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森のような「公共トイレの村」が渋谷に出現。建築家・隈研吾さんが発信する「多様性」「自然との共生」のカタチ

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完成したばかりの公共トイレの前で取材に応じる建築家・隈研吾さん(写真右)と日本財団の笹川順平常務理事
この記事のPOINT!
  • 公共トイレは日常生活に深く関係する場所。しかし、これまでデザイン性を強く求められることはなかった
  • 隈研吾さんが手がけた鍋島松濤公園トイレ「森のコミチ」は、「自然との共生」「多様性」を軸にデザイン
  • THE TOKYO TOILETプロジェクトを通じて、デザインの持つ力や日本の自然を敬う文化を発信する

取材:日本財団ジャーナル編集部

これまでの常識を覆す公共トイレが、渋谷区に続々と誕生している。プロジェクト名は「THE TOKYO TOILET」(外部リンク)。日本財団が渋谷区の協力を得て、性別、年齢、障害に関係なく、誰もが快適に使用できる公共トイレを設置し、多様性のある街づくりを推し進めていくものだ。

全17カ所のトイレをデザインするのは、安藤忠雄(あんどう・ただお)さん、隈研吾(くま・けんご)さん、坂倉竹之助(さかくら・たけのすけ)さんといった16人の世界に名だたる建築家やデザイナー。2020年8月を皮切りに、2021年の5月にファッションデザイナーのNIGOさんが手がけた8カ所目となる神宮前公衆トイレ(外部リンク)が完成し、一般利用開始に。ぺパーミントグリーンが爽やかな一軒家風のデザインが話題を集めた。

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原宿の片隅にひっそりと建つ、ファッションデザイナーのNIGOさんが手がけた古き良き一軒家をイメージした公共トイレ。撮影:永禮賢

そして2021年6月24日、日本が世界に誇る建築家・隈研吾さんがデザインした鍋島松濤公園(なべしましょうとうこうえん)トイレが完成。「森のコミチ」と名付けられたこの公共トイレの魅力や、隈さんとトイレの意外な関係性を、当日行われた記者会見の様子と共に紹介する。

公共トイレの固定概念を覆す、遊び場のような「トイレの村」

渋谷駅から徒歩約12分。東急文化村(Bunkamura)や東京大学・駒場キャンパスに近い、閑静な住宅街の中に、鍋島松濤公園はある。

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緑豊かな鍋島松濤公園

公園の名は、この地にあった紀伊徳川家の下屋敷が明治9年(1876年)に佐賀・鍋島家に払い下げられ、「松濤」の名で茶園を開いたことに由来する。

約5,000平方メートルもの広さがある園内にはたくさんの木々が生い茂り、大きな池や水車も設置。都心にいながら自然の豊かさを感じられるスポットとなっている。

そんな公園の中に、隈さんが手がけた公共トイレ「森のコミチ」はある。

「私が、THE TOKYO TOILETのお話を聞いた時、数ある候補地の中で、この公園が一番良いと思いました」

6月24日、取材陣を前に隈さんはそう語り出した。

「ここにトイレを造りたい。そう思った理由は緑がとても深いから。公園自体は学生時代から知っていたのですが、改めて見ると、こんなに自然豊かな場所が渋谷にあったことに驚きましたね。ここで、木の森に溶け込むようなトイレを造ったら、これまでの公共トイレのイメージを一新できるのではないかと感じたのです」

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鍋島松濤公園を選んだ理由について語る隈研吾さん

鍋島松濤公園トイレは、隈さんの作品らしい木材をふんだんに使用したもの。外壁に耳付きの杉板のルーパー(※)をあえて不規則な角度で取り付けることで、公園の自然に溶け込むようにしている。

  • 羽板と呼ばれる細長い板

素材は、国産ブランド材の一つである吉野杉。かなり厚みのあるものが240枚も使われている。こんな贅沢な公共トイレは世界中どこを探してもないだろう。

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2021年6月24日に使用開始となった隈さんが手がけた公共トイレ「森のコミチ」

