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【避難民と多文化共生の壁】先行きが見えないウクライナ避難民。外国ルーツの子どもたちに必要な学習支援とは?

写真:YSCグローバル・スクールで日本語などを学ぶ外国ルーツの子どもたち
YSCグローバル・スクールでは、ウクライナ避難民を含む、外国にルーツを持つ子どもたちの学びをサポートしている。©Yuichi Mori
この記事のPOINT!
  • 外国ルーツの子どもたちには、言語環境に応じた適切な教育支援が必要
  • 言語の習得は、日本社会で健やかに暮らすための「扉」の役割を果たしている
  • 共生を阻む言語の壁、制度の壁、心の壁。国籍を問わず、誰もが安心して生きていける社会をつくる

取材:日本財団ジャーナル編集部

ロシアの軍事侵攻により、ウクライナから国外に脱出した避難民は800万人を超えた。日本が受け入れたウクライナ避難民は2,300人以上に上り、その中には18歳未満の子ども・若者が2割近くを占める(2023年4月時点)。

教育を受ける権利は、全ての子どもに保障されるべきものである、として「子どもの権利条約※」にも明記されている。しかし避難民をはじめ、日本語を母語としない子どもたちに対する教育支援はいまだ整備の途中。全国各地の受け入れ自治体が模索を続けている。

  • 世界中全ての子どもたちがもつ権利を定めた条約。1989年11月20日、第44回国連総会において採択された。締約国・地域の数は196。日本は1994年に批准している

そんな状況下において、ウクライナ避難民の子ども・若者に対して日本語教育や学習支援の無償提供を行っている団体の1つが、東京・福生(ふっさ)市と東京・足立区竹の塚に教室を構えるNPO法人青少年自立援助センターが運営するYSCグローバル・スクール(以下、YSCGS)(外部リンク)だ。

YSCGSでは、日本の小中学生学齢に当たる、もしくは日本で高校進学の可能性がある15歳以上の若者を対象に、生活に必要な初級レベルの日本語教育や、日本の学校で学ぶための学習準備をサポートしている。

日本語を母語としない子どもたちが、学びにまつわるさまざまな面で問題を抱えやすい傾向がいまだ日本にはある。これから外国ルーツの人たちと共生していく上で、考えなければいけない教育面での課題はどこにあるのか。

青少年自立援助センターで定住外国人支援事業部の事業責任者を務める田中宝紀(たなか・いき)さんに話を聞いた。

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取材に応じてくれたYSCグローバル・スクール事業責任者の田中宝紀さん

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日本語と母語、どちらも中途半端にならないために

YSCGSがある東京・福生市は、米軍・横田基地がある影響もあってか、戦後より外国ルーツの人たちが数多く居住し、市の総人口に占める外国人の割合が6.35パーセント(2020年度)と、東京都内26市中でも非常に高い「外国人集住地域」の1つだ。

YSCGSには国籍も背景もさまざまな外国ルーツの子どもたちがやって来る、と田中さんは話す。

「スクールに来る子どもたちの8割は、保護者が先に来日し、仕事に就いて生活の基盤を築いた後に日本に呼び寄せられる、という形で入国しています。1990年代はフィリピンや中国、2013年以降はネパールからの流入が増えつつありましたが、全般的にアジア圏から幅広くお子さんがやって来ています。また、日本で生まれ育った、あるいは幼少期に来日した子どもが1~1.5割程度。ウクライナ避難民の子どもたちも彼らと一緒に学んでいます」

写真:教室で授業を受ける外国ルーツの子どもたち
YSCグローバル・スクールには、アジア圏を中心にさまざまな国の子どもたちが通っている。©Yuichi Mori

日本の学校に通って勉学を修める上では、日本語での授業を理解できるかどうかが大きなキーポイントとなる。

しかし「日本に暮らしているうちに、子どもは自然に日本語を覚えるのではないか」という正確ではない理解や、日本語を教えてもらえる環境がない、などの理由から、子どもは適切な言語サポートがないまま見過ごされてしまい、学びが遅れたり、友人や教員とコミュニケーションが取れずに孤立してしまう、といった問題が発生している。

「日本人に囲まれて育つ日本語ネイティブの家庭と比較すると、外国ルーツの子どもたちは日本語の語彙や文化的な表現に触れる機会が小さくなりやすい傾向があります。そのため、『車』は理解できたとしても『車両』という表現は分からない、といった問題が起こり得ます。また、親が母語で子育てをしている場合でも、同じ母語話者のコミュニティと交流が少ない状態だと、母語に触れる機会も限定的になる。つまり、日本語と母語どちらも中途半端になってしまう『ダブルリミテッド』の状態に陥る可能性があります」

これらの問題意識を前に、2010年にYSCGSを開設した当初は「日本語の分からない子どもたちに日本語を教える」ことを事業の主軸として想定していた。しかし活動を開始すると、それ以外の多様なニーズも浮かび上がってきた。

「子ども本人が十分に日本語を話せるのに、『親の日本語力が十分でなくコミュニケーションが取れない』という理由で塾に入ることを断られてしまうケースが見られ、塾代わりに放課後の学習サポートをしてほしい、という声が一定数集まりました。また日本語力が不十分なため授業についていけない、いじめに遭っている、などの理由から不登校・不就学の状態にいる子どもも数多くおり、学校の代わりに日中毎日通って学べる場がほしい、というニーズも想像以上に高かった。それらの声を反映する形で、1.日本語学校、2.フリースクール、3.塾の機能を兼ね備えた、現在の運営スタイルへとつながっていったんです」

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カード形式の教材で日本語を学ぶウクライナ避難民の子ども。©Yuichi Mori

外国ルーツの子どもたちを取り巻く「3つの壁」

YSCGSの運営を通じ、外国ルーツの子どもたちが抱える課題に日々触れている田中さんによると、彼らの周りには「3つの壁」があるという。1つ目が「言語の壁」だ。

「先にお話したように、子どもを複数言語環境に育てていれば自然とバイリンガルになるか、というとそう簡単ではないため、子どもたちを取り巻く環境に合わせて言語能力を育てていく視点が必要です。しかし日本語教育の体制には地域格差が大きく、どこの自治体に住むかで受けられる教育支援が変わってくる。日本に来たことによって言葉の育ちに影響が出ているかもしれないのです。言語能力が育たなければ、頭や心の中に抱いている感情などの抽象的な事象を言語化できなくなったり、学校の勉強にいつまでもついていけず進路が未決定のまま卒業せざるを得なかったり。『言葉の壁』が人生全般に影響を及ぼしてしまうのです」

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授業で使用する日本語の教材。©Yuichi Mori
写真:教室の壁に貼られた、基本的な日本語の数々
YSCグローバル・スクールの授業は、日本語を覚えやすくする工夫がされている。©Yuichi Mori

2つ目は、国籍や在留資格などに代表される「制度の壁」だ。

「日本国籍を有する外国ルーツの子どももいますが、外国籍である場合はそもそも日本の義務教育の対象になっていません。就学を希望する場合は義務教育と同じ機会が与えられますが、義務教育にあたる年齢の子がもし教育を受けていなくても、外国籍であるという理由でたとえ行政が一切のフォローをしなかったとしても、それで済ませることができてしまう状況です。実際、最新の文科省の調査(外部リンク/PDF)では、不就学の可能性がある外国人の子どもが1万人に上ることが明らかになっています」

将来の見通し、という面においても、在留資格の内容が子どもの生活や進路の安定度に大きく影響を及ぼしていく。

「日本で働く保護者の元に『家族滞在者』として呼び寄せられた子どもの場合、就労の許可を得ても働けるのは週28時間までという制約があります。2019年の規制緩和によって、一定の要件を満たした状態で日本の高校を卒業し就労先の内定を得るなどすれば、資格の切り替えができるようにはなりました。しかし、その要件に当てはまらない場合は経済的な自立が難しくなります。そのため、家族との生活を諦めて帰国せざるを得ない、あるいは保護者の庇護(かばって守ること)の下で滞在せねばならず、自立することができないといった影響が生じます」

