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貧困率は全国平均の2倍以上。沖縄の課題を「一人もとりこぼさない学生支援」で断ち切る
- 沖縄県の学力・大学進学率は全国平均以下。主な理由は「貧困」
- にじのはしファンドは、沖縄の社会的養護(※)が必要な学生に経済的支援を行なう
- 沖縄の抱える根本的な問題の解決はまだ道半ば。貧困率トップの立ち切りを目指す
- ※ 保護者のいない子どもや、保護者に育てさせることが適当でない子どもを、公的責任で社会的に養育し、保護すると共に、養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うこと。主なものに児童養護施設、里親制度などがある
取材:日本財団ジャーナル編集部
文部科学省が実施した2022年度(令和4年)の全国学力テストにおいて、中学生の正答率は全国平均が57パーセントだったのに対して、沖縄県は50パーセント。また、2022年のUS進学総合研究所の調査では大学進学率も、全国平均が56.6パーセントなのに対して、沖縄県は50パーセントとどちらも平均より低かった。
その大きな原因の1つが「貧困」だ。沖縄の1人当たりの所得は全国最下位。都道府県別の子どもの相対的貧困率(※)に関しても29.9パーセントとトップで、子どもの約3.3人に1人が相対的貧困ということになる。これは全国平均の2.2倍にも及び、深刻な問題だ。
- ※ 世帯の所得が、その国の中央値の半分にも満たない状態を指す
家庭の経済的事情を背景に子どもは進学を諦め、働かなくてはいけない。しかし、働いても収入は低い。そうして続く貧困の連鎖が、沖縄の教育格差を生み出している。
そんな現状を変えようと、NPO法人にじのはしファンド(外部リンク)では、社会的養護が必要な沖縄の子どもたちに、進学や資格取得を対象とした経済的支援に取り組んでいる。
にじのはしファンド代表の糸数未希(いとかず・みき)さんに、活動内容と共に支援する立場から見た「沖縄の貧困問題」について話を伺った。
一人の男子学生から始まった支援
もともと、保育すけっとinナハ(外部リンク)というボランティアグループで子育て支援に取り組んできた糸数さんは、子どもの虐待問題に関心を抱いていた。にじのはしファンド設立のきっかけは、県内にある児童養護施設を見学に訪れた時だったという。
「もともとは、児童養護施設の中にいる子どもへの支援を考えていました。しかし、施設長から『ここを出て、大学に通っている男の子が困っている』という話を聞いたんです。その学生は施設を卒業後、大学に進学し、奨学金やアルバイトでお金を工面し、勉強に励んでいましたが、お金が底をついてしまい、生活が苦しくて大学中退を考えているというんです。私はひとりの大人として放っておけず、『なんとか彼を卒業させたい』と思い、すぐに任意団体としてにじのはしファンドを立ち上げました。その男子学生は『毎月5万円くらいの支援があれば中退しなくてもいい』という状況だったので、一口1,000円の支援金を50人集めれば退学せずにすみます。はじめは1人の学生を救いたいという思いで活動はスタートしました」
ボランティアグループでの活動から生まれたつながりや、メディアに取り上げられたこともあって、サポーターは次第に集まり、男子学生を無事に卒業させることができた。この活動をきっかけに、2011年に設立されたにじのはしファンドは、子どもたちへのサポート体制を確立。以降、支援の対象も拡大し、設立10カ月後には、県内に8カ所ある全ての児童養護施設で支援希望者の募集を開始した。
他にも、施設や里親家庭を退所した子どもたちの生活や就労に関する相談用窓口の「アフターケア相談室 にじのしずく」(外部リンク)や、こども食堂を併設する図書館の「にじの森文庫」(外部リンク)も運営している。
また、沖縄子どもの未来県民会議(外部リンク)と協働し、入学金や学費といった高額な費用の給付を目的とした「子どもに寄り添う給付型奨学金事業」(外部リンク)にも携わっている。
これらの事業を最大限活用し、にじのはしファンドは支援を希望する学生を一人も取りこぼさずに支えてきた。実際、沖縄県の社会的養護が必要な子どもの大学等進学率は上昇傾向にあるという。
なぜ、一人も取りこぼさずに支えられたのか?理由をたずねると、口にしたのはサポーターへの感謝の言葉だった。
