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「公共施設の意味を改めて考えてほしい」。図書館情報学教授に聞く図書館の意義

イメージ:図書館
誰もが無料で本を借りられる図書館が、いま苦境に立たされている。GNT STUDIO/shutterstock.com
この記事のPOINT!
  • 地方自治体の財政面悪化に伴い、図書館への予算削減や非正規雇用の増加などが問題に
  • 図書館は公共施設。誰もが知識や情報を得ることのできる“知的インフラ”
  • 公共施設とは「採算が取れなくても必要な施設」ということ。コスパ主義からの脱却を

取材:日本財団ジャーナル編集部

多くの人にとって公共図書館(以下、図書館)は、無料で本を借りることができて、静かに作業ができる便利な場所という認識だと思います。

しかし、図書館で働く人の75パーセントが非正規雇用者だったり(※)、予算が年々削られていたりと、図書館運営が苦境に立たされているということをご存知でしょうか?

図表:図書館の数と予算、専任職員(正規雇用職員)数の変化

1992年の図書館数2,038件、専任職員数14,317人、予算291.4363億円。
1993年の図書館数2,118件、専任職員数14,819人、予算308.7855億円。
2002年の図書館数2,711件、専任職員数15,284人、予算336.9791億円。
2003年の図書館数2,759件、専任職員数14,928人、予算324.8000億円。
2007年の図書館数3,111件、専任職員数13,573人、予算299.6510億円。
2008年の図書館数3,126件、専任職員数13,103人、予算302.7561億円。
2012年の図書館数3,234件、専任職員数11,652人、予算279.8192億円。
2013年の図書館数3,248件、専任職員数11,172人、予算279.3171億円。
2014年の図書館数3,246件、専任職員数10,933人、予算285.1733億円。
2015年の図書館数3,261件、専任職員数10,539人、予算281.2894億円。
2016年の図書館数3,280件、専任職員数10,443人、予算279.2309億円。
2017年の図書館数3,292件、専任職員数10,251人、予算279.6404億円。
2018年の図書館数3,296件、専任職員数10,046人、予算281.1748億円。
2019年の図書館数3,306件、専任職員数9,858人、予算279.0907億円。
2020年の図書館数3,310件、専任職員数9,627人、予算279.6856億円。
2021年の図書館数3,315件、専任職員数9,459人、予算271.4236億円。
2022年の図書館数3,305件、専任職員数9,377人、予算276.4325億円。
出典:日本図書館協会(外部リンク/PDF)

2003年に指定管理者制度(※)が制定されてからは民間企業が運営を担う図書館が増え、図書館のサービスやイベントが活性化。Tポイント機能付きの貸出カードの発行や、カフェの併設など、利用者を増やす試みが各地で行われています。

  • 公の施設の管理運営を民間事業者も含めた幅広い団体にも委ねることができる制度。民間のノウハウを活用しつつ、サービスの向上と経費の節減等を図ることが目的とされている

これらの動きは苦境に立たされている図書館運営に歯止めをかける有意義な取り組みのように思えますが、公共施設であるはずの図書館が存在意義を示すために、アピールしなければならないことに対しては、違和感を示す声(※)も上がっています。

「図書館、公共施設の在り方をもう一度考えてほしい」

そう訴えるのは金城学院大学の教授で図書館学(※)が専門の薬師院はるみ(やくしいん・はるみ)さん。今回、薬師院さんに図書館の現状と役割、これからの在り方について伺いました。

  • 図書をはじめとする情報を集め、分類して保存し、常に使える状態にする図書館を研究テーマとする学問

図書館は人々が豊かになるための情報インフラ

薬師院さん(以下、敬称略):図書館と聞くと、「無料で本を借りられる場所」と捉える人が多いかもしれませんが、本そのものを届ける場所というより、「本に記録された情報、文化、教養、知識を万人の手に届くものにする公的な仕組み」だと考えています。

図書館全体で連携し、情報を共有・保存して、万人の生活をより豊かにすることが図書館の役割ではないでしょうか。

取材に応じてくれた薬師院はるみさん。図書館に関する著書も多数執筆している

――図書館は“知的インフラ”とも呼ばれますよね。では、その図書館の運営はどのように行われているのですか?

