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【オリ・パラ今昔ものがたり】オリンピックという存在が問われている (下)2030札幌が問われるもの

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アジアで初めて開催された札幌冬季オリンピック開会式(1972年) ⒸPHOTO KISHIMOTO

執筆:佐野慎輔

オリンピックはもがいている。

新型コロナウイルス禍で開催された東京2020大会とロシアのウクライナ侵攻を招いた2022年北京冬季大会。2つの大会から人々はオリンピックという存在に疑問を持ち始めた。そしてオリンピックを主催する国際オリンピック委員会(IOC)の独善とも言える姿勢に、明らかに拒否反応を示した。

この状態が続いていけば、オリンピックは消滅の道をたどるかもしれない。それを危惧する声も聞こえてくる。

ブリスベン開催が意味するもの

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IOC総会で2032年夏季オリンピックの開催都市「ブリスベン」を発表するIOCトーマス・バッハ会長(2021年7月)。 写真:ゲッティ=共同

IOCは批判に抗うかのように2024年パリ、2028年ロサンゼルスに続く2032年大会の開催都市をオーストラリアのブリスベンに決めた。しかし、この決定は複数の立候補都市が招致のプレゼンテーションを行い、IOC総会の場で委員たちが投票で開催都市を選定する伝統的な方法に則っていたわけではない。

従来なら開催の7年前、つまり2025年に開く総会で決めることになっていた。しかし、IOCは2019年、「招致、開催への都市の負担を軽減する」との理由から招致プロセスを変更した。その変更点を日本オリンピック委員会(JOC)ホームページから引用しておこう。

[開催地選定に関する規則の主な変更点]

  • オリンピック競技大会やユースオリンピック競技大会への開催に関心を示す候補地の意欲を調べ、関心を促すよう、恒常的で継続的な対話を行う
  • 2つの将来開催地委員会(夏季・冬季)を設置し、オリンピック競技大会やユースオリンピック競技大会への関心を注意深く見守り、IOC理事会に報告する
  • 開催に関心を示す候補地は、必ずしも単一の都市に限定されず、複数の都市、地域、または国でも開催地となることが可能となる
  • 開催地選定の時期は大会開催7年前に限定されず、柔軟に決定される(大会開催7年前に開催地を決定するオリンピック憲章規則33の変更)

つまり「開催7年前」としていた選定時期を削除し、「単一都市」開催から「複数の都市、地域、国」とする。そして「将来開催地委員会」なるものが開催意向のある都市・地域・国、あるいはIOCが開催したいと考える都市・地域・国を調査、検討し、理事会にはかる流れである。その後、理事会提案を受けて総会が承認、いや“最終決定”する。

ひねって考えれば、IOCは理事会の意志のもと、自らの思惑によって時期を問わず開催都市を決めることができる。確かにこの変更で、委員への便宜供与が度々指摘された招致合戦がなくなり、50億円とも60億円、100億円以上とも言われる招致費用の負担は消える。一方で不透明さはぬぐえず、不公平だとの批判も起きかねない。

ブリスベンは、変更が適用された初のケースだった。2021年2月に立候補に意思表示すると、ドーハやブダペスト、ドイツのルール地方にインドネシアや中国も関心を示す中で、理事会は6月にブリスベンを単独候補に選定。7月の東京で開いた総会で開催都市として決めた。オーストラリアオリンピック委員会会長であり、東京2020大会調整委員会委員長を務めたコーツ副会長への「論功行賞」と揶揄ことは記憶に新しい。

オリンピックの危機は続いている

さかのぼれば、こうした動きは2017年の総会で2024年パリ、2028年ロサンゼルス開催を同時決定したことに始まる。

2014年ソチ冬季大会の開催費用が5兆円に上ることが発覚。ロシアのプーチン大統領がソチをリゾート地として売り出したい思惑から、交通網などインフラストラクチャー整備に巨費を投じたことが理由だった。しかし、開催費用の増大に恐れをなしたノルウェーのオスロなど有力候補が次々と2022年冬季大会招致から撤退。最終的には専制国家である北京とカザフスタンのアルマトイしか残らなかった。

そこで危機感を覚えたIOCが2024年大会への開催の意思表示したパリ、ロス両都市の取り込みを図ったのが2024年、2028年大会のありようである。いわば開催都市が消えかねないことへの焦りが生んだ異例の決定だったが、それがいまや常態となった。

まして今回、東京2020大会の開催決定時に交わした開催都市契約の不平等ぶりが表面化。開催経費の増加も含めた現実を直視すれば、さらに名乗りを上げる都市・地域・国が減る可能性は否定できない。

2030年大会は札幌に決まった?

