社会のために何ができる?が見つかるメディア
建築やデザインの持つ力を実感。高校生が、世界的クリエーターが手掛けた公共トイレを調査
- 「THE TOKYO TOILET」は、世界的クリエイターが東京・渋谷区の公共トイレをデザインするプロジェクト
- その公共トイレが持つ「多様性」を、「高校生みらいラボ」に参加する社会課題に関心のある高校生2人が調査
- 建築やデザインの持つ力で、公共トイレにも周囲の環境にもポジティブな影響を与えることができる
取材:日本財団ジャーナル編集部
冬でも温かい便座に、清潔さを保つ温水洗浄…。海外からも高い評価を受ける日本のトイレは、最先端の技術と日本らしい「おもてなしの精神」が反映された、日本文化の象徴と言っても過言ではない。
これまではトイレ本体の機能にばかり目が行きがちだったが、いまその空間(存在)自体にも注目が集まっている。
安藤忠雄(あんどう・ただお)さん、隈研吾(くま・けんご)さん、坂倉竹之助(さかくら・たけのすけ)さんといった16人の世界的建築家やデザイナーが公共トイレをデザインする「THE TOKYO TOILET」プロジェクト(別ウィンドウで開く)は、「ちがいを ちからに 変える街」東京・渋谷区の公共トイレからダイバーシティ&インクルージョン(多様性の受容と活用)の大切さを、世界に向けて発信する日本財団の試みだ。
普段は透明で鍵をかけると中が見えなくなるトイレや、人通りの少ない夜道を明るく照らすトイレなど個性溢れる見た目が話題となっているが、その使い心地や人々への影響は目で見て、体験しないことには分かりづらい。
そこで今回は、高校生が社会で活躍する大学生や社会人とつながることができるオンライン課外授業「高校生みらいラボ」(別ウィンドウで開く)に参加する社会課題に関心の高い高校生2人が、「THE TOKYO TOILET」プロジェクトで完成した公共トイレが持つ「多様性」を調査。果たして彼らの目にはどう映るのか?
クリエイティブの力で多様性社会を推進
「暗い」「汚い」「臭い」「怖い」というイメージが付きまとう公共トイレ。そのようなイメージを払拭し、障害者をはじめ老若男女、誰もが快適に使えるように、トイレから多様性を尊重し活かし合う社会を推進するのが「THE TOKYO TOILET」プロジェクトだ。
全てのトイレに男性用、女性用だけでなく誰でもトイレを設置し、車いすでも気軽に利用できるよう段差がないのも特徴だ。また、オスメイト(※)用設備やベビーケアルーム、高齢者や妊産婦優先設備、子ども用お手洗いなども充実している。
- ※ 病気や事故などにより、腹部などに排泄のための開口部(人工肛門・人工膀胱)を造設した人のこと
今回、2020年8月、9月に完成したばかりの4つの公共トイレを、高校生の2人が調査。その佇まいや機能性、使い心地など、障害の有無に関係なくより多くの人が快適に利用できるかどうかを調べてくれた。
大橋拓真(おおはし・たくま)さん
高校3年生の「高校生みらいラボ」の参加メンバー。趣味はブログを書くことで、海外での留学体験や「高校生みらいラボ」の体験などを発信している。心理学に関心があり、心の病で苦しむ人が生きやすい社会をつくりたいと考えている。
大橋拓真の公式ブログ(別ウィンドウで開く)
川田侃央(かわだ・かんな)さん
高校1年生の「高校生みらいラボ」の参加メンバー。新型コロナウイルスの影響により修学旅行に行けなくなってしまった高校生のために「オンライン修学旅行」などを、複数のメンバーと共に計画・実施している。地方創生の分野や取り組みに関心があり、国内外のさまざまな地域の人たちと交流を重ねたいと考えている。
2人の参加動機は「トイレという意外な取材対象に興味が湧きました」(大橋さん)、「ある日、透明なトイレ(※)のニュースを見かけて、実際に自分の目で見てみたいと思いました」(川田さん)とのこと。
