだけに一生懸命になっているお母さんたちにも、もう少し力を抜いて、子どもたちと笑える時間を過ごしてもらいたい。“結果”ばかりを求めてしまうと子育てはがんじがらめになってしまいます。でも、子どもにあまり結果を求めないでほしい。それは難病の子どもだけではなく、健常の子どもにも言えることかもしれませんね」

写真:笑顔で取材に答える加藤さん(写真左)と石井さん
2人の温かい想いを乗せて、「あそびのむし」は全国へ

同時に、加藤さんは「あそびのむし」が注目されることで、この先、社会が変化していくことに期待をかけている。

加藤さん「難病の子どもたちの存在って、まだまだ知られていないんです。だからこそ、『あそびのむし』を通じて、その先にいる難病の子どもたちや、その子どもたちを支えているたくさんの人たちについても知ってもらいたい。社会が変わるためには、知ることがスタートラインだと思っています」

そんな願いが込められた「あそびのむし」は、今後、順次日本中へと届けられていく。数々のおもちゃを手にした子どもたちは、石井さんたちの愛情に触れて、これまでにないくらいの笑顔を見せてくれることだろう。

撮影:永西永実

特集【おもちゃが紡ぐ親子の絆】

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