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【重度障害者雇用を考える】人や地域とのつながりが働きがいを生む。福祉現場から探る知的重度の「働く」
- 障害者雇用率は伸びているが、知的障害者や精神障害者の割合は低く、重度障害者が敬遠される傾向に
- 強度行動障害者が働く福祉施設では、個々ができること、働く楽しさや地域とのつながりを大切にしている
- 地域への貢献度を重視し、社会とつながることで働きがいを見出せるような仕組みづくりが重要
取材:日本財団ジャーナル編集部
障害者の就労や働き方について、今取り組むべき課題を探り、具体的な解答やビジョンをさまざまなプログラムを通じて考える「就労支援フォーラムNIPPON」(別ウィンドウで開く)。2020年12月に開催されたメインとなる東京での集会は7回目を迎えた。
そのプログラムの中から、12月13日に行われた分科会「『重度』障害者の『働く』の新デザイン ~現状からみる答え~」の模様を全3回にわたってお届けする。
重度障害とは、生活における支障の程度や症状などに応じた「障害等級表」(別ウィンドウで開く)の第1級、第2級および第3級の一部に該当するもので、生活を送る上で日常的に個別の援助が必要となる。
第1回目は「知的『重度』の働く」をテーマに議論された、知的重度障害者に関する福祉施設の取り組みや課題と共に、より良い働き方につながるヒントを共有する。
〈パネリスト〉
佐々木健司(ささき・けんじ)
社会福祉法人さくらんぼの会 管理者・サービス管理責任者
中山さおり(なかやま・さおり)
NPO法人ばでぃ/ゆい 管理者
仁木悟(にき・さとる)
社会福祉法人さつき福祉会 あいほうぷ吹田 副施設長
野澤和弘(のざわ・かずひろ)
植草学園大学 副学長
〈進行〉
赤松英知(あかまつ・ひでかず)
きょうされん 常務理事
福祉現場の取り組みから見えてくる「働く」意義
「強度行動障害」は、知的重度障害の一つで、自身の身体を傷つける、食べてはいけないものを口にする、他人を叩いてしまうなど、障害者本人や周囲の人の健康を損ねる行動が多いため、特別な支援が必要となる。
日本では強度行動障害のある人が8,000人程度いると言われており、家族だけでケアをすることが難しく、福祉施設に通所するケースが多い。
分科会「『重度』障害者の『働く』新デザイン」ではじめにスポットが当たったのは、この「強度行動障害」と「働く」ことの関係について。はじめに、当事者の人たちが働く福祉施設の取り組みが紹介された。
「さくらんぼの会には、現在22名の多機能生活介護(※)にあたる障害者の方が働いています。やっている仕事は、公園の清掃や、他事務所の掃除、お菓子の袋詰、お礼状作りなどさまざまです。事業を通して私たちが心掛けているのは、障害者の方の笑顔と夢のある未来を大切にすることです」
- ※ 施設への「通い」を中心に、短期間の「宿泊」や自宅への「訪問」など、生活支援や機能訓練を1つの事業所で行う在宅介護サービス
最初に事例を紹介したのは、社会福祉法人さくらんぼの会(別ウィンドウで開く)の管理者である佐々木健司さん。障害によっては、集団で行動することが困難な人も、衝動的に物を壊してしまう人もいる。佐々木さんたちは、「今その場で、それぞれができることをやればいい」という考えのもと当事者たちをサポートしている。
「働くことは、お金を稼ぐためだけのものではありません。社会参加をすることで、仲間からの評価や人とのつながり、居場所の確保にもつながります。私たちの施設に入られた当初は、作業が苦手だった方が現在は、楽しみながら働いているケースもあります。できないことを言い訳にせず、今できることを探しつつもっと長い目線で、当事者の方たちと向き合うことが大切だと考えます」
NPO法人ばでぃ(別ウィンドウで開く)が運営する事業所「ゆい」の管理者である中山さおりさんも「できること」を大切にしていると話す。
「うちでは、アルミ缶のリサイクル作業やオリジナルガーゼハンカチの制作、チラシの丁号などを行っています。まずは『一人ひとりができること』に目を向け、他者とのコミュニケーションを大切にすることが、より良い働く場所づくりに重要だと考えています」
