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渋谷区に出現した「透明トイレ」が話題に。サイボウズ・大槻さんと日本財団・笹川常務がトイレを通じて問いかける「多様性」と「インクルーシブ社会」
- クリエイティブなアプローチは、社会問題を解決する有効な手法になり得る
- 価値観の変革には時間が必要。しかしいったん変わってしまえば大きな動力に変化
- 意見は同じでなくていい。それでも対話を重ねることでイノベーションが生まれてくる
取材:日本財団ジャーナル編集部
2020年7月31日深夜。「なんじゃこの公衆トイレは!?」の一文から始まるツイートと共に、こうこうと明かりが灯る透明なトイレの写真(別ウィンドウで開く)がツイッターにアップされた。投稿主は企業向けクラウドサービスを提供するソフトウェア会社「サイボウズ」に勤める大槻幸夫(おおつき・ゆきお)さん。
同社のコーポレートブランディング部長であり、働き方の新しい価値を発信する人気のオウンドメディア「サイボウズ式」(別ウィンドウで開く)初代編集長でもある大槻さんの投稿は瞬く間に拡散。ニュースやテレビで「渋谷の透明トイレ」が取り上げられるきっかけとなった。
実はこのトイレ、日本財団が取り組む渋谷区内17カ所の公共トイレを一新するプロジェクト「THE TOKYO TOILET」(別ウィンドウで開く)の一環として、渋谷はるのおがわコミュニティパーク・代々木深町小公園内に誕生したもの。8月5日の一般利用開始に先だち話題となった形だが、斬新なデザインには狙いがあった。
そこで今回は「THE TOKYO TOILET」の仕掛け人である日本財団・笹川順平(ささかわ・じゅんぺい)常務(別ウィンドウで開く)が大槻さんをお招きし、本プロジェクトを通じて意見を交換。サイボウズと日本財団が共に見つめる「多様性」と「インクルーシブ社会」(※)について語り合った。
- ※ 人種、性別、国籍、社会的地位、障害に関係なく、一人一人の存在が尊重される社会
笹川さん(以下、敬称略):大槻さんのツイートをきっかけに、おかげさまで「透明トイレ」は大きな注目を集めました。ツイッターで“つぶやいた”きっかけはどのようなものだったのでしょうか。
大槻さん(以下、敬称略):僕は渋谷区に住んでいまして、あのトイレが工事中の頃から近くを通り「どんなトイレが完成するんだろう」と思っていたんです。それがある夜、中身が丸見えのトイレがこうこうと輝いているのを見つけて「なんだこれは!?」と(笑)。
そこで写真を付けて投稿したところ、ものすごい数の「いいね」(2020年8月23日時点で25.2万いいね・6.9万リツイート)が付いたんです。ネットやテレビなどのメディアからもコンタクトがあり、あまりの反響に驚きました。
笹川:大槻さんの投稿がアップされてすぐ、知人が「すごく話題になっている」と教えてくれたんです。うれしくて、僕も投稿にコメントしたかったのですが、公式発表前のタイミングだったものでじっと我慢していました(笑)。
もともとこのトイレは、渋谷区の公共トイレを “誰もが快適に利用できる”よう改修するプロジェクト「THE TOKYO TOILET」の一環として造ったものなんです。
日本財団は、障害がある人が困難に直面するのは個人の側に原因があるからではなく、社会にさまざまな制約があるからだという考えのもと、障害があることが一つの個性として受け入れられるインクルーシブ社会の実現を目指しています。しかし、まだまだ障害がある人にとって制約が多い世の中です。
今回の舞台である渋谷区はダイバーシティに取り組む街ですが、例えば坂が多くて人も多いため、車いすで出歩くのに苦労する。そこでまず、本来誰しも使いやすくあるべきなのに、使われなくなってしまっている「公共トイレ」から変えていこう、と。
驚きを生むインパクトが、社会の価値観を変えていく
大槻:渋谷区民として「ちがいを ちからに 変える街」という区のキャッチコピーがとても好きだったんです。だから「まずは渋谷から」というのはすごくいいですね。
それにしても、トイレがスケスケなのには驚きました。「鍵を締めるとガラスが不透明になる」と後から知りましたが、それでも「使用中にパッと透明になったりしないのかな?」と心配にはなりまして。
今回のツイートには、台湾や中国、タイ、欧米各国と海外からの反応も多く、そのほとんどが僕と同様、ポジティブに受け止めつつ「でも使用中は大丈夫?」というものでした。
