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発達障害の特性を企業の成長戦略に。「ニューロダイバーシティ」へ転換するには?
- 少子高齢化が進む日本において、生産年齢人口の減少、経済の衰退が危惧されている
- 欧米企業では発達障害の特性を活かすニューロダイバーシティへの取り組みが活発化
- 日本におけるニューロダイバーシティの推進には、国、企業、福祉の連携が重要
取材:日本財団ジャーナル編集部
障害者の就労や働き方について、今取り組むべき課題を探り、具体的な解答やビジョンをさまざまなプログラムを通じて考える「就労支援フォーラムNIPPON2021」(外部リンク)。
2021年12月17~19日に開催された第8回目は、「ゲームチェンジャー 〜打開から破壊まで〜」をテーマに、全てのプログラムがオンラインで実施された。今回は、17日に開催されたパネルディスカッション「同質選好からニューロダイバーシティへのゲームチェンジ」の模様を紹介する。
「ニューロダイバーシティ」とは、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠陥多動性障害)、LD(学習障害)など、発達障害を脳や神経の「個性」だとする概念のこと。「脳の多様性」「神経の多様性」とも訳される。その個性を強みとし最大限発揮できる雇用環境を創出する動きが欧米の企業を中心に活発化している。
障害者雇用において先進国の中で遅れをとる日本でニューロダイバーシティを推し進めるために、当事者や支援者、企業、行政がどのように連携を取るべきかについて意見が交わされた。
〈パネリスト〉
河野太郎 (こうの・たろう)
自由民主党所属衆議院議員/自由民主党広報本部長
平井裕秀(ひらい・ひろひで)
経済産業省 経済産業政策局長
畑田康二郎(はただ・こうじろう)
株式会社デジタルハーツプラス 代表取締役
安部和志 (あんべ・かずし)
ソニーグループ株式会社 執行役 専務 人事、総務担当
大島友子 (おおしま・ともこ)
日本マイクロソフト株式会社 技術統括室 プリンシパルアドバイザー
鈴木慶太(すずき・けいた)
株式会社Kaien 代表取締役
〈進行〉
高田篤史 (たかだ・あつし)
株式会社野村総合研究所コンサルティング事業本部 主任コンサルタント
「できない」ことではなく「できる」ことに着目した採用活動
世界的にダイバーシティ&インクルージョン(※)が進む中で、日本は他の先進国に比べて大きく遅れを取っていると言われている。
- ※ 人種や性別、年齢、障害の有無といった多様性を互いに尊重し、認め合い、誰もが活躍できる社会づくり
例えば、近年では多くの企業が女性活躍推進に取り組んではいるが、いまだに日本の国会議員の女性比率はわずか9.9パーセント、働く女性の平均所得は男性の43.7パーセント(※1)と半数にも満たない。また2020年度において国が定めた障害者の法定雇用率(※2)を達成した企業は全体の48.6パーセント(※3)と、半分以上の企業が満たしていない。
- ※ 1.出典:「共同参画」2021年5月号 内閣府男女共同参画局
- ※ 2.参考:厚生労働省「令和2年 障害者雇用状況の集計結果」
- ※ 3.障害者雇用促進法によって定められた指標で、一定数以上の労働者を雇用している企業や地方公共団体を対象に、常用労働者のうち2.3パーセント以上(2022年1月時点)の障害者の雇用が義務付けられている
一方で少子高齢化は進み、2060年までに生産年齢人口は約35パーセント減少し、特に深刻とされるIT系では、2030年には最大約79万人が不足すると考えられている。
こうした中、注目を集めているのがニューロダイバーシティという概念だ。
発達障害がある人の中には、高い独創性や集中力などの特性を持つ人が多く、海外の大手企業では多くの発達障害者が積極的に採用され、活躍しているという。一方、日本においては障害者の法定雇用率を達成するために、社会的責務としての採用に留まっている企業も少なくない。
埋もれている人材が活躍するためには、社会構造の変革に加え、企業側が成長戦略として発達障害のある人材を採用、育成に取り組む姿勢が必要だと株式会社デジタルハーツプラス(外部リンク)の代表取締役・畑田康二郎さんは言う。
「今の日本は、『●歳になったら▲▲ができるようになる』などの基準に対して、標準的に発達した『定型発達者』のみに有利な社会です。発達に凸凹がある発達障害者の多くは、履歴書や面接だけでは評価されにくく、就職できたとしてもコミュニケーションが苦手だったり、活躍できないまま辞職してしまったりするケースも少なくありません。結果として、多くの人材が能力を発揮できずに埋もれ、企業にとっても大きな損失になっているのではないでしょうか」
現在、デジタルハーツプラスでは、主要事業であるゲームやデジタル機器をユーザーの視点でチェックするデバッグ業務において、多くの発達障害者が活躍している。中には、対面での面接ができずチャット面接を経て採用された人や、10年間引きこもっていた人もいるというが、どの社員も能力が高く、かけがえのない人材だという。
「今の社会に必要なのは支援よりも、彼らが活躍できる場所です。一人一人に課題はありますが、仕事を通じて自信を持つことで、人前に出ることが苦手だった人が大勢の前で堂々と発表できるようになることもある。企業が発達障害など未開拓の能力を持つ人材を発掘し、育成することは、自社の生産性向上だけでなく、経済全体の成長につながると私は考えています」と畑田さんは、ニューロダイバーシティの可能性について述べた。
障害者として見るのではなく、「共に働く」視点が必要
畑田さんの話を受け、衆議院議員の河野太郎さんは、これまでの日本は障害者雇用について考える際に、さまざまな障害のある人をひとくくりに「障害者」としてしか見てこなかった点に反省を示し、「障害のある人に対して、一人一人に能力が発揮できる分野があるはずだ、と頭を切り替えることが必要」とコメントした。
