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【障害とビジネスの新しい関係】「ハード」と「ハート」の両輪で促進する、ANAグループの障がい者インクルージョン

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右からANAグループの村田さん(前列)、小島さん(後列)、木村さん、日本財団ワーキンググループの奥平さん、井筒さん、石川さん
この記事のPOINT!
  • 障がい者雇用が進まない背景には、障がい者雇用に対する会社の在り方が社員に明文化できていないケースも一因に
  • ANAグループでは障がい者雇用に関わる行動規範「3万6千人のスタート」を作成し、研修等と併せて社内理解を促進
  • 「ハード(設備)」と「ハート(心)」の両輪で職場環境やサービスを充実させ、インクルーシブな社会を目指す

取材:日本財団ジャーナル編集部

この特集では、企業における障がい者雇用や、障がい者に向けた商品・サービス開発に焦点を当て、その優れた取り組みを紹介する。障害の有無を超えて、誰もが参加できるインクルーシブな社会(※)をつくるためには、どのような視点や発想が必要かを、読者の皆さんと一緒に考えていきたい。

  • 人種、性別、国籍、社会的地位、障がいに関係なく、一人一人の存在が尊重される社会

取材を行うのは、日本財団で障がい者の社会参加を加速するために結成された、ワーキンググループ(※)の面々。今回は、障がい者雇用に関わる行動規範「3万6千人のスタート」を作成し誰もが自信と誇りを持って働ける組織づくりを進めると共に、誰もが快適に空の旅を楽しめるサービス開発に力を入れるANAグループ(別ウィンドウで開く)の取り組みを紹介する。

  • 特定の問題の調査や計画を推進するために集められた集団

全日本空輸株式会社(ANA)で人事部グループ障がい者雇用推進室に所属する木村晃子(きむら・あきこ)さん、CS推進部・部長の小島永士(こじま・えいじ)さん、同じくCS推進部に所属する障がい当事者の村田夏美(むらた・なつみ)さんにお話を伺った。

【手話言語動画版】

グループ会社共通の行動規範で、社内理解を促進

奥平:日本財団ワーキンググループの奥平真砂子(おくひら・まさこ)です。まず、ANAグループの中で働く障がい者の方は何人ぐらいいらっしゃるのですか。

木村さん:2020年11月1日現在ANAグループでは、グループ会社39社で障がい者雇用を進めており、全グループ社員数約4万6,000人のうち、923名が障がいのある方になります。

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ANAグループ障がい者雇用推進室の木村さん

奥平:雇用を進める上で、大切にされていることはありますか。

木村さん:ANAグループの障がい者雇用に関する考え方を社内外にしっかりと発信することですね。2012年に人事部の中に「グループ障がい者雇用推進室」を設け、障がい者雇用の取り組みを本格化しました。グループ各社のノウハウを共有しながら、障がい者採用サイトの設置やANAグループ合同面接会などを実施し、雇用拡大に努めています。

2015年4月には、ANA グループのCEOである片野坂真哉(かたのざか・しんや)自らが「ダイバーシティ&インクルージョン(※)宣言」を行い、女性、障がい者、シニアなど多様な人財の活躍を推進するための環境整備を進めています。

  • 人種や性別、年齢、障がいの有無といった多様性を互いに尊重し、認め合い、誰もが活躍できる社会づくり

それを受け、同年には、グループ各社の人事担当者と障がいのある社員50余名が、半年間かけて障がい者雇用に関わる行動規範「3万6千人のスタート」を作成しました。グループの全社員が「障がい」とその多様性を正しく理解し、誰もが輝き、活躍できる組織づくりを推し進めています。

そういった取り組みもあり、徐々にグループ内での雇用率も高くなり、安定雇用も進んでいると感じます。

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障がい者雇用に関わる行動規範「3万6千人のスタート」

奥平:たくさんの取り組みをされているのですね。現在は、どういった障がいのある方がどのような仕事をされているのでしょうか。

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日本財団ワーキンググループの奥平さん

木村さん:グループ全体を見ると、約50パーセントが身体障がい者の方で、知的障がい者と精神障がい者の方が25パーセントずつです。仕事の内容も39社でそれぞれ異なるので、障がいのある社員の仕事もさまざまですが、ANAグループの中の特例子会社であるANAウィングフェローズ・ヴイ王子を例に挙げますと、顧客情報の管理や、客室乗務員の制服などの保管管理、航空機の整備記録の電子化作業、パン製造販売、カフェ・コンビニエンスストア店舗運営、紙すき製品や木工品の製造といった業務も行っています。

