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子どもたちの闘病を支える犬たち。その活動と私たちにできることとは

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病院で治療中の子どものもとに訪れるセラピードッグ。Monkey Business Images/shutterstock.com

執筆:横内美保子

私たちのすぐ近くに、つらい闘病生活を送る子どもたちがいる。治るまでに長い時間がかかる子どもたちもいるし、治る見込みのない子どもたちもいる。生まれてから病院の外に1度も出たことがない子どもたちもいる。

家庭から離れ、検査や治療、手術を受ける子どもたちは、どのような気持ちを抱えながら日々を過ごしているのだろうか。

痛みを伴う処置を受けるとき、恐怖心から処置室へ歩いていけない子どももいるという。

そんな子どもたちに寄り添い、安らぎと勇気を与える犬たちがいる。「セラピードッグ」と「ファシリティドッグ」———彼らはどのような活動をしているのだろうか。

本記事では、闘病中の子どもたちとその家族を支える2つのタイプの犬たちとそれぞれの活動をご紹介しながら、私たちにできることは何か考えていきたい。

犬の持つ不思議な力

犬には、人に共感し、人と特別な関係を築く力があることが証明されている。それはどのようなものだろうか。

人の感情を感じ取り共感する

ハンガリーのエドベシュローランド大学の実験によって、犬の聴覚野には人間の声色から感情を読み取る場所があることが分かってきた(※資料1)。

似たような仕組みが人間にも備わっている。犬には人間と同じように、人の喜怒哀楽を読み取る能力があると考えられるのだ。

2019年、麻布大学の菊水健史(きくすい・たけふみ)教授らが行った実験からも、犬が人の感情を瞬時に読みとることが分かっている(※資料2)。

この実験は13組の飼い主と犬のペアを対象に行われた。飼い主は犬から見える位置に座る。実験者は、飼い主を安静にさせたり、暗算や文章の説明のような心的ストレスを経験させたりする。

こうした実験の最中に、犬と飼い主の心拍をモニターしたところ、いくつかの飼い主と犬のペアでは心拍変動の数値が同期化していた(※資料3)。

この実験結果から、犬は人の感情を瞬時に感じとり、共感することが証明された。

心を癒やし痛みを和らげる

もう1つ、菊池教授を中心にした別の研究グループによる実験をみてみよう。

2015年、アメリカの科学雑誌『サイエンス』に掲載されたその研究が世界の研究者を驚かせた(※資料1、2)。犬と飼い主が互いに見つめ合ったときに、飼い主の脳下垂体から「オキシトシン」というホルモンが分泌されることが分かったのだ。

オキシトシンは優しくなでたり抱き合ったりする際に分泌される。相手への愛情を深め、絆を強めるホルモンだが、心を癒やしたり体の痛みを和げたりする働きもある。

犬と見つめ合ったとき、飼い主の体内のオキシトシンは3倍以上に増加した。

また、飼い主だけでなく、犬にもオキシトシン濃度の上昇が見られた(※資料4)。オキシトシンが出る絆は特別で、人と犬との間に、親子や夫婦、家族のような非常に強固な絆ができていることを意味するという(※資料1)。

このように、犬には人に共感し、人と特別な関係を築く力があるのだ。

2つの活動タイプ

国が定めた子どもの慢性疾病「小児慢性特定疾病」は、2021年11月時点で788疾病(※資料5-1)に上る。

厚生労働省指定研究班の報告をもとにした「小児慢性特定疾病児童等データベース」へのデータ登録が完了しているものだけでも、2018年で9万5,536件(対象は0~19歳、2021年度末時点の集計値※資料5-2)。まだ登録が完了していない場合も含めると、その数はさらに増える。

日本は、医療技術は世界最先端である一方で、入院環境の質の点では大きな課題があるといわれている(※資料6)。そのソリューションの1つが、闘病中の子どもやその家族に寄り添いサポートする犬たちの活動だ。

それはどのようなものだろうか。

子どもの闘病生活を支える犬の活動は大きく2つのタイプに分けられる(※資料7-1、6、8)。

[動物介在活動(以降、AAA)]
動物と触れ合うことによって、情緒的な安定、レクリエーションやQOL(生活の質)の向上を図る活動。

[動物介在療法(以降、AAT)]
医療の現場での補助療法。医療従事者の主導で行う。

こうした活動を担うのは「セラピードッグ」と「ファシリティドッグ」だ。それらの違いは以下の表のとおりである。

[セラピードッグ]
活動方法:選び方さまざまな施設を訪問。ペット・保護犬から選ぶ。
活動内容:AAA。AAT
[ファシリティドッグ]
活動方法:特定の施設に常勤。繁殖の時から選ぶ。
活動内容:AAA。AAT(セラピードッグより専門的)
「セラピードッグ」と「ファシリティドッグ」の違い。資料7-1、6、8を参照に筆者作成

