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人生の地図、どう描く?力士を引退した元“嘉風”大西雅継さんに、元ラグビー日本代表主将・廣瀬俊朗さんが問う

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アスリートのキャリアについてトークを繰り広げた元ラグビー日本代表主将で一般社団法人APOLLO PROJECTの専務理事を務める廣瀬俊朗さん(写真左)と、元力士の大西雅継さん
この記事のPOINT!
  • アスリートを目指す人や現役アスリートの中にも、引退後の生活に不安を抱くケースは珍しくない
  • 「A-MAP」では、内省と言語化を促すアプローチでアスリートが気付いていない強みを明確にする
  • ビジョンメイキングを手助けし、アスリートが生涯にわたり価値を発揮できるキャリアを築く

取材:日本財団ジャーナル編集部

日々練習に打ち込み、スポーツの第一線で活躍するアスリートは、人々の憧れを集め、世の中に活力を与える存在だ。

しかし一方で、競技生活を終えた後の彼らがキャリア転換の難しさに直面することは、社会課題の一つとなっている。

アスリートの可能性を引き出し、社会で活躍の輪を広げることを目指して設立された一般社団法人APOLLO PROJECT(外部リンク)は、2021年1月より、現役・元アスリートに向けた人材育成プログラム「A-MAP(ATHLETE-MINDSET APOLLO PROJECTの略)」(外部リンク)をスタートした。

画像:「A-MAP」公式サイトのTOP画面
「A-MAP」公式サイト

世界的経営コンサルタント・大前研一さんが代表を務める株式会社ビジネス・ブレークスルーの協力のもと、独自のカリキュラムを構築。「実践・対話・内省」という3つのアプローチを通じ、アスリートが自らと向き合い、持てる能力を社会に還元していくための、実践的な学びの場を提供していく。

既に1期生として現役・元アスリート11名の受講がスタートしており、1期及び2021年10月に開講予定の2期のプログラムに対し、日本財団が奨学金を支給することが決定した。

日本財団もまた、アスリートが社会とつながり活躍できる仕組みづくりの一環として、スポーツマンシップを通じた社会貢献活動プロジェクト「HEROs Sportsmanship for the future(以下、HEROs)」(外部リンク)を推進している。この奨学金は、競技以外でも力を発揮できる、という「気付き」をアスリートに提供したい、という両者の思いが一致したことが背景にある。

画像:「HEROs」公式サイトのTOP画面
「HEROs」公式サイト

今回は、第1期生として「A-MAP」に参加する元力士・関脇“嘉風(よしかぜ)”の大西雅継(おおにし・まさつぐ)さんと、元ラグビー日本代表の主将であり「APOLLO PROJECT」の専務理事を務める廣瀬俊朗(ひろせ・としあき)さんがオンラインで対談。トップアスリートとしての経験を交えながら「アスリートが秘める可能性」について話し合った。

いつか終わる現役生活。そのときアスリートはどうする?

廣瀬さん(以下、敬称略):大西さんが、第1期生として「A-MAP」にご参加いただいてから、約4カ月(2021年6月時点)が経過しました。久しぶりの学びの場はいかがですか?

大西さん(以下、敬称略):はい。おかげさまで想像していた以上に充実した時間を過ごしています。大人になってから真剣に学ぶのは、大変ではありますがいいものですね。

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オンラインを通して大西さんに語りかける廣瀬さん

廣瀬:そう思っていただけてうれしいです。今日は「アスリートが抱えるキャリア問題」をテーマにお話ししたいと思いますが、まずは大西さんが力士を目指したきっかけから教えていただけますか?

大西:私には林業を営む祖父がおりまして、小柄ながら筋骨隆々の人物で、その祖父と小学校にあがる前に畳の上でよく相撲を取ったんです。子ども心に「なんて楽しいんだ!」と強烈に感じ、それからずっと大相撲に憧れてきました。中学卒業と同時に力士になるつもりでしたが、体育教員だった恩師のアドバイスを受けて高校の相撲部へ。その恩師に対する尊敬から、大学時代は教員になることも考えました。しかし大好きな相撲への思いが消えず、力士の道で一度勝負してみよう、と大相撲の世界に入ったんです。

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オンラインで対談に臨む大西さん

廣瀬:僕は5歳でラグビーを始めましたが、ボールで遊んでいる感覚に近くて、「みんなでラグビーがしたい」「上のレベルに行けたらもっと楽しい」というシンプルな気持ちで競技を続けてきました。しかし自分でも忘れていたのですが、小学校の卒業文集を見返すと「ラグビー選手になりたい」と書いてあった。東芝に入団し、日本代表になれたのも、大西さん同様「ラグビーが好き」という強い思いが原動力になっていたのだと思います。

ちなみに大西さんは、引退後のキャリアについてはいつ頃から考え始めましたか?

