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【子どもたちに家庭を。】生みの親、育ての親に寄り添う、民間養子縁組あっせん機関・ベアホープの働きかけ

- 貧困や性教育の不足など、要保護児童が生まれる背景には社会のひずみがある
- 子どもを托すのは「無責任」ではなく、幸せな成長を願ってのことという理解も必要
- 特別養子縁組を普及させるため、さらなる官民の連携や現行制度の見直しを
取材:日本財団ジャーナル編集部
当連載「子どもたちに家庭を。」では、養子となる子ども(原則15歳未満)の生みの親との法的な親子関係を解消し、実の子と同様の親子関係を結ぶ「特別養子縁組制度」をテーマに、多様な当事者たちに話を聞いてきた。
今回登場するのは予期せぬ妊娠や、出産したものの子育てに悩む女性のために無料相談支援と、特別養子縁組のサポートを行う一般社団法人ベアホープ(外部リンク)で理事を務める橋田じゅん(はしだ・じゅん)さんだ。
押さえておきたい前提として、特別養子縁組を希望する場合の窓口機関は2つある。1つが公的な組織である児童相談所。もう1つが民間の養子縁組あっせん機関だ。
近年の日本における特別養子縁組の多くは民間の養子縁組あっせん機関の仲介によって成立してきた。2020年の民法改正によって「養子縁組に関する相談や支援は児童相談所の業務である」と初めて位置づけられたが、逆の見方をすればそれまで養子縁組を誰が・どのように行うのか明確にされてこなかった、ということになる。
そういった空白を長年支えてきたのが民間の養子縁組あっせん機関であり、現在も特別養子縁組制度の拡大に欠かせない存在だ。
養子縁組の最前線で活動するからこそ見えてくる生みの親・育ての親たちが抱える実状や、特別養子縁組を拡大していく上で必要な働きかけなど、制度が抱える課題について橋田さんにお話を伺った。
さまざまな困難を抱える生みの親
2014年より事業を開始したベアホープは、社会福祉士や助産師、保健師や公認心理士などの専門知識を持つスタッフが中心となり、養子縁組とその啓発に取り組んできた。
その主たる活動の1つが、予期せぬ妊娠や子育てに悩む女性に対するカウンセリング・サポートだ。無料で利用できる相談窓口には全国から年間300件強(2021年)の相談が届く。そこで相談者の抱える問題に耳を傾け、支援が必要だと判断すれば福祉制度や医療機関と相談者をつないでゆく。そして、子どもが育てられない状況下にある母子支援の一環として特別養子縁組の仲介を行っている。
「相談を利用する女性の状況は本当にさまざまです。夫やパートナーのドメスティック・バイオレンス(DV)もあれば、付き合っていた男性が妊娠を告げた途端にいなくなってしまったという相談もあります。女性の貧困とも切り離せない問題で、その日暮らしのような生活をする中で風俗の仕事に行きつき、妊娠してしまうといった相談も後を絶ちません」

状況を聞き、子どもの養育困難が想定される時は本人の意向を尊重しながら養子縁組という手段を検討していく。実際に養子縁組が成立に至るのはどういったケースが多いのか。
「先ほど述べた理由に加えて、若年層の妊娠があります。日本の性教育が十分とは言えないことは以前から問題になっていますが、“幼い”と呼べる年齢の子も。他には性暴力被害による妊娠、母親の障害や病気による養育困難というケースも一定数あります」
さまざまな事情があるとはいえ、中には「自ら育てたい」と強く希望する人もいるそうだ。
「母親本人の養育が可能そうであれば、地域の行政機関とコンタクトを取って生活保護の申請を支援するなどのサポートを行います。一方、本人は養育を希望していても経済状況・健康状態などから現実的に難しい人もいます。その場合でも頭ごなしに『無理だ』と否定するのではなく、出産後にどのような仕事をするのか、働きながら子どもを預けられる仕事先があるか、など今後の生活を一緒に計画していく形で課題を明らかにし、ご本人にとっても、子どもにとっても何が最善なのかを考えつつ支援を行っています」

