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隈研吾、安藤忠雄…16人の世界的クリエイターが参画する「公共トイレ」プロジェクト。その狙いとは
- 「THE TOKYO TOILET」は、16人の世界的クリエイターが東京・渋谷区の公共トイレをデザインする
- 清掃などにも力を入れ、次に使う人のためにきれいに使う「おもてなし」の心を育むことも狙いの一つ
- トイレは人や社会を映し出す「鏡」。インクルーシブな社会づくりの大切さを渋谷から発信する
取材:日本財団ジャーナル編集部
「公共トイレ」と聞いて、「暗い」「汚い」「臭い」というイメージを抱く人は決して少なくないだろう。日本にはたくさんの公共トイレがあるが、タクシーの運転手など一部の人を除いてほとんど利用されていない。
図表:公園等の公衆トイレの利用について
そのような状況を打破するべく、2020年8月5日を皮切りに、これまでのイメージを覆す公共トイレが、東京・渋谷区内に誕生する。デザインを担当するのは、安藤忠雄(あんどう・ただお)、隈研吾(くま・けんご)、坂倉竹之助(さかくら・たけのすけ)、片山正通(かたやま・まさみち)など、世界で活躍する16名の建築家やデザイナー。「THE TOKYO TOILET」という名のこのプロジェクトを推し進める日本財団・笹川順平(ささかわ・じゅんぺい)常務に、なぜ公共トイレに着目したのか話を聞いた。
トイレは、社会や企業の在り方を映し出す「鏡」
「日本財団では長年にわたって障害者支援事業に取り組んでいますが、まずは障害のある方たちが、もっと日常を楽しめる何かを生み出せないか、と考えたのがきっかけでした。多くの案が出ましたが、その中で最も興味深かったのが公共トイレです。日本のトイレの清潔さや機能性は世界的にも有名ですが、一方で公園や道路脇にあるトイレはほとんど利用されていない。日本財団では、過去に誰にでも快適で使いやすい公共トイレの研究に取り組んできた経緯があるのですが、今回改めてこの公共トイレにスポットを当て、日本の新しい文化を創造してみてはどうかと考えました」
「これまでにない公共トイレを創造しよう」
笹川常務たちがプロジェクトを実施する場所に選んだのは、日本の文化・情報の発信地である東京・渋谷区。日本財団と渋谷区は、2017年10月から5年間の「ソーシャルイノベーションに関する包括連携協定」(別ウィンドウで開く)を結んでおり、ソーシャルイノベーションによって社会課題の解決を図る先駆的な取組みを共に手掛けてきた。
「渋谷を社会実験の場とし、ロンドンやパリ、ニューヨークと並ぶような文化・芸術の発信地、そして社会的なイノベーションの先端都市にしたい、そんな思いで今回のプロジェクトに取り組んでいます。渋谷はとても魅力的な街ですが、一方で障害のある人にとっては暮らしづらい面もあります。坂が多いですし、渋谷駅周辺の雑踏の中を車いすで通るのも苦労します。私たちは、このプロジェクトを通して世界や日本各地から多くの人が訪れる渋谷から、インクルーシブな社会(※)づくりの大切さを発信したいと考えています」
- ※ 人種、性別、国籍、社会的地位、障害に関係なく、一人一人の存在が尊重される社会
渋谷区民が約20万人なのに対し、渋谷区の昼間人口(※)は約50万人。この数字を見ても、渋谷区にさまざまな人たちが集まっているのが分かる。壮大な社会実験の舞台として申し分ない。
- ※ 住民に他の地域から通勤してくる人口を足し、さらに他の地域へ通勤する人を引いたもの
「『神は細部に宿る』という言葉がありますが、トイレという場所は、その家庭や企業、社会を映し出す『鏡』だと考えています。実際に、経営者の中にはトイレ掃除を大切にされている方も多くいらっしゃいます。今回のプロジェクトは、機能やデザイン性に優れた“誰もが快適に利用できる”公共トイレを起点に、多様性や思いやりのある社会をつくっていくという実験的な試みでもあるのです」
16人の世界的クリエイターがトイレをデザイン
今回、生まれ変わるのは17カ所の公共トイレ。渋谷区と協議の上、インクルーシブな社会の実現をより広く知ってもらう目的から、多くの人の目に触れる場所が選定された
