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Uber Eatsが難病児家庭に食事を無償提供。「食」で深まる家族の時間

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Uber Eatsによる「食事の無償提供」を利用した難病児とその家族たち
この記事のPOINT!
  • 新型コロナの影響で、感染症リスクを恐れる難病の子どもを育てる家庭は普段に増して外出困難に
  • Uber Eatsが、日本財団が支援する難病の子どもの施設を利用する家庭に食事を無償提供
  • Uber Eatsによる食事支援によって救われたのは、看護する家族たち

取材:日本財団ジャーナル編集部

国内での感染拡大もようやく落ち着きが見えてきた新型コロナウイルス。外出自粛要請期間中は、多くの人が不自由な生活を余儀なくされたが、その中でも際立って困難に直面していたのが、日常的に医療的ケアを必要とする難病児とその家族である。

ただでさえ、看護に追われ子育てに余裕がない状態にもかかわらず、感染リスクの高さから支援施設やサービスを利用することもできない。必要な支援からも孤立する中、病気に怯えながら、ケアに追われ、心を折られそうになる場面も多々あっただろう。

そんな難病児とその家族の毎日を少しでも明るくできれば、との想いで実現したのが、Uber Eatsによる「食事の無償提供」(別ウィンドウで開く)だ。これはUberが新型コロナウイルスに対する支援策として世界中で進めている乗車・食事を無償提供する取り組み「Move What Matters」の一環。日本では医療従事者へ計3万食が提供された他、日本財団を通じ、生活困窮家庭と難病児がいる家庭に計1万食が届けられた。

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食事を運ぶUber Eatsの配達パートナー(イメージ)

Uber Eatsの食事支援により、難病児とその家族にどんな変化が訪れたのか。この取り組みの中継地点の一つとなった、重症心身障害児の支援施設「FLAP-YARD」(別ウィンドウで開く)の代表を務める矢部弘司(やべ・こうじ)さんにお話を伺った。

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明るい雰囲気の外観デザインも特徴的な「FLAP-YARD」の前に立つ矢部さん

難病児を看護する家族は、気軽に外食できない

「FLAP-YARD」では主に3つの支援を行っている。一つは難病児や障害児を預かる「通所支援事業」。もう一つが難病児や障害児を育てる保護者に対する「相談支援事業」。そして、家庭にヘルパーを派遣する「居宅介護事業」だ。

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「FLAP-YARD」に通う難病の子どもたち

あらゆる面から難病児とその家族を見つめてきた矢部さんは、彼らにとっての「食」がいかに大変で、かつ価値のあるものかをこう語る。

「年に一回、施設利用者の親子交流会を実施しているんですが、以前、レストランを貸し切って開催した時にこんなことがありました。そこはイタリアンレストランで、食後のデザートにティラミスが出たんです。でも、難病の子どもの中には食事をうまく摂れない子も少なくありません。胃ろう(※)でしか摂取できない子だっている。するとお店の方がご厚意で、ティラミスを限りなく柔らかく作ってくださったんです。これなら口から食事を摂れない子でも、舐めるくらいはできるのではないか、と。そこで実際、胃ろうをしている子にちょっとだけ舐めさせてみたら、大喜びで。親御さんも『うちの子がティラミスを気に入るだなんて、想像もしたことがなかったです』と感激してくれました」

  • 病気やけがなどの理由で口から食事を摂れない場合に、胃から直接栄養を摂取するための医療措置のこと

ティラミスを食べる。健康な子どもにとっては、それは何気ないことだろう。しかし、その「何気ないこと」を体験することができない子どもたちが、この世の中には大勢いるのだ。

「それに、難病のお子さんを育てている親御さんは、気軽に外食を楽しむことができないんです。一般的に乳幼児を子育てしているとオムツや着替えなどの用意がたくさん必要なように、難病児とのお出掛けにはそういったものに加えて重い酸素ボンベなどの医療機器も必要になり、お店にたどり着くまでが一苦労です。お店にたどり着いても、大きな障害児用車いすが通路を通らないところもあります。また、私たちのような支援者が同席していれば、『もう少し柔らかく、食べやすく加工してください』とお店の人に勇気を出してお願いすることができます。でも、親御さんたちにはそれができない。他人に迷惑を掛けてはいけないという気持ちから過剰に遠慮してしまうんです。なので、必然的に食事は家で摂ることが多くなってしまうのです」

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難病児とその家族が直面する問題について真摯に向き合う矢部さん

週に1度のUber Eatsが、閉塞的な家庭を救った

新型コロナウイルスによる外出自粛要請期間中は、家族を含め絶対に感染できないと完全に家にこもった家族もあったが、親が仕事で休めない家庭もあった。「FLAP-YARD」では普段の7割の家庭が利用を続けたというが、それでも家事や子どもの看護に追われ疲弊する家族がたくさんいたと矢部さんは言う。