大西:大学時代、力士になるか教員になるか悩んだ時が最初です。力士になった後、地元に戻って教員になるのは難しいかもしれない、と。それでも力士の道に踏み出して、後に年寄名跡(としよりめいせき※)を取得する権利が得られたので、そこで「このまま関取を続けて、引退後は親方になりたい」と心を決めました。2019年の引退後、尾車(おぐるま)部屋の年寄・中村(親方)として弟子の指導に当たっています。

  • 日本相撲協会の「年寄名跡目録」に記載された年寄の名を襲名する権利で、俗に年寄株、親方株とも呼ばれる。取得するには一定以上の成績が必要

大西:ただ、全ての力士が親方になれるわけではありませんので、引退後のキャリアについては相撲界の課題の一つと言えます。実際、新弟子スカウトに行くと、学生の親御さんから「力士を引退したら、その後はどうなるんですか?」とよく聞かれますし、安心してもらえる答えは提示しきれていません。ラグビー界はどうでしょうか?

廣瀬:ラグビーはこれまで企業スポーツとして発展してきたので、企業に入ってプレーし、現役生活を終えるとそのまま企業で働く、というケースが一般的だったんです。世界の動向や人気の高まりと同時にプロ契約の選手が増え、引退後のキャリアは多様化しています。今までどおりにはいかないですね。

内省と言語化を通じて、弟子の指導法や関係づくりに変化が

大西:実は、私が「A-MAP」に関心を持ったのは「将来自分の部屋を持った時、弟子の引退後のキャリアを考える勉強ができるかも」というのがきっかけでした。しかし話を伺うと、まずは私自身の持つ強みを再発見し、今後の可能性を広げるために学ぶ、とのこと。指導者としてのキャリアは始まったばかり。親方としての伸び代を引き出す機会になれば、と参加を決めたんです。

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A-MAPのプログラム受講中に歓談するアスリートたち。右上には、おすすめの鰻屋を紹介する大西さん

廣瀬:「A-MAP」は現役・引退後を問わず、アスリートが生涯にわたり社会で活躍してもらうためのプログラム。現在進行形でキャリアに悩むアスリートのサポートはもちろん、大西さんのように次の道を見つけている方には、ビジネス界・スポーツ界のさまざまなメンター(指導者)がビジョンの実現に向けて支援します。4カ月間学んでみて、ご自身の中に変化は生まれましたか?

大西:それが、ものすごく変わったんです。特に弟子の指導の面ですね。以前は「自分はこの方法で成功したので、こうしたらどうだ」という教え方をしていました。しかし「自分に問いを立てる」という習慣を「A-MAP」で教わったことで、「私に合った方法が、果たして全ての弟子に当てはまるのだろうか?」という問い立てが生まれたんです。その気付きをきっかけに、私のやり方を押しつけるのではなく、弟子と話し合いながら一緒に考える指導を意識的に取り入れるようになりました。

廣瀬:素晴らしいですね。スポーツの世界では、先輩に「やれ」と言われたことは、たとえ心から納得していなくても後輩なら「はい、分かりました」と答えてしまうことがある。そういった点に気付いた、と。

大西:まさにそうです。弟子たちは私に何を言われても「はい」と答えるしかありません。「関係性の“質”を良くする」という概念を教わった時、果たしてこれはいい関係と言えるのだろうか、と感じまして。それから「技術的なこと、分からないこと、何でも聞いてほしい。『そんなことも分からないのか』みたいな対応は絶対しないし、聞かれたらうれしい」と声を掛けるようにしました。すると体の使い方など、少しずつ質問してくれる弟子が増え、一緒に工夫していくと取り組みが目に見えて変わる。

教えていてもうれしいですし、質の良い信頼関係を築いて大きな成果が出せるようサポートしたい、という思いが湧いてきます。「A-MAP」が謳う「自分の可能性を広げる」とはこういうことか、としみじみ感じました。

プログラムをきっかけに気付く、自分が持っていた資質

廣瀬:先日の笹川常務との対談(外部リンク)では、スポーツの世界は競技ごとに分断されてしまい、横の交流が少ないことが課題として挙がりました。「A-MAP」ではサッカーやラグビーなど異なる競技の選手、現役・引退後とさまざまな人たちと一緒に学びます。彼らとのコミュニケーションを通じた新しい発見はありましたか?

