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【障害とビジネスの新しい関係】障害者が隣にいる光景を当たり前に。朝日新聞社が取り組むインクルーシブな組織づくり

- 障害者雇用が進む中、仕事のやり方を変えて取材記者としても活躍の場を提供したい
- 互いにできないことをカバーし合えば、誰もが特性を生かし、活躍できる組織に
- 障害のある人がいつも隣にいる組織の光景が、報道機関にこそ必要な時代
取材:日本財団ジャーナル編集部
この連載では、企業における障害者雇用や、障害者に向けた商品・サービス開発に焦点を当て、その優れた取り組みを紹介する。障害の有無を超えて、誰もが参加できるインクルーシブな社会(※)をつくるためには、どのような視点や発想が必要かを、読者の皆さんと一緒に考えていきたい。
- ※ 人種、性別、国籍、社会的地位、障害に関係なく、一人ひとりの存在が尊重される社会
取材を行うのは、日本財団で障害者の社会参加を加速するために結成された、ワーキンググループ(※1)の面々。今回は「ともに考え、ともにつくる」を企業理念に、業界に先駆けて多様性社会の推進に力を入れてきた朝日新聞社(外部リンク)の社内におけるダイバーシティ&インクルージョン(※2)の取り組みを紹介する。
- ※ 1.特定の問題の調査や計画を推進するために集められた集団
- ※ 2.人種や性別、年齢、障害の有無といった多様性を互いに尊重し、認め合い、誰もが活躍できる社会づくり
朝日新聞社の常務執行役員で編集担当の角田克(つのだ・かつ)さん、人事部の大川恵里奈(おおかわ・えりな)さん、オリンピック パラリンピック・スポーツ事業部に所属し、パラノルディックスキー選手として2022冬季パラリンピックの出場を目指す森宏明(もり・ひろあき)さんに話を伺った。
※肩書は2021年6月時点
障害の有無にかかわらず、誰もが特性を活かせる企業に
山田:日本財団ワーキンググループの山田悠平(やまだ・ゆうへい)です。現在、朝日新聞社さんではどれくらいの数の障害者の方が働き、どんなお仕事をされているのでしょうか。
大川さん:社員4,300人のうち、約90人が障害のある方になります。校閲やデザイン部門、ビジネス部門やIT部門など、いろんな部署で活躍されていますよ。ただ、取材記者は「大変そう」というイメージが強いのか、応募される方が少ないのが現状です。

角田さん:記者として採用されると、はじめはほとんどが地方の総局に配属されます。そうなると、地方での取材には車が必要だとか、建物が古くユニバーサル性が足りないなど、理由をつけて障害者の方を採用してこなかった時期も事実としてあります。ですが、車を運転する必要のない取材を任せるなり、ただやり方を変えればよかった。ものは考えようだと思うんです。
障害がある方の目線だからこそ伝えられる報道がある。今は、積極的に取材記者として採用することを方針としています。

大川さん:本社は働き方改革を推進しており、皆さんがイメージするような昔ながらの新聞記者の働き方とは違ってきていると思います。私たちは、障害のある方だけでなく、病気のある方、育児・介護中の方にもできるだけ長く働き続けてほしいと考えています。いろいろな事情があっても、お互いにできないことをカバーし合うことで、誰もが特性を生かし活躍できる組織づくりに努めています。
山田:「障害者のために」という一方的なものではなく、「誰にとっても」というのは、共に働く上で理想的ですね。さまざまな理由から入社後にうつ病や統合失調症など精神障害を発症する方もいらっしゃると思います。働きたいという意欲があっても、なかなか難しいということもあるかと思いますが、その点についてはどのような配慮をされていますか。

