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ペットとの共生に必要なのは「動物福祉」の視点。ペット業界は変革時代へ
- 日本のペットショップには「衝動買いを誘う」「透明性が低い」などの問題がある
- 科学的根拠に基づいた「動物にとって良い生活」を考える、動物福祉の観点が重要
- 単純化された情報をうのみにするのではなく、自ら学び判断することが人と動物の共生に必要
取材:日本財団ジャーナル編集部
日本では繁華街やショッピングモール内にペットショップが存在し、多くは透明のショーケースに陳列され、販売されています。ペットを衝動的に購入する人は一定数おり、その一部が飼育を放棄してしまうなどたびたび問題になっています。
また、劣悪な環境でペットショップや繁殖場を運営する動物取扱業者が摘発されるニュースを目にしたことがある人も少なくないでしょう。
そのような事態を受け、動物の愛護や管理に関する法律、「動物愛護管理法」はたびたび改正され、2021年には飼養管理(※しようかんり)の基準が具体化。動物取扱業者に対する規制は徐々に厳しくなっています。
- ※ 動物の生理、生態、習性等に適した温度、明るさ、換気、湿度等を確保し、また騒音が防止されるよう、飼養、または保管をする環境を管理すること。特に犬猫等販売業者に関しては厳しい基準が設けられた。「飼養」とは動物を飼い養うこと
一方、海外ではペットショップの在り方が変化してきています。人口の約半数が何らかの動物を飼っているというペット大国フランスでは、2024年より原則として動物のショーケース展示や、ペットショップでの犬・猫の販売が禁止となります。同じくアメリカのニューヨーク州でも2024年12月よりペットショップでの犬・猫・ウサギの販売が禁止に。その背景にはペットを手放す飼い主の増加や、過酷な環境での繁殖や虐待がありました。
日本を含めペットショップの在り方に関する議論は近年活発化しています。
そんな中、「動物と暮らしたいという人がいる中で、『全てのペットショップが悪い』という意見は、少し短絡的ではないかと思います。単純な善悪の二元論ではなく、動物の生態や動物福祉について社会的に理解を深め、人と動物が共生する社会を模索したいです」と、話すのは、獣医であり人と動物の共生社会の実現を目指し活動を行ってきた、人と動物の共生センター(外部リンク)の奥田順之(おくだ・よりゆき)さん。
奥田さんが大切にする人と動物の共生の観点や、ペットショップの課題、これからの在り方について伺いました。
透明性が確保されていない。日本のペット販売の問題点
――日本のペット販売の問題点は、どんなところにあると思いますか?
奥田さん(以下、敬称略):生体販売の主な問題点は、繁殖環境や飼育環境など透明性に欠けているところです。また、繁殖をする現場に外部の目が入りづらく、法規制の実効性も不十分であるため、結果として、繁殖に用いられる犬猫が劣悪な動物福祉の状態となってしまっています。
事業者のレベルは玉石混交で、非常にこだわって繁殖されている方も多くいらっしゃいますが、法で定められた最低限の飼育管理もできていない事業者もいるという状況です。
――「動物福祉」とは何でしょう?「動物愛護」とは違うのでしょうか?
奥田:別の観点ですね。動物愛護というのは、「人間が動物を大切にしたい」という気持ちのことです。
一方の動物福祉は「動物の生きている状態そのもの」のことを指していて、その動物福祉が良い状態にあるか悪い状態にあるかについては、客観的事実、科学的根拠に基づいて、判断されます。人間の「かわいい」「かわいそう」という情緒的な要素は排除し、あくまでも「その動物にとって本当に良い生活を送れているか?」という観点で評価します。
人と動物との共生について冷静に判断し、より良い形を考えていく上では、動物福祉の観点は非常に重要です。
――では、先ほどの日本でのペット販売の問題ですが、なぜ起きているのでしょうか?