「ここまで続けてこられたのは、ひとえに支え続けてくださっているサポーターさんたちのおかげなんです。一人の学生を救うことから始まり、県内全ての児童養護施設の子どもを支援できるようになるには、皆さんが力を貸してくださらなければ難しかったはず。これからもサポーターさんたちに支えてもらっているということを忘れずに、支援を続けていきたいです」
にじのはしファンドは現在500名以上のサポーターに支えられながら、沖縄の子どもたちを支援するために奔走している。
糸数さんの考える沖縄の貧困の根本部分
これまで多くの子どもたちを支援してきた糸数さん。しかし、活動開始から長い年月が経っても、沖縄が抱える問題は大きく変わっていないように感じている。
「確かにこども食堂など、支援してくれる場所や関わる大人の人数は増えました。でも、それは差し伸べる手の数が増えただけで、“根本的な解決”には至っていないのかな、と。もっと頑張らなければいけないと思っています」
そもそも、なぜ沖縄県の相対的貧困率が高いのか。糸数さんの考えを伺った。
「沖縄は27年間アメリカの統治下にあり、本土復帰後、先人たちは沖縄の経済活性化に尽力したのですが、行政のお金の投資先がハード面だけだったり、結局本土にお金が流れていくような構造になっていたりと、沖縄自体の産業構造を強化できるものではなかったということが前提にあると思っています。あと、触れざるを得ないのが基地問題ですね。賛成・反対両側の意見があり、難しい問題で一概には言えないんですけど、基地があるということは沖縄の資源が失われてるということ。作物を育てる土地や、魚がいる海を埋め立てるということは、沖縄の産業自体を弱めてしまっていると思います」
その他、教育面への支援の薄さも糸数さんは指摘する。
「学童保育の利用料は、全国平均が4,000円~6,000円なのに対して、沖縄の平均は9,400円と割高です。お金がないから子どもを学童に預けて働きたいのに、その利用料が高いんですよ。行政がもっと教育面に力を入れてほしいなと思います」
貧困によって子どもの未来が奪われないために
糸数さんは貧困問題が立ち塞がることで、子どもが将来の夢や目標を諦めてしまうことを危惧する。
「子どもの時に経験したことって、何かしらその子の将来に関わってくると思うんです。私も学生時代、さまざまな経験をもとに『こんな風になれたらいいな』と、未来や希望を描いた覚えがありますが、貧困下にある子どもはそのための経験が圧倒的に不足してしまう。例えば、子どもが運動部に入りたいと思っても、ユニフォームや道具が買えなければ入部を諦めるしかない。一生懸命働いている親に『買って』とは言いづらいでしょう。貧困は子どもの経験や・出会いを失うだけでなく、『諦めるのは当たり前』という思考をつくり上げかねません。その状態が続けば、もしかしたら人生自体も諦めてしまうかもしれない。それだけは、どんなことをしてでも避けなければいけません」
貧困で苦しむ子どもたちを支えるために、私たちができることは何か。
「『いまの自分に何ができるか』を考えて、ちゅうちょせずにアクションを起こしてほしいです。時間に余裕がある人はボランティアに参加できますし、時間がない人も寄付という形で支援できるはず。団体を立ち上げたいと思っている人も、まずは身近で活動している団体に参加して、いろいろと話を聞いてみるといいと思います。大切なのはまず一歩踏み出してみることですね」
当たり前だが、子どもの貧困や教育に関する問題を、子ども自身が解決することはできない。彼らを救い、出会いや経験にあふれる未来につなげるのは、今を生きる大人の責任といっても過言ではないだろう。
いまを生きる子どもたちのために何ができるか考える人が1人でも多く増えること。それが沖縄だけでなく、日本の未来を明るく照らす光となるはず。
〈プロフィール〉
糸数未希(いとかず・みき)
1972年沖縄県那覇市生まれ。早稲田大学を卒業後、エネルギー企業に勤めながら、子育て支援を行うボランティアグループ「保育すけっとinナハ」を2002年に設立。その後、2011年にNPO法人にじのはしファンドを立ち上げ、社会的養護下にある沖縄の子どもたちの教育支援に取り組む。現在は2児の母。NPO法人子どもシェルターおきなわ・理事、一般社団法人NAP・理事、公益財団法人みらいファンド沖縄・評議員、那覇市協働によるまちづくり推進審議会 ・委員、公益財団法人金秀青少年育成財団・理事なども務める。
にじのはしファンド 公式サイト(外部リンク)
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