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【ソーシャル人】留学はゴールじゃない。ハーバード・スタンフォード卒の起業家・松田悠介さんに問う、若者の海外進学を支援する理由

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日本の若者の海外留学を支援するCrimson Education Japan代表の松田悠介さん
この記事のPOINT!
  • 日本の高校での教育は、学問のレベルや指導、対策など海外留学に向いていない
  • 日本が抱える教育課題を解決するには、リーダーの育成と業界・組織の連携が必要
  • 境や経済事情にかかわらず、子どもたちが最高の学びを受けられる社会を目指す

取材:日本財団ジャーナル編集部

未来を担う子どもたちを育むために大切な「教育」だが、地域や家庭などの環境や経済事情によって、格差があることが問題になっている。

日本の教育業界は多様な課題を抱えており、それを解決するには強いリーダーシップを発揮できる人材の育成が必要不可欠だ。

「子どもたちに最高の学びを与える」ために。どんな子どもでも優れた教育を受けることができ、成長機会を得られる社会づくりを目指す松田悠介(まつだ・ゆうすけ)さん。

海外の高校や大学、MBAを含む大学院への生徒の留学を、世界中のトップコンサルタントを集めて支援する組織Crimson Education Japan(外部リンク)の代表である松田さんに、日本が抱える教育課題や、留学によって得られた自身の体験などについてお話を伺った。

小・中学生時代のいじめ体験が、教育業界を目指すきっかけに

日本の高校での教育は、海外進学に向いていないのが現状だ。

「留学をするためには、高いレベルの学問だけではなく課外活動、自己分析を用いたエッセイなどにも取り組む必要があります。また日本の学習指導要領は、イギリスの大学には認められないので出願すらできません」

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日本の教育課題に関わるようになったきっかけを語る松田さん

Crimson Education Japanでは、出願戦略に財務戦略を組み込むことで受験生の海外留学をサポートしており、ハーバードやスタンフォードといった世界の名門校へ、多くの日本の若者を送り出している。

また、「海外進学に適した学校をつくろう」という試みで、2020年にCrimson Global Academy(外部リンク)という小学生から高校生を対象にしたオンラインのインターナショナルスクールをスタートした。

写真:海外の留学先でクラスのメンバーと撮影した、Crimson Education Japanで海外に送り出した日本の若者たち
Crimson Education Japanは、アメリカやイギリスのトップスクールに多くの日本の若者を送り出している

松田さん自身、社会人になってから2度の海外留学を経験している。

「僕は読み書きが不得意で、体が小さかったので運動も苦手でした。先生が黒板に書いて一方的に学ぶのが苦手で、日本における教育で学びの意義や喜びを見出すことができませんでした」

勉強・運動共に得意ではなく、それが原因で中学2年生の頃から本格的にいじめに遭うようになった。休み時間に同級生から暴力を受け、それに親友が加わったことで、一時は自殺まで考えたという。

そんな時に松田さんに手を差し伸べたのが体育の先生だった。休み時間にはいじめがないように見守りをし、朝6時半に学校を開けて一緒にトレーニングをしてくれた。そのおかげで体が丈夫になり、自分に自信が持てるようになってからは、自然といじめもなくなっていったという。

高校の時に、「先生に『恩返しがしたい』と言ったら、『それなら同じような状況にいる子どもに手を差し伸べてあげなさい』と言われて」、体育教師を志すようになったという松田さん。日本大学の文理学部体育学科に進学し、都内の中高一貫校で教員生活をスタートした。

子どもたちと全力で向き合い、やりがいを感じた教師の仕事だったが、学校には自分の力だけでは解決できない問題もあった。

「同じ学校の中には多忙な教師という仕事に疲れ、生徒に背を向けて黒板と向き合うだけの先生もいました」

「子どもだけではなく、教師も問題を抱えている」と感じた松田さんは、教師を辞め政策的な立場から教育を考えるために千葉県市川市の教育委員会で分析官として着任。やがて「自分の学校をつくるために、リーダーシップやマネジメントを学びたい」と考えるようになる。