セラピードッグとファシリティドッグ

ここからは、セラピードッグとファシリティドッグの活動を詳しくみていこう。

セラピードッグ

セラピードッグの活動を推進している代表的な団体の活動をご紹介する。

「アニマルセラピーと動物のふれあい活動(CAPP)」

公益社団法人日本動物病院協会は、動物介在活動の「アニマルセラピーと動物のふれあい活動(以降、CAPP)を、全国の会員動物病院とボランティア(飼い主)との協力体制によって推進している(※資料7-1)。この活動には犬以外の動物も参加しているが、犬の参加が一番多い(※資料7-2)。

原則として、動物とその飼い主(家族)とのペアで参加するが、動物の参加が難しい場合には、飼い主だけの参加も可能だ(※資料7-3)。

犬と猫は満1歳以上になると参加できる。大切なのは、人と接することが大好きで、必要なしつけや健康管理ができているかだ。チームリーダーの獣医師がそうした適性を判断する。

ただし、残念ながら、2022年11月初旬時点では、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため活動を休止し、オンラインを活用しての訪問を可能な範囲で行っている。また、動物たちの写真やポスター、動画などをボランティアチームが施設に送り、活動を思い出しながら楽しんでもらっている(※資料7-4)。

行き場を失った犬たちが活躍

行き場を失った犬たちを救出・保護してセラピードッグに育成し、AAAとAATを行っている団体もある(※資料8)。

一般財団法人国際セラピードッグ協会は、捨て犬や震災によって行き場を失った犬たちを保護してセラピードッグに育成している。殺処分寸前だった犬も、コロナ禍で捨てられた犬もいる。犬種や年齢は問わない。

犬たちは、心身の健康が回復した後、2年以上かけて45を超える教育プログラムをマスターし、各施設での実習を十分に重ねた後に、セラピードッグとして認定される。体に障害がある犬たちもいるが、克服して元気に活躍しているという。

写真:被災犬の救助「むさし」
上段/福島の山間部を放浪中、トラバサミにより右前肢を失う。その後行政に捕獲され野犬として殺処分の対象となる。(2012年6月 福島県いわき市)
下段左/健康を回復し、人との信頼を取り戻した「むさし」
下段右/セラピードッグとして活躍する現在の「むさし」
救出され、セラピードッグになった災害犬「むさし」。画像引用:一般財団法人国際セラピードッグ協会(外部リンク)

犬と患者の懸け橋となるハンドラー(セラピードッグの教育・指導員)の役割も重要だ。上述のCAPP活動のハンドラーは飼い主だが、この協会のハンドラーはボランティアではなく、プロフェッショナルとして働いている。

同協会では、犬たちの救助、育成、セラピードッグとしての活動、そして現役を引退した犬たちの見取りまでを一貫して行っている。そのため、1頭のセラピードッグの生涯には、多大な費用が必要だという。同協会はこうした活動への支援や協力を求めている。

ファシリティドッグ

続いて、ファシリティドッグの活動をご紹介したい。

ファシリティドッグの仕事

ファシリティ(Facility)とは施設のことで、ファシリティドッグは常勤の医療チームの一員として、特定の施設にハンドラーとペアで出勤する(※資料6)。

ハンドラーの基準は、補助犬育成団体の世界的な統轄組織によって医療従事者などの専門職スタッフであることが定められている。

日本で唯一、ファシリティドッグとハンドラーを病院に派遣している認定特定非営利活動法人シャイン・オン・キッズのハンドラーも全員、臨床経験のある看護師である。

ファシリティドッグは、入院中の子どもたちとの触れ合いを目的としたAAAだけでなく、ハンドラーと共に以下のようなAATも積極的に行う(※資料9-1)。

  • 手術室入室時の付き添い
  • 採血・点滴確保の際の応援
  • 薬が飲めない子どもの応援
  • 食事が進まない子どもの応援
  • 骨髄穿刺(こつづいせんし※1)や腰椎穿刺(せきついせんし※2)などの処置中の付き添い
  • 麻酔導入までの付き添い
  • リハビリテーションの応援
  • 最期を看取るときの同席
  • きょうだい・家族のケア
  • 介入ケースのカルテ閲覧、記入
  • 緩和ケアチームに所属・会議への出席
  • ケースカンファレンスへの出席
  • 1.骨髄に針を刺して骨髄液と細胞を吸引し採取する検査
  • 2.背中から針を刺して脳脊髄液を採取する検査

ファシリティドッグと一緒なら、恐怖心から処置室へ歩いていけなかった子どもが自分の足で向かうことができる。痛みと恐怖を伴う処置をするときにも、ファシリティドッグが傍らで応援すれば、鎮静薬の量を減らせる。

採血のときに泣き叫ぶ子どもが静かに処置を受けたり、手術室まで同行すると落ち着いて入室することができる。ファシリティドッグに出会ったことで、大の犬好きになった子どもも多いという。

闘病中の子どもに寄り添うファシリティドッグ。画像引用:認定特定非営利活動法人シャイン・オン・キッズ「ファシリティドッグ・プログラム」(外部リンク)
リハビリへの介入(左)、手術室への同行(右)の様子。画像引用:認定特定非営利活動法人シャイン・オン・キッズ 森田優子「ファシリティドッグによる小児血液がん患者への介入」(日本小児血液・がん学会学術集会・発表資料)p.339(外部リンク)

