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【障害とビジネスの新しい関係】「共に働く」モデルをつくり社内に広げる。昭和電工の障害者が活躍できる環境づくり

- 昭和電工では障害者雇用を促進するチームを設置し、障害者の特性を活かした仕事を創出
- 会社にとって「寄せ集め」ではなく「なくてはならない」業務で存在価値を高める
- ジョブコーチが常駐することにより、障害の有無に関わらず活躍できる環境づくりを促進
取材:日本財団ジャーナル編集部
石油化学、化学品、無機、アルミニウム、エレクトロニクスなどさまざまな分野で優れた製品を生み出す日本を代表する化学メーカー、昭和電工株式会社(外部リンク)では、2015年に障害のある社員を中心とする障害者雇用・育成・定着を推進する部署「ジョブ・サポートチーム(以下、JST)」を設置。今でこそ会社の中で貢献度が高い業務を担うチームとして認識されているが、活動をスタートした当初は苦労も多かったという。
今回は、JSTを率いる人事部ダイバーシティグループの鈴木秀明(すずき・ひであき)さん、市川友紀(いちかわ・ゆき)さん、濱田潤(はまだ・じゅん)さん、発達障害のある当事者としてJSTに所属する中村仁(なかむら・ひとし)さんに、日本財団ワーキンググループ(※)のメンバーが取材を行った。
- ※ 日本財団において、障害者の社会参加を加速するために調査や計画を推進するメンバー
※部署名、役職名は、取材実施した2021年12月時点のものになります
障害のある社員と「共に働く」モデルをつくる
奥平:日本財団ワーキンググループの奥平真砂子(おくひら・まさこ)です。早速ですが、昭和電工さんの障害者雇用の現状について教えてください。
鈴木さん:雇用率は2021年6月時点で2.36パーセント、93人の障害のある社員が働いています。私が入社した2014年以降の障害者雇用の推移をグラフにしてみました。


奥平:常に法定雇用率を達成し続けられているのですね。
鈴木さん:はい。しかし、法定雇用率を気にし過ぎるのもどうかというのが私たちの考えです。2013年までは「法定雇用率を達成させる」という義務感による採用が中心となり、主な雇用現場である工場からは、障害者を雇用することに対して「安全の確保ができない」「教育・指導する時間がない」など消極的な声が多くあったからです。
奥平:必ずしも、順風満帆だったわけではなかったのですね。
鈴木さん:全く。手探りの部分も多かったですね。2018年4月1日の改正障害者雇用促進法が施行されたことを機に「精神障害者」も対象に加えられました。しかし、昭和電工には身体以外の障害者雇用のノウハウがありませんでした。そこで、改めてプロジェクトを立ち上げ、知的・発達・精神障害のある方の雇用ノウハウを蓄積するために発足したのがJSTです。
奥平:JSTの活動について教えてください。
鈴木さん:まずは知的障害のある方と精神障害のある方を1人ずつ採用し、それぞれの特性を活かした仕事をつくることからスタートしました。当初は社内メール便の集配や、会議室の整備の他、いろいろな部署に「お仕事をください」と苦労して集めた単純作業が中心でした。ですが、本格的に障害者雇用を推進するためには、単なる「寄せ集め」の業務ではなく、会社にとって「なくてはならない」業務で存在価値を高める必要があると考えるようになり、少しずつ業務を拡大していきました。
奥平:現在はJSTの方は、どんな仕事をされているのでしょうか?
濱田さん:多岐にわたりますが、社内メール便の集配など当初から行っているルーチン型業務と、名刺印刷や各種印刷サービス、パソコン廃棄時のデータの完全消去、セキュリティUSBのセットアップ作業といった依頼型業務に分かれています。依頼型業務の多くは、これまで外部に依頼していた業務を内製化したものです。