大川さん:まだまだ行き届いていない部分もあるとは思いますが、障害があることを把握している方に関しては、職場に任せるだけでなく、人事部もこまめにサポートをしています。
ひと言で障害といっても、程度は一人ひとり違いますよね。例えば、同じ聴覚障害でも一人ひとり聞こえ具合が違うように、精神障害のある方にもいろんなケースがありますから、本人とこまめにコミュニケーションを交わしながら、その方にとってどんな支援が必要か、どうすれば働きやすくなるかを一緒に考えます。
またそれは障害のある方に限っての話ではありません。いろいろな事情を抱えていても働き続けることができるように、所属先の上司と連携を取りながら、社員一人ひとりが働きやすい環境づくりに力を入れています。
障害当事者も積極的にサポートを求める姿勢が大切
山田:ここからは、障害当事者として朝日新聞社さんに勤務されている森さんにお話を伺いたいと思います。森さんは2019年に入社されたということですが、実際に働かれてみてどのように感じていらっしゃいますか。
森さん:社内に診療所や健康管理室があり、障害者用のエレベーターやトイレも充実。また、通院のための勤務上の配慮など、さまざまなサポート体制が整っているので、とても働きやすい環境です。人事部の方との定期面談も、あまり他の人に聞かれたくない話でも気軽に相談に乗っていただけるので、風通しの良い職場だと感じています。

森さん:ただ、会社に甘えるだけでなく、自分自身でも合理的に考える姿勢も大切だと思っています。僕は高校時代に交通事故に遭い、両足の膝から下が義足なんですね。身体上、どうしても誰かのサポートを得なければならないことが多く、調子が悪くなることもあるので、自分から発信することの重要性を感じています。
井筒:日本財団ワーキンググループの井筒節(いづつ・たかし)です。森さんはパラアスリートでもあるんですよね。普段はどのようなお仕事をされているのですか。

森さん:はい、パラノルディックスキーの指定強化選手として、2022冬季パラリンピックの出場を目指しています。
仕事では、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会や、その先を見据えた朝日新聞社としてのスポーツ戦略を担う部署に所属しています。
仕事をする上で自分に障害があることは強みでもあると思っていて、例えば、パラスポーツのシンポジウムを開催する際には当事者としての視点でアイデアを出したり、人脈を生かしてパラリンピック選手のキャスティングをしたりすることもあります。

山田:素敵ですね!障害のある方が森さんのように前向きに働くためには、どんなことが必要だと思いますか。
森さん:体に障害を抱えてから8年になりますが、日々感じているのは、自分がいま抱えている問題を他者に伝えることの大切さ。どこまで伝えるかは迷いもありますが、「自分が感じているしんどさや苦しさは自分にしか分からない」という前提を置きつつも伝えなければ、他者を動かすことはできないと思っているんです。僕の理想は、障害が気にならないくらいフラットな関係。そのためには「黙っていても伝わるだろう」ではなく、自分から「サポートしてほしい」と伝える姿勢は必要だと思います。
山田:対話ってとても大切ですね。障害者自身が内なる偏見を持っていることもあります。診断名を伝えて、何となく察してくださいでは不十分で、どのような障害でどのような配慮が必要かなどを伝える経験値を育むことも、当事者側にも必要ですよね。
障害のある人が隣にいる光景を発信していきたい
山田:朝日新聞社さんは2020年12月に障害者の社会参加を推進する世界的な運動「The Valuable 500(ザ・バリュアブル・ファイブハンドレッド)」(外部リンク)に加盟されていますが、その経緯について教えていただけますか。
角田さん:私たち報道機関が、障害がある方の社会参加を推し進める上で役に立てることは、やはり報道を通してより広くその大切さを伝えていくことだと思っています。一方で、さまざまな取材や報道をする中で、私たち自身がしっかり問題意識を持ち、行動を起こしているだろうかという疑問も持ち続けていました。
今も、朝日新聞社ではさまざまな障害のある方が働いています。最初のうちはコミュニケーションの難しさを感じることはありますが、それがだんだん日常になると、自然と「よう!」と声をかけ合えるようになるんですね。私はこんなふうに、障害のある方々がいつも隣にいる光景が、報道機関にこそ必要な時代だと感じています。The Valuable 500への加盟をきっかけに、障害に限らず、一人ひとりが働きやすい企業や社会づくりに向けて弾みをつけたいと思っています。
山田:自然な形で障害者がその場所にいること、その広がりが日常の中に溶け込んでいくことは、本当に素敵なことだと思います。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。