社会のために何ができる?が見つかるメディア
「対話」で広げるハンセン病への理解。当事者が目指す、不当な差別の無い社会
- インドにおけるハンセン病新規患者数は約12万人。いまだ患者・回復者への根強い差別が残る
- 社会にはびこる差別こそが「病」。コロニーと外の社会を結ぶ「道」づくりが重要
- 「対話」することでハンセン病に対する理解を促し、不当な差別の無い社会を目指す
取材:日本財団ジャーナル編集部
照りつける強い日差しと宙に舞う砂ぼこり、道端に腰掛けて物乞いをするのはハンセン病の患者たち。世界一のハンセン病大国・インドではそのような光景は珍しくない。インドにおける新規患者数は12万334人(2018年)と、世界の60%を占める。2005年にはWHO(世界保健機関)が定める、ハンセン病患者数を人口1万人に1人未満にまで制圧するという目標を達成したが、いまだ蔓延地域も多く、患者や回復者に対する差別的な法律や慣習が根強く残っている。
このような不当な差別はどうすればなくなるだろうか。そのヒントは、あるインド人青年の活動の中にあった。
ハンセン病患者=不可触民というレッテル
「インドでは、ハンセン病になること、すなわち物乞いになることでした」
そう語るのは、ハンセン病回復者を家族に持ち、現在は、カルナタカ州マンガルールにある大学に通いながら差別の根絶に取り組む学生、チャンドラ・プラカシュ・クマールさんだ。2020年1月27日に東京で開催された、世界に向けてハンセン病の撲滅と差別撤廃を訴える「第15回グローバル・アピール2020」(別ウィンドウで開く)」では、インドにおけるハンセン病患者・回復者のリアルな差別のありさまを伝え、衝撃を与えた。
「インドにはハンセン病患者や回復者が暮らすコロニーが700カ所以上あります。コロニーとは、発病し地元や家族から追い出された患者たちが集まってつくった集落のようなもの。周辺の住民たちは、そこにごみや不用品を捨てて行きます。住む場所としては決して良いとは言えない環境です」
法律で禁止されたものの、今なおヒンズー教における身分(階級)制度「カースト」の考え方が残るインド。カーストは、前世の信仰や業(カルマ)によって現在の身分が決まるとする、ヒンズー教の「輪廻転生」の教えに基づいている。それをハンセン病にも当てはめ、顔や手足の神経麻痺、体の変形なども「前世の報い」と捉えられてしまうこともあるのだ。ハンセン病を発症した人々は、そのカーストからも除外された「不可触民(ふかしょくみん※)」というレッテルを貼られてしまう。
- ※ ヒンズー教社会における被差別民のこと
コロニーの住人は、ハンセン病の回復者であり後遺症を抱える第一世代、その子どもの第二世代、回復者の孫である第三世代に分けられる。第二世代や第三世代でも十分な教育が行き届いておらず、コロニーに住んでいるというだけで就ける仕事が限られ、低賃金の日雇い労働か、物乞いといった選択肢しかない場合もある。
「差別には慣れています。同じ空気を吸わないように口や鼻を覆って対応されたり、観光地のようにコロニーを見に来る人もいたり…。コロニー出身の僕から距離をとって歩く人もいますし、レストランに行けば、他の人は陶器やガラスの食器で食事を取る中、僕たちにはバナナの皮のお皿やプラスチックのコップしか出てこないときもあります」
ハンセン病は、もちろん前世の報いなどではなく「らい菌」による感染症。しかし日常生活で感染し、発症に至ることはほとんどない。無料で処方される薬を服用すれば完治し、治療を開始した人から感染することはない。なのに、いまだに残る不当な差別に、話を聞いているだけでも憤りを覚えるが、クマールさんは落ち着いた表情で語り続ける。
「対話」を通して偏見を無くす
クマールさんが暮らすコロニーに変化が起きたのは、数年前のこと。以前にマザー・テレサのもとで働いていたハンセン病に理解のある人物が財団を設立し、家や学校といった環境を整えてくれたという。
「その人はコロニーと近くの町をつなぐ『道』をつくろう、と言いました。これまでのコロニーは、ごみなど汚いものが集まってくる、行き場のない終着点。そこから出て、仕事や生活に必要なものを手に入れることはできなかったんです」
コロニーと近くの町をつなぐ道が完成するまでには周辺住民の反対によって命を失う人もいたが、道ができたことで生活必需品や仕事が手に入りやすくなり、コロニーにごみを捨てる人もいなくなったという。「道」は、物理的な道であると共に、コロニーと社会をつなぐ架け橋でもあったのだ。
現在、クマールさんは大学でホテルマネジメントを学びながら、コロニーの外で家庭教師の仕事をしている。
「道のおかげで、ちゃんとした学校や、病院、さまざまなものができました。教育を受けることで、僕はコロニーから外の世界に出ることもできたんです。そして、家庭教師が僕の活動の原点。やっていることは至ってシンプルです。ハンセン病についてしっかり説明をして、理解してもらうよう努めています。コロニー出身ということで、驚くほど給与は安いですが、差別を無くせるまたとない機会をもらえたと、ポジティブに考えています」
社会にはびこる差別こそが「病」
これまでの活動によって最近では友人たちが、クマールさん宅を訪れ、一緒に食事を楽しむこともある。その一方で「ハンセン病を理解したくない」「ハンセン病患者は物乞いだ」という根強い差別も依然として残っているという。
「世の中には、自分が相手よりも有利な立場に立ちたい、という人もいます。また、これまで生まれ育った社会の中で、知らず知らずのうちに何かを差別してしまう、ということも起こり得ますよね」
確かに、差別の裏側にあるのは悪意だけではない。「自分と異なる者を避ける」「理解できないことから逃げる」「縄張りを守る」といった人間の本能的な部分が働いていることも研究で指摘されている。
「だからこそ、『対話』が大切なのではないでしょうか。お互いに歩み寄って、言葉を交わすことで僕らが同じ人間であること、そしてハンセン病は風邪などと同じただの病気であることが少しでも伝われば、差別を減らしいくことができます。自分のバックグラウンドから逃げず、しっかり説明する。これが僕のスタンスです」
クマールさんは、日本での「グローバル・アピール2020」の参加を終えてインドに帰国後、大学からの依頼で、ハンセン病についての基礎知識やインドのハンセン病問題について2度の講演を行った。聴講した大学の友人たちの中には、活動に興味を持ち、実際にコロニーを訪れることになった人もいるという。
いつか、コロニーの内も外もない世界を築きたいと語るクマールさん。彼の呼びかけで、自信を取り戻すハンセン病患者や回復者も多い。クマールさんと彼らの活動が、きっとコロニーという「壁」を壊す「道」となっていくことだろう。
撮影:新澤遥
〈プロフィール〉
チャンドラ・プラカシュ・クマール
インドのカルナタカ州マンガルールにある大学でホテルマネジメントを学ぶ大学生。家族にハンセン病回復者を持ち、病気に対する差別をなくしたいという思いから、ハンセン病コロニーの外で、家庭教師をしながら、ハンセン病への理解を促す活動を行っている。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。