年内にも2030年冬季大会の開催地が決まると言われる。早ければ5月に予定されるIOC臨時理事会で決まるかもしれない。

さる筋によれば、2030年は札幌開催。同じく2030年招致に名乗りを上げていたソルトレークシティーは2034年開催で合意したという。夏のパリ、ロサンゼルスに続いて冬季開催の有力都市である2都市の取り込みに他ならない。

札幌は最有力都市

札幌は東京2020大会のマラソン・競歩会場として、2019年秋、突然の変更にも関わらず見事にやり遂げた。国際大会の開催経験が豊かで運営面での不安がなく、質の高いボランティアも含め、IOCからその開催能力は高く評価されている。ただ課題は、札幌市民の支持にある。

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札幌で開催された2020東京オリンピックのマラソン競技(2022年8月) ⒸPHOTO KISHIMOTO

札幌がオリンピック招致を表明したのは東京が2020年開催都市に決まった翌年、2014年11月だった。当時の上田文雄(うえだ・ふみお)市長が「都市のリニューアル」を掲げて、2026年大会招致に乗り出した。1972年大会で整備された都市基盤再整備が招致の大きな理由だったが、2018年9月に北海道胆振東部地震が発生。撤退を余儀なくされ、その後、2030年大会招致に切り替えた。

2021年11月、札幌市が公表した開催概要計画修正案では以前示していた開催経費を900億円削減し、総額2,800億円から3,000億円と想定。うち施設整備費は800億円に抑えられた。開閉会式会場となる札幌ドームを除き、2019年公表の計画では15カ所としていた競技会場数を13カ所に削減。スピードスケートは帯広市、アルペンスキーはニセコ地区、ボブスレーは長野市で分散開催するなどオリンピックのための競技会場新設はしないという。

東京2020大会では招致当初、7,340億円としていた開催経費が最終的に1兆6,440億円まで拡大、批判が続出した。札幌はそれを受け、負担に敏感な市民感情に配慮したと言えよう。

札幌市民のための開催でなければならない

札幌は有力都市である。しかし、招致への期待感が盛り上がっているかと言えば、そうとは言えない。

札幌市は北京大会終了後の3月16日、札幌市民や北海道民に行った開催意向調査の速報値を公表した。調査は3月2~14日、郵送とインターネット、街頭で行われ、1万3,875人から回答を得た。

市民1万人への郵送調査では5,775人が回答。「賛成」「どちらかといえば賛成」が52パーセント、「反対」「どちらかといえば反対」は39パーセントだった。また5,540人の市民、道民へのネット調査では、「賛成」「どちらかといえば賛成」57パーセントに対し「反対」「どちらかといえば反対」26パーセント。道内の映画館で2,560人に行ったアンケートでは「賛成」「どちらかといえば賛成」が65パーセントで「反対」「どちらかといえば反対」は26パーセントである。

過半数の支持を得ていると言えば恰好はいいが、2026年大会を開催するコルチナ・ダンペッツォ/ミラノは「賛成」が8割を超えた。批判が多くあった東京2020大会も、決定直前は「賛成」が7割を超えていた。札幌は3種の調査ともに過半数を超えているものの、圧倒的な賛成だとは言い切れない。

今後いかに理解を広げていくか、札幌や北海道の具体的な未来像を示しつつ、説得力を持った計画を提示する必要がある。あくまでも市民、道民のための大会でなければならない。