電話や打ち合わせ内容などを文字化して視ることができるUDトーク(※)をグループ全社で利用できるよう法人契約を結び環境を整えていますし、特例子会社ウィングフェローズ・ヴイ王子では、段差の削減、入退室時に利用するカードリーダーの位置を車いすからも届くようにするなど、ハード面の整備も進めています。

  • 会話を音声認識技術を使ってリアルタイムに文字表示し、ろう者・難聴者とのコミュニケーションを補助的に行うためのスマートフォン用アプリ

ですが、何よりも「3万6千人のスタート」の理念に則り、障がいのない社員も含めた全ての社員が、障がいの多様性を正しく理解し戦力となれるよう、本人との対話を大切にすることを最も重視しています。誰にでも得手不得手があるように、やはり一人ひとりできることできないことが変わってくるため、先入観や思い込みにとらわれず一人ひとりに合ったフォローをしっかりできればと考えています。また、グループ各社に障がい者雇用推進者がおり、グループ障がい者雇用推進室と連携することで、職場の課題にすぐに対応できる環境づくりを進めています。

井筒:ワーキンググループの井筒節(いづつ・たかし)です。障がい者雇用については、日本でも徐々に進みつつありますが、難しさを感じてまだ一歩を踏み出せていない企業もあるかと思います。そういった企業の方たちにアドバイスをするとしたら、どんな点がありますか。

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障がい者雇用を進めるためのポイントを尋ねる日本財団ワーキンググループの井筒さん

木村さん:そうですね。私たちのグループもまだ道半ばではありますが、まず「どうして障がい者の雇用を行うのか」を明文化して、その上で会社主体となって、社内にそういった考えを浸透させていくことが大切なのではないでしょうか。ANAグループでは、障がい者雇用を貴重な戦力の確保と位置付けています。

遠慮せずに「言葉にすること」がお互いの理解を深める

奥平:ここからは、実際に障がい者として採用され、現在はANAのCS推進室部でお仕事をされている村田さんにお話を伺いたいと思います。

村田さん:CS推進部ユニバーサルサービス推進チームで勤務している村田です。現在は、全てのお客さまに快適な空の旅をしていただけるようなプログラム作りや社内外への教育などを行っています。

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仕事の内容ややりがいについて語る村田さん

奥平:村田さんがANAの障がい者採用に応募した経緯について教えてください。

村田さん:私はうつ病を巡る障がいがあり6年ほどその治療に専念していました。落ち着いた時にちょうどANAの障がい者採用の募集を知り、ANAで挑戦してみたい!という思いでエントリーしました。

奥平:面接などでANAの方とお話した第一印象について教えてください。

村田さん:「障がいの有無にかかわらず、私個人を見てくれている」と感じました。あと、いくつかの会社に採用についてお話を伺った際、ANAの担当者の方だけが当たり前のように「障がい者雇用の方でも管理職がいますよ」とおっしゃっていただいたのも入社したいと感じた大きな理由の一つです。

奥平:なるほど。実際に働いてみていかがでしょうか。

村田さん:私はANAグループのユニバーサルサービスに関する教育を社内外に向けて行っています。例えば、社員が高齢者や妊婦のお体の状態を擬似体験できるプログラム作りやプログラムに必要な物品手配等の調整を行っているのですが、よりサービスに密接した内容を提供するべく工夫を重ねています。上司には適時アドバイスをいただくと共に、私の熱意も汲んでいただけているなと日々感じています。