「デザインしていただくに当たって、建築家やデザイナーの方にお願いしたことが3つあります。1つ目は、全ての人が使えるユニバーサルなトイレスペースを必ず一つ設けること。2つ目は、公共のものなので公的に定められた建築基準を守ってもらうこと。3つ目は、トイレの専門家としてTOTO株式会社さんの監修を入れることです」
[建築家・デザイナー一覧]
- 笹塚緑道公衆トイレ/小林純子(こばやし・じゅんこ)
- 幡ヶ谷公衆トイレ/マイルス・ペニントン(東京大学DLXデザインラボ)
- 七号通り公園トイレ/佐藤(さとう)カズー
- 西原一丁目公園トイレ/坂倉竹之助
- 西参道公衆トイレ/藤本壮介(ふじもと・そうすけ)
- 代々木八幡公衆トイレ/伊東豊雄(いとう・とよお)
- はるのおがわコミュニティパークトイレ/坂茂(ばん・しげる)
- 代々木深町小公園トイレ/坂茂
- 裏参道公衆トイレ/マーク・ニューソン
- 神宮前公衆トイレ/NIGO®️(ニゴー)
- 神宮通公園トイレ/安藤忠雄
- 鍋島松濤公園トイレ/隈研吾
- 東三丁目公衆トイレ/田村奈穂(たむら・なお)
- 恵比寿公園トイレ/片山正通
- 恵比寿駅西口公衆トイレ/佐藤可士和(さとう・かしわ)
- 恵比寿東公園トイレ/槇文彦(まき・ふみひこ)
- 広尾東公園トイレ/後智仁(うしろ・ともひと)
「世界からわざわざ公共トイレを見たくて日本に来てもらえるように」という狙いもあり、世界に誇る建築家やデザイナーが名を連ねる。
「名前を聞くと信じがたいほど著名な方たちばかりですが、プロジェクトの思いや狙いをお話すると、皆さん『面白い!』と賛同してくれました。私も完成途中のものを一部見ていますが、どのトイレも全くコンセプトが違って、ワクワクするものばかりです。例えば、街灯の少ない地域では、行灯(あんどん)のように周囲を明るく照らし出すトイレ。タコのオブジェがある公園では『タコ公園には、イカトイレだ!』とイカの形をしたトイレなどが建設される予定です」
「THE TOKYO TOILET」プロジェクトが実現できたのは、「行政、民間企業、クリエイターという異なるセクターのメンバーが、同じ方向を向くことができた」からと、笹川常務は話す。
「渋谷区、建築家・デザイナーの方々、大和ハウス工業株式会社とTOTO株式会社、そして日本財団。みんなが『良いものをつくりたい、世界に発信したい』という同じ思いを抱き、それぞれが持つ資源や価値を最大化することが、プロジェクトを成功させるために重要だと考えています」
17の個性派トイレ、どう使うかはあなた次第
「公共トイレは、本日8月5日に公開した恵比寿公園トイレ、代々木深町小公園トイレ、はるのおがわコミュニティパークトイレを含む年内中に7カ所、2021年の夏までに残りの10カ所が完成予定です。ただ、全て完成しても、その時点での目標達成率は50パーセントでしかない」と話す笹川常務。
「このプロジェクトは、これらのトイレが利用されて5年後、10年後に『本当にいいトイレだね』と皆さんから言われることで、初めて成功と言えます。だから、トイレが完成した後のメンテナンスやマネジメントも大きな鍵を握っています」
全17カ所の公共トイレの維持管理は、2023年3月まで日本財団が支援した後、渋谷区が独自で行なっていく。メンテナンスやマネジメントも常識にとらわれず、クリエイティブな発想でトイレの清潔さを保っていきたいと笹川常務は語る。
「トイレの清掃員の方が着用するユニフォームは、若者を中心に人気を誇るファッションデザイナーのNIGO®️さんが監修します。みんなが憧れるようなかっこいいユニフォームを着れば、清掃するモチベーションも自然と高まりますよね。また、トイレの維持管理状況を特設ウェブサイトで随時更新していく予定です。そのことで、周辺の住民の方たちにも興味・関心を持っていただき、町内会などで公共トイレのことを少しでも話し合っていただけるようになれば、とてもうれしいですね」
公共トイレから渋谷を、そして東京、日本をもっと魅力的な場所にしたいと、笹川常務は言う。2021年には東京オリンピック・パラリンピックの開催も予定している。日本が誇る「おもてなし」文化の象徴として、「THE TOKYO TOILET」プロジェクトで手掛ける公共トイレが、世界から注目を集めることを期待したい。
撮影:佐藤 潮
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。