- ※ 「THE TOKYO TOILET」の第1弾として2020年8月5日に完成した建築家の坂茂(ばん・しげる)さんが手掛けた「はるのおがわコミュニティパークトイレ」(別ウィドウで開く)「代々木深町小公園トイレ」(別ウィンドウで開く)
1.通称「タコ公園」に優雅に佇む「イカのトイレ」
JR恵比寿駅から徒歩約3分の場所にある恵比寿東公園は、大きなタコの遊具があることから、通称「タコ公園」と地域の人たちから親しまれている。
都会の中心にありながら緑豊かなこの公園のトイレをデザインしたのは、“建築界のノーベル賞”とも言われるブリッカー賞など国内外で数々の受賞歴を誇る建築家・槇文彦(まき・ふみひこ)さん。
「イカのトイレ」には、美しいカーブを描く屋根や半透明のガラスなどイカを連想させるポイントがたくさんある。
「ただの公共トイレではなく、公園内のパビリオン(休憩所)としても機能するトイレにしたい」というコンセプトのもと設計されており、数名が腰を掛けられる椅子や、樹木が植えられた中庭なども設けられている。
「まず、タコ公園にイカという発想が面白いですね!」と話すのは大橋さん。
「公共トイレって暗くてどこか圧迫感を感じるイメージがありましたが、その真逆というか。明るくてとても開放感があります!中庭に木が植えられていることがいいアクセントになって、トイレと言うかおしゃれなマンションみたいですね」
トイレの細部までチェックする川田さんは、「床がただのコンクリートでなくて、砂場のようなデザインも公園らしくていいですね。今座っている椅子のカーブもイカっぽいし、とてもこだわりを感じます。それに加えて、段差がなかったり、トイレの手洗いが子どもも使いやすいように低めの場所にあったりするのも親切ですね」と感想を述べる。
取材中も、近所のお年寄りや子ども連れの家族など、幅広い年齢の人たちがトイレを利用していた。トイレが完成して、1カ月ほど経過したが、すでにたくさんの人に受け入れられているようだ。
2.日本の贈り物文化から着想を得た真っ赤なトイレ
背後にはJR湘南新宿線や埼京線の線路が迫り、多くの電車が行き交う場所にある「東三丁目公衆トイレ」。公園ではなく道路沿いにあることから、以前はタクシードライバー以外の人には、あまり利用されていなかったという。
デザインを手掛けたのはニューヨークを拠点に活動するプロダクトデザイナー田村奈穂(たむら・なお)さん。重視したのは、「トイレを利用する誰もが快適な気持ちを得られるような、プライバシーと安全性」。LGBTQ+(※)の人々が自分の性に正直に向き合っているニューヨークのように、ありのままの自分でいられる場所を考えた結果、このコンセプトにたどり着いたという。
- ※ 多様な性の在り方を表した言葉。「LGBT」は、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーを指し、Qはクエッショニングやクィア(明確な定義付けがない、分からない、当てはまるものがない)などを指す言葉
川田さんには「明るい色だし、ドアの上部と天井の間が空いていないので、とても安心感がありました」と好評だ。
大橋さんからは「トイレの個室が斜めに造られているからか、省スペースながらも狭さは感じなかったです。機能性が充実しているところもすごい!外観は赤で、中はコンクリート打ちっぱなしというデザインも、不思議と周囲の雰囲気になじんでいますね」といった意見も。
デザイナーの田村さんはこのトイレを設計するに当たって、日本の「折形(おりがた)」からインスピレーションを得たという。
折形とは折り紙の源流で、人に贈り物をする際に和紙を折り目正しく折る武家の礼法の一つである。狭い空間を生かすことと、国際都市である渋谷に訪れる人たちへの「おもてなし」の気持ちを込めて、このようなデザイン、色使いになったというのも興味深い。
公園を輝かせる「雨やどり」という名のトイレ
大橋さんと川田さんが次に訪れたのは、JR渋谷駅に近い神宮通公園。ここに「光の教会」や「地中美術館」など数々の名建築を生み出した巨匠・安藤忠雄さんが設計したトイレがある。
