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自分の「好き」から学びを広げる。日本財団・笹川会長が“異才”な子どもたちに伝えたかったこと

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Rocketスカラー候補生たちと日本財団・笹川陽平会長(写真中央)
この記事のPOINT!
  • 「異才発掘プロジェクト ROCKET 」は、突出した才能がありながら学校になじめずにいる子どもたちを支援する取り組み
  • 自分が好きなことを軸に学びの分野を広げていく「逆三角形」の教育が、子どもたちの才能を伸ばす
  • 子どもたちの個性を尊重し、疑問や好奇心をサポートする社会や教育制度が、日本の未来につながる

取材:日本財団ジャーナル編集部

「どうして学校で勉強しなくてはいけないの?」。子どもの頃、疑問に思ったことがある人も多いだろう。学校の勉強よりも、秘密基地を作ったり、音楽を聴いたり、本を読んだり、自分が好きなものを追求した方が楽しいのに。

「異才発掘プロジェクト ROCKET」(以下、ロケット)は、日本財団と東京大学先端科学技術研究センターが2014年12月から取り組むプロジェクトで、突出した才能がありながら学校になじめずにいる子どもたちを支援し、将来の日本をリードしイノベーションをもたらす人材を育てる取り組みだ。

今回は、日本財団・笹川陽平(ささかわ・ようへい)会長のもとへ活動報告のために集まった、ロケットに参加する10名の子どもたちに密着した。

イメージ図:「ROCKETプログラム」「Balloonプログラム」「Submarineプログラム」を表現した講師と子どもたちが描かれたイラスト
ロケットのプログラムは知識を知恵に変えていく「ROCKETプログラム」、知識を俯瞰してリアリティある日常生活と結びつけて活用していく「Balloonプログラム」、特定の領域を深掘りして探求していく「Submarineプログラム」の3つに分かれる。子どもたちの特性や興味によってプログラムが提供される

自分の「好き」を追求した先に、未来が見えてくる

日本財団の調査(別ウィンドウで開く)によると、「授業がつまらない」「登校はするけど、教室には行かない」といった「不登校傾向」にある中学生は、約33万人にのぼる。そういった子どもたちの中には、ある一分野にものすごく秀でている子どもや、明確な将来の夢に向かって努力している子どももいる。

ロケットは、突出した能力があるが現状の教育環境になじめずにいる子どもたちに、継続的な学習支援や生活のサポートを行うもの。選考で選ばれた「スカラー候補生」には、興味関心や特性に応じたプログラムが提供される。

写真:湿板写真の講義をするトップランナーと、スカラー候補生たち
トップランナーによる湿板写真の講義の様子
写真;エストニアへの海岸研修に参加したスカラー候補生たち
海外研修の様子(2018年10月、エストニア)

この日、日本財団ビルに集まったスカラー候補生は10名。中には、海外暮らしや地方で活動中のため、オンラインで参加したメンバーもいる。

「小さい頃から、人体の仕組みと精巧さに関心を持っていました。ある時、テレビでiPS細胞の存在を知り、臓器を作ってみたいと考えるようになったんです。自分が感動した人体の仕組みを、世の中のために生かしたい。そう思い自分の進路を選択しました」

そう語るのは、スカラー候補生の小林令奈(こばやし・れいな)さん。現在は、アメリカ・コーネル大学で、バイオメディカルエンジニアリングを勉強中だ。

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テレビで会議に参加している左側の女性が小林さん

小林さんのように、各々のテーマを研究する候補生たち。報告分野は、多岐に及んでいて興味深い。「炭」に関心を持ち、現在は北海道で6メートルにもなる炭窯を復旧中のメンバーもいれば、卓越した技術とセンスで、ユーモアあふれる映像作品を生み出している候補生や、一見弱そうに見える紙などの廃材を利用し、鋼鉄製のように見える精巧な戦車を造形する候補生など、クリエイターを目指す子どもたちもいる。

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「道」をテーマに、監督・脚本・音楽・主演をすべて自分でこなした山下 光(やました・ひかる)さんのドラマ「既に道」のYouTube公式ページ(外部リンク/動画)

笹川会長は、そんな一人一人の報告を丁寧に聞きながら、候補生たちの今後の方向性や、専門分野を深めていくためのアドバイスをした。

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クリエーターを目指す山下泰斗(やました・やすと)さん(写真右)が作成した戦車について質問をする笹川会長(写真左)

「政治家になって、社会的弱者を救える世界をつくりたい」と語る細田朋宏(ほそだ・ともひろ)さんには、「政治に関心があるのは素晴らしいことだね。まずは、関心がある政治家のところで手伝いをして、今の政界がどんなものなのか見ておいたほうがいいかもしれない」「国内外の有名な演説を聞いて、人の気持ちを引き込む話し方の練習も大切だ」と具体的な助言をする。

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自分が政治を通して実現したい未来について語る細田さん(写真中央)

音楽家として、国内外で多くのコンサートを開く伊東 朔(いとう・はじめ)さんには「クラッシックはとても奥が深いもの。音楽家たちが生きた時代背景や、宗教との関係性も把握するべき」といったアドバイス。自然科学や鉱物など多岐にわたって研究をする松下宗嗣(まつした・ときつぐ)さんには「海外の文献を読むために、英語の勉強も必要になるよね」と、専門分野を極めるためには、他の分野の勉強が必要になることを伝える。

