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声帯を失っても声は取り戻せる。生き生きと話をする発声訓練の現場を見学した
- 声帯を摘出しても手術や機械、食道を震わせる発声方法などで声は出せるようになる
- 銀鈴会は声帯摘出者向けに発声方法の訓練を行う団体。声帯摘出者への理解が課題
- 苦しそうな声に聞こえるだけ。摘出者の発声方法を知り、自然に接することが大切
取材:日本財団ジャーナル編集部
喉頭(こうとう)がん、咽頭(いんとう)がん、甲状腺がんなどになった場合、治療の1つとして声帯の摘出を行わなければならない場合があります。音楽家として活躍するつんく♂さんが、喉頭がんの治療のため声帯を摘出したというニュースは2014年当時話題になりました。
「声帯の摘出=声が出せなくなる」と考える方も多いのではないでしょうか。しかし、手術や発声訓練、機械の使用などにより、ほとんどの方が再び声を取り戻すことが可能です。
そんな声帯を失った方たちの社会復帰を支援しているのが、つんく♂さんも会員の公益社団法人銀鈴会(ぎんれいかい)(外部リンク)です。
今回は銀鈴会が行なっている発声訓練を見学。さらに副会長の太田時夫(おおた・ときお)さん、理事の杉山喬(すぎやま・たかし)さんに具体的な訓練内容や声帯摘出者が抱える悩み、そしてそれをどのように解消していくかについてお話を伺いました。
声帯を摘出しても訓練を行えばほとんどの人が声を取り戻せる
――早速ですが、銀鈴会で行っている活動について教えてください。
杉山さん(以下、敬称略):銀鈴会は内閣府より公益法人の認可を受け、東京都から発声訓練事業の委託を受けている団体です。毎週火、木、土の3回、東京都障害者福祉会館(東京・港区)にて発声訓練会を行なっています。
銀鈴会は日本喉摘者団体連合会(にほんこうてきしゃだんたいれんごうかい)(外部リンク)という組織の一部で、全国に私たちのような団体があるんですよ。
発声訓練会には銀鈴会に登録している声帯摘出者約600名の会員のうち、希望者が参加しています。指導を行う発声訓練士も当団体で訓練を受けて声が出せるようになった方ばかり。発声方法が独特なので、経験者でないと教えることができないんですよ。
――どのような訓練を行なっているのですか?
杉山:声帯を摘出した方が声を出すための方法には「食道発声」「シャント発声」「EL(電気式人工喉頭)」の3つがあります。銀鈴会では発声方法ごとにクラスを設け、訓練を行っています。
――では、まずは「食道発声」について教えてください。
杉山:「食道発声」は鼻や口から食道内に空気を取り込み、ゲップの要領でその空気を逆流させ、声帯の代わりに食道の粘膜を振動させることで発声する方法です。器具などを使わず自分の体だけで発声できるため、自然に話すことが可能です。
杉山:人によって習得のスピードは異なりますが、最初の「あ」の発声ができるようになるまで約1カ月。その後1年〜1年半で簡単な日常会話ができるようになります。
「食道発声」は初級から上級まで5つのクラスに分かれており、最初は単語1つから、上級クラスでは1人ずつ本の朗読を行っています。
杉山:2つ目は「シャント発声」です。「シャント」とは医学用語で「分路」といった意味で、空気の通り道を手術で新たに作るんです。
気管と食道との間に「ボイスプロステーシス」と呼ばれる器具を入れることで、肺の空気をたくさん食道に送り込むことができるようになり、食道の入り口を震えやすくする方法です。
杉山:シャント手術をすれば短期間で発声が可能になります。若い方や早く仕事に復帰したい方などにはおすすめですが、手術が必要になることと、日々の気管孔のケア、定期的な器具の交換や毎食後のメンテナンス等、費用と手間がかかることから、中には避けたいという方もいます。
杉山:3つ目が「ELクラス」。「EL」とは「エレクトロ・ラリンクス」の略で、電気式人工喉頭のことです。
杉山:ELは振動を発生させる装置なのですが、これをあごの下あたりに当てると、振動が口内に響きます。そこから口や舌を動かすことで、振動音が話し言葉のよう聞こえるんです。
――こちらは個人で購入するのですか?
杉山:はい。さまざまなメーカーから商品が販売されており、個人で購入します。申請をすれば自治体からの補助金が出るので、自己負担はほとんどありません。商品は術後に病院から案内してもらうことも多いです。
――それぞれのクラスで目標を達成された後はどのような活動をされるのでしょうか?
杉山:卒業年数はクラスによって異なりますが、卒業後は訓練士になる方もいますし、銀鈴会では訓練課程修了後、OBが集う声友クラブやゴルフ同好会のようなクラブ活動も行っているので、そちらで引き続き喉摘者同士交流を行う方が多いですね。
声と同時に生きる気力も取り戻した、銀鈴会との出会い
――ここからは杉山さんと太田さんそれぞれにお話を伺いたいと思います。まず、現在日本人のどのくらいの方が声帯を摘出されているのでしょうか?
杉山:がんによる喉頭摘出者の数は2018年で約1万3,000人というデータがあり、60代以上の男性に多く見られます。
最近では医療技術が発達したので、抗がん剤などを使用し、声帯を取り除かずに治療するケースが増えており、摘出者は年々減っていますが、まだまだ悩みを抱える方は多いです。
――銀鈴会の会員の方はどのようなきっかけで入会されるのですか?
太田さん(以下、敬称略):病院でパンフレットを見たり、ネットで検索したりする方が多いです。私たちは宣伝を行っていないので、声帯の摘出をした方全員に銀鈴会のことを知っていただいているわけではないんですよ。
コロナ禍になる前は私たちが病院に訪問して、術後やこれから手術を控えている方とお話しする機会があったのですが、現在は訪問ができていないですね。声帯摘出をした方で銀鈴会のような団体が存在することをご存知なのは半分以下ではないでしょうか。
そこは今の私たちの課題ですね。
――声帯を摘出された方は皆さんどのような悩みを抱えているのでしょうか?
太田:家族や友人など周りの方とコミュニケーションが取れないことが一番多い悩みだと思います。私も声帯を摘出してすぐは、友人と会っても何も話せないのが本当につらかったです。
声が出ないというもどかしさはもちろん、話したいことをいちいちメモ用紙などに書かなければならず、ストレスを感じている方が多いのではないでしょうか。
杉山:私は手術をした当時、会社員として働いていました。声を失ったことで会議などの場で発言ができず、意見を伝えられないことがとても悔しかったです。
――そういった悩みも銀鈴会に参加することで、解消されたということでしょうか?
杉山:そうですね。見学していただいたように方法はいくつかありますが、ほとんどの方がまた声が出せるようになって、とても楽しそうに参加しています。
太田:私が銀鈴会に参加して驚いたのは、全員が同じ病気をしているのにもかかわらずとても元気でいること。最初は私も大きなショックの中にあって落ち込んでいたのですが、皆さんが楽しそうに活動している姿を見て「落ち込んでいる場合ではない!」と、とても勇気づけられました。
さらに声も出せるようになって、銀鈴会に入ってからいいことばかりです。過去には家族に嫌々連れて来られ、心を開かなかった方が、銀鈴会で活動することでどんどん生き生きとしていく姿を見ることもありました。
杉山:声を取り戻すと見える世界が変わるんですよ。今までどれだけ自分で練習してもできなかった発声が徐々にできるようになる。そしてある程度上達して日常会話ができるようになったら、世界が一気に変わる瞬間があるんです。
銀鈴会にいる方はみんなそういう経験をしてきていると思いますよ。
声帯摘出者の発声を知り、自然に接してほしい
――銀鈴会に参加して、実際に良かったことや印象に残っているエピソードがあれば教えていただけますか。
太田:会社員時代には出会えなかった方に出会えたことが財産です。会社勤めをしているだけでは付き合う人が社内や取引先の方などに限られてしまいますが、ここに来るとあらゆる企業や職種、人生を歩んできた人たちに出会えるのでとても楽しいですね。
一緒に発声を学んだ一部上場の大手企業の会長さんと友達になり、カラオケに行ったこともありました。そんなこと、ここに通わなければ絶対になかったと思います。
杉山:再び声を獲得して明るくなっていく会員さんと、その家族の姿を見るのは本当にうれしく、団体に関わって良かったと感じますね。
――恥ずかしながら、私もこういった発声方法があることを知りませんでした。知られていないことで、声帯摘出者の方々が困っていることもあるのではないしょうか?
杉山:生活をしていて悲しいのは、周りの方に避けられることです。例えば、電車でこの声で話していると、隣の席の人が移動したり、驚かれたりすることがあるんです。
――確かにこうした発声方法があるということを知らないと「苦しそうだな」「体調が悪いのかな」と感じる方もいるでしょうね。
太田:声が出る場所が一般の方とは違うので、苦しそうに聞こえて「太田さん無理しなくていいよ」と話をさえぎられてしまうこともあります。でも、全くそんなことはないんですよ。呼吸するところと声を出すところが違いますし、カラオケに行くくらいですから。
――読者一人一人が声帯摘出者の方への理解を深めるためにできることは何でしょうか?
杉山:大きな声は出しづらいので、相手が聞き取りづらそうなときは紙に書くこともあるんですけど、それに合わせて相手も紙に書いてくるということがよくあります。私たちは声を失いましたが、耳は聞こえますし、私なんか東京マラソンを完走したくらい体は健康です。
声帯以外は皆さんと同じで、長時間話しても苦しくありません。1人でも多くの方にこのことを分かっていただければと思います。
編集後記
お話にもあった通り、銀鈴会の発声訓練に参加された皆さんは、本当に楽しそうに生き生きと活動をされていている姿が印象的でした。
私たちにできることは、まず声帯を摘出しても声を取り戻す手段があるという事実を知ること。そして、その方々を不自由だと決めつけず、自然に会話をすることだと感じました。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。