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ウェルビーイング(well-being)研究者・前野隆司教授に聞く「人生100年時代」の幸せな生き方

日本における「ウェルビーイング(well-being)」や「幸福学」研究の第一人者、前野隆司さん
この記事のPOINT!
  • 幸せには「長続きする幸せ」と「長続きしない幸せ」の2種類がある
  • 社会貢献やボランティアといった利他(※)的な行いと、「幸福度」の相関関係は深い
  • 利他の心を育て周りに幸せの輪を広げていくことが、長く幸福でいられる社会につながる
  • 自分よりも他人の幸福を願うこと

取材:日本財団ジャーナル編集部

近年、よく目や耳にする「人生100年時代」という言葉。ロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットンさんが、著書『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』の中で用いた言葉で、この本の中でリンダさんは「世界的に長寿化が進み、2007年に日本で生まれた子どもの半分は、107年以上生きる時代が到来する」と予測。さまざまな視点からライフスタイルの見直しが必要だと提唱しています。

今、まさに超高齢化が進み世界一の長寿社会を迎えた日本では、年齢を問わず、全ての人が活躍できる場所や、安心して暮らせる社会をつくることが大きな課題となっています。

そこで今回は、日本における「ウェルビーイング(well-being※)」や「幸福学」研究の第一人者である慶応義塾大学教授の前野隆司(まえの・たかし)さんに、これから求められる働き方、生き方についてインタビューを行いました。

  • 身体的・精神的・社会的に良好な状態。特に、社会福祉が充実し満足できる生活状態にあること

前野さんは、日本財団が2023年12月1日に開催したシンポジウム「人生100年時代における幸福感を考える」(別タブで開く)にも登壇し、リンダ・グラットンさん、脳科学者の茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)さんらと共に、「人生の後期にどのような選択をすれば豊かな人生を送り幸福感を得られるのか」をテーマに熱いパネルディスカッションも繰り広げました。

今記事では、同シンポジウムの内容も振り返りながら、幸せに生きるためのヒントを伺います。

長続きする幸せと、長続きしない幸せ

――早速ですが、前野教授の研究・活動内容について教えてください。そもそも「ウェルビーイング(well-being)」とは何でしょうか?

前野さん(以下、敬称略):「ウェルビーイング(well-being)」とは、「身体的・精神的・社会的に良好な状態」のことを指す言葉で、1946年に世界保健機関(WHO)が設立された際に、「健康」を定義づける言葉として使われたのが始まりです。

日本語では「健康」や「良い人生」、「満ち足りた状態」などいろんな訳し方をされていますが、“心と体と社会がいい状態”と考えると分かりやすいでしょう。

僕はもともとAI技術やロボットの研究をしていたので、単に「ウェルビーイング(well-being)とは何か」を明らかにするだけでなく、これを応用して人々を幸せにする製品やサービスの開発、職場や環境づくりなど、人々が幸せに働いたり、学んだりできる仕組みづくりに取り組んでいます。

前野さんは20年以上にわたって「ウェルビーング(well-being)」「幸福学」を研究している

――前野教授は著書などで「幸せ」には長続きするものと、長続きしないものがあると提唱されていますが、どんな違いがあるんでしょうか?

前野:「長続きしない幸せ」は「地位財」によって得た幸せです。社会的地位やお金、モノなど、人と他人と比較することで得られる幸せは長続きしないんですね。

ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏の研究によると、一定水準までは収入が上がるほど幸福度も増えていくものの、水準を超えるとそれ以上幸福度は上昇しなくなるという研究結果を発表しています。

一方、「長続きする幸せ」とは「非地位財」による幸せを指します。「非地位財」とは、健康や環境による幸せに加えて、愛情ややりがい、自由など、お金では買うことができないもののこと。私は、人間はどんなときに幸せを感じるのかを研究し、因子分析によって4つの「幸せ因子」に整理しました。

1.「やってみよう」因子(自己実現と成長)

夢や目標を見つけ、それに向かって努力したり、成長したりしていくとき、幸福度は増します。逆に、「やらされている感」を持っている人や、やりたくない、やる気がないのに行動している人は幸福度が低いです。

2.「ありがとう」因子(つながりと感謝)

周囲にいるさまざまな人とのつながりを大切にする人、感謝の気持ちを持っている人や、思いやりがあり、親切な人は幸せです。逆に、孤独感や孤立は幸福度を下げます。

3.「なんとかなる」因子(前向きと楽観)

どんなことも楽観的に捉えることができ、常にチャレンジ精神をもって取り組んでいる人は幸せです。

4.「ありのままに」因子(独立と自分らしさ)

他人と比較することなく、自分らしく生きている人は幸福度が高く、人と自分を比べ過ぎる人は幸福度が低い傾向があります。

イラスト:4つの幸せ因子を表す4つ葉のクローバー
前野さんが提唱する幸福感と深い相関関係にある4つの因子。画像提供:前野隆司

前野:この4つの因子がバランスよく満たされれば人は幸せになれる。つまり、「夢や目標を持ち、人とのつながりを大切にしていて、思いやりがあって、ポジティブで、自分らしく生きている人が幸せ」ということになります。

幸福度が高い人は創造性が3倍、生産性が30パーセント高いなどの研究結果があるほか、長寿ともとても関係が深くて、スウェーデンの社会学者、ラルス・トルンスタム教授の研究では、85歳以上の超高齢者と呼ばれる人々は極めて幸福度が高く、さまざまな欲や自己中心さがなくなり、「生きているだけで幸せ」と感謝の気持ちが強まるというