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【障害とビジネスの新しい関係】障害者の声を活かした「誰もが買い物しやすい」ファーストリテイリングの店舗づくり
- ファーストリテイリングでは、障害のあるお客さまやスタッフの声を店舗づくりに活かしている
- 障害を「強み」に。障害があるスタッフは、同じ障害のあるお客さまの困り事に気付くことができる
- 配慮が必要な場合は障害者自身も声にして相手に伝える姿勢が、D&Iを推し進める
取材:日本財団ジャーナル編集部
近年、ダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I※1)推進を経営課題に掲げ、多くの企業で女性の活躍やLGBTQ(※2)への理解促進などの取り組みが進んでいる。
- ※ 1.性別や年齢、人種、障害の有無などに関係なくそれぞれの多様性を尊重し、活かし合う考え方
- ※ 2.レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(生まれたときに自身の性別に違和感がある)、クエスチョニング(自身の性別、好きになる相手の性別が分からない)の英語の頭文字を取った性的少数者の総称
前回(外部リンク)の記事で紹介した株式会社ファーストリテイリング(外部リンク)では、D&Iという言葉がまだ浸透していなかった20年以上前から障害者雇用に積極的に取り組み、国籍、人種、性別などさまざまな違いも問わず従業員の多様性を尊重してきた。
そして、それらスタッフの声やお客さまの声を反映しながら、店舗設備やオペレーションの検証・改善を重ね、バリアフリーな店舗づくりを推し進めている。
今回は聴覚障害のある当事者としてD&Iの推進に携わるユニクロ営業部個店施策チーム兼ダイバーシティ推進チームの塩田知弘(しおた・ともひろ)さんに、日本財団ワーキンググループ(※)のメンバーが話を聞いた。
- ※ 日本財団において、障害者の社会参加を加速するために調査や計画を推進するメンバー
障害者視点で「誰もが買い物しやすい店舗」に
奥平:日本財団ワーキンググループの奥平真砂子(おくひら・まさこ)です。早速ですが、塩田さんのお仕事内容についてお聞かせいただけますか。
塩田さん:ユニクロ営業部で、地域と店舗をつなぐ役割を担う個店施策チームに所属しながら、ダイバーシティ推進チームも兼務しています。ファーストリテイリングでは女性活躍推進をはじめ、外国籍従業員、LGBTQ、障害者のインクルージョンの4つの柱を軸にD&Iを進めているのですが、中でも私は障害者を対象とした業務に携わり、「Here For ALL Your Needsプロジェクト」を立ち上げました。
このプロジェクトでは、お客さまの視点で障害のある方にも安心してお買い物を楽しんでいただくためのサービスを考えると共に、店舗スタッフの障害に対する理解を深め、意識を変えるための取り組みをしています。
奥平:以前、テレビのニュース番組で開店前に視覚障害のあるお客さまを案内している様子を目にしたのですが、塩田さんのプロジェクトの一環ですか?
塩田さん:まさにそうです。視覚障害のあるお客さまからいただいたお手紙をきっかけに、ユニクロの銀座店で実施したイベントになります。そのお手紙には、「ユニクロは人が多くて、スタッフがどこにいるのか分からない」、また「白杖を上げて『SOS』のサインを出しても、スタッフがその意味を知らないから声を掛けてもらえず困った」ということが書かれていて、この状況を何とかしなければと思いました。2020年12月からは、ユニクロ銀座店で、視覚障害のあるお客さま向けに専任スタッフがお買い物のお手伝いをさせていただく、事前予約制のアテンドサービスも始めています。ご希望があれば、最寄り駅と店舗の間の送迎も対応しています。
奥平:素敵な取り組みですね!車いすの方が安全に買い物できるよう、店舗の段差などを見直されたとも耳にしました。
塩田さん:車いすのお客さまの困り事を集約しようと調べたところ、全国に800店舗以上あるユニクロのうち、全体の約半数を占める幹線道路沿いの店舗全てに、入口に段差があることが分かりました。
車いすのお客さまが入店しづらいことに気付けていなかったのは私たちの課題だと考えています。とはいえ、全ての店舗を改装するには時間もお金もかかる。そこで、現在はスタッフが店頭に立ち、お客さまのお手伝いをする形を取っています。
奥平:そういったサービスを始めたことで、車いすのお客さまは増えましたか?
塩田さん:はい。車いすのお客さまだけでなく、お子さま連れのお客さまから「ベビーカーでも来店しやすくなった」という声もいただいています。
奥平:好事例ですね。車いすを使う私にとってもうれしい話です。
「困ったときは堂々と言えばいい」世界観を変えた社長の言葉
奥平:塩田さん自身についても教えてください。入社されたのはいつ頃ですか?