ファシリティドッグがいることで不安やストレスを軽減することができるという家族も多い。

さらに、多忙な業務の中でファシリティドッグに会うと気持ちが和らぐという医療スタッフもいる。ファシリティードッグは、子どもたちとその家族、そして医療スタッフを含めた病院全体を笑顔にしているのだ。

ファシリティドッグの育成

ファシリティドッグは欧米で2000年頃から普及し始め、医療施設の他に裁判所や特別支援学級、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を負った軍人のための施設など、幅広い分野で活躍している(※資料6)。

日本には2010年に初めて導入された。しかし、2022年11月初旬時点で、ファシリティドッグが活動しているのは4病院に留まる(※資料9-1)。

導入のためには、犬とハンドラーのトレーニング、犬の飼育管理費用(定期的な獣医師の検査と診察、ドッグトレーナーによるフォローアップ、他)、ハンドラーの人件費などで年間約1,000万円の費用が必要だ。その費用は寄付でまかなわれている(※資料10)。

ファシリティドッグは繁殖の段階から目的を持って選抜されている。そして、ファシリティドッグとして適性のある血統の子犬を、ショッピングモールや映画館、バスや飛行機、そして病院などさまざまな場所に慣れさせ、「社会化」を図る(※資料6)。

ショッピングモール(左)、病棟内(右)での社会化のトレーニング風景。画像引用:認定特定非営利活動法人 シャイン・オン・キッズ 森田優子「ファシリティドッグによる小児血液がん患者への介入」(日本小児血液・がん学会学術集会・発表資料)p.337(外部リンク)

シャイン・オン・キッズ設立当初は、日本には国際基準を満たした育成機関や社会化に適した環境がなかったため、 アメリカの育成団体から犬を譲り受けてきた(※資料6、9-1)。

しかし、2019年度からは試行的に国内育成事業に着手し、国際基準と倫理規定に則ってファシリティドッグを育成している。

私たちにできること

これまでみてきたように、闘病中の子どもたちに笑顔と勇気を与える犬たちの活動は、非常に意義深い。しかし、活動のためには多くの費用がかかる。

寄付はもちろんだが、セラピードッグのハンドラーやチャリティイベントへの参加、自宅でできる裁縫などといったボランティアとして関わることもできるし、このような活動を推進している団体のSNSに「いいね」をつけたり、Twitterでリツイートするだけでも周知に役立つ(※資料9-2)。

筆者も日頃、できる範囲で寄付をしたり、SNSのフォロワーになって拡散したりしている。そして、その度に、闘病生活を送るお子さんの笑顔と傍らに寄り添う犬の姿を思い浮かべて、とても幸せな気持ちになれることに感謝する。

[資料一覧]

※1.参考:NHK「NHKスペシャル  ベイリーとゆいちゃん」(外部リンク)

※2.参考・引用:国立研究開発法人 科学技術振興機構 Science Porta「サイエンスクリップ 犬は人間に共感する能力を持っている —飼い主の短時間の情動変化にも呼応することを麻布大グループが心拍解析で解明」(2019.09.10)(外部リンク)

※3.参考・引用:麻布大学「プレリリース イヌはヒトに共感する能力を有している ヒトの情動変化に応じたイヌの情動変化が観察された」p.2(外部リンク)

※4 .参考・引用:麻布大学「ヒトとイヌの絆形成に視線とオキシトシンが関与 共生の進化の過程で獲得した異種間の生物学的絆の形成を実証」p.5(外部リンク)

※5-1.参考:国立研究開発法人国立成育医療研究センター 小児慢性特定疾病情報センター「沿革(外部リンク)

※5-2.参考:国立研究開発法人国立成育医療研究センター 小児慢性特定疾病情報センター「小児慢性特定疾病児童等データベースの登録状況」(外部リンク)

※6 .参考・引用:認定特定非営利活動法人 シャイン・オン・キッズ 森田優子「ファシリティドッグによる小児血液がん患者への介入」(日本小児血液・がん学会学術集会・発表資料)p.336、p.337、p.339(外部リンク)

※7-1.参考:公益社団法人 日本動物病院協会「アニマルセラピーと動物のふれあい活動(CAPP)」(外部リンク)

※7-2.参考:公益社団法人 日本動物病院協会「活動実績」(外部リンク)

※7-3.参考:公益社団法人日本動物病院協会「参加できる動物」(外部リンク)

※7-4.参考:公益社団法人日本動物病院協会「参加するには」(外部リンク)

※8.参考・引用:一般財団法人 国際セラピードッグ協会(外部リンク)

※9-1.参考・引用:認定特定非営利活動法人シャイン・オン・キッズ「ファシリティドッグ・プログラム」(外部リンク)

※9-2.参考:公益社団法人日本動物病院協会「シャイン・オン・キッズをサポートしてください」(外部リンク)

※10.参考:国立研究開発法人  国立成育医療研究センター「ファシリティドッグ「マサ」の部屋」(外部リンク)

〈プロフィール〉

横内美保子(よこうち・みほこ)

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。

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