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【オリ・パラ今昔ものがたり】オリンピックという存在が問われている (上)ウクライナ侵攻が問うものとは

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ロシア軍を示す「Z」が記載された装甲車(ウクライナ南東部マリウポリ/2022年3月) 写真:ロイター=共同

執筆:佐野慎輔

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻、侵略が続いている。外国の元首としては憲政史上初めて、オンラインによって日本の国会で演説したウクライナのゼレンスキー大統領の訴えをあなたはどう聞かれただろう。

「自分ごと」として行動したい

大統領はロシアへの制裁の継続と避難した国民への支援を求めた。難を逃れ、国外に脱出したウクライナの人々は1,000万人を超えたと聞く。夫や父、子などが国内にとどまってロシア軍に相対する中、妻や母ら家族が悲しみや怒り、寂しさや不安をこらえる姿、ウクライナ国内に残り空襲に耐える人々、無邪気な表情で遊ぶ幼い子らがテレビで映し出されるたび胸がふたがれる。

日本政府は人道的な支援を急がなければならない。そして再びウクライナに平和を取り戻すための努力を惜しんではならない。

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ウクライナ避難民支援について説明する日本財団の笹川会長

日本財団では日本に難を逃れてくる人たちの支援(外部リンク)に乗り出す。さらにそうした人たちを支援するNPOの支援も始める。

支援はまず3年間、総額50億円を予定する。

内訳は日本への渡航費支援が約3億円。日本での住環境整備など生活費支援が約32億5,000万円。在日ウクライナ人の家族や知人1,000人を対象とする。また、日本国内で活動するNPOなど団体への助成が約15億3,000万円。生活支援や通訳業務、日本語学習、就労支援に対する助成だ。ここには在日ウクライナ人のボランティア活動に関わる実費への支援も含まれる。

3月28日にこれら支援策が日本財団の笹川陽平(ささかわ・ようへい)会長によって示され、同時にこの日から避難者対応の窓口として「日本財団ウクライナ避難民支援室」も設けられた。在日ウクライナ人の方々にも協力していただき、受け入れに万全を尽くしていくという。

なぜ、日本財団はこうした支援に積極的に乗り出すのか。笹川会長は自らの体験を踏まえ、こう訴えた。

「私は昭和20(1945)年3月、6歳の時に東京大空襲に遭い、10万8,000人が亡くなった中を生き延びた一人です。今回のロシアによるウクライナ侵攻は決して見過ごしにできません」

当時、浅草近くに住んでいた陽平少年は体があまり強くなかった母の手を引き、米軍の絨毯(じゅうたん)爆撃の炎の中を生き伸びるために走り続けた。その生々しい体験が今も記憶に残っているだけに、見過ごせないのだ。大空襲で東京都民100万人が罹災したと言われる。歴史に埋もれさせてはならない話である。

日本財団では1986年のチェルノブイリ原子力発電所の爆発事故でもウクライナ、そして今回、敵味方に分かれたロシア、ベラルーシとも協力し合って10年間にわたり、子どもたちを中心とした周辺住民の健康調査、治療法の研究に取り組んだ。その知見が生きたのが2011年の「3.11」東日本大震災での福島原発での支援活動にほかならない。

笹川会長はこうした支援の輪を広げていきたいと考えている。それがいま、私たちができる最上のことだからだ。この支援策の次は避難した人たちを受け入れるポーランドやモルドバなどへの支援だろうか。

国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」は誰も取り残さないことを前提とする。いま、まさに取り残されようとしている人たちが目の前にいる。国連の動きの鈍さ、影響力の低下を嘆いても仕方がない。各国政府が何をするのか、民間の組織は何ができるのか、私たちもまた「自分ごと」と捉えて行動したい。

北京大会開会式の裏の究極の政治利用

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北京オリンピック開会式に出席した習近平中国国家主席(中央)。左はIOCトーマス・バッハ会長(2022年2月) ⒸPHOTO KISHIMOTO

中国がロシアの暴挙を容認、世界は再び力を信奉する専制国家と民主主義国家が対峙する事態に向かいつつある。今後の方策を1つ間違えれば、第3次世界大戦を招きかねない。そうした動きが北京冬季オリンピック閉幕直後、冬季パラリンピック開幕までの間に起きたことが悲しい。

国際オリンピック委員会(IOC)が主導して2021年12月、国連総会の場で「停戦決議」が採択された。「停戦決議」は1993年、翌年のリレハンメル冬季大会を前にオリンピック期間中の軍事停戦を呼びかけ、国連で採択されたのが始まりである。発端は1984年サラエボ紛争だった。その後、2014年のソチオリンピック閉幕後、ロシアがウクライナ領のクリミアに軍事侵攻したこともあり、オリンピック開幕の1週間前からパラリンピック閉幕後1週間まで、と期間を定めて決議されるようになった。

今回の北京大会では、ロシアは中国などと共に共同提案国となっている。しかし、停戦期間中の2月24日、国連とIOCをあざ笑うかのようにウクライナに侵攻した。中国の新疆(しんきょう)ウイグルでの人権侵害に抗議した米国、英国などの外交ボイコットに乗じ、権力強化を目論んだ中国の習近平(しゅう・きんぺい)国家主席の招きでロシアのプーチン大統領が開会式に出席。中露首脳会談でプーチン氏は習氏からウクライナ侵攻への“了承”を取り付けたとされる。その開会式合意が侵攻への引鉄(ひきがね)を引かせたとすれば、究極の「オリンピックの政治利用」だと言っていい。