笹川:実は日本財団も、透明なトイレのアイデアには驚かされた側なんですよ。設備面についてはTOTO株式会社さんに監修をお願いしたのですが、最も改善すべき課題は「暗い・汚い・臭い」というイメージの方で、これはクリエイティブの力で覆す必要がありました。
そこで、どうせなら一つの社会実験として、トイレの可能性をさまざまな形で追求していこう、と世界で活躍する16名のクリエイターに参画いただいたんです。透明トイレを手掛けたのは建築家・坂茂(ばん・しげる)さん。トイレに入る前に中がきれいか、誰か潜んでいないかを確認でき、夜には公園を明るく照らす役割も兼ねているわけです。
大槻: 僕にはスイス人の同僚がいまして、彼の地元にも透明トイレがあるそうです。その目的はトイレ内での薬物使用を防ぐことらしいのですが、クリエイティブは社会問題を解決する有効な手法であることを再認識しました。今回のプロジェクトを契機に、ツイートにも反応が顕著だったアジア各国にもこのようなトイレの在り方が広がっていくのかもしれませんね。
最近、例のトイレの前を通りかかると、いわゆる“インスタ映え”するスポットとして、若者たちがトイレの中に入り、外から友人に写真を撮ってもらっているのを見かけます。これまでの公共トイレでは考えられない現象ですよ。価値観を変えるには、ふり幅を大きくする必要があるということをまざまざと感じました。
笹川:きれいで珍しいトイレなら落書きもしづらいでしょうし、汚したくないと思うかもしれない。そこから次に使う人のことを考えるきっかけが生まれてくれたら。何より、障害のある方にとって使いやすいだけでなく、「インクルーシブ」ってかっこ良くてポジティブなんだ、という価値観が浸透するといいですよね。
また本来トイレは隠すものですが、そこをあえて透明にするという逆説がイノベーションを生んだ。改めてクリエイティブの力に驚かされました。
大槻:「トイレが透けてる!」というインパクトが、社会に問題を提起する手法となったわけですよね。サイボウズはこの夏、「がんばるな、ニッポン。–これからもテレワークという選択肢を」というテレビCM(別ウィンドウで開く)を放送したんです。これまで五輪を前に「がんばれ!ニッポン」ムードでやってきた日本社会ですが、そもそもがんばり過ぎじゃないか?さらには、コロナ禍の中「出社をがんばる」ことは本当に意味があるのか? という問いかけで、大変大きな反響をいただきました。
これも「がんばるな」という強い言葉のインパクトがあってこそ。中にはもちろんネガティブな反応もありますが、意図を説明するとちゃんと理解してくださる。まず関心を持ってもらうことで、その背景や理由を知ってもらう契機になる。
笹川:サイボウズは「100人いたら100通りの働き方がある」と提唱して、働き方の多様性に早くから取り組んでいらっしゃいますよね。
大槻:僕が入社した当時は、残業や土日出社もいとわない典型的なネットベンチャー。いわゆるブラック企業です(笑)。しかし2006年から「働き方改革」を始め、まずは社員一人一人に希望する働き方を宣言してもらいました。
「火・木曜は在宅」「水曜は子どものお迎えで早く帰る」など、それぞれが求める働き方の条件をチーム内でシェアし、仕事の割り振りを考える。場合によっては「この案件は諦めよう」と整理する必要も出ました。それでも社長の青野慶久(あおの・よしひさ)は「売り上げより、みんなの働き方や幸せの方が大事です」と明言しまして。
笹川:それはすごい。トップの口からはなかなか言えない言葉ですよ。
大槻:そこが興味深いところで、以前のバリバリだけの画一的な働き方だと次第に社員のモチベーションが下がるんです。しかし、社員の希望を汲む形だと「会社が自分を認めてくれている」という認識が生まれ、自然に「自分はどう会社に貢献できるか」という意識が育つ。
これも逆説がイノベーションを生む一つの例と言えますが、改革開始から約7年横ばいだった売り上げが、世間のクラウドブームにも背中を押され、2013年以降はずっと右肩上がり。価値観が変わるまでには一定の時間がかかりますが、いったん変わるとものすごいパワーのエンジンになる、と実感しています。
考え方の違いを認めることから対話が始まる
笹川:さまざまな価値観が表に出てくると、自分とは異なる考え方も明るみになる。まるで自分を否定されたように感じる人もいるでしょう。日本財団は社会的弱者と呼ばれる人たちへの取り組みが活動の中心ですが、今回のトイレプロジェクトも見方を変えると、今までの公共トイレの在り方を否定した、とも表現できます。