奥平:実際にJSTのお仕事を見学させていただいて、すごくいい仕組みだと感じたのですが、業務を内製化する上でご苦労はありましたか?
市川さん:初めは苦労だらけでした(笑)。効率良く業務を進めるには、一人一人の特性や能力をきちんと理解した上で、それに合った仕事を割り振る必要があります。そこで、チームメンバーのスキルマップを作成し、できることや苦手なこと、これから身に付けたいスキルなどを可視化しました。これをもとに個別に目標を立て、達成したら印をつけていく仕組みをつくりました。1つ達成すると自信につながり、成長を促す効果もあるんです。

市川さん:現在、8名所属しているのですが、それぞれにいろんな特性をお持ちです。例えば、大人になってから発達障害と診断されたKさんは、これまでに何度も転職を繰り返し、長く働ける場所を求めて昭和電工に入社しました。TOEICで940点を取るなどとても優秀な方なんですが、こだわりが強くコミュニケーションに苦労することがあります。そこで、何かあるごとに「同じ場所で長く働くためには、一緒に働いている人に嫌われないことが前提なんだよ」と話し合い、どんな言い方をすれば相手に伝わるかなどのアドバイスをしています。
また、軽度の知的障害があるTさんは想像力がとても豊かで細かいことにもよく気付く方なのですが、理解や判断するのに少し時間がかかることがあり、健常者よりも作業に遅れが生じることもあります。そのため、指示などはシンプルな言葉で伝えるようにしたり、焦らず作業ができるように時間に余裕を持たせるなどの工夫をしたりしています。JSTでは特別支援学校などから現場実習を受け入れているのですが、生徒さんの事前面談でTさんに会社説明係をお任せしたところ、プレゼン資料を作る工程から取り組み、しっかりとやり遂げていただきました。

鈴木さん:スキルマップは、製造業では当たり前に導入されているものなんです。ただ、多くの工場では「健常者はここまでできるのに、障害がある社員はこれだけしかできていない」とネガティブな判断材料として使われがちな印象があります。そこでJSTがモデルケースとなり、私たちのやり方を見てもらうことで、組織内に「こんなやり方がありますよ」という提案をしているのです。
奥平:なるほど。事例があると分かりやすいし導入しやすくなりますね。

自分の問題と向き合い、改善してたどり着いた「居場所」
奥平:中村さんにもお話をお聞きしたいと思います。自身の障害のことや、入社するきっかけをお伺いしてもいいですか?
中村さん:はい。私は小学4年生の時にADHD(注意欠如・多動症)、中学生では高機能自閉症(※1)と診断されました。成人後に自閉症スペクトラム(※2)と診断され、2015年に障害者手帳を取得しています。
- ※ 1.知的発達の遅れがない自閉症
- ※ 2.対人関係が苦手、強いこだわりなどの特徴を持つ発達障害の1つ
大学院まで進み、ロボット関係の企業に就職を希望していたのですが、就職活動がうまくいかなくて…。焦りから登録した派遣会社も肌に合わず、1カ月で辞めてしまいました。このことで、社会には自分の居場所はないんだ、とひどく落ち込んでしまいました。
このままではいけない、何とかしなくてはと発達相談支援センターに相談したところ、就労移行支援施設(※)の存在を知りました。そして、施設に通いながらしばらく訓練に専念して、自分の問題と向き合い、改善しようと考えたのです。1年が経ち、もう一度就職について考えようとしていた時に昭和電工の実習に誘っていただきました。
- ※ 一般企業への就職を望む65歳未満の障害のある人を対象に、就職に必要な知識やスキル向上のための訓練やサポートを行う施設

奥平:障害が理解されなくて大変だったでしょうが、それでも前に進もうとされたことが良かったのでしょうね。
中村さん:でも、1回目の実習の時は体力がなくて、打ち合わせ中に居眠りをしてしまいました(苦笑)。その日から、歩く距離を増やすなど体力をつけるために積極的に運動するようになりました。その甲斐あって2度目の実習では通常の業務以外にも与えられた課題をこなし、その成果が認められて入社することができました。
奥平:入社されてからどんなお仕事をされてきたのですか?
中村さん:印刷やeラーニングコンテンツの作成、JSTの業務効率を向上するためのさまざまなシステムの開発、自分がつくったシステムを他の社員も使えるようにするためのマニュアル作成などを手掛けてきました。いまはそれらの業務を後輩社員たちに引き継ぎ、サポートをしながら、新規業務の開発や立ち上げに関わっています。