吉野杉は、密植(みっしょく)と枝打ち(※)をし、わざと成長を遅らせることで木目を密にしており、日本酒の樽などに用いられてきた歴史がある。また、強い抗菌・抗カビ・防虫効果もあるそうだ。

  • 「密植」は一定面積に多くの作物個体を植え込むこと。「枝打ち」は樹木の枝を幹から切り落とす作業のこと

「公園で遊ぶ子どもたちにも、特別な杉であることを知ってもらえるとうれしいですね」と隈さん。

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公共トイレの外壁に取り付けられた杉板のルーパー

公共トイレの内部には、メタセコイヤ、欅(けやき)、桜、コナラなどいろいろな木材が使われており、まさに森のトイレといった感じだ。

これらの木材は、相模原津久井産材(さがみはらつくいさんざい)と呼ばれるもので、本来なら薪などに使われるものを取り入れているという。そこにも、自然のサイクルを大切にする心が感じられる。

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いろいろな木材が装飾されたトイレの内部

「男性用」「女性用」といった分け方をしていない点にも注目したい。「子育て(幼児用)」「身だしなみ配慮(着替えができる)」「車いす用」など、イベントの多い渋谷の土地柄にも考慮した用途別になっており、隈さんが「多様性の時代を意識し、多様な人が使えるトイレをデザインしました。しばらく経つと、きっと自分のお気に入りのトイレが見つかるはず」と言うのも頷ける。

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ユニバーサルトイレのピクトサイン(視覚記号)。オストメイト用設備やフィッテイングボードの設置など、多様なニーズに応える

さらに、個性豊かな公共トイレが並ぶTHE TOKYO TOILETプロジェクトの中でも特徴的と言えるのは、5つの独立したトイレの間を散策できる点だろう。

「これからの建築は、建築物とその周りの空間(外の空間)の両方が重要になると考えています。外を歩いて、風を感じて、自然を感じて……。そのトータルの体験が建築になるのではないでしょうか。森の小道のようなトイレを楽しんでほしいですね」

実際に散策してみると、森を感じさせる杉の木の心地よい香りがする。各トイレをつなぐウッドチップの小道も周りのトイレや公園の雰囲気と良くマッチしていて、雨の日も滑りにくそうだ。

最初に見学したのは、切り株のような木々の装飾がかわいらしいユニバーサルトイレ。その広さや用途の多様性に驚く。

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さまざまな木材が使われているユニバーサルトイレの内部

他にも年輪が良い味を出しているトイレや、公園で遊ぶ子どもたちのことを考えたトイレなど、見ていて飽きない。どこかアトラクションを楽しんでいるような感覚がした。

公開されたばかりなのに、このトイレを訪れる子どもや大人たちの笑顔を想像できる。

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子どもたちのための幼児用トイレ
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子どもたちのための幼児用トイレ。こちらは小便用

夜になると茂みの間に隠れたスポットライトがトイレを優しく照らし出す、ロマンチックにさえ感じてしまう雰囲気に。公共トイレへの固定概念が壊れていくのが面白い。

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夜の鍋島松濤公園トイレは、スポットライトで照らされ幻想的な雰囲気に。撮影:永禮賢
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ライトアップされたトイレをつなぐウッドチップの小道。撮影:永禮賢

隈研吾と「公共トイレ」の意外な関係

実は、この鍋島松濤公園トイレで公共トイレを手がけるのは2度目になるという隈さん。過去にトイレを設計した経験についても語った。

「1990年代、バブルが弾けたタイミングで東京の仕事が全てキャンセルになったんです。その時に、高知県の梼原(ゆすはら)町で、公共トイレを造る依頼をいただきました。当時の町長さんから『隈さんは、公共トイレとか造れます?』と聞かれて、失意の中だったこともあり『公共トイレ、すっごく得意です!』と答えたのを覚えています(笑)」

面積の91パーセントを森林が占め、標高約1,500mにもなる四国カルストに抱かれた自然豊かな梼原町。この「林業の町」で、公共トイレの設計に携わった経験が、隈さんの代名詞とも言える木材を使った建築方法を編み出したという。

