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【増え続ける海洋ごみ】大切なのは「マイビーチをきれいに」という思い。小笠原のNPOが説く、海ごみに向き合う姿勢

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小笠原海洋島研究会BOISSが主催する海岸清掃に参加した島民の皆さん
この記事のPOINT!
  • 小笠原諸島では、環境省業務を受託したNPOが海洋ごみの回収や環境教育に取り組んでいる
  • 日常的に利用するビーチに海洋ごみの回収箱を設置するなど、暮らしの中でできる取り組みが対策の一助に
  • ゴールが見えない海洋ごみ問題。自分のペースで、自分のできることに取り組む姿勢が大切

取材:日本財団ジャーナル編集部

東京から南に1,000キロメール、南海の果てにある世界自然遺産の島、小笠原諸島。その全域が東京都小笠原村に属し、東京都にある村の中でも最大規模の排他的経済水域(※)を持つ。

  • 漁業や石油などの天然資源の採掘、科学的な調査活動等を、他国に干渉されることなく自由に行うことができる水域

30以上ある島々の中に有人島は父島、母島、硫黄島の3つしかなく、硫黄島は海上自衛隊の基地であるため、民間人は父島と母島だけに住んでいる。

太平洋の直中にある小笠原諸島の島民にとって、海は最も身近な資源であり大切な存在だ。そうした小笠原の暮らしの中で、島民はどのように海洋ごみ問題と向きあっているのだろうか。

小笠原諸島の環境問題の活動に取り組むNPO法人小笠原海洋島研究会BOISS(Bonin Oceanic Island Studies Society)(別ウィンドウで開く)で、海洋ごみの担当をしている梅津理恵(うめづ・りえ)さんにお話を聞いた。

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BOISSが取り組む海洋ごみ回収と環境教育

BOISSは、2008年1月に小笠原諸島父島のダイビングショップ「海神」オーナーでダイバーの山田捷夫(やまだ・よしお)さん、測量会社「株式会社ヨコタ」代表取締役の横田保夫(よこた・やすお)さん、設立当時東京都レンジャーだった城本太郎(しろもと・たろう)さんの3名が発起人となり、発足した。

行政と市民を結びつけて教育と自然環境の保全、調査と啓蒙活動、地産地消や持続可能な循環型社会と自立した活力のあるまちづくりなどを目的として設立された。

現在(2021年2月時点)の会員数は理事長1名、理事4名、監事1名と一般会員28名だ。

2021年現在は設立当初より活動の幅が広がり、アホウドリの保護・保全・調査活動とオガサワラトンボなど希少固有種の昆虫の保全活動、海洋ごみに関する活動を行っている。また地産地消活動の一環として、島の植物「月桃」を使った蒸留水の製造や販売も行っている。

「BOISSでは海ごみに関する取り組みとして、環境省業務を受託して海岸清掃と、子どもたちを対象とした環境教育を実施しています。海岸清掃では回収量の上限が決まっており、環境教育も年間の開催数が決められています。海ごみでもっとも費用がかかるのが1,000キロメートル離れた本州への搬出です。回収はたくさんしたいけれど、搬出するための処分費をどのように捻出するかがネックになります」

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父島大村海岸で回収されたプラスチックごみを手にする梅津さん

BOISSが行う海洋ごみの回収事業は、環境省の予算の中で行われている。2020年度の予算で決められた回収量は1トンの重さが入る1立米(りゅうべ)の袋45個分だった。毎年40袋前後回収しているそうだが、海岸に打ち寄せるごみが絶えることはない。

「年間2〜3回ほど船で各島の海岸に行き、清掃活動を行います。有人島である父島では巽(たつみ)湾の海岸、西海岸、初寝浦(はつねうら)海岸、洲崎(すさき)海岸など、無人島の兄島では滝之浦(たきのうら)などの海岸で海ごみの回収をします。回収活動を行う海岸は海鳥やアオウミガメの保護と景観の保全を目的として選んでいます。1回あたり8〜10人ほどで作業を行いますが、船の中がすぐにごみでいっぱいになるため、船で何往復かする必要があります。時として泳いで回収したごみを運ぶこともあります」

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父島の洲崎海岸に打ち上げられた海洋ごみを回収する梅津さん(写真左)と環境省職員の玉井徹(たまい・とおる)さん