鈴木さん:コロナ禍、緊急事態宣言が発令されて出社停止になった際には、JSTメンバーはMicrosoft Office Specialistの資格取得を目標に、在宅で自己啓発を行いました。中村さんは、オンラインを活用し学習計画の立て方を教え、またメンバーが理解しづらいところがあると講師のように説明してくれました。ちなみに、資格試験には全員が合格したんですよ。
奥平:チームのリーダー的な役割も果たされているんですね!自分の障害に対して配慮してほしい点についてはどうしていますか?
中村さん:以前は口頭のやりとりが苦手だったので、なるべくメールで済ませていました。あと、ミスやトラブルなど突発的な事態に弱く、気が動転してしまうので、そんなときはいったん席を離れ、落ち着くまで時間をもらうようにしています。また、以前は情報の整理が苦手で、失敗すると必要以上に自分を責める傾向があったのですが、今は少々の失敗では動じなくなってきました。
奥平:少しずつ変わってきたのですね。中村さんのように企業で働きたいと考えている障害者の方に向けて、何かアドバイスをお願いできますか。

中村さん:社会人として働く上で、大切にしている3つのことがあります。1つ目は「努力して成果を出すこと」。そのためには他人の意見を素直に受け入れ、失敗を恐れずに行動すること、自分なりに試行錯誤を繰り返すことがとても重要です。2つ目は「自分の興味の深さや幅を知ること」。私は時事に関心を持つようになったことで、社内でのコミュニケーションの幅が広がりました。3つ目は、「知人との付き合いを持ち続けること」。私にとって友人との関係は仕事を続けるモチベーションでもあり、支えにもなっています。これらのことが何か、みなさんの参考になれば幸いです。
奥平:ありがとうございます。コツコツ経験を積み重ねて、今に至っているんですね。素晴らしいと思います。
蓄積したノウハウを共有し、誰もが活躍できる会社に
奥平:JSTを設置したことで、社内にどのような影響がありましたか?
鈴木さん:印刷や社内メール便などの業務を通じて少しずつ知られるようになり、私たちが行っているサービスに対して「ありがとう」という声もたくさんいただいています。「共に働く仲間」という認識が深まっているように感じますね。

奥平:鈴木さんは、ジョブコーチ(※)の資格も取得されていると聞きました。
- ※ 障害者が職場に適応できるよう、必要に応じて面談や職場環境の改善などを提案する人材。2002年に厚労省が創設した「ジョブコーチ支援制度」によって誕生し、資格試験等はなく、短期講習を受講すればジョブコーチとして活動できる
鈴木さん:はい。JST以外にも障害のある社員は働いていて、現場や人によってさまざまな困り事があります。本来は、障害の有無にかかわらず、それぞれが持っている能力を引き出すことが上司の役割だと私は思っているんですが、「この人には障害があるから」という視点で見てしまうと、それができなくなってしまう。また、ときには障害のある当事者が何に困っているかさえ認識できていないこともあります。そこで私たちは個別面談や、現場への提案、相談窓口を設けるなど、障害の有無にかかわらず活躍できる環境をつくるためのサポートを行っています。

奥平:全ての上司の方がそんな風に考えてくれたら理想的ですね。企業にジョブコーチが常駐しているのも珍しいケースです。
鈴木さん:一人一人の人材を大切にして、会社に貢献する存在になってもらいたいと考えています。他の部署の社員に対しても、「障害のある人をどんどん雇用しましょう!」と攻めの姿勢で推し進めるのではなく、じわじわと理解者を増やしていくのが私たちのやり方です。まずは名刺印刷などをきっかけにJSTの存在を知ってもらって、障害のある社員を「共に働く仲間」として認識してもらえたらうれしいですね。
奥平:JSTで蓄積されたノウハウやいろいろな事例を、ぜひ発信してほしいです。今日はありがとうございました。
撮影:十河英三郎
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