国内の大学では、経営経験がない講師が経営を教えることは珍しくない。より実践的な内容に触れるために海外留学を決意し、2008年にハーバードの教育大学院へ進学した。

2度の海外留学で培ったコミュニティは「大切な財産」

ハーバードへは1年間の留学だったが、そこで松田さんの人生を大きく左右する出来事に遭遇する。アメリカの教育NPOであるTeach For Americaの創業者ウェンディ・コップとの出会いだ。

Teach For Americaは、アメリカ国内の一流大学の卒業生を2年間、教員免許の有無を問わずに国内各地の教育困難地域の学校にフルタイムで働く先生として赴任させ、現場での教育課題の解決を行い、高い評価を得ているNPOだ。

「僕が学校単位でやりたかったことを、社会全体で実践しているモデルに希望を感じました」

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2度の留学経験で得たものについて語る松田さん

帰国後松田さんは、2010年に生活困窮家庭の子どもたちの学習支援を展開するLearning For All(外部リンク)を設立。翌2012 年には、認定NPO法人Teach For Japan(外部リンク)を立ち上げた。

Teach For Japanは、環境に恵まれない学校に教育への情熱を持つ若者を教師として派遣するNPOだ。

松田さんが日本国内で教育課題の解決に取り組むために奮闘する中で、支援の輪が広がると共にステークホルダーが増えることによって、向き合わなければいけない課題も増えていった。

やがて「日本の教育格差や貧困は、一人の社会起業家やNPOでは解決することが難しい」と感じるようになった。

「非営利組織をスケールアップするための投資や、強いリーダーシップに必要な資質、そして社会課題を解決するためのエコシステム(※)の構築といった、自分が得たい知見を習得するためには、スタンフォード大学に行くしかないと」

  • 業界や製品がお互いに連携することで大きな収益構造を生む仕組み

そして2017年、2度目の海外留学となるスタンフォードのビジネススクールへの進学を決意する。

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世界を動かす起業家や実業家を数多く輩出するアリカの名門、スタンフォード大学

この時松田さんは、日本財団が展開する奨学金プログラムの1つ「日本財団国際フェローシップ ※」(外部リンク)を活用。1度目のハーバードは私費での留学だったため、経済面で苦労し思うような活動ができなかった。また、Teach For Japanの活動で日本財団の支援を受けていた縁もあり、同奨学金プログラムに申し込んだという。

  • 6期45名のフェローを輩出し、2019年度をもって事業を終了

「日本財団は、日本のさまざまな社会課題に取り組んでいる唯一無二の団体。そのコミュニティに、NPOとは違う別の形で恩返ししたいと思ったんです」

こうして実現した2年間の留学期間中、2018年にスタンフォード大学の客員研究員になり、投資を通じて社会的課題の解決を目指すインパクト投資や、ソーシャルイノベーションなどの研究に取り組んだ。併せてCrimson Education Japanの代表取締役社長に就任することになる。

留学の醍醐味は、「新しい世界を知ることができ、人との出会いがある」ことだと話す松田さん。ハーバード・スタンフォード時代の友人は今でも近況を共有し高め合う仲だ。

インターネットの普及により、今は日本に居ながらでもオンラインで海外の教育を受けることができる。しかし、「現地に留学することでいろんな人たちとどうチームを構築していくか。自分のことを知るだけではなく多様な人を知り、ネットワークを構築する方法が学べる。それが生涯残る財産になります」と松田さんは語る。

写真:学校内のスペースで共に学び、語り合う留学生たち
国境を越えて多様な人たちと出会うことができるのも海外留学の醍醐味だ

体育教員のままではなく、ハーバード大学に留学したことで、周囲からの注目やリソースを集めることができた。結果として、自分が思い描く事業を展開しやすくなった。

また、NPOでは実践経験をたくさん積むことができたが、資金繰りには常に苦労が伴った。スタンフォード大学に留学し学んだことを生かし、健全で収益が安定したビジネスを実践できるようになったのも大きな収穫だ。

「僕自身留学で本当に人生が変わりました。日本では、それまで学んできた専攻でキャリアが決まってしまうことが多い。例えば、法律を勉強したら法律関係の知識を活かせる職業に就きますよね。急に大きく変えることは難しいです。しかし、海外への留学は、築いてきたキャリアとは関係なく、人生を変えることができます」