経済産業省の平井裕秀さんも、「これまでの日本が得意だった、作り込んで大量生産するシステムを根本から変える必要性を感じます。単に福祉という側面だけでなく、産業競争力の強化という観点からダイバーシティを政策に組み込むためのヒントをいただきました」と語った。
障害者は、決して助けが必要な「弱い人」「かわいそうな人」ではない。日本の企業がダイバーシティを経営戦略として捉え、積極的に推進するためには、視点や発想を転換する必要があるだろう。
「ソニーでは創業当時から、創業者の井深大(いぶか・まさる)と盛田昭夫(もりた・あきお)が、一人一人には違う個性があり、その個性を最大限発揮してもらうことを理念に掲げていました。もちろん、企業側にも理解の浸透や受け入れる体制が求められますが、障害のある方々にも、自分の障害を過度に意識することなく、どんなことにも挑戦しようという気持ちを持っていただくことが大切だと伝えています。そして、一人一人が力を発揮するために周囲が支援をする。この仕組みが多様性から価値を生んでいくと考えています」とソニーグループ株式会社(外部リンク)で人事や総務を担当する安部和志さん。
ソニーの特例子会社であるソニー・太陽株式会社では、障害のある社員を多数採用し、ソニー製品には欠かせないマイクロホン基幹工場として世界からも信頼を寄せられている。
また、アメリカ・ワシントンに本社があるマイクロソフトでは、日本でも既に独自のニューロダイバーシティ採用プログラムを導入している。
「面接や履歴書だけでは分からないその人のスキルや、求める人材に合う方を見定めるためのジョブディスクリプション(職務記述書)を取り入れています。面接の際に黙ってしまう方もいますが、こちらも理解しているので、そのことが採用上でネックになることはありません」と日本マイクロソフト株式会社(外部リンク)の大島友子さんは語る。
マイクロソフトでは、自社の製品やサービスを多様な人に使ってもらうために、あるいは、さまざまな人の困難に対応できる製品やサービスをつくるために、多様な人材と働くことを大切にしているという。
ひと言で「発達障害」といっても、それぞれが持つ特性も、社会生活の中で感じる「困り事」もさまざま。一人一人の人材が企業で活躍するためには、マイクロソフトのようなジョブディスクリプションの導入や、福祉との連携も有効だろう。
「障害者を支援する福祉側は、『仕事をさせてください』とお願いベースになりがちですが、もっと企業に意見を伝えていいと思います。福祉は企業や社会に対して価値を与えられる存在だと自負することで、この国の活力にもなります」と話すのは、発達障害に特化した就労支援を行う株式会社Kaien(外部リンク)の鈴木慶太さん。
鈴木さんは、企業側も障害者雇用において社内で解消できない問題が生じたら福祉にサポートを求めるなど、積極的な連携が必要だと語った。
個々の「できること」「やりたいこと」に視点を置いた教育も重要
今後、日本でもニューロダイバーシティを推進する上で、「子どもの頃から得意分野を伸ばす教育制度があってもいい」と河野さんは話す。
「教育現場のオンライン化が進み、ほとんどの授業がオンラインでも受けられるようになりました。これによって個々が得意分野に打ち込める環境をつくり、大学入試で得意な科目に特化して受験できるなど、教育の複線化や個別化など、発達に凸凹がある人にもチャンスを提供することが、これからの日本の教育において大事なのではないかと思います」
経済産業省では、新しい学習指導要領のもとで、1人1台のデジタル端末とさまざまなEdTech(エドテック※)を活用した新しい学び方を実証する「未来の教室」(外部リンク)実証事業を行っている。
- ※ Education(教育)とTechnology(技術)を組み合わせた造語で、テクノロジーを用いて教育を支援する仕組みやサービス
未来の教室で高校生を対象に講義を行っている畑田さんは「高校生たちはすごいですよ!」と言葉に力を込めた。
「システムからパスワードを割り出す『パスワードクラッキングチャレンジ』を実施しているんですが、ゲームが好きな子たちはどんどん解いていきます。普段、授業中は寝てしまうような子も生き生きと学んでいる。実践を通して面白さを体感してもらった後に、この道を究めるためには体系的に学ぶ必要があることを伝えると、勉強する動機につながります。私は彼らの中から、優れた技術者が出てくると信じています」
これまで多くの社員の育成に携わってきた安部さんも、実践が重要だと話す。
「障害の有無にかかわらず、人を育てる上で大きく影響を与えると言われているのが『経験』です。やりたいことや興味があることを見つけるための経験の場を広げることはとても重要で、ジョブディスクリプションはやりたいことにたどり着くための手段だと捉えています。一人一人が自発的に挑戦したくなる仕組みをつくっていくことが、企業としての成長のチャンスにもつながるのではないでしょうか」
ディスカッションの締めくくりには、平井さん、河野さんも国が成長戦略や産業政策の一環としてニューロダイバーシティに取り組んでいきたいと語った。
ニューロダイバーシティが進むオーストラリアでは、多くの企業で積極的に発達障害のある人材を採用しているほか、国防省のサイバーセキュリティプロジェクトにおいて発達障害のある人がセキュリティアナリストとして活躍しているという。
少子高齢化による生産年齢人口の減少が懸念される日本おいて、障害者雇用およびニューロダイバーシティの拡大は、経済を発展させる上で大きな鍵になることは間違いない。今後の国、企業、福祉の連携に期待したい。
発達障害の特性を企業の成長戦略に。「ニューロダイバーシティ」へ転換するには?
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