大西:私はずっと個人競技をしてきたので、団体競技の方たちと触れ合うのは新鮮でした。ひとりの力でチームがうまくいくことはないし、自分の思いどおりにならない歯がゆさも受け止めながら、力を合わせて結果を出す。チームワークの大切さを知る彼らならもし組織に入っても、持ち前の粘り強さや役割を果たす力など、才能を発揮する場面があるだろうな、と感じますし、私ももっと努力しなければ、と考えさせられます。

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A-MAPのプログラムの中で行われるピッチ(※)大会の説明を受けるアスリートたち
  • 短いプレゼンテーション

廣瀬:プログラムの中で、それぞれの持つ能力や強みが見えてくるのも面白いですよね。みんなで同じ課題図書を読み、オンライン上の「エアキャンパス」(※)に感想をシェアしてチャットで意見交換をする「輪読」のワーク。大西さんの文章力には、いつも「すごいな」と驚かされているんですよ。

  • ビジネス・ブレークスルー独自開発による遠隔教育用ソフトウェア

大西:SNS感覚で気軽に書き込めるといいんですが、皆さんの真剣な感想を読むと「これはしっかりと書かないと」といつも緊張します(笑)。チャットも学びが多くて、例えば「それは違うんじゃない?」と書かれると、最初はダメ出しをされたように感じましたが「人によって意見が違うだけで、親方を否定しているんじゃないんだよ」とフィードバックの受け止め方を教えてもらい、すごくコミュニケーションが取りやすくなったんです。積極的に発言するのを恐れなくなりました。

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「A-MAP」のプログラムの魅力について語る大西さん(写真右)と廣瀬さん

スポーツの力で社会に貢献する未来を目指して

廣瀬:フィードバックを受け取り、他者との違いを知ることで、強みや弱みなど自分の輪郭も見えてきますよね。「A-MAP」はまだ始まったばかりですが、今後は学びだけにとどまらず、企業でのインターンシップなど、さらに多様な考え方や環境に触れる仕組みもつくりたい、というビジョンがあります。これからの人生、大西さんはどんな目標やビジョンを描いているのでしょうか?

大西:私の目標は、いつか自分の部屋を持つことです。「中村部屋では親方と質のいい関係性がつくれるし、相撲を頑張る環境が整っていて強くなれる」と思ってもらえる部屋にしたい。同時に弟子が引退を迎えた後のキャリアをサポートする仕組みもつくりたい。

というのも、かつては力士が1,000人いた時代もありましたが、現在は600人強と減っています。Bリーグやラグビーなど他スポーツの人気が盛り上がりを見せる中、相撲をやることの素晴らしさを私たち相撲界の人間がしっかり見つめ、後世へと継承していかなければいけません。そのためにも、安心して相撲に打ち込める環境をつくり、実力と人間性を備えた力士を育成することが、私にできる相撲への恩返しになる。「A-MAP」の授業を通じて、そういったビジョンが具体的になってきました。

廣瀬:これからがますます楽しみです。大西さんのようにビジョンが見えた方も、次のキャリアを探している途中の方も、「A-MAP」の仲間としてつながることで日本のスポーツ界をより良くするために働きかけ、社会にスポーツの力で貢献していく未来をつくる、というのが僕たちの目指す姿です。卒業してからも、もし迷ったり困ったりしたら気軽に相談や意見交換をしにきてくださいね。

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「A-MAP」の活動を通して実現したい未来像を語る廣瀬さん

大西:はい。つながりが生まれるのは頼もしいことです。他競技の選手たちやスポーツ心理学の先生、メンターの皆さん、ビジネス界の方々。受講しなければ生まれなかったご縁をたくさんいただきました。