有人島の父島の周りには、兄島や弟島など無人島がたくさんある。また父島にも簡単にはたどり着けない海岸があるという。

BOISSでは、海岸清掃の活動をする際に、一般の島民に行きづらいアクセスの悪い海岸をあえて選んでいる。そうした環境での海洋ごみの回収は、言葉では想像できないほど体力が必要になるに違いない。そうした人がいない島でも回収作業を行う活動に、BOISSのメンバーの小笠原への愛を感じる。

「環境教育の機会は年間数回ほど設けており、父島の洲崎海岸などでは一般島民向けに海岸美化清掃も行います。また島の子どもたちや本州からの修学旅行生を対象としたプログラムも実施しています」

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父島洲崎海岸の清掃前に、参加する島民に海洋ごみ問題をレクチャーする梅津さん(写真右)
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父島洲崎での海岸清掃で海洋ごみを拾う島の子どもたちと梅津さん(写真右)

小笠原諸島には日本人が移住する前に欧米人や太平洋諸島民から移住者が住んでいた。

そうした歴史の影響か、太平洋諸島地域における伝統的なカヌー「アウトリガーカヌー」が文化として盛んだ。またサーフィンやシーカヤックを楽しむ島民も多い。小中学校の学校行事として海での遠泳大会、高校の授業ではウィンドサーフィンも行われている。海が身近な環境に子どもたちは慣れ親しんでいる。

「小笠原の任意団体が島に住む小学生に向けてキッズカヌー教室を実施し、その3カ月のプログラムの中でBOISSが海ごみについての環境教育を担当しました。また、島の幼児教育機関『ちびっこクラブ』や小学生の学童保育『とびうおクラブ』でも環境教育の機会を設けてもらい、レクチャーと海岸清掃のプログラムを行っています。島外の子ども向けには、修学旅行生が来島した時に環境教育プログラムの要望があれば開催します。資料を紙芝居に仕立て、海ごみやマイクロプラスチックの特性などを学んでもらい、レクチャー後に修学旅行生に実際に海ごみやプラスチックごみの回収も経験してもらいました」

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父島洲崎での海岸清掃に参加して海洋ごみを拾う島の女子高校生

小笠原諸島におけるマイクロプラスチックの問題

インタビューを進める中で、BOISSが環境省の受託事業以外で独自に取り組む海洋ごみの活動について話が及んだ。特に力を入れているのが、マイクロプラスチックの回収事業だ。

「近年海の環境問題の中でもマイクロプラスチックが話題にもなっています。BOISSでは、島民が身近に利用するビーチに海ごみの回収箱を設置する事業を始めました。まず2019年4月から9月に一部の海岸地域で試験的に行い、2020年度からは年間を通して、父島の大村海岸、扇浦(おうぎうら)海岸、宮之浜海岸に設置。小さなプラスチックごみは一般的な海ごみ清掃活動では取りきれないため、島民の方に協力いただき普段の暮らしの中で回収に取り組んでいただくために始めました。いつも海に回収箱があることで、島民の方に毎日の暮らしの中で海ごみのことを意識していただけるきっかけになればと思っています」

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父島の大村海岸に設置された海洋ごみの回収箱

元々島民の人々の要望として「散歩やビーチに行く機会がある時に、もっと日常的に回収作業に取り組みたい」という声があった。

そうした島民の協力で回収されたマイクロプラスチックを含むプラスチックごみの量は、2020年の4月から12月の期間で30キロほどだった。マイクロプラスチックという小さなごみが30キロも集まるのは大きな成果だ。そして回収活動を通じて、島民の心に「海洋ごみを減らそう」という気持ちが生まれたら、この大きな問題の解決の糸口になる。

BOISSでは今後回収量を増やす観点から、小笠原村と連携した取り組みも交渉している。NPO法人であるBOISSと小笠原村、東京都、環境省や林野庁に加えて、他のNPOや島民のグループがタッグを組めば、とても大きな成果が期待できそうだ。

ところで、回収された海洋ごみはどのように処分されているのだろうか。

「回収された海ごみは洲崎海岸に場所を借りてまとめて保管。年に1度、小笠原と東京を運行する貨物船で島外に搬出し、本州の産廃業者に処理してもらっています。直近5年間の回収量は、2016年55袋、2017年35袋、2018年15袋、2019年40袋、2020年45袋でした。年間の回収量は、その年の予算の上限で変化します」