3つ目は「心の壁」である。多様な言語背景を持つ外国ルーツの子どもたちは、自らのアイデンティティにゆらぎを抱えることも少なくない。たとえ日本国籍を持っていたとしても、日本人とも母国の人間とも認められない感覚を持ち苦しむ子どももいるという。。

「日本の生活しか知らず、日本語しか話せない子どもだとしても、見た目が日本人風ではない、名前にカタカナが入っている、親が外国人である、などの理由で『英語しゃべって』『お箸を使うの上手だね』のような言葉をかけられることも少なくありません。発言する側は悪気がないとしても、繰り返しそういう言動にさらされると、自分は日本にいてはいけないのではないか、という気持ちにさせられる子もいます。また、いじめを経験する子、差別ともいえる状況に直面する子もたくさんいます」

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スクールの廊下に飾られた1年間の子どもたちとの思い出が詰まった写真の数々。©Yuichi Mori

日本に「いさせていただいている」と思わせる、無言の圧力

避難民の子ども特有の課題というのも存在する。在留資格の違いによって外国籍者の生活安定度が変わるのと同様に、日本へ逃れてきた難民・避難民は「どこから逃れてきたか」によって状況が変わってしまう面がある、と田中さん。

「ウクライナから来た避難民の方々に対しては特に関心も高く、政府、自治体、民間企業などさまざまな方面から支援が集まりました。一方で、例えばクルド人やロヒンギャの人たちに対する関心や支援は集まりづらい現状があります」

国から一定の支援が用意されているウクライナ避難民でも、日本に在留できる資格は1年間と規定されている。1年後にそれを更新し、滞在し続けられるのかは見通せない状況だ。

「1年後に居続けられるのか分からない状況では、子どもたちは将来のことはおろか、目の前の進路を考えるのにも困難を抱えやすくなります。さらに、支援を“与えられる”立場にいることで、余暇を楽しむことを批判される、感謝の意を常に表明しなくてはならない、など“貧しくてかわいそうな人”でいることを強要し、日本に“いさせていただいている”という気持ちを抱かせるかのような無言の圧力が存在するのも、日本社会において避難民が抱える課題であると感じます」

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教室で笑顔を向ける子どもたち。©Yuichi Mori

意思を伝えられないことは大人でもつらい。子どもならなおさら

YSCGSでは、年齢や日本語力、進学ニーズなどのいくつかのポイントによってグループを設定し、集団で日本語学習を行う。内容に個人差はあるものの、子どもたちが学ぶのは日本語の専門家によって組まれた本格的なカリキュラムだ。

「日本語力は日本社会の一員になる扉のようなもの。できるだけ早くその扉を開けられた方が、悩みやトラブルに陥りにくくなる」と田中さんは話す。

「日本語が全く分からない状態で来日し、学校でいじめに遭い、同級生に対して心を閉ざしていたある中学生がいました。しかしYSCGSに通い、日本語力が身についてからはスムーズに登校できるようになったんです。後に、荒れていた当事の心境を聞くと『言葉が分からないから、ヒソヒソ話が全て自分の悪口に思えた』と言います。自分の意思を伝えられない、自ら情報を得て動くことができない状態は、大人だとしてもつらいもの。そういった意味で、まずは自分自身のことを伝えられる、やさしい内容なら理解できる程度の日本語力をいち早く身につけられることを目指し、カリキュラムを設定しています」

居住地域によって日本語学習の機会に格差がある、という問題に対応するため、近年はオンライン授業に力を入れている。特にコロナ禍以降はニーズが急増し、2023年度は約300名の受け入れを見込んでいるそうだ。