いったん審判確定すれば子どもの戸籍は変わり、親権も無くなるとても大きな制度。だからこそこの生みの親が「自ら決める」という本人の意志が大切なのだという。
「ご本人が納得いかないまま手続きを進め、途中で『やっぱりイヤ!』と言い出したとします。その時に『すぐに家庭に返すことで子どもの安全の確保ができない』と児童相談所が判断すると、子どもは養育施設に預けられることになります。どんなに『いつか迎えに行く』という思いがあっても、本人が貧困から抜け出せず生活が立ち行かないままでは、子どもはずっと施設で育つことに。そういう負の連鎖が起こらないようにしたい、という思いをスタッフ一人一人が持っています」
「風俗の仕事で妊娠」「貧困で育てられない」といったキーワードを聞くだけで、「無責任だ」「子どもを捨てたも同然」などと断じる人もいる。しかしその理解は実状とはかけ離れている、と橋田さんは言う。
「親の代から貧困を受け継いでいる人も少なくありません。抜け出しようのない状況に陥りながら生きるために就いた仕事で妊娠し、頼れる人もいなく孤立しているケースは本当にたくさんあるんです。そういった女性たちが子どもを『手放す』のは、最終的に子どもを幸せにするため。今後の成長を考えたとき、今の自分の状態では努力でどうにかするのは不可能だ、と理解するからですし、そこには苦しみや葛藤もある。ですから私たちは養親となる方たちに、そういった事情をちゃんと理解し、子ども同様に実母さんのことも愛してくださることを求めています」

「年長の子どもは養育が難しい」。そんな偏った認識を変えたい
養親になることを考えている夫婦に向けたメール窓口には、1日当たり平均4~5件の問い合わせが届く。まずは資料を送付し、希望者には3日間の座学研修を受けてもらうのが養親候補になる最初の入口だ。
「特別養子縁組は子どもの福祉のための制度であり、子どもがほしい親のための制度ではない。そのため、養親になるには子どもの年齢・性別・障害の有無を問わないという条件を受け入れていただく。これらの制度理念と背景について、研修でしっかり理解をしていただきます。またよくある誤解として、特別養子縁組にかかるあっせん手数料を『子どもを手に入れるために金銭を支払っている』と勘違いしている人がいます。これについても、民間機関はあらゆる支援活動に費用が発生しており、その活動に充てるための費用であって子どもの値段ではない、という点をきちんと説明します」
ベアホープに登録する養親希望者のほとんどが、不妊治療を継続している・過去にしていたが結果が出なかった、など何らかの理由で実子を持てずにいる人たちだという。
「自ら養子縁組あっせん機関を調べる中で登録した人もいれば、病院に紹介された、周りで養子縁組をした人がいたので自分たちも、などベアホープを選んだ動機はさまざまですが、そのきっかけは不妊によるものがほとんどです。しかし中には、海外生活を経験する中で周囲に養子縁組の家族が多くいたため、自分も結婚したら養子をもらおうと考えていた、のような人もいらっしゃいます」


オンラインや対面での研修、面談などを経て養親登録を決断する夫婦は、特別養子縁組に対して深い理解を抱いてくれている、と橋田さん。その一方で気になる課題は、研修参加者から「0歳児という希望は通るのか」とよく聞かれることだ。
「養子をもらうなら赤ちゃんがいい」などといった、子どもを選ぶという誤った認識にもっと働きかけたい、と橋田さんは言う。
「私たちは『どんな子でも』受け入れてもらうことをお願いしていますから、0歳にこだわられるのは本意ではありません。赤ちゃんを希望する理由として『ある程度の年齢だと自分の境遇を理解しているだろうから養育が難しそう』という声を聞きます。確かにそういう面もあるかもしれませんが、一方で年齢が上の子の良さもあるんです。例えば私たちはペットを飼う養親候補者さんに対し、『もし受託後に子どもがアレルギーを発症したら、ペットを信頼できる人に托してもらう』ことを約束してもらっています。赤ちゃんの受託だと、数年後にアレルギーが出てくることだってあり得ます。しかし年齢が上の子であれば受託前に見えている情報が多いので、そのようなトラブルは起こりづらい。あらかじめ体質や性格が理解できていれば、準備できることも多いはずです。親にとって育てやすいかどうかではなく、仮に子どもに予測不可能なことがあったとしてもどうサポートしていくかが養親さんや私たち支援者の役割だ、と考えてくれる人が増えるよう、働きかけを続けていくつもりです」
受託後も生みの親・育ての親への支援は続いていく
ベアホープの活動は養子縁組が成立して終わりではない。その後も生みの親・育ての親双方に寄り添いながら、長い時間をかけて伴走していく。
「実母さんは子どもを托した後、少し時間が経ってからガクッと気落ちすることがよくあります。そのため委託後からSNSなどを利用して、ケースワーカーがこまめなやり取りを続けて気持ちに寄り添います。一方の養親さんは受託後すぐ育児で慌ただしくなるため、やはりSNSなどで助産師を含めたスタッフがやり取りを続け、約1カ月後・半年後を目安に家庭訪問を行っています。そこで助産師らと養育状況を確認しつつ、子どもの健康も見ていく形です。また養子となることが裁判で確定するまでの間は、写真を含めた『養育報告』を毎月提出してもらいます。その内容をケースワーカーがチェックして、必要に応じカウンセリングや育児支援講座へとつないでいきます。また、この養育報告を要望に応じて実母さんにもシェアすることもあります」
委託から1カ月後を目安に、養親は裁判所に対して特別養子縁組の申し立てを行う。それに伴い、この養子縁組が的確かを判断するため、生みの親にも聞き取り調査が行われる。
「実母さんの中には、『悩んだ末に生活保護の相談に行ったら冷たい対応を受けた』などの理由で行政に苦手意識を持ち、公的機関による調査に抵抗を感じる人が数多くいます。また性被害に遭った人はもう一度事情を話さなければいけないことに大きなストレスを感じることも。そこでもベアホープのケースワーカーが調査に同席したり、現場まで付いていったりと寄り添い、支援を行っています」