また社外に向けては、「ANAそらぱす教室(搭乗支援教室)」(別ウィンドウで開く)という、特別支援学校の生徒さんを対象に飛行機への搭乗手続き、機内座席への着席などといった一連の流れを座学および疑似体験を通して学んでいただく「教室」に関わっています。はじめは不安そうにしていた生徒さんたちが門型金属探知機を通過できた時や、車いすから機内座席に移乗できた時に見せる自信にあふれた表情が、大きなやりがいにつながっています。

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車いす利用の生徒や発達障がいのある生徒を対象に行うANAそらぱす教室の様子

奥平:お話を聞いているだけで、村田さんのお仕事が充実しているのを感じます。一方で、タイミングによっては体調が悪くなってしまうこともあるかと思いますが、どのような対応をされているのでしょうか。

村田さん:体調については、自分で事前に分かる場合とそうでない場合があります。いずれにしても、分かったタイミングで遠慮することなく上司に相談するようにしています。上司には、普段から私の症状について理解いただいているので、仕事に影響が出そうな場合は問題なく休むことができます。

奥平:私生活にもポジティブな影響がありますか。

村田さん:私は2児のシングルマザーでもあるのですが、子育てだけではなく、社会参加できていることがとてもうれしいですね。就労において、女性の場合はライフステージの影響を受けやすいものですが、ANAでは社員一人ひとりの状況を理解しようとしてくれるので、どのようなライフステージにおいてもキャリアを築ける安心感があります。

「ハード」と「ハート」で誰もが快適に空の旅を楽しめる世の中に

奥平:ここからは、村田さんの上司でCS推進部・担当部長の小島さんに、障がい者の方に向けたサービスについてお話を伺いたいと思います。

小島さん:ANAグループでは、「すべての人に優しい空を♪」というスローガンのもと、誰もが空港や飛行機をストレスなく利用できるサービスづくりを進めています。

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ANAの目指す誰もが快適に空の旅を楽しめる取り組みについて語る小島さん

小島さん:その内容としては、ANAグループの役員・社員が車いす体験や白杖体験を通して障がい者の立場を理解する研修や、村田の話にもあった「そらぱす教室」といった社外向けの研修をはじめ、空港内における車いすやローカウンター、遠隔手話装置、音声認識装置の設置といった、旅行前から現地到着までを配慮した環境整備等を行い、全てのお客さまに安心して快適な空の旅をお楽しみいただけるようウェブサイト等を通じた広報活動に取り組んでいます。

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受付にて、遠隔手話装置を通して会話する聴覚障がい者とANAの空港スタッフ
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車いす利用者を航空機の入り口まで運ぶリフトバス(一部空港に設置)

奥平:ハード面とソフト面の取り組みを進めていらっしゃるのですね。

小島さん:はい。私たちは「ハード(設備)」と「ハート(心)」と言っていますが、その両輪で旅の始まりから終わりまで、誰もが快適に空の旅を楽しめる世の中を目指しています。

奥平:ありがとうございます。皆さんから、今後の目標や障がい者の方に向けたメッセージをいただいてもよろしいですか。

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左から、障がい者雇用、障がい者へのサービスについて思いを語る村田さん、小島さん、木村さん

村田さん:障がいのある方の中には、就労する際にご自分の障がいについて理解されないのではないかと不安になることも多いかと思います。私にも一歩踏み出すのが怖い時期がありました。でも、そんな私たちの一歩が未来を明るくして、後輩たちの希望になるはず。障がいの有無にかかわらず、企業に対して自分の熱意や志を伝えていっていただけたらと思います。

木村さん:ANAグループでは障がいの有無にかかわらず、全ての社員が同じ組織目標を達成するための仲間であり、対等な関係にあると考えています。今後も、その考えの軸となる行動規範「3万6千人のスタート」のグループ内での浸透に力を注いでいくつもりです。

小島さん:少し大きな話になりますが、旅行において私たち航空業界が携わるのは主に移動の部分。ですが、それだけでは全ての方に快適に旅行を楽しんでもらうのは難しいと考えています。ウェブサイトや空港、機内のサービスを充実させるだけでなく、これからは観光地や宿泊施設などとも連携し、私たち航空会社だけでなく旅行業界全体で取り組む必要があると考えています。

撮影:十河英三郎

特集【障害とビジネスの新しい関係】