「僕にとっては、大きな転機とも言えるのが公共トイレの設計でした」と当時を振り返る。

それから約30年後に再び臨んだ公共トイレのデザイン。隈さんは、THE TOKYO TOILETプロジェクトに参画を決めた時の心境についてこう語る。

「巡り合わせのようなものを感じています。公共トイレを通じて、新しい都市像を提案することができることに喜びを感じました」

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初めて手がけた公共トイレの思い出について語る隈さん(写真右)

THE TOKYO TOILETプロジェクトの統括者で、記者会見当日、ファッションデザイナーのNIGO®さんがデザインを監修した清掃員のユニフォームで登場した日本財団の笹川順平(ささかわ・じゅんぺい)常務理事も、隈さんに相談した時のことを振り返る。

「初めて隈さんのオフィスに伺った時は、断られるかと考えていたんです。だから『今までで、一番面白そうだ』と快諾いただいた時はとてもうれしかった。隈さんの自然との共生やトイレを楽しむという発想は、とても面白いと感じています。この公園に合った素晴らしいトイレが出来上がったと思います」

トイレという場所から地域を変えていく。THE TOKYO TOILETの未来

笹川常務理事は、ここで「しかし…」と言葉を紡ぐ。

「THE TOKYO TOILETの目的の一つは、『汚い』『臭い』『危険』という公共トイレのイメージを払拭すること。建築までは、全行程の半分という認識です。使い始めてからが新たなスタート。トイレをきれいに使い続けられる国民性を世界にアピールしていきたいですね」

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完成して終わりではなく、どのように使っていくかが、公共トイレを考える上で大切だと語る笹川常務理事(写真左)

この鍋島松濤公園トイレで9カ所目となるTHE TOKYO TOILET。このプロジェクトが持つ可能性について隈さんは「これまでの建築において、デザインが使われてきたのは、美術館とかコンサートホールとか、公共の大掛かりな施設がメインでした。トイレは、最も日常生活に関係する場所ですが、そこに建築デザインは使われてこなかった。THE TOKYO TOILETでデザインの力が日常に入ることで生まれてくるものがあると思います」と話す。

さらに、「このトイレでは日本の『木の文化』も世界に発信していきたい。日本では古来より、さまざまな木材を巧みに使っており、木が日本文化や建築の中心にあったとも言えます。そしてその背景には『森や自然を大切にしよう』という、今で言うSDGsに近い精神があります」と、「森のコミチ」のデザインに秘めた想いについて語った。

隈さん曰く、今、THE TOKYO TOILETに影響を受け、東京大学や他の地域などでも「トイレを見直そう」という動きが起こっているそうだ。

「東京大学では、さまざまな専門分野の先生とトイレについて話をしたのですが、改めてこんなに人間の問題が集約された場所はないと感じましたね。同時にTHE TOKYO TOILETがさまざまなところに影響を及ぼしているのを感じました」

百聞は一見に如かず。渋谷を訪れる機会があれば、THE TOKYO TOILETプロジェクトのトイレを、ぜひ利用してみてほしい。誰にとっても暮らしやすい街づくりのヒントに触れられるはずだ。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

隈研吾(くま・けんご)

1954 年生。東京大学大学院建築学専攻修了。1990 年隈研吾建築都市設計事務所設立。東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。1964 年東京オリンピック時に見た丹下健三の代々木屋内競技場に衝撃を受け、幼少期より建築家を目指す。コロンビア大学客員研究員を経て、1990 年、隈研吾建築都市設計事務所を設立。これまで30カ国を超す国々で建築を設計し、(日本建築学会賞、フィンランドより国際木の建築賞、イタリアより国際石の建築賞、他)国内外でさまざまな賞を受けている。その土地の環境、文化に溶け込む建築を目指し、ヒューマンスケールのやさしく、やわらかなデザインを提案している。
隈研吾建築都市設計事務所 コーポレートサイト(外部リンク)

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