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人は「違い」があるから美しい。国際パラリンピック委員会会長の目指す世界

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日本財団ビルに訪問した国際パラリンピック委員会会長のアンドリュー・パーソン氏
この記事のPOINT!
  • 世界にはハンセン病患者・回復者や障害者などマイノリティに対する差別が依然として残っている
  • パラリンピックは「障害者」や「障害」に対する社会の受け取り方を変えるきっかけになる
  • 人は「違い」があるからこそ互いに助け合い、つながり合うことができる

取材:日本財団ジャーナル編集部

世界では、人と異なる見た目や無知によって苦しむ人々がいる。その代表的な一つがハンセン病だ。「らい菌」が原因の感染症であるこの病気は、病が進行するにつれて、知覚神経の異常や体の変形といった症状が出る。その外見や、天刑(てんけい)病、遺伝病などという誤解から、患者たちは社会的烙印を背負わされ、忌み嫌われてきた。

治療法が確立された今、ハンセン病は完治する病気となり世界的に患者は減少している。しかし未だ、ハンセン病を患えば差別されてしまう国や地域が残っている。いかに、正しい知識を広めていくかが、ハンセン病に対する偏見や差別をなくす鍵となるのだ。

図表:世界のハンセン病患者数の推移

世界のハンセン病患者数の推移を示す折れ線グラフ。1985年535万1,408人、1995年92万6,259人、2002年52万4,311人、2011年18万1,941人、2015年17万4,608人、2016年17万1,948人。
全世界に登録されているハンセン病患者の数は年々減少している(世界保健機関調べ)

長年、ハンセン病の問題解決に取り組む日本財団では、2006年より「グローバル・アピール」と称し、「世界ハンセン病の日」に合わせて毎年1月末に「ハンセン病が治る病気であること」「治療は無料で受けられること」「差別は不当であること」を世界へ向けて強く訴えてきている。

2020年1月27日に開催した「グローバル・アピール2020」には、国際パラリンピック委員会(以下、IPC)が賛同。その理由やパラリンピックが目指す社会について、IPC会長のアンドリュー・パーソンズ氏に話を伺った。

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インドで物乞いをして暮らすハンセン病回復者。海外の国では、ハンセン病というだけで差別を受け、仕事に就くことができず、貧しい生活を強いられる人々がいる(撮影:富永夏子)

グローバル・アピールとパラリンピックが目指すゴールは同じ

「日本財団が行うハンセン病の問題解決に向けた取り組みの話を聞いた時、分野は違うけれど他人事ではない気がしました」

「グローバル・アピール2020」への賛同理由について、パーソンズ氏はこのように振り返る。

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パラリンピックもグローバル・アピールも目指す社会は変わりないと語るパーソンズ氏

「我々もスポーツを通して、障害者をとりまくスティグマ( 社会的烙印)と闘っています。パラリンピックの目的の一つは、いろいろな違いを持った人々が共生する、インクルーシブな社会を築くこと。そのためには、この祭典を通して、障害者や障害に対する社会の受け取り方を変えていくことが必要なのです」

「障害」や「見た目」は、人々を特徴づける要素の一つでしかないと語るパーソンズ氏。パラリンピアンたちの素晴らしいパフォーマンスの裏には、たくさんの挫折や葛藤がある。健常者と何一つ変わらない同じ人間なのだ。そんな面にも競技を通して、目を向けてほしいと語る。

「私たちの世界には、残念なことに外見に対する差別がまだまだある。障害者やハンセン患者・回復者への差別の理由をたどっていくと、『外見が自分たちと違うから距離を置く』といった同じところに行き着くのではないでしょうか」

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ドゥエーン・ケールIPC副会長(写真左から3人目)も参加したグローバル・アピール2020宣言式典の様子

母方の姓が「ハンセン」(※)ということもあり、ハンセン病には以前より関心があったと語るパーソンズ氏には、未だに忘れられない幼少期のエピソードがある。

  • 「ハンセン病」という病名は、らい菌を発見したノルウェー人のハンセン医師に由来するもの

「子どもの頃、ハンセン病について正しい知識を持とう、というテレビコマーシャルを見ました。1980年代の後半か1990年代のことです。画面には、料理をする女性が映し出されていました。彼女は自身の腕が火で燃えていても何も感じていませんでした。これは、皮膚の知覚がなくなってしまうというハンセン病の症状なのですが、私にとってはかなりショッキングな光景でした。初めて見た時は驚きましたが、このコマーシャルをきっかけにハンセン病が治る病気であることを知ったのです」

テレビのコマーシャルをきっかけに不治の病ではないことを知り、患者や回復者に対する恐怖感が消えたという。偏見や差別をなくすためには、正しい知識と理解を広めることが大切で、グローバル・アピールやパラリンピックといった世界的なイベントが大きなPR的な役割を担う。

「障害」に対する意識を変え、多様性を認める祭典、パラリンピック

「パラリンピックは成績やメダルの数を競うだけの大会ではありません。障害に対する世界の認識を変える、可能性に溢れた祭典なのです」

パーソンズ氏は、パラリンピックの意義についてこう語る。

「障害は、仕方なく受け入れなくてはならないものなのでしょうか?私はそうは思いません。障害そのものに価値を見出し、リスペクトするべきものだと考えています。LGBT(性的マイノリティ)の人々は、パレードなどを通して彼らの文化を讃え、権利を主張し、世界に向けて発信しています。パラリンピックにも似た側面があると思うのです」

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パラリンピックの陸上競技の模様

パラリンピックは、スポーツの祭典であると共に「障害」や「人間性」についても考える機会を与えてくれるイベントでもある。

IPCでは、パラリンピアンたちに秘められた力こそがパラリンピックの象徴であるとして、4つの価値を提示している。それが、「Courage/勇気」「Determination/強い意志」「Inspiration/インスピレーション」「Equality/公平」だ。

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パラリンピックの選手たちが秘める可能性について語るパーソンズ氏

「アスリートたちは、競技のために毎日厳しい練習や食事制限などを自身に課しています。また同時に、偏見や差別とも闘っています。そんな強さが、その競技を観戦する人々に感動を与え、思考や行動を変えていくのではないでしょうか」

障害がある人にもない人にも、パラリンピックを通して、気づきを与えられればと語るパーソンズ氏。

「障害のある子ども、特に女の子は(世界)全体の7%しか運動をしないというデータがあります。競技を通して、スポーツが持つ魅力を彼らにも伝え、活動的な毎日を送ってもらえればうれしいですね」

人は「違い」があるからつながり合える

日本財団同様、誰もが性別や人種、民族、国籍、障害の有無などによって差別されることのない「インクルーシブな社会」を目指すパラリンピック。

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インタビューに笑顔で応えるパーソンズ氏

パラリンピックを観戦することで、私たちの視点や考え方に変化が起きるとパーソンズ氏は話す。

「私たちがみんな違うのは、とても美しいことだと思います。一人一人に違いがあるからこそ、人は互いに助け合ってつながり合うことができる。障害や病気は、彼らが私たちと少し違うように見える一つのエレメント(要素)でしかありません。他の面に目を向ければ、それが私たちを結びつけてくれるはず。私たちはみんな同じ人間なのですから」

撮影: 佐藤潮

〈プロフィール〉

アンドリュー・パーソンズ

国際パラリンピック委員会(IPC)会長。ブラジル・パラリンピック委員会会長などを務め、南米初開催となった2016年リオデジャネイロ大会は成功となった。2017年、現職に就任。
国際パラリンピック委員会 公式サイト(別ウィンドウで開く)

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