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【おもちゃが紡ぐ親子の絆】「あそびのむし」を全国約100カ所へ配布。難病の子どもとその家族、社会がつながる未来を目指す

写真:記念の集合写真
「あそびのむし」贈呈式の様子
この記事のPOINT!
  • 難病児を育てる家族は看護に追われ「子どもと遊べること」に気付かなかった
  • 難病の子どものためのおもちゃセット「あそびのむし」をクリスマスに向けて全国約100カ所の施設・病院に配布
  • 「あそびのむし」を通じて、難病の子どもとその家族、社会がつながる未来を目指す

取材:日本財団ジャーナル編集部

自分の子どもと遊べるなんて、知らなかった――。

これは難病児を育てている家族から、しばしば上がる声だ。「どうして?」と思う人も少なくないだろう。

現在、日本国内には25万人以上の難病児が存在すると言われている。そのうちおよそ1万8,000人が、人工呼吸や経管栄養の管理などの医療的ケアを必要としながらも、自宅での生活を余儀なくされている。

数分おきに子どもの様子を見ては、その時々に応じたケアをする。ときには突発的なトラブルに見舞われてしまうこともある。一日中、ホッとできる瞬間がない。それでも可愛い子どものため、必死でケアをする。

そんな生活の中、心に余裕がなくなってしまうことも珍しくない。だからこそ、子どもと遊ぶ時間を設けることも難しい。難病児を育てる家族が「自分の子どもと遊べるなんて、知らなかった」というのも仕方ないことだ。

けれど、そんな現状をそのままにしていいのだろうか。

難病児とその家族にこそ、「遊び」が必要なのである。そんな想いからスタートしたのが「あそびのむし」(別ウィンドウで開く)プロジェクトだ。

これは東京おもちゃ美術館(別ウィンドウで開く)の副館長である石井今日子(いしい・きょうこ)さんと、日本財団職員の中嶋弓子(なかじま・ゆみこ)さんがタッグを組み、進めてきたプロジェクト。難病児向けの“おもちゃセット”を開発するという取り組みである。

プロジェクトがスタートしたのは2019年初夏。それから約半年かけておもちゃセット「あそびのむし」が完成した。そして2020年12月、クリスマスに向けて全国約 100 カ所の施設と病院に配布する贈呈式が東京おもちゃ美術館で行われた。

「あそびのむし」を中心に、笑顔の輪が広がる

贈呈式当日、会場となった東京おもちゃ美術館には、サンタクロースに扮したスタッフが勢揃い。みんなこの日を待ち望んでいたらしく、満面の笑みを浮かべている。

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この日のためにサンタクロースに扮するおもちゃコンサルタント

贈呈先を代表して参加したのは、国立成育医療研究センターもみじの家(別ウィンドウで開く)、認定NPO法人難病のこども支援全国ネットワーク(別ウィンドウで開く)、NPO法人ソーシャルディベロップメントジャパン(別ウィンドウで開く)の3団体。それぞれの代表者が「あそびのむし」を受け取った。

また、それに加えて、会場には難病の子ども代表のすみれちゃん(4歳)と、そのお母さんも駆けつけた。すみれちゃんを喜ばせようとサンタクロースが「あそびのむし」の専用ボックスからカラフルなおもちゃを取り出してみせると、すみれちゃんも笑顔を見せる。

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難病の子どもを代表して、「あそびのむし」贈呈式に参加したすみれちゃん
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サンタクロースと挨拶を交わすすみれちゃん。サンタさんの背が大きくてびっくりしたそうだ

「あそびのむし」の専用ボックスには、大学教授や理学療法士、保育士、遊びのボランティア活動を行うおもちゃコンサルタント(別ウィンドウで開く)などの専門家、そして難病の子どもと家族が厳選した世界中のおもちゃが、約50点も詰め込まれている。

踏むとハーモニカのような音を鳴らすマットや、フェルトのような感触のカラフルな積み木、それに難病児を育てるお母さんと共同開発したという布のおもちゃも。いずれも色鮮やかで、見ているだけで心が弾むようなデザインだ。

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「あそびのむし」の専用ボックスの中にはカラフルなおもちゃがたくさん

贈呈式の途中では、いくつかのおもちゃの遊び方をデモンストレーションで見せる一幕も。真っ赤な色合いの布を上下になびかせると、すみれちゃんも興味津々の様子。さらに木琴の音色がその場を盛り上げる。

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わらべ唄を歌いながら、布を揺らしてみせるデモンストレーション
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「あそびのむし」のおもちゃを披露するおもちゃコンサルタントと、それ見守るすみれちゃんとお母さん(右から2人目・3人目)

カラフルなおもちゃを使って、子どもと遊んでみたい

12月の肌寒い日だったが、会場にはとても温かい空気が流れていた。おもちゃを前にすると大人も子どもも関係ない。誰もが笑顔を浮かべ、目新しいおもちゃに夢中になっている。

みんなが無邪気になっている中、すみれちゃんとお母さんに少しだけお話を伺うことにした。

まずは「自分の子どもと遊べるなんて、知らなかった」という声について。実際にすみれちゃんのお母さんもそう思ったことがあるのだろうか?

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インタビューに笑顔で答えてくれる、すみれちゃんのお母さん

「ケアに追われる毎日なので、敢えて遊ぶための時間をつくろうと意識しなかったのが現実です。きっと他の難病の子どもを育てている親御さんも一緒だと思います」

それでも、「あそびのむし」を見た時には、このおもちゃセットを使って遊んでみたい、と思ったという。

「おもちゃが入っているボックスはとてもシンプルなのに、空けてみるとカラフルなおもちゃがたくさん詰まっていて。まるで宝箱みたいだな、と思いました。子どもはもちろんですけど、私自身も遊んでみたいと思いましたし、そんな『あそびのむし』を作ってくださった東京おもちゃ美術館、日本財団の皆さんに感謝の気持ちで一杯です」

今後は「あそびのむし」を使って、すみれちゃんと遊びの時間を増やしていくことだろう。

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木のおもちゃで遊ぶすみれちゃんとお母さん

また、同じように難病児を育てている家族に対し、伝えたいこともある。

「在宅ケアに入ったばかりの親御さんは、とにかく余裕がないと思うんです。ケアには慣れていないし、社会とのつながりもなくて孤独になりがち。だからこそ、あなたは一人じゃないんだよ、と伝えたい。『あそびのむし』を通じて、難病の子どもを育てる家族同士がつながっていけたら良いな、とも思います。とはいえ、一歩外に踏み出すのは躊躇してしまう。その気持ちも理解できます。でも、ほんの少しだけ勇気を出して外に踏み出してみれば、助けてくれる人が大勢います。同時に、難病の子どものことを知らない人たちには、まずは私たちのことを知ってください、と伝えたいですね。知らないからこそ、関わることに臆病になってしまう。だから私たちのことを知ってもらって、みんながつながれる社会が訪れたら良いなって思います」

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「あそびのむし」におもちゃの一つ、お猿さんのハンドパペット。贈呈式の様子を温かく見守っているようだ

「あそびのむし」が全国に広がり、地域のふれあいの中でおもちゃを介して、難病児とその家族の現実を知る人が増えていく。そうすればきっと、病気や障害の有無にかかわらず、誰もがフラットにつながることができる社会が訪れるはずだ。

今回開催された「あそびのむし」贈呈式はその第一歩。それはまだ小さな一歩かもしれないけれど、確実に前進したと言える。誰もが生きやすい未来に向けて、この一歩を積み重ねていきたい。

撮影:永西永実

特集【おもちゃが紡ぐ親子の絆】

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