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海外公演でピアノ演奏を行う伊東さん

スカラー候補生の話を聞き驚いたのが、各メンバーの好きなことに対する情熱。彼らに対し、笹川会長は一つのテーマを極めるためには膨大な時間と努力、周辺知識が大切だと話す。

「自分が好きなことを見つけると、そこから歴史や英語、宗教など、関心がある分野を深めるために必要なことがたくさん出てくるんだ。学校では、どの科目もまんべんなく習うけど、本当は好きなことから興味を広げていく、逆三角形の学びが必要なんじゃないかな」

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自分の好きなことを軸に学ぶ分野を広げていく「逆三角形」の教育の大切さを語る笹川会長

大切な学びは、学校の「外」にもある

日々、新しいことを吸収し、成長し続けるスカラー候補生たち。今回の会長との対談からも、たくさんの刺激を得たようだ。

「学校での生活や勉強は、みんな平たんなんです。同じ机の位置に、同じいすの高さ。時間割の内容や勉強する科目もあらかじめ決められている。9年そこにいれば、みんなそこそこの人生を踏んで行けるけど、それってあまりにもつまらないですよね」と語っていたピアニストの伊東さん。会長との対話を振り返って「誰と話をしていても、相手を上回る会長の知識量と考察力に驚きました。きっと、いろんな場所へ行き、たくさんのものを見て、感じてきたのでしょうね。僕も、観衆の心を音楽で動かせるよう、自分の好きなものを軸に、今後もたくさんの経験や学びを得ていきたいです」と語る。

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音楽家としての夢を語る伊東さん(写真中央)

鉱物などの研究に取り組む松下くんも「ロケットのプログラムは大変な時もありますが、一人一人の才能や人間性、興味などを大事にし、海外研修などを通して世の中の『リアル』を学ばしてくれるところが素晴らしいし、刺激的だと思います。会長も私たちの話をじっくり聞いてくださり、ありがたかった。より専門分野を深めるために英語なども勉強していきたいですね」と、今後に向けての抱負を語る。

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自分の関心がある地学や自然科学について語る松下さん

「会長と話をして、政治のテクニックと政界の悪しき慣習などは、一緒にされがちだけど、全く異なるものだと気付かされました。演説で、人の心をつかめなければ政治家にはなれないし、世の中も変えられないんですよね」と語るのは、政治家志望の細田さん。「ロケットは、リスクに果敢に飛び込んでいき、何をどう学ぶのかを自分で選ばせてくれるところが、学校でなじめなかった僕でもやってこられた理由だと思います」。

「学び」の本質は、教室に座って先生の話を聞くことではなく、自ら外の世界に飛び出し、「現実」を見て、いろいろな人との出会いに心動かされることにあるのかもしれない。

自分の好奇心や疑問を追求する「偏屈な子どもたち」が、未来を変えていく

スカラー候補生たちの報告会を締めくくったのは、ロケットのプログラムを通して、現在は、絵本作家としてのキャリアを歩む濱口瑛士(はまぐち・えいし)さんのスピーチだ。

「(教室で)『お前のように漢字も読めないばかは、ホームレスになるしかない』と言われ、学校へ行くことをやめた時はどれだけ多くのものを失うのか心配でしたが、ロケットのプログラムを通して、たくさんの素晴らしい方々と出会い、現在は、自分が生きていくのに大切なことを学んでいます」

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濱口さんの作品。ロケットに参加したことをきっかけに、それまで墨一色で描いていた絵に色を付けるようになったという

濱口さんは、2冊の本を出版し、全国で個展も開催し続けている。

「私の作品はまだまだ発展途上ですが、いつか自分の思想や哲学を内包した力強い絵が書きたい。そして、絵を見る人の心を動かしたい。それには、自分の一生を懸ける価値があるように思うのです。現在も、さまざまなお仕事をいただけていますが、それもロケットのプログラムを通して、多くの方々に支えられ、広い世界を見ることができ、自分の価値観を変えることができたからだと思います」

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締めくくりのスピーチをする濱口さん(写真右から2番目)

プログラムを通して「好奇心」や「疑問」を持つことの大切さに気付くことができたという濱口さん。ロケットでは、そんな子どもたちの思いを受け止め、自由にさせてくれる大人たちが多かったという。

「学校では、間違えないように、ばかと言われないように、手堅く慎ましく、常識の範囲内で踏みとどまることを良しとされていました。でも、私はもう知っている。ロケットは、途方もないばかや間違いを求めているのだと。過去の経験からも、ばかげたことや間違いから学べることが多いことに気が付きました。私の夢はロケットのトップランナー講義に呼ばれることです。そして、自分の活動を通して、偏屈な子どもの拠り所になれたらと考えています」

歴史上「天才」と呼ばれてきた人たちは、生前に評価されないことが多かった。10年、20年の月日が経ってから、人々は彼らの絵画や演奏、研究の素晴らしさ、重要性に気が付いたのだ。「人と違うこと」をポジティブに捉え、子どもたちの疑問や好奇心を伸ばすサポートができる社会。そんな社会や教育制度が、日本の未来を切り開く、大きな原動力になるのではないだろうか。

撮影:新澤 遙

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