札幌を「地球温暖化対策」の象徴に

2022年1月、カナダのウォータールー大学率いる国際研究チームが、地球温暖化が冬季オリンピックに及ぼす影響について調査した結果が公表された。これまで冬季大会を開催した21都市のうち、今世紀終盤に再度「公平、安全な状況」で開催できるのは「札幌だけ」という予測が示された。

研究チームは過去の大会における2月の日中平均気温を調査。それによると1920年代から50年代には平均0.4度だった気温が、2000年代ではなんと6.3度にまで上昇している。言うまでもなく温室効果ガス排出量の増大に伴う地球温暖化である。このままのペースが続くと50年後にはさらに2.1度、80年後には4.4度上昇するとの予測も示された。

この予測値をもとに、研究チームはスキー競技会場にもたらされる「雪不足」「雪の状況」などを加味し、開催地としてどこが適しているかを分析。今世紀中盤には「信頼できる」開催地はレークプラシッド(米国)とオスロ、リレハンメル(ノルウェー)に札幌の4都市、今世紀終盤になると「札幌だけ」と指摘した。

一方、2015年に締結された気候変動抑制に関する国際的な枠組みを定めた「パリ協定」が達成されれば、4都市に加え、ソルトレークシティー(米国)とバンクーバー、カルガリー(カナダ)と長野の8都市に広がる。

2022年大会を開催した北京大会では、雪上競技会場は人工雪が使用された。今後も北京方式の活用は否定できないが、環境に与える弊害はより大きくなるに違いない。雪上競技の持続可能と冬季大会開催地を担保するには、何よりも「パリ協定」が定める目標の達成が求められている証左である。

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海洋ごみ対策プロジェクト「瀬戸内オーシャンズX」の一環で実施した漂着ごみの回収作業

日本財団は早くから地球温暖化現象に着目し、日本財団の諸事業の1丁目1番地である「海と環境保全」をテーマに数々の対策に取り組んでいる。活動の一端はこのコラムでも過去、「日本発、『オリンピックX環境』」(外部リンク)で紹介した。ご笑覧いただければ幸いである。

また、2020年1月には「気候変動について」をテーマとした18歳意識調査(外部リンク)の結果を公表している。こうした若年層への啓発活動が、日本の未来に大きな意味を持っていると捉えているからだ。私たち一人一人が温室効果ガスの排出問題を「自分ごと」として考え、対策に取り組むことで少しでも事態は変わってくるに違いない。日本財団はそうした活動を続けていくだろうし、私たちもまた地道な活動を続けていきたい。

札幌で2030年に冬季大会を開く大きな意義とは、地球を取り巻く環境を守る意識への共感でありたい。地球環境保全、温暖化防止を開催の意義、理念として掲げると共に、世界に向けて「札幌メッセージ」を発信したい。「環境」を「スポーツ」「文化」と並ぶムーブメントの柱と定めているオリンピックだからこそ、問われている存在意義である。

〈プロフィール〉

佐野慎輔(さの・しんすけ)

日本財団アドバイザー、笹川スポーツ財団理事・上席特別研究員
尚美学園大学スポーツマネジメント学部教授、産経新聞客員論説委員
1954年、富山県生まれ。早大卒。産経新聞シドニー支局長、編集局次長兼運動部長、取締役サンケイスポーツ代表などを歴任。スポーツ記者歴30年、1994年リレハンメル冬季オリンピック以降、オリンピック・パラリンピック取材に関わってきた。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会メディア委員、ラグビーワールドカップ組織委員会顧問などを務めた。現在は日本オリンピックアカデミー理事、早大、立教大非常勤講師などを務める。東京運動記者クラブ会友。最近の著書に『嘉納治五郎』『金栗四三』『中村裕』『田畑政治』『日本オリンピック略史』など、共著には『オリンピック・パラリンピックを学ぶ』『JOAオリンピック小辞典』『スポーツと地域創生』『スポーツ・エクセレンス』など多数。笹川スポーツ財団の『オリンピック・パラリンピック 残しておきたい物語』『オリンピック・パラリンピック 歴史を刻んだ人びと』『オリンピック・パラリンピックのレガシー』『日本のスポーツとオリンピック・パラリンピックの歴史』の企画、執筆を担当した。

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