そんな状況を改善できないのだろうか。そう思っていた矢先、矢部さんの元に日本財団から連絡が入った。それが前述したUber Eatsによる取り組み「食事の無償提供」だった。

「施設を利用してくださっている39の家庭を対象に、Uber Eatsを利用してもらったんです。すると、想像以上に喜んでくれて。とはいえ、基本的に難病の子どもたちは好きなものを自由に食べることが難しい。では、この取り組みで救われたのは一体誰なのか。それは難病の子どもと一緒に暮らすきょうだいや親御さんだったんです」

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Uber Eatsによる「食事の無償提供」を利用した難病児とその家族たち

日頃、難病児の看護に追われていると、自由に外出することが叶わない。例えば、人気のスイーツ店に並ぶような時間もないし、狭い道では障害児用の車いすで並べない。混雑するカフェではどうしても人目が気になってしまう。必然的に、家にこもりっきりになってしまうのだ。我慢をしがちなきょうだいも、本当は外食したいという気持ちを隠し、親に迷惑をかけないようにと自分の意思を押し殺してしまうことがある。その結果、ストレスを溜め込むことにもなるのだ。

「週に1回、Uber Eatsを利用することによって、家庭内での楽しみを演出できる。ただでさえコロナの影響によりどこへも出掛けられなかった彼らの毎日に、アクセントが付けられたんです。そうやって親御さんやきょうだいのストレスを発散することが家庭内の平穏につながり、結果的に難病の子どもたちにもプラスに働く。今回の取り組みによって救われた家庭は多かったと感じています」

また、救われたのは難病児とその家族だけではない。「FLAP-YARD」で働くスタッフたちの支えにもなったという。

「ステイホームが叫ばれる中、職員たちは危険を承知で電車通勤してくれました。経営者としては心苦しく、何か特別な手当を支給したいと思っていたんです。けれど、コロナの影響で利用者が減り、売上も低迷する中ではそれも難しくて。そんな時にUber Eatsの支援の話が舞い込み、それを難病児とその家族だけではなく、施設職員にも利用してもらおうと思ったんです。みんなとても喜んでくれ、モチベーション維持にもつながりました」

写真:左側の写真が、Uber Eatsの配達パートナーから食事を受け取る施設スタッフ。右側の写真がUber Eatsから届いた食事を楽しむ施設スタッフ
Uber Eatsによる「食事の無償提供」を利用する「FLAP-YARD」のスタッフたち

難病児の家族も、自由に好きなものを好きな場所で食べたい

Uber Eatsによる「食事の無償提供」。これは難病児とその家族の抱える問題を解決する上で、非常に大きな一歩となった。けれど、問題はまだまだ山積みだ。

「難病の子どもたちは、自分の意思を伝えることが難しい場合が多い。故に、彼らの意思が尊重されないこともあり、自己実現から程遠い生活を強いられています。そして、それは親御さんやきょうだいにも言えること。親御さんは看護に追われてしまい、働く時間や好きなこと、趣味を楽しむ時間がなかなか取れない。きょうだいたちもヤングケアラー(※)なので、普段は大人に甘えられず、看護に追われ希望する将来を諦めることもあります」

  • 慢性的な病気や障害、精神的な問題などを抱える家族の世話を行う18歳未満の子ども

難病児はその家族が看護し育てていくもの。日本にはまだ、そういった価値観が根付いている。けれど、果たしてそれは正しいことなのだろうか。負担を家族にだけ押し付け、難病児が身近に存在しない人たちは、見てみぬふりを続けていていいのだろうか。それでは、誰もが手を取り合う「共生社会」の実現は程遠いだろう。

写真:貸し切ったボウリング場で記念写真を撮る難病児家族とFLAP-YARDのスタッフ
ボウリング場を貸し切って開催した「ボウリングDe親子交流会」の様子

「だから私は、地域の人たちを巻き込んでいきたいんです。FLAP-YARDでは、障害のある子どもと、ない子どもが一緒に保育する統合保育に取り組んでいます。病気や障害の有無に関係なく、ご近所で仲良く楽しみながら、地域のみんなで育てていく。そんな社会が実現すれば、難病の子どもを育てる家族ももっと自由に、自分らしく生きられるようになります。もちろん、我が子に付きっきりで看護したいと思う親御さんはそうすればいい。でも、外で働きたいと思う親御さんがいるのであれば、可能な限りその意思を尊重してあげたい。そのためにも、地域全体で子育て・看護するという意識を持てるようになってもらいたいと願っています」

撮影:永西永実

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。