塩田さん:大学を卒業した2011年になります。2年間の店舗勤務の後に本部へ異動しました。本部では総務を経て、いまの部署で働いています。
奥平:店舗ではどんなお仕事をされていたんですか?
塩田さん:裾上げなど補正の仕事を主に任されていました。店長が「聴覚障害があってもいいから」と背中を押してくださる方だったので、売り場に出て筆談で接客をしたこともあります。
奥平:本部へ異動されたのは、何かきっかけがあったのですか?
塩田さん:店舗勤務ではそのお店のことしか分かりませんが、本部ならユニクロ全体のことが見えます。もっと大きな仕事にチャレンジしたい!と思ったのが最大の理由ですね。
奥平:仕事に取り組む上で、会社に配慮してもらっていることはありますか?
塩田さん:配慮してくださることもありますが、自分からお願いすることの方が多いですね。例えば、私は誰かとコミュニケーションを交わすときは唇の動きを読み取っているのですが、複数の人が参加するミーティングではそれが難しい。なので、そういった場合は、ミーティングをまとめる方に、事前に個別でミーティングの目的やゴールを教えてもらうようにしています。そうすれば準備もできるし、場合によっては参加する必要がなくなることもあります。
奥平:塩田さんは、自分のニーズを相手にきちんと伝えるところが、とてもよいと思います。うまく伝えることができずに、困難を抱えてしまう人も多いので。
塩田さん:実は私もこの会社に入るまでは消極的だったんです。以前、社長の柳井(やない)と1対1で話をする機会があり、「耳が聞こえないことで控えめになっているのはよくない」と注意されたんです(笑)。「耳が聞こえないことで、周囲の人たちより困り事が多いあなただからこそ、周囲が気付かない困り事に気付くことができる。それはあなただけの武器だ」と言ってくださって。「『自分は耳が聞こえないから、こうしてほしい』と堂々と言えばいいんだ」と言われて、世界観が一変しました。
奥平:そんなふうに言ってくださる上司はなかなかいないですね。柳井社長にお会いしてみたくなりました。
配慮が必要な場合は、障害者自ら発信を
塩田さん:とはいえ、聞こえないことによるコミュニケーションの難しさを感じることは多いです。最近だと、大阪の店舗で医療従事者を対象に、ご高齢の方やケガをされている方も脱ぎ着がしやすいユニクロの商品を紹介するイベントを実施した際に、病院や看護協会、介護士の方などいろいろな方にご協力をいただいたのですが、相手が伝えたつもりの情報が、私がきちんと把握できていなかったということがありました。
奥平:トラブルに発展したときはどうするんですか?
塩田さん:起きてしまったことは仕方がないので、その場できちんと話し合って解決し、反省材料として次の機会に活かしています。
奥平:前向きでいいと思います。お仕事は楽しいですか?
塩田さん:すごく楽しいです。僕が関わっているのは、お客さまにご満足いただくために明確な課題があって、それを解決するためのプロジェクトなので、反対する人がほとんどいない(笑)。周囲の人は、その課題が本当に正しいのか一緒に考え、背中を押してくれます。
奥平:楽しく働くのが一番ですね。D&Iを推進する上で課題に感じていることはありますか?
塩田さん:ひと言では言いにくいのですが、人によって「ダイバーシティ」という言葉の捉え方に差があることが難しさだと感じています。
例えば、ある人は目の見えない人のために道路に点字ブロックを付けることが「ダイバーシティ」だと思っている。でも、点字ブロックを付けると今度は、車いすやベビーカーが通りにくくなります。みんなが使いやすい環境にしていくにはどうしたらいいのか、もっと広い視点で捉え、考える必要があると感じています。
奥平:確かに「ダイバーシティ」って便利な言葉で、人の立場によって捉え方が変わりますね。最後に、塩田さんのように企業で働きたいと思っている障害のある人に向けてメッセージをお願いします。
塩田さん:ちょっと辛口かもしれませんが、「障害者は配慮してもらうのが当たり前」と考えてしまう人もいると思うんです。僕自身も、入社した当初は耳が聞こえない自分のために会社が資料を用意してくれるのが当たり前だと、無意識に思っていたことがありました。でも、会社側はどんな配慮が必要か、全て分かるわけではありません。自分にとって必要なことは自分の口できちんと伝えることが、働きやすい環境をつくるために大切だと思います。
奥平:私にも経験があるのでとてもよく理解できます。障害のある人にとって、職場だけでなく全ての場面で言えることかもしれませんね。今日はありがとうございました。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。