でも、さまざまなデザインのトイレが形になることで「今までのトイレは何だったんだろう?」と考えるきっかけが生まれるし、それこそがイノベーションのチャンス。協調性も大切ですが、表面的な同調だけでは課題の本質が見えなくなってしまうようにも思えます。
大槻:大変よく分かります。上司の立場からすると、業務を成功させるためにはいろんな意見がほしい。サイボウズには「説明責任」と「質問責任」という言葉があり、説明するのと同じくらい、ちゃんと質問することも責任だよ、と発信しています。と同時に、会社側も多様な意見を受け止めるインクルージョンを深めていく努力を続ける。10年以上かけてやってきたのは、それら両方の良いバランスを追求することかもしれません。
笹川:自分と異なる意見は時に耳が痛いですが、一方で相手をそのまま認めることは争いを生まないので楽でもありますよね。相手の考えを変えようと思うから難しいのであって、それぞれの良いところを見つけ、個性を発揮できる方法を考えていけば双方にとって心地いいし、信頼関係も深まりやすい。
大槻:いまサイボウズが直面している課題は、まさにそこです。「多様な個性を重視し、公明正大でうそをつかない」ことを掲げて、多様性・透明性のある組織が出来上ってきた。そこでいざ意見を述べ合うようになると、ぶつかり合いも起きるんです。一人一人の自立の先に起こる前向きな事象ではありますが、相手をリスペクトするなど、もっと「議論のスキル」を伸ばしていく必要を感じています。
と同時に、普段からお互いを知っておくことも無用なぶつかり合いを防ぐコツかなと思います。ただ、最近のテレワーク状況では、メールやウェブ会議のみでそれ以外でのつながりが激減していると聞きます。サイボウズ社内では「kintone」(別ウィンドウで開く)などを使ってさまざまな情報を共有していますが、各人が一人言スペースを作って「これから企画書まとめます」「お昼休みに入ります」などいまの状況をつぶやくんですね。こうすることで、離れていても相手の状況が分かり、相手に共感しやすい環境が生まれているんじゃないのかとも思います。
笹川:なるほど。それは大変面白い仕組みですね。僕は経営者の方々を観察するのが好きなのですが、尊敬する先輩方の多くは「問いかけ」がうまいことに気が付きました。すでに答えが分かっているように思えることであっても「これについてはどう思う?」「こういう考えはないのかな?」など、相手に考えさせるスペースを与える。異なる意見から学び、その時々考え方を変えていくのは自分の中で行うことであって、対話において相手の考えを否定する必要はない、ということなのでしょう。
大槻:そもそも日本人は意見を言うことに慣れていない、という面もありますよね。自分も相手も変わる必要はなくて「なるほど、そういう考え方もあるんだ」「でも私の意見はこうです」でいいんです。ただお互いの個性や考え方を認め合えばいい。
そのときは平行線だったとしても、何度も意見を交わし合ううち、いつしか第3の道が開けたり、A案とB案を組み合わせた新しい発想に結びついたりする。それこそが多様性を受け入れるインクルーシブ社会が生みだすイノベーションの瞬間なのではないでしょうか。
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
大槻幸夫(おおつき・ゆきお)
サイボウズ コーポレートブランディング部長。サイボウズ式ブックス編集長。大学卒業後、ベンチャー起業を経て2005年からサイボウズに入社。「チームワークあふれる社会」を目指し、会社や組織の在り方、多様な働き方や生き方の情報を発信するオウンドメディア「サイボウズ式」の初代編集長として活躍。現在は、時代の新しい枠組みを作り出すヒントを伝えるための本を出版する「サイボウズ式ブックス」(別ウィンドウで開く)の編集長としても活動している。
サイボウズ株式会社 コーポレートサイト(別ウィンドウで開く)
笹川順平(ささかわ・じゅんぺい)
1975年2月28日、東京生まれ。慶応義塾大学卒業後、三菱商事株式会社に入社し、ODAの仕事に従事する。2005年にハーバード大学院を修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2017年7月、日本財団の常務理事に就任。3児の父。
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