社会起業家として成功している人たちの中には、海外留学の経験がある人も多い。

「海外に留学することで、圧倒的に視野が広くて視座が高い人たちの中で2~4年間学ぶことができます。また、理論を実践する機会があるのも良い点です。そして、日本を客観的に見られるようになります。日本に帰って来てからも、海外の事例を知っているだけでアドバンテージになります」

「子どもたちに最高の学びを与える」ために。そして、グローバル規模の社会課題を解決できる人を1人でも多く輩出できるプラットフォームをつくるために。松田さんは、海外留学支援に熱意を持って取り組んでいる。

社会課題を解決するためには、信念を持って行動すること

「日本では、課題を語る人が多い反面、解決するために実際に動いている人が少ないですよね」

そう松田さんは指摘する。例えば教育に対して何か変えたいと思った場合、意見公募手続制度(パブリックコメント制度※)などを利用すれば、文科省に自分の考えを伝えることもできるが、実践している人は少ない。

  • 行政機関が命令等(政令、省令など)を制定するに当たって、事前に命令等の案を示し、その案について広く国民から意見や情報を募集する制度

社会課題を自分ごととして捉え解決するために動ける人材が不足していると話す。

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自身が取り組む活動について説明する松田さん

そのために今、松田さんはTeach For Japanの活動だけではなく、Water Dragon Foundation (ウォータードラゴン財団)や、あしなが育英会など複数の団体の理事を務め、文科省の中央審議会にも参加し、スタートアップへのアドバイザーなども行っている。「1つの組織で自分のライフビジョンは達成できない」という思いからだ。

しっかりとビジネスを通して社会課題の解決に貢献したり、直接非営利組織の経営支援に関わったり、さらに政策提言もしていく。そして4年後の2025年には、長年の夢であった全寮制のインターナショナルスクールを設立する予定だ。

「僕の夢に共感してくださる方がいて、10年来の思いを形にするチャンスを手にすることができました」

2度目の留学以降、松田さんは「Ed・松田」という愛称で活動をしている。 “Ed”はEducationの最初の2文字から取っており、エデュケーション(教育)に対する情熱を表している。

「自分の思い描くビジョンを口に出して言い続けることで、自分の中でビジョンを強化し形にしていくことができます。僕自身、自分が理想とする教育への想いについて、どんな人にでも語っています。すると、その人が教育に興味がなくても、興味を持っている人につなげてくれるんです」

社会課題を解決するためには、信念を持ち行動することが大切だ。熱が伝播していくことでつながりが生まれ、それがやがて大きなうねりとなっていく。

撮影:坂野則幸

〈プロフィール〉

松田悠介(まつだ・ゆうすけ)

1983年千葉県生まれ。Crimson Education Japan代表取締役社長。日本大学を卒業後、体育教師として中学校に勤務。その後、千葉県市川市教育委員会 教育政策課分析官を経て、ハーバード教育大学院(教育リーダーシップ専攻)へ進学し、修士号を取得。2010年7月に退職後、全国で厳しい環境に置かれている子どもたちの学習支援を展開するLearning For Allを設立。2012年からは認定NPO法人Teach For Japanの創設者として日本国内の教育課題の解決に取り組み、2016年6月に代表を退任。2017年7月よりスタンフォードビジネススクールに進学し修士号を取得。2018年7月にスタンフォード大学の客員研究員に着任し、併せてCrimson Education Japanの代表取締役社長に就任する。他に、京都大学 ⼤学院(総合⽣存学館)特任准教授(2013〜2017)、認定NPO法人Teach For Japan理事、一般社団法人「教師の日」普及委員会代表理事、一般財団法人あしなが育英会理事、一般社団法人ハッシャダイ ソーシャル理事、NPO法人Learning For Allの理事を務める。日経ビジネス「今年の主役100人」(2014)に選出。2017年には日本財団の国際フェローに選出。文部科学省 中央教育審議会委員(2019年~)。著書に「グーグル、ディズニーよりも働きたい「教室」(ダイヤモンド社)。
Crimson Education Japan 公式サイト(外部リンク)

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