社会的養護の背景にある課題に関心を持つ
子どもたちに家庭で育つ機会を提供する特別養子縁組を拡大させていく上で、変えていかなければいけない課題。その1つが児童相談所との連携体制の構築にある、と橋田さんは話す。
「児童相談所も、民間機関のようなケアを必要でないと考えているわけではないと思うんです。しかし虐待などの通告が年々増え続ける中では、そこまで手が回らないのが現実ではないでしょうか。私たち民間の養子縁組あっせん機関は『養親のケアに力を入れている』『生みの親のサポートが手厚い』など、独自のカラーを持っています。児童相談所と民間の機関が連携して得意分野に応じた支援を分担できれば、母子の福祉はさらにきめ細かく充実したものにできる可能性があります」

地方自治体や行政機関とのやり取りにおいても、連携の難しさを感じる場面は多々あるのだそう。
「例えば、ベアホープは養親候補者に対して必ず犯歴照会をします。子どもの安全を守るために必要な手続きであり、国からも対応するよう通知が出ている行為なのですが、それでも自治体によっては『公官庁以外には出せない』と断られる場合があります。これまでの養親さんは素晴らしい方たちばかりですが、万が一にでも子どもの安全を脅かすような事態になってはと思うと『そうですか』と引き下がっていいのか、と感じます」
また、既存の制度に対する定期的な見直しも必要だ。例えば現在の「育児休業」は原則子どもが1歳まで、と規定されている。2020年の民法改正では、特別養子縁組の利用拡大を視野に、対象となる子どもの年齢が15歳まで引き上げられたが、現行の制度では2歳以上の養子を受託した家庭は育児休業が利用できない。
「やはり養子が家庭に来てすぐの時期は、子どもとの信頼関係を築く上でもしっかり向き合って愛情を注いでいただきたいのですが、現行の制度のままでは難しい。今後、年長児の委託を進めていくためにも、せめて育休を年齢で区切るのをやめて『子どもが家庭に来て1年間』など、取得要件に幅を持たせる形に変わっていけば、と感じています」

これから特別養子縁組制度が普及していくために、社会を構成する私たち一人一人にはどんなことができるのだろうか。橋田さんに聞いてみた。
「私はこの仕事に関わるまで、ほとんどの子どもが親から愛されて育っており、虐待のようなニュースはほんのひと握りの例外だと思っていました。しかし支援の現場に来てみると、さまざまな事情があり子どもを養育できない、貧困により住むところがない、誰にも頼れないまま妊娠して臨月になるまで病院にも行けない、などの出来事が今この日本に無数にあることが見えてきたのです。そう思うと、皆さんにもなぜ社会的養護下の子どもたちがいるのか、なぜ特別養子縁組という制度があるのか、という問題の背景に関心を持っていただけると嬉しいです。新聞やニュースにアンテナを張るのもいいですし、養子の日などのイベントに参加してみるのも良いかと思います。ベアホープの研修は、まだ特別養子縁組の道に進むかは分からないけど、家庭で育つことができない子どもを迎えるという選択肢を考えていらっしゃる方でも受けられますから、『養子縁組制度についてもっと知りたい』という理由で参加していただくのも歓迎です。そうやって一人一人が子どもの幸せに関心を持ち『自分にできることは何だろう』 と考えていくことが、現状を少しずつ変えていく確かな一歩になるのではないでしょうか」
撮影:永西恵美
〈プロフィール〉
橋田じゅん(はしだ・じゅん)
一般社団法人ベアホープ理事。東京都子育て支援員。ジェスチャーを見せながら話しかけることにより、赤ちゃんに手を使ったコミュニケーションをもたらすサインランゲージ「おててサイン」の講師として活動。2015年よりベアホープに勤務を開始、現在はケースワーク事務として養親や家族のケアなどを担当する。3児の母。
一般社団法人ベアホープ 公式サイト(外部リンク)
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