「本来であれば、何かあれば手が伸ばせる対面の距離で日本語教育が受けられるのがベスト。オンラインは次善の策だという認識ですが、少なくとも機会ゼロという状態から一歩前進した実感はあります。地方在住の外国ルーツの子どもが、オンライン授業を受けて日本語が上達したことで学校に行き始めた、『こんなによく話す子だったんだ』と教員とのコミュニケーションも深まるようになった、といった声が届いています」

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夏休み期間中、オンラインで学ぶウクライナ避難民の子ども。©Yuichi Mori

「外国人」ではなく、一人一人が「名を持つ個人」

日本の少子高齢化と共に、今後ますます外国人の流入が増加することは以前から予見されている。しかし、外国ルーツの子どもに向けた学びの環境整備は道の途中だ。

これから国や行政に求めることについて、田中さんに聞いた。

「YSCGSがそうであったように、外国ルーツの子どもの支援実績がある外国人集住地域の自治体は、そうではない自治体と比べれば避難民の受け入れが比較的スムーズに行われています。つまり普段から実行していないと、急に体制整備はできないということ。避難民の受け入れに限らず、今後は全国どこの自治体でも外国ルーツの子どもとつながる可能性が増加していきますので、今のうちに準備を整えておく必要がある、という認識をぜひ持っていただきたい」

文部科学省も、自治体に対してアドバイザーを派遣するなど、日本語教育の環境整備の支援を始めている。しかしモデルケースを学んでアドバイスを受けたとしても、人材募集や学習プログラムの制定といった具体的な作業を自分たちで行うのは自治体にとって非常に難しく、中には実行までにたどり着かず頓挫してしまうケースも。

「なんでも自分たちだけで解決しようとしない、という点が最も重要です。すでに専門性と教育スキルを有する外部機関をメンバーに組み込み、協力の上でいったん実行まで持っていく。今後は国の方針もより具体的になってくるはずなので、実際に運用してみることで、各自治体の実態に合わせるための判断基準が持てるようになるはずです」

写真:YSCグローバル・スクールの教室で日本人講師から授業を受ける外国ルーツの子ども
外国にルーツを持つ子どもたちの教育環境の整備は、少子高齢化が進む日本にとって急務の課題だ。©Yuichi Mori

どんなに制度が整っても、「心の壁」を取り除くのは地域社会に暮らす私たち一人一人の役割だ。外国ルーツの人たちと共生していく未来が目の前に迫った今、私たちにはどういった心構えが必要なのだろうか。

「日本にはすでに約300万人の外国籍の人たちがおり、2065年には外国に由来する人口が総人口の12パーセントに達するという試算もあります。しかし現在はまだ外国ルーツの方々と地域を共有することに慣れておらず、『外国人が増えたら治安が悪化する』といった、根拠のないイメージにとらわれている人もいます。そういった怖れは、知らないからこそ起きる面が大きいので、『外国人』と大きくくくらずに、一人一人が『名を持つ個人』として出会っていくのが大切です。近所や学校に外国ルーツの人がいるなら、挨拶から始めるのもいいですし、家族で外国ルーツの人たちが働くエスニックレストランに行ってみるのもいいですね。人間同士が認め合うのは決して簡単なことばかりではないですが、外国ルーツの人たちにどう振る舞うべきかを皆さんに考えていただけると嬉しいです」

〈プロフィール〉

田中宝紀(たなか・いき)

特定非営利活動法人青少年自立援助センター・定住外国人支援事業部責任者。16歳で単身フィリピンのハイスクールに留学。フィリピンの子ども支援NGOを経て、2010年より現職。外国にルーツを持つ子どもたちのための、専門家による教育支援事業「YSCグローバル・スクール」の運営をはじめ、日本語を母語としない若者の自立就労支援に取り組む。また、日本語の壁やいじめ、貧困といった外国ルーツの子どもや若者が直面する課題を社会化するため、積極的に情報を発信。著書に「海外ルーツの子ども支援 言葉・文化・制度を超えて共生へ」(青弓社)がある。
YSCグローバル・スクール 公式サイト(外部リンク)
NPO法人青少年自立援助センター 公式サイト(外部リンク)

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