ロシアは禍(わざわい)のタネをまき続けた

ロシアは組織ぐるみのドーピングによって北京大会では参加資格が停止され、ロシアオリンピック委員会(ROC)としての参加にとどめられた。プーチン氏の開会式出席は本来なら許されるべきではない。しかし、習氏の米国への対抗意識と終身主席への野心がそれを許し、習氏と親密な関係にあるバッハIOC会長が認めたことが「誤りの始まり」となった。オリンピックのありよう、IOCの立ち位置は厳しく問われなければならない。

ロシアは2008年北京オリンピック開会式当日にグルジア(現ジョージア)に侵攻した。オリンピックを“隠れ蓑(みの)”にした軍事侵攻はこれで3度目である。しかし、組織ぐるみのドーピングを含めて何か起こす度、スポーツ大国ロシアに腰の引けたIOCの対応がロシアとプーチン氏を勘違いさせた。オリンピックは大国意識を鼓舞するために利用するものだというゆがんだ意識の源である。

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北京オリンピックフィギュアスケート。演技を終えエテリコーチに抱きかかえられるROC(ロシアオリンピック委員会)のカミラ・ワリエワ選手(2022年2月) ⒸPHOTO KISHIMOTO

ロシアとオリンピックはどこに行くのか

1979年12月、当時のソ連がアフガニスタンに軍事侵攻。翌1980年モスクワ大会の米国、ドイツ、日本などがボイコット、次の1984年ロサンゼルス大会ではソ連など東側陣営の報復ボイコットを呼び起こした。戦後、世界を覆った東西冷戦の頂点である。しかし、アフガン占領の負担と西側による経済的な締め付けからソ連は自壊し、帝国解体につながった。

このウクライナ侵攻はロシア崩壊の呼び水となるのだろうか。それとも中国という“後ろ盾”を得て自由主義社会との対立構造がより顕著となっていくのか。世界はいま、極めて重要な局面に立たされている。

1894年、フランス人貴族ピエール・ド・クーベルタンによって創始された近代オリンピックは「平和を希求」する運動である。その根本理念は「オリンピズム」と呼ばれる。

オリンピック憲章は「オリンピズム」を「肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学である」と定義し、「スポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するもの」と説く。そして「オリンピズムの目的」を、「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てること」と定める。

残念ながら目的に掲げる「平和な社会」はいまだ達成し得てはいない。いや、歴史を振り返れば両次世界大戦によって3つのオリンピヤード(第6、12、13回)と5つの大会(1916年夏、1940年冬・夏、1944年冬・夏)が中止され、常に政治に蹂躙(じゅうりん)されてきた。戦後は中止こそないものの、長く東西冷戦の形を変えた対立の場ともなった。そして、今回のロシアの暴挙、「平和な社会の推進」に貢献するはずのスポーツの無力を思う。

オリンピックとは何か?

東京2020大会はパンデミックとなった新型コロナウイルス感染下、史上初めて1年延期され、観客を入れない異形の開催となった。そしてコロナ禍は北京大会にも影を落とし、あげくの政治利用。人々の、オリンピックとIOCをみる目は確実に変わっている。オリンピックの存在意義を問う声に、IOCはさてどう応えるのだろう。

5月、IOCはローザンヌで臨時総会を開き、ロシアへの処分を決めるという。クーベルタンは1928年、「輪廻というものがあり、100年後、生まれ変わったら私はオリンピックを壊すだろう」と公言した。生まれ変わったクーベルタンに壊される前に、オリンピックとは何か、その存在意義と理念を真剣に議論し、IOCの責任として世の中に示さなければならない。

〈プロフィール〉

佐野慎輔(さの・しんすけ)

日本財団アドバイザー、笹川スポーツ財団理事・上席特別研究員
尚美学園大学スポーツマネジメント学部教授、産経新聞客員論説委員
1954年、富山県生まれ。早大卒。産経新聞シドニー支局長、編集局次長兼運動部長、取締役サンケイスポーツ代表などを歴任。スポーツ記者歴30年、1994年リレハンメル冬季オリンピック以降、オリンピック・パラリンピック取材に関わってきた。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会メディア委員、ラグビーワールドカップ組織委員会顧問などを務めた。現在は日本オリンピックアカデミー理事、早大、立教大非常勤講師などを務める。東京運動記者クラブ会友。最近の著書に『嘉納治五郎』『金栗四三』『中村裕』『田畑政治』『日本オリンピック略史』など、共著には『オリンピック・パラリンピックを学ぶ』『JOAオリンピック小辞典』『スポーツと地域創生』『スポーツ・エクセレンス』など多数。笹川スポーツ財団の『オリンピック・パラリンピック 残しておきたい物語』『オリンピック・パラリンピック 歴史を刻んだ人びと』『オリンピック・パラリンピックのレガシー』『日本のスポーツとオリンピック・パラリンピックの歴史』の企画、執筆を担当した。

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