コンセプトは「雨やどり」。大きな屋根ひさしがせり出し、その下は憩いのスペースとして活用できる。
臭いがこもりやすいという公共トイレの難点も、外壁を格子状にして出入り口を2カ所設け、風通しを良くすることで抑制。また、外側から中の様子が見えることで、誰もが安心して利用できるように配慮されている。
「最初に見た時は、トイレと言うよりも公園や街の中の建物の一つのような印象を受けました。『この建物は何だろう?』と写真を撮っている人も見かけました。普通の公園にこのトイレがあるだけで、ガラッと街の印象が変わる気がします」と話す大橋さん。川田さんも「色合いとかは周りのビルにも似ていて、とてもなじんでいると思います」とうなずく。
また「屋根が大きいので、トイレを利用しない人が立っていても違和感がなさそう。これなら雨が降っても安心して避難できるし、そこで知らない誰かと一緒になったとしても『面白いトイレですね』と自然と会話が生まれそう」と川田さん。大橋さんも「特徴的な建物だから、待ち合わせの目印にも使えそうですね」と、いろんな活用シーンが目に浮かぶと語る。
見事な桜の木があり、春はお花見客で賑わうであろう神宮通公園。近代的でありながら和風テイストの公共トイレは、そんな景観にもよくなじみそうだ。
大橋さんと川田さんが話すように、このトイレを中心に人々のつながりが生まれそうな予感がする。
4.暗い夜道を照らし出す「行燈(あんどん)トイレ」
江戸幕府によって整備された五街道の一つ、甲州街道。現在も、日本橋から新宿を通り長野県の下諏訪まで続いており、多くの車や人が行き交っている。そんな甲州街道沿いにある「玉川緑道」は、新宿から豪徳寺まで約12kmに渡る長さで、数少ない都会のオアシスとして近隣住民に親しまれている。
しかし、難点があった。街灯が少なく、夜になると利用しづらい。そんな玉川緑道、京王新線幡ヶ谷駅の近くに作られたのが建築家・坂倉竹之助さんによる、その名も「ANDON TOILET(アンドン・トイレ)」である。
「暗くて近寄りがたい印象で、利用者も極端に少なかったこの場所では、便器数の充足、待ち時間の解消といったこととは別の魅力を持たせ、『みんなが利用したい』と思えるようなトイレをつくる必要があった」と言う坂倉さん。この公共トイレの特徴は、緑になじむ親しみやすいデザインで、夜になると辺りを明るく照らす行灯の役割を果たすところだ。
「とても居心地が良くて癒やされるデザインです。トイレに出入りする際、音声で案内してくれるので視覚障害のある人も安心して利用できますね。夜の姿も見てみたかったな。ここに明るいトイレがあることで、グッと安心感が増すような気がします」と川田さん。
「誰でもトイレや男女共用トイレの表示が大きくって分かりやすいのも良いところ。中に入ると、優しい色合いの草木のシルエットが浮かび上がるので、なんだかホッとできます。周りの景観とも調和がとれていますね」と、大橋さんも居心地が良すぎて長居してしまいそうと話す。
最後に、4つの公共トイレの調査を終えてみての感想を2人に聞いてみた。
「建築やデザインが持つ力の大きさに驚きました。トイレを変えることで、周囲の環境にこんなにもポジティブな影響を与えることができるんですね。建築分野にとても関心が湧いてきました」と大橋さん。
川田さんは「日常的に使うトイレでも、デザインする人が変わればこんなにも変わるものなんですね。このプロジェクトから、次はどんな新しい公共トイレが誕生するのかワクワクします」と語る。
大橋さん、川田さんと共にした取材を通して、いつの間にか「公共トイレとはこんなもの」と先入観にとらわれていたことに気付かされた、「THE TOKYO TOILET」。多様性の大切さと、おもてなしの心を発信するこの公共トイレたちが、周辺地域や日本、そして世界にどんな影響を与えていくのかとても楽しみだ。
撮影:宮田絵理子
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。