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発達障害は病気ではなく「個性」。発達障害者の就労を支援するのは元プロのバンドマン

発達障害のある人たちの就労支援を行うKaienスタッフの黒木さん
この記事のPOINT!
  • 発達障害は動きや感情が制御できないといった症状などにより、就職が困難な傾向に
  • Kaienは発達障害のための就労支援を行う会社。自身の特性を自覚してもらうことから始める
  • 多様性が企業・社会にはまだ不足している。発達障害を病気ではなく、個性と捉えてほしい

執筆:日本財団ジャーナル編集部

発達障害とは、脳機能発達のアンバランスさから、脳内の情報処理に偏りが生じ、社会生活に困難が発生する障害。人によって症状はさまざまだが、急な予定変更があると混乱する、衝動的に行動してしまう、話し出すと止まらないといったものがある。しつけや教育の問題ではなく、脳機能の障害によるものではあるが、それらの行動は他者からは誤解されやすい。

2021年の文部科学省と日本学生支援機構の調査によると、大学生の就職率(※)は95.8パーセント。それに対して、発達障害のある学生は62.6パーセントと約3分の2となり、就職先を探すのに大きな困難を抱えている。

  • 就職者数を就職希望者数で割った率のこと。就職を希望しなかった者は含まない

東京にある株式会社Kaien(外部リンク)は、そういった発達障害がある人のための就労支援を行なっている。スタッフとして働く黒木順平(くろき・じゅんぺい)さんに話を伺った。

※この記事は、日本財団公式YouTubeチャンネル「ONEDAYs」の動画「【強みを活かす】発達障害者の就労を支援するスタッフに1日密着してみた」(外部リンク)を編集したものです。

ちょっとしたフォローで発達障害の人は働きやすくなる

Kaienで管理責任者を務める黒木さんは、発達障害のある人を「責任感がある人」と評する。

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Kaienのオフィスで事務作業を行う黒木さん

「発達障害の方は、仕事を任せる上で、すごく信頼できる人たちなんです。一方で責任感が強過ぎて、つぶれてしまうという特性もある。ただ、そこはちょっとしたフォローで避けられます。彼らの特性や強みを、世に伝える活動が必要ですね」

発達障害といっても、症状や程度は人それぞれ。実際にKaienを利用する発達障害当事者の方に、これまでどういったトラブルがあったのかを聞いた。

「ストレスがたまると、カッとなって、人間関係をリセットしてしまいます。会社に関しても、考えてから辞めるのではなく、衝動的に辞めてしまうことがありました」

「自分でも症状はよく分かりません。人と話していることに違和感を覚えます。自分の声にも不安を覚えますし、今も『自分が話していいのかな?』と考えてしまいます」

しかし、特性はネガティブなものだけではない。

「気を抜くと、いすに座っていても体が勝手に動いてしまいます。声の調整も苦手で、大き過ぎる声を出してしまうことも。ただ、興味のあるジャンルに関しては、集中力と作業効率はかなり高いと思うんですけど」

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インタビューに応じるKaienの就労支援の利用者

発達障害の特性の中には「高い集中力を発揮する」というものがある。

リアルな職業体験を複数行うことで、自身の特性を自覚する

Kaienで行う職業訓練はとても実践的だ。

まず、訓練の前に、利用者には計画を立ててもらう。これは「曖昧な状況が苦手」という発達障害の特性に合わせたもの。「今日は何を何時までに何パーセント終わらせる」というスケジュールを先に立てることで、目標が明確になり、行動しやすくなるという。

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職業訓練前にスケジュール作成する利用者たちの様子

計画を立て終えたら、本格的な訓練の開始だ。取材時に行われたのは「営業事務という設定で、上司に営業成績報告書を集計・作成し、提出する」というものだった。

これ以外にも経理、プログラミングなどリアルな職場を設定し、さまざまな業務体験を行うという方式で訓練が行なわれている。その理由を、Kaien代表取締役の鈴木慶太(すずき・けいた)さんはこう話す。

「楽しく納得して働くためには、自分がどういうタイプなのかを理解することが重要です。発達障害のある方は、自分は何が苦手で、何が得意か自覚していないという人も多い。なので、いろいろな仕事を2週間体験するということを繰り返し行います。そうすれば、次第に何が得意なのかが見えてきます」

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「得意なことが理解できれば、就職先の方向性も見えてくる」と鈴木さん

この日の午後は、与えられたテーマに対して自分の考えを発表するスピーチ体験が行われた。しかし、この訓練の本質は「しゃべることではない」と黒木さんは話す。

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スピーチを行うKaienの利用者。テーマは「一人暮らし」

「どちらかというと、『相手の話を聞く練習』に重きを置いています。発達障害のある方には話をさえぎってしまうという特性もあるので、話している人の表情を見たり、相づちを打つ練習をします。そういった仕草は、会社のミーティング等では必要な能力なので、『スピーチなんだけど、実は聞く練習でもあるんだよ』ということはお伝えしています」

Kaienでは、このような職業体験を最大100種類展開し、本人の適職を見つけていく。それ以外にも面接の練習や履歴書の書き方も学び、多くの利用者が半年から1年で就職に至るという。

黒木さんは元バンドマン。過去も現在もメインを支える役割

実は黒木さんには変わった経歴がある。20代前半でメジャーデビューを果たした、ロックバンドのベーシストという過去だ。

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バンド活動をしていた頃の黒木さん

CDを3枚リリースするが、思ったような結果は出ず、バンドは2年で解散。次の道を考えていた時に思い浮かんだのが叔母のことだった。

「僕の叔母は養護教諭でした。乳がんで亡くなったんですけど、そのお葬式に元教え子の人たちが600人ほど集まって、叔母への感謝の言葉を伝えてくれました。それを強く覚えていて、『自分が死んだ時に、誰かに感謝されるような人生を歩みたい』と思うようになったんです」

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黒木さんの叔母。彼女の影響で、黒木さんは福祉の道を志すように

「変わった人生を歩んだ自分だからこそ、救える人がいるはず」

そういう気持ちで、黒木さんはKaienの就職面接に臨んだという。発達障害のある人と関わるようになって、気付いたことがあるそう。

「やっぱり、発達障害に対しての偏見が、社会に強く残っているなと感じます。『自閉症=こだわりが強い』といったような。ただ、それは逆に言うと『1つのことに集中して取り組める』ということ。そういったプラスの捉え方をしていくことが、世の中に必要なんじゃないかと。企業や組織単位で見ると、その人の特性がぴったりハマる仕事は必ずある。企業自体が、そのような『多様性を持った考え方』をできるようになってほしいですね」

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「Kaienを利用する人たちは素晴らしいということを伝えたい」と黒木さんは話す

黒木さんが理想とするのは「発達障害を病気ではなく、個性と捉える社会」。ただ、働かせてもらう職場ではなく、それぞれが強みを活かせる職場だ。

私たちはなんとなくのイメージだけで、物事を判断してしまいがちだ。その「なんとなく」で、社会からこぼれ落ちてしまう人が多く存在している。黒木さんが言うように、人にはそれぞれ個性があり、それが活きる場所は必ずあるはず。

まずは、自分の「なんとなく」を疑うことから始めてみよう。

【強みを活かす】発達障害者の就労を支援するスタッフに1日密着してみた」(動画:外部リンク)
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