廣瀬:いろいろなジャンルの方が関わっていることからも伝わるように、キャリア転換の時に自分の能力を棚卸しして、持てるキャリアを地域や社会の問題解決に活かす、という手法はアスリート以外にも当てはまるアプローチです。将来的には「A-MAP」が、スポーツの力でビジネスパーソンにも学びを提供するプラットフォームへと成長していってほしい。

今回、日本財団さんから奨学金のサポートをいただいたことで、受講の機会が広がりました。それぞれが抱える課題に応じて学びをカスタマイズできるのが特徴なので、アスリートの皆さんにはぜひ「一度話だけでも聞いてみようかな」と、一歩を踏み出してもらえたらうれしいですね。

撮影:十河英三郎

元ラグビー日本代表主将・廣瀬俊朗さんと日本財団・笹川常務が「アスリートのキャリア」を考える

人生の地図、どう描く?力士を引退した元“嘉風”大西雅継さんに、元ラグビー日本代表主将・廣瀬俊朗さんが問う

[トップアスリート専門の大学カリキュラム「A-MAP」第2期生募集中!]

「A-MAP」のカリキュラムでは、実践・対話・内省の3つのアプローチを通じたマインドセット(気付き)を重要な学びとして位置付けています。また、集合研修や講義視聴に加え、エアキャンパス(※)と呼ばれる学びのプラットフォームを通じて、BBT(ビジネス・ブレークスルー)大学に在籍する一般のビジネスパーソンと議論する機会など、他流試合による学びも提供します。加えて、専属のメンターが一人一人ひとりのキャリア相談に乗るなど、学び以外のサポート体制も充実しています。

  • BBT独自開発による遠隔教育用ソフトウェア。 PC・スマートフォン・タブレット端末に対応しブロードバンド環境さえあれば世界中の どこからでも講義が受けられる。

対象:現役アスリート、元アスリート(1年間を通じて主体的に学び実践していく意欲と覚悟がある方)
定員:20名
受講方法:オンライン(映像講義はいつでもどこでも視聴可能) ※スマホ対応
受講期間:2021年10月〜2022年9月末
募集期限:2021年9月末(但し、定員が埋まり次第、募集は終了致します)
募集詳細は「A-MAP」公式サイト(外部リンク)にてご確認ください。
お問い合わせはinfo@apollo-pjt.comまでご連絡ください。

[日本財団A-MAP奨学金について]

日本財団が取り組むアスリートの社会貢献活動を推進するプロジェクト「HEROs(HEROs Sportsmanship for the future)」(外部リンク)では、人材育成を通じて「スポーツの力」を可視化することを目的に、「日本財団A-MAP奨学金」制度を設立しました。スポーツの力を活用して引退後も活躍する人材の輩出を目指します。

対象:「A-MAP」受講者
金額:受講料880,000円のうち440,000円
選考方法:「A-MAP」受講者のうち奨学金受給希望者に対し選考を行い、通過した方に支給します。
選考基準:
1.書類審査
(1)目的意識 (2)言語化能力
2.面接審査
(1)メタ認知 (2)公益心 (3)情報発信・ネットワーク (4)リーダーシップ

〈プロフィール〉

廣瀬俊朗(ひろせ・としあき)

元ラグビー日本代表キャプテン。一般社団法人APOLLO PROJECT専務理事。1981年、大阪生まれ。5歳よりラグビーを始め、慶應義塾大学を経て2004年に東芝ブレイブルーパスに入団。中学生以降、日本代表を含む各チームでキャプテンを務め、その優れたキャプテンシーでも注目を集めた。2016年に現役を引退、コーチを務めた後、2019年に東芝を退社。ビジネス・ブレークスルー大学大学院でMBAを取得し、株式会社HiRAKUを設立、代表取締役に就任した。

大西雅継(おおにし・まさつぐ)

元大相撲力士。『A-MAP(ATHLETE-MINDSET APOLLO PROJECT)』第1期生。1982年、大分生まれ。小学生の頃から相撲クラブで稽古を開始、日本体育大学時代には全日本相撲選手権大会で優勝。卒業後の2004年に尾車部屋に入門、嘉風(前:大西)のしこ名で活躍。2014年に小結、2016年に関脇に昇進し、エネルギッシュな取り組みで多くの相撲ファンを魅了した。2019年に現役を引退、現在は尾車部屋の年寄・中村親方として後進の指導に当たる。