中山さんたちは工賃を手渡す際に、当事者の人たちが達成感や自信を得るために「みんなで盛り上げる」ことを心掛けているという。
「あいほうぷ吹田では、花壇づくり、公園の落ち葉清掃、織物制作などの他に、地域の人たちとの関係づくりにも力を入れています。『おもちゃ釣り』といったちょっとしたイベントを開催したり、節分の鬼のお面づくり、アクセサリーづくり、カフェを開いたりするなど、季節によってさまざまなことに取り組んでいます」
そう語るのは、社会福祉法人さつき福祉会(別ウィンドウで開く)が大阪府吹田市の委託を受けて運営する事業所「あいほうぷ吹田」の副施設長である仁木悟さん。
生産活動とは、賃金目的だけでなく、社会とつながることで、自分の作った物が売れる喜び、社会の一員として認められることの喜びにつながる行為だと語った。
3つの事例で共通していることは、障害のある人たちが困難を抱えながらも自ら「働きたい」と感じ、そのことが当事者たちの家庭での存在や、暮らし自体に良い影響をもたらしているという点だ。
日本社会が直面する課題にどう対応すべきか
「2005年に障害者自立支援法ができてから、障害者雇用の在り方も変わってきました。雇用率も数字の上では伸びていますが、身体障害者に比べて知的障害者や精神障害者の割合が著しく低い傾向や、重度障害が敬遠される現状、仕事の内容がなくそれが障害者のストレスにつながってしまうことなど、問題点もたくさんあります」
そう語るのは、毎日新聞客員編集委員であり、植草学園大学で副学長を務める野澤和弘さん。日本における障害者雇用が遅れていることを指摘する。
「しかし、日本の社会が今後迎えるのは、超高齢化社会と人口減少です。公的福祉の負担はそれに伴い増加し、財源確保は困難になります」
これらに加えて、福祉業界の人材不足も深刻になると野澤さんは指摘する。
「医療・福祉分野で働く人は2018年時点で823万人でしたが、2025年には930万人、2040年には1,070万人必要になると言われています。現時点でも、介護施設の職員は不足していますし、介護専門学校の入学者に対する定員割合は50パーセントを切ることもあります。こういったさまざまな問題について、私たちはどう対処するべきか『答え』を出していく必要があるのです」
「働き方」はもっと多様であるべき
野澤さんが強調するのは、数字には現れないメンタル面でのケアと、働く意味の再定義の必要性だ。
「障害者に絞らず、もっと範囲を広げて考えてみましょう。近年では、先ほど挙げた問題の他に、自殺率の高さや引きこもり、孤独死といった問題も取り上げられています。そういったメンタル面を支えるのは、人とのつながりや生きがいといったものではないでしょうか」
「働くこと=お金を稼いで自立すること」といった価値観は古いものだと語る野澤さん。もっと働き方は多様であるべきだという。
「もちろん生活する上でお金は大切ですが、自分が住んでいる地域への貢献などももっと重視するべきだと考えています。お年寄りが多い地域なら雪下ろしの手伝いをしたり、製糸産業がある地域ならそういった仕事に目を向けたりするのも良いですね。日本は世界の中でも長い歴史のある国。そういった地域の多様性に目を向けることも大切だと思います」
同時に、これまでの1人の人が全てできることを求める働き方も古い考え方だと指摘する野澤さん。
「施設の皆さんのお話にもあったように、できることをできる人が、できる場所でやればいいのではないかと思います。世間でも働き方改革が始まってしばらく経ちますが、障害者就労は社会全体における就労の先端に位置するんじゃないかと思うのです。金銭だけを重視するのでなく、地域に貢献し、働くことに楽しさや喜びをもっと見出せるようになれば、もっと健康的で豊かな生き方ができるのではないかと考えます」
一人ひとりの個性を重視し、ただ生産性を求めるのではなく、働く喜びや人や地域とのつながりを大切にする。そんなは重度障害者の支援に取り組む福祉現場の取り組みからは、障害の有無にかかわらず、全ての人にとって生きやすい社会づくりのヒントが見えてくる。
撮影:十河英三郎
【重度障害者雇用を考える】
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