1立米の袋を1つ搬出して処理してもらうためには平均7万円の処理代が必要だという。BOISSとしてはもっと海洋ごみを回収したいという気持ちはあるが、予算に上限がある上、離島特有の処分費の高さから諦めざるを得ない。

もっと回収できたらという気持ちが湧くことは、この美しい海を見ていれば自然なことだと思える。

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大村海岸に設置されたマイクロプラスチックの回収箱から島民の拾ったごみを回収する梅津さん

海洋ごみを拾うだけでは解決にならない

梅津さん自身は、どのような体験から海洋ごみやマイクロプラスチックの問題に関心を持つようになったのだろうか。

「私はSUP(スタンドアップパドルボード)など海のアクティビティの趣味があり、海とは切り離せない生活をしています。2012年頃にBOISSのレクチャーを受ける機会があり、その時に太平洋にごみベルト(※)があることを知り、とてもショックを受けました。海ごみの問題に、いつかライフワークとして関わりたいと思っていた時に、BOISSから声をかけていただき、2019年に参加しました」

  • アメリカ・カリフォルニア州沖からハワイ沖にかけての北太平洋に、大量のプラスチックごみが漂う海域がある。ごみの総重量は約7万9,000トンに達すると言われている

日々の暮らしの中で感じる問題意識を今の活動につなげていった梅津さん。BOISSの活動を始める前は小笠原の海にごみはあまりないと思っていたが、年々増えていると感じるそうだ。

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父島大村海岸で島民の協力で回収された海洋ごみとマイクロプラスチック

彼女は、小笠原の海洋ごみ問題には課題があると話す。

「ビーチに落ちているプラスチックごみは、何度回収しても海から流されてきて途切れることがありません。海ごみを回収してくれた人がいても、海が荒れたらまたごみが打ち上がる日々の繰り返しの中で、活動のゴールが見えないのはショックな側面もあります。環境教育の一環として海ごみやマイクロプラスチックの話をすると、子どもたちが問題の大きさに落ち込むことがあります。マイクロプラスチックも海ごみも、拾うだけでは解決にならないということが深い問題です。難しいことかもしれませんが、海ごみを全部なくしたい。そう、小笠原に住む人たちはみんな同じ思いを持っていると思います」

「マイビーチ」をきれいにしたいという思いが大切

太平洋の只中にある小笠原諸島では、絶えず海洋ごみが押し寄せる。マイクロプラスチックの回収も解決の糸口が見えない問題だ。

そうした大きな環境問題に向きあいながら活動を続けていくためにはどうしたら良いのだろう。

「全部自分でやらなければと思わないで、その一部を担っていけばいいという気持ちを持つことです。全ての海ごみをあえて拾わなくてもいいし、いつも真面目にしなくてもいい。海ごみは終わりの見えない問題でもあります。だからこそ諦めずに、マイペースで、自分にできることを取り組んでいくことが大切だと思っています」

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父島洲崎で行われた海岸清掃に参加して海洋ごみを拾う島民の親子

海洋ごみを拾う時に「拾っても意味がない」と子どもたちが言うこともある。それでも梅津さんは「一つでも拾ったら、世界が一つでも良くなることを分かってほしい」と伝えたいという。

「ビーチに落ちている海ごみやマイクロプラスチックを全部は拾いきれない日もあります。それでも、海ごみを拾うことも含めて環境問題に取り組み続けることが大事だと思います。私たち小笠原の島民は海をきれいにしたいという共通の気持ちを持っています。面白いことに、島民はそれぞれお気に入りの『マイビーチ』を持っています。回収箱が設置されていないビーチでも、海ごみがいつの間にか浜辺の片隅に回収されて溜まっていることがあります。島民それぞれが、自分の大事にしているマイビーチをきれいにしようとしている。そうした同じ思いを持っている人が住んでいる島であることが、小笠原の希望だと思います」

自分の暮らす島や地域を愛し、日々の暮らしの中でお気に入りのマイビーチを大切にすることが、海洋ごみの問題を改善する力になるだろう。

撮影:夏野葉月

NPO法人小笠原海洋島研究会BOISS 公式サイト(別ウィンドウで開く)

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