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【増え続ける海洋ごみ】マイクロプラスチックが人体に与える影響は?東京大学教授に問う

写真:海に漂流するプラスチックごみを中心とする大量のごみ
人工的に作り出されたプラスチックごみは自然界で完全に分解されることはなく、途方もない年月をかけて海をさまようことになる。Roman Mikhailiuk/Shutterstock.com
この記事のPOINT!
  • 「マイクロプラスチック」と呼ばれる微小なプラスチックが生体に与える影響が問題視されている
  • 東京大学未来社会協創推進本部(FSI)では、マイクロプラスチックの現状把握と生体影響を科学的見地から調査
  • マイクロプラスチックの影響は未知数。今はプラスチックをできるだけ使わない、環境中に流出しないようにすることが大切

取材:日本財団ジャーナル編集部

私たちの海がごみで溢れようとしている。毎年少なくとも800万トンに及ぶ量が新たに流出し、そのうち2〜6万トンが日本から発生したものだと推計される(※)。特集「増え続ける海洋ごみ」では、人間が生み出すごみから海と生き物たちを守るためのさまざまな取り組みを通して私たちにできることを考え、伝えていきたい。

  • 参考:Jambeck JR et al : Plastic waste inputs from land into the ocean,Science (2015)

私たちの暮らしにとても身近なプラスチック。「安価」で「安全」で「加工しやすい」、メリットが多い素材だが、一度海に流出すると回収が困難になり、生態系に大きな影響を及ぼしかねない。

今回は、「マイクロプラスチック」と呼ばれる、微細なプラスチックが生物や人間の体に与える影響について、東京大学で海洋・大気・気候・生命圏に関する研究を行う東京大学大気海洋研究所(外部リンク)で教授を務める道田豊(みちだ・ゆたか)さんにお話を聞いた。

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さまざまな問題が浮上するマイクロプラスチック

読んで字のごとく極小のプラスチックで、広く使われている定義では5ミリメートル以下のプラスチックのことを指す。近年、海に流出したマイクロプラスチックが及ぼす影響について研究が進んでいる。

マイクロプラスチックは、大きく分けて「一次マイクロプラスチック」と「二次マイクロプラスチック」の2種類に分類される。

一次マイクロプラスチックは、洗顔料・歯磨き粉といったスクラブ剤などに利用される小さなプラスチックのことで、主に家庭の排水溝などから下水処理を通り、海へと流出。一度流出すると回収はできず、製品化された後の対策は難しいとされる。

一方、二次マイクロプラスチックは、街に捨てられたビニール袋やペットボトル、タバコのフィルターといったプラスチック製品が側溝などから川を伝って海へ流出し、紫外線による劣化や波の作用などにより破砕されて、マイクロサイズになったもののことを指す。ごみの発生を抑制し、マイクロ化する前であれば、ある程度の対策も可能だ。

日本財団は、海洋ごみ問題解決の基盤となる科学的知見の充実を図るために、2019年5月に東京大学と「海洋ごみ対策プロジェクト」(外部リンク)を立ち上げた。このプロジェクトは、2017年に東京大学が豊かな未来社会を協創するために設立した「未来社会協創基金(FSI)事業」(外部リンク)の一環として行われ、東京大学大気海洋研究所の他、東京農工大学や京都大学も協力し、海洋学、農学、環境学、工学の研究者に加え、課題解決のための提案には法学や政治学の専門家も参加。総勢50人のプロジェクトを率いるのが道田さんだ。現在は、主に海洋におけるマイクロプラスチックの流出量や堆積具合など実態調査と共に、生物や人間の体などへの影響について研究している。

「海に流出してたまり続けるごみ。中でもプラスチックごみの量は多く、人工的に作り出されたこの物質は自然界で分解されるまでには、100〜200年、あるいはそれ以上と途方もない時間がかかります。それはマイクロプラスチックも同じ。このマイクロプラスチックは、海の生物に対して物理的な影響と、化学的な影響を及ぼすのです」

物理的な影響の事例として、マイクロプラスチックがサンゴに取り込まれ、サンゴと共生関係にある褐虫藻(かっちゅうそう)が減り、その共生関係が崩れてしまうことが報告されている。褐虫藻とは、サンゴと共生する植物プランクトンのことで、サンゴが代謝した二酸化炭素と太陽の光で光合成を行い、サンゴの栄養である有機物を作り出す。サンゴはその栄養を吸収しながら生きていると言われている。

「海の生態系はさまざまな生物同士のつながりによって成り立っています。マイクロプラスチックがそのバランスを崩してしまう可能性があるのです」

写真:サンゴとそのモデル生物であるイソギンチャクを用いたマイクロプラスックの影響をみる実験結果
マイクロプラスチック(緑)を多く取り込んだサンゴは、褐虫藻(赤)が発生しにくい。東京経済大学2018年「Microplastics disturb the anthozoan-algae symbiotic」relationshipより引用

また、化学的な影響としては「プラスチックに使われる添加物には有害性が指摘されるものもあり、マイクロプラスチックになっても残留します。加えて、プラスチック自体も化学物質を吸着しやすいといった特性があります。これが生物や人体に取り込まれるとどんな影響を及ぼすか分かりません」

日本において、プラスチックが問題視され始めたのは、1970年代から。半世紀もの月日が経過した今、世界の海洋には1億5,000万トン(※)ものプラスチックごみが存在し、毎年数100万トンから多いときには1,000万トンものプラスチックごみが流出していると道田さんはいう。まさに、待ったなしの状態である。

  • 参考:WWFジャパンWEBサイト「海洋プラスチック問題について」、McKinsey & Company and Ocean Conservancy(2015)

実態を把握することから対策は始まる

マイクロプラスチックの最も厄介な点は、その小ささゆえに回収が難しいという点だ。

「そもそも、海は広大で常に海流や波などにより流動しています。その中で小さなマイクロプラスチックの調査をすることはとても困難なことなのです。実態の多くはつかめていません」

特に、1ミリメートル以下のマイクロプラスチックに関して、実態を把握することはかなり難しい。海中に浮かんでいるのか、それとも何かの粒子などに吸着して沈殿しているのか…。道田さんたちは、マイクロプラスチックが海面から海底にまでの縦方向にどのように分布しているかを、調べることに。使用するのは、目的の深さの海水を別の深さの海水と混ざらないように密閉して回収する「採水器(さいすいき)」という装置である。湾内や外洋の「海面」「海中」「海底」3つの層で採水し、海水の成分を調べることで海洋におけるマイクロプラスチックの動きを把握するという。

海洋マイクロプラスティックに関わる実態を把握する「実態解明班」の概念図。調査場所は相模湾、対馬近海などを予定。1番目、海洋表層にOMNIコンセプトによるモニタリングブイを設計し、紫外線や波によるプラスチック粒子の破砕・劣化状況を調査。2番目、海洋中でマイクロプラスチック鉛直分布の粒子径依存性を調査。3番目、海洋表層と海底泥におけるプラスチック粒子サイズの分布を把握。ゴールは、1.市民参加によるOMNIブイ設計、2.マイクロプラスチック除去過程の解明、3.非静力過程モデルによるサイズ依存的鉛直分布の解明、4.海洋プラごみの歴史的変遷の解明。海洋プラスチックごみはどこから来てどこに行くのか解明を目指す。
海洋マイクロプラスチックの実態を把握する「実態解明班」の概念図。提供:東京大学大気海洋研究所
写真
採水器を海から回収する船上での作業の様子

「海洋ごみ問題に関しては、さまざまな団体が多様な視点から取り組みを行っています。私たちの役割は、まず海中におけるマイクロプラスチックの実態や生体への影響を把握。その後に研究プラットフォームの構築や国際的ラウンドテーブルの設置を呼びかけ、情報を広くシェアすると共に、プラスチックの削減に取り組むことだと考えています。海洋ごみを削減するためのより効果的な制度や取り組みの構築に貢献していきたいですね」

マイクロプラスチックが生物や人間の体に、どのような影響を及ぼすかは明らかになっていない。

「海洋生物の消化管からは小さなプラスチックの破片が見つかっていますが、それが生体にどのような影響を与えるかについてはまだはっきりと分かっていません。現時点では、貝など濾過機能をもった生物にマイクロプラスチックを与え、どのくらい取り込まれるかなども実験しています」

研究所では、さらに細かいマイクロプラスチックが生体に与える影響についても調査中だ。

「マイクロプラスチックが消化管の中に取り込まれることはありますが、その場合、糞などとして排出されます。人体ならマイクロプラスチックが体内に留まる期間は1日程度でしょうか。しかし、それが体の中に吸収されてしまうとスケールの違う話になります。こちらも実験を行い、その影響を確認する必要がありますが、可能性としては肺の組織に悪影響を与える可能性なども示唆されています」

現状では解明されていない部分が多い、マイクロプラスチックが私たちの体に及ぼす影響。道田さんは、「現在、どんなリスクがあるか分からないため、いかにプラスチックごみを海へ流出させずに、家庭や街で食い止めるか」が大切であると語る。

プラスチックごみの排出量を削減するために

日本では、プラスチックごみの排出量を削減するため、2020年4月1日から大手スーパーやコンビニエンスストアでレジ袋の有料化が行われ、7月1日には全小売店で実施されることが義務化される。海外では、EU(欧州連合)において、2019年5月に「プラスチック指令」が採択された。これにより加盟国は2021年までにプラスチック製のストローや皿といったEU域内の海岸で見つかる10種類の使い捨てプラスチック製品の使用禁止などの対応が求められることとなる。またプラスチックごみの排出量の多いアジア地域でも環境への配慮が広がりつつある。

「最も排出量が多いのは中国。続いて、東南アジアの発展が著しい国々が挙げられます。中国では、近年になってプラスチックの廃棄に対する意識が高まりつつあり、2020年末までに全国の飲食店でのプラスチック製ストローの利用を禁止。また主要都市のスーパーなどでもプラスチック製の買い物袋の利用を禁止し、2020年末までにはすべての市と町で利用を禁止されます。しかし、一方で経済的事情などからプラスチックを使わざるを得ない地域もあり、今後は国同士の協力などが必要不可欠です」

プラスチックごみの排出量を減らすには、排出量が多い国や地域での取り組みが重要だが、そこには経済的格差を生み出す資本主義社会とどのように向き合うかといった視点も必要になってくるのかもしれない。

「プラスチックそのものは決して悪いものではありません。むしろ私たちの生活に恩恵をもたらしてくれるものとも言えます。また、現在世界的に問題となっている新型コロナウイルス感染拡大の状況を踏まえると、プラスチック製品を使わないで,安全で的確な医療活動を行うことは難しい。重要なのは、『代替可能なものはできるだけプラスチックを使わないようにする』『使ったプラスチックが環境中に流出しないように適切に処理する』という取り組みです。マイクロプラスチックの影響は未知な部分が大きいですが、長期的な問題になることは明白。私たちの子どもや孫、その子孫のためにも『今』、海を守るアクションが必要なのです」

写真:砂浜に落ちているプラスチックごみを拾う人々
私たちが豊かな海を守るためにできることはたくさんある

SDGsの目標の一つとして掲げられ世界的な取り組みとなった「海洋の保護」。安全で豊かな海を未来へ引き継ぐためには、国際社会全体でのマクロな取り組みはもちろん、私たち一人一人の取り組み(別タブで開く)が重要なのだ。

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