奥田:先ほども指摘しましたが、外部の目が入りづらく、社会の声を聞く事よりも業界内の常識だけで判断してしまう状態となっています。つまり、自浄作用が働きにくい状態です。
2019年の法改正で、いわゆる数値規制といわれる、飼育面積の下限や、スタッフ1人あたりに飼育できる頭数の制限が行われましたが、こうした規制にも実効性に疑問が持たれています。一部の事業者では、「実際に就労していない人を、書類上就業したように見せかける」といった脱法行為が行われているという指摘もされており、ペット業界全体の考え方を変えていく必要があると思います。
――2024年にペットの店頭展示販売がフランスでは禁止になるそうですが、日本の店頭展示販売は問題ないのでしょうか?
奥田:店頭展示販売によって衝動買いを誘い、飼い主側にきちんと責任を持つ意識がないままペットを飼い始め、飼育放棄につながるという問題はあると思います。
一方で、犬猫を家庭に迎えたいという人がいる以上、生体販売そのものをやめるということは現実的ではないでしょう。
大切なのは「動物の扱い方」なんです。どうすれば「”適切な方法で”生体販売を行えるか?」を考えていく必要があるでしょう。
――適切な方法とは、どのようなものがあるのでしょうか?
奥田:例えば、展示の方法については改善しなければならない点が少なからずあるでしょう。
犬は非常に社会性の高い動物で、犬が生きていく上で社会性は必要不可欠なんです。この社会性を身に付ける重要な時期が、社会化期と呼ばれる生後4週〜12週までの期間です。
社会化期に他の犬や人と関わり、さまざまな環境での刺激を受けることで、社会性を身に付けていくのですが、現在のショーケース販売の方法では、十分な社会的刺激を得られない状況になってしまっています。社会化期に社会性を身に付ける機会を与えないということは、犬の一生を奪うということです。
ですが、ペットショップのスタッフが十分な行動学的知識・技術を身に付け、展示期間を通じて適切に社会化を促すことができれば、人との関わりを好意的に感じ、扱いやすい犬を育てることができるでしょう。
動物と共に暮らす価値は非常に大きく、生体販売は「人と動物の出会いをつくる」という社会的役割を負っており、全てを否定することはできません。
大切なのはその方法だと思います。
――「ペットショップやショーケース販売=悪」と考えるのは、ちょっと早急すぎるということですね。
奥田:僕はそう思っています。ペットを家族として扱っている人にとって、ペットの存在は生きがいだと思うんです。
透明性を高めていく必要はもちろんありますが、「全てのペットショップをなくせばいい」というのは、安易な考えではないかと思います。
――では、今後ペット業界はどのような変化を求められるのでしょうか?
奥田:時代性もありますから、店頭での展示販売は今後縮小していくと思っています。ただ、ペットを飼いたいという人のニーズはなくならないので、ペットショップはブリーダー(※)との仲介的な役割になっていくのではないでしょうか。
- ※ ペットや家畜などの動物の繁殖(ブリーディング)、飼育、販売を行う仕事を指す。優良ブリーダーの場合、育った環境や親の情報などが分かることから、ペットショップで買うより安心できるとされている
――そうなると、ペットショップがこれまでの業態から変わらないといけなくなりますね。
奥田:そうですね。それについていけず廃業する企業も増えると思います。これまでも動物愛護管理法改正のたびに、廃業する企業はたくさんありましたから。
一方で、既存の産業が変わっていくにはどうしても時間がかかる面があります。法的な規制だけで円滑な変化を促せるわけではないので、「ペット業界自身がアップデートしようとする空気」も醸成していかないといけません。
時代の流れが変わっていく中、危機感を抱く業界関係者の数は多くなっています。既存のやり方を変えなければと感じているものの、どうすればいいか分からないというような状態です。
私自身こうした業界の課題感に対して、「どう変化したらいいのか?」を具体的に示せるようにしていきたいと考えています。
ペット業界の経営者・スタッフが将来を見据えて社会に提供できる価値を考え、アクションを起こしていくことを期待しています。
動物愛護と動物福祉の違い。人と動物の共生に必要なこと
――人と動物の共生センターではペット業界に対してどのような活動を行っているのでしょうか?