薬師院:公共図書館の場合は自治体が担っています。建設や運営にかかる費用も自治体の負担で、あとは国から地方交付税交付金(※)を受け取り、その中から予算を出している自治体もあると思います。

  • 各地方公共団体の公的サービスに格差が生じないよう、国が支出するお金

ただ、残念ながらどの自治体も、図書館運営の予算は年々少なくなっています。

――それはなぜなのでしょうか?

薬師院:公共図書館に限ったことではなく、税収減や社会保障費の増加等の理由で、自治体の財政状況は基本的にどこも厳しくなっています。そういった流れを受けて2014年には総務省から各自治体に対して、公共施設等総合管理計画を作る要請(外部リンク/PDF)が出されました。

この要請には「自治体が公共施設の需要などを見極め、縮小再編する必要がある」といったことが記されています。

――行政からの指示なんですね。実際に図書館が縮小再編された例というのはありますか?

薬師院:名古屋市で行われている「なごやアクティブ・ライブラリー構想」(外部リンク/PDF)はその一例でしょう。名古屋市内にある中央館以外の図書館を5つのエリアで分けて、エリア内の1つの館をアクティブライブラリーとし、それ以外を縮小再編するという取り組みです。

名古屋市図書館の分館には、蔵書冊数平均約10万冊の区分館14館と、平均約7万冊の支所館6館があります。それらの内アクティブライブラリーとなる5館以外が5~7万冊のコミュニティライブラリーか、1~4万冊のスマートライブラリーのいずれかになることとなっています。

名前だけを見るとアクティブ化されるように思うかもしれませんが、実際はその逆のことが行われようとしているんです。

もちろん名古屋市の図書館運営を行っている人が悪いという話ではなく、予算が厳しい中で泣く泣く行われていることだとは思います。

中央館以外を第1〜第5ブロックに分ける。それぞれのブロック内にはアクティブライブラリー、コミュニティライブラリー、スマートライブラリー以外に貸し出し返却ポイント、自動車図書館、協働運営ポイントが設置されるという仕組み。
なごやアクティブ・ライブラリー構想のイメージ図(編集部作成)。出典:名古屋市「なごやアクティブ・ライブラリー構想」(外部リンク/PDF)

公共施設がアピールせざるを得ないいまの形はいびつ

――2003年には指定者管理制度が制定されています。これも予算が削減されていることと関係があるのでしょうか。

薬師院:指定管理者制度を利用する大きな狙いとして、「財政面の負担を軽減したい」ということは間違いないと思います。図書館は図書館法により利用料をとることができません。と、なると大きくコストカットできる部分は1つしかなくて、それは人件費なんですよ。なので、公共図書館で働く人の多くが非正規雇用となっています。

イメージ画像:図書館で働く女性
図書館職員の正規雇用率は男性で48パーセント、女性で19パーセントとなっている。参考:公共図書館における非正規雇用職員の現状(外部リンク/PDF)。Tyler Olson/shutterstock.com

――いわゆる官製ワーキングプアですね。そうなってくると、図書館で働きたいという人も減ってしまいそうです。

薬師院:図書館が大好きで、図書館で働きたい人というのはたくさんいるんですよ。私も図書館司書として働いていたことがあるので、よく分かるのですが、図書館で働くのってとても楽しいんです。

「世の中にはこんなに多様な本があるのか!」と気付けますし、作品が絶版になったり作者が亡くなったりしても、図書館という仕組みがある限り本は生き続けます。作者の瞬間冷凍された思いを、配架(はいか※)や企画展示によって、再度命を吹き込むことができるんです。そういった部分が図書館職員として働く魅力の1つではないでしょうか。

  • 図書館(図書室)で本・雑誌などを(分類に従って)棚に並べること

ただ、そういう方たちの「給料が安くても、待遇が悪くても図書館で働きたい」という気持ちに乗っかって、なんとか図書館運営が成り立っている状態とも言えます。

――やりがい搾取のような形になってしまっているんですね。このような苦しい状況であれば、存在価値をアピールして予算を増やすというのは、ある意味自然な流れのようにも思えます……。

薬師院:そうなってしまうのも分かります。分かるんですけど……公共施設というものはそもそも採算が取れなくても、下手したら赤字になっても、人々が生きていく上で絶対に必要な施設ということです。

「図書館がなくなっても大したことはない」と思っている人も多いと思うのですが、最初にお話しした通り、図書館は誰もが平等に知識や情報を得るための“公共施設”です。公共施設が一生懸命アピールしないと生き残れない、存在価値が認められないいまの形はいびつではないでしょうか。

制度を整え、図書館という文化を守れるように

――図書館で働く人を守り、図書館という文化を維持していくには何が必要なのでしょうか?

薬師院:制度を整えることが大切だと思っています。2009年に公共サービス基本法という法律ができたのですが、とてもいい取り組みだと思いました。この法律は「公共サービスで働く人に対して、適正な労働条件の確保や、労働環境の整備に必要な施策を取るように」ということが書かれています。

ただ、これは理念法で具体的に何かを命じるものでもなければ、守らなかったときに罰則があるわけでもないので、大きな動きにはならなかったのですが、これをテコにして、地方公共団体が公契約条例を作っていこうという流れができました。

――公契約条例とはなんでしょう?

薬師院:国や地方自治体の事業を受託した業者に雇用される労働者に対して、地方自治体が指定した賃金の支払いを確保することを規定するものです。

千葉県の野田市が2009年に公契約条例を制定し、公共施設職員の待遇を守ろうとして、当時はかなり話題になったんですけど、残念ながらあとに続く自治体は少なかったですね。

制度や法律というと、規制のように捉える人も多いのですが、規制と同時に保護をしてくれるものでもあるんです。国や自治体が制度を整え、安心して図書館で働く人が増えるといいと思います。

法廷
図書館職員を守るための制度が求められる。 Valery Evlakhov /shutterstock.com

――図書館自体も変わる必要はあるのでしょうか?

薬師院:私はそうは思わないです。最近、図書館関係者の間では「これからは資料提供や貸出だけじゃない、第三の場(※)になって、にぎわいを創出しないといけないんだ」ということが言われています。

  • 自宅、学校、職場とは別に存在する、居心地のいい居場所を指す

そのこと自体はそうだろうと思いますし、否定もしませんが「第三の場が必要」というより「そうしないと生き残っていけないよね」という意味合いで使われているように思います。

その方向性だと結局、自助努力路線を続けていかざるを得なくなってしまう。それよりも大切なのはやはり制度だと思っています。

――公共施設である図書館を守るために、私たち一人一人にもできることはありますか?

薬師院:現状、当事者たちが自助努力で解決できる範囲はとうに超えてしまっていて、即効性のある行動というのは申し訳ないのですが思いつきません。

すごく遠回りに思われるかもしれないですが、「公共施設がそもそも何のためにあるのか?」ということを、みんなが考え直すことではないかなと思います。

図書館は命に関わる施設ではないですし、なくなったからといってすぐに何かが変わるわけでもなく、存在意義が分かりづらく、見えにくい施設です。

でも、図書館が与える豊かさは確実にあると私は信じています。小手先のにぎわい創出や活動に左右されるのではなく、公共施設が本来担っている役割を多くの人が感じていれば、今のいびつな運営体制を変えることができるのではないでしょうか?

編集後記

取材を通して、身近な存在である公共図書館の現状、そして本来の存在意義について、改めて考えさせられました。当たり前に利用している図書館ですが、「なぜ無料で利用できているのか?」を、一度立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか?

社会全体に「図書館はインフラである」という認識が広がれば、自治体も図書館の在り方というものを見直すのではないでしょうか?

〈プロフィール〉

薬師院はるみ(やくしいん・はるみ)

京都大学大学院教育学研究科(図書館情報学)博士後期課程研究指導認定退学。博士(教育学)。2005年金城学院大学に就任。専門分野は図書館情報学。研究テーマは図書館職員論、司書職制度、図書館行政。日本図書館研究会、日本図書館情報学会、日本図書館協会、中部図書館情報学会、日仏図書館情報学会に所属。著書に『名古屋市の1区1館計画がたどった道―図書館先進地の誕生とその後』(八千代出版)、『フランスの公務員制度と官製不安定雇用―図書館職を中心に』(公人の友社)、共著に『公共図書館が消滅する日』 (牧野出版)などがある。

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