奥田:私たちはペットショップや業界の団体と協働して、内側からペット業界を良くしていこうという活動を行っています。
ペット産業CSR白書(※1)を発行したり、シンポジウムを主催したり、2022年は全国に100店舗のペットショップを運営している株式会社AHBのアドバイザリーボード(※2)設置のため、アドバイザーとして参加したこともありました。
- ※ 1.CSRとは「企業の社会的責任」のこと。白書とは現状の分析と将来の展望をまとめた実状報告書
- ※ 2.主に社外の有識者や業界の専門家などによって構成される、企業の経営陣に対して助言や意見を提供する経営諮問委員会のこと
奥田:私たちは、「動物だけを守れればいい」とは考えていません。動物を飼育する人、動物を飼育していない周囲の人、動物の三者の福祉が守られた社会を、人と動物の共生社会であると定義し、そうした社会を目指しています。
ペット産業に関しても、「つぶせばいい」というスタンスではなく、「ペット産業との対話の中から、進化を促す」というスタンスで関わっています。
――動物を飼育する人側には主にどういった取り組みをしているのですか?
奥田:一例として、生活保護受給者等の「生活困窮者へのペット飼育支援」を行っています。
犬猫が家庭の中で過剰に増えてしまう多頭飼育崩壊の背景には、飼い主自身の発達障害、精神疾患等による生きづらさや孤独・孤立、経済的困窮があることが指摘されています。
こうした飼い主さんが不適切な飼育に陥らないように支援したり、多頭飼育状態になってしまった家庭に介入して数を減らしたり、生活環境を整備したりという支援を行っています。
――「生活保護受給者は動物を飼ってはいけない」という論調もありそうですね。
奥田:動物を適切に飼育するにはある程度の金銭が必要ですから、動物愛護の観点から見ればそうかもしれません。
一方で、「特定の人は動物を飼育してはいけない」とするのは、人権の制限と考えられます。非常に孤独な身の上で、「動物だけが生きがい」という人がいたときに、飼育を制限するのは絶対的な正義とは言えないでしょう。
私たちは、「誰もが動物と暮らせるという権利」を守れるように、適切な支援が必要ではないかと考えています。
善悪の二元論ではなく、正しいことを自分で判断する
――人と動物の共生について、読者一人一人ができることとはどんなことでしょうか?
奥田:ただかわいいというだけでは動物は守れないので、動物を飼っている人はそれぞれの生態や習性、動物福祉について勉強した上で、動物を大切にしてほしいと思います。
「あなたの考える動物観は本当に合っているのか?」ということですよね。
奥田:そこまでできて初めて、自分の家族である動物を大切にするファーストステップになるかなと思います。
――学ぶことが大切ですね。
奥田:はい。ゼロかイチか、善か悪かみたいな分かりやすい二元論には陥らず、さまざまな情報を集めて、しっかりと客観的事実を把握してほしいです。その上で、何が正しくて何が正しくないのかは自分で判断してほしいと思います。
一人一人が倫理的に考えて行動を起こす。全ての社会課題に通じる大事なことだと思います。
編集後記
動物福祉という観点を初めて知りました。動物愛護は主体が人、動物福祉は主体が動物とのこと。当事者のことを学ばないと課題が解決しないのは人も動物も同じですね。感情論に流されず、飼える責任を背負えるかどうか考えることが大事だなと思いました。
〈プロフィール〉
奥田順之(おくだ・よりゆき)
1985年生まれ。2012年NPO法人人と動物の共生センター設立。適正飼育の普及のため、犬のしつけ教室ONELife/ぎふ動物行動クリニックを運営。2017年獣医行動診療科認定医取得。ペット産業の適正化を目指し、ペット関連企業や業界団体らと積極的に対話を行い、発刊物の監修や調査提言を行う。著書に「動物の精神科医が教える犬の咬みグセ解決塾」「ペット産業CSR白書-生体販売の社会的責任-」がある。
人と動物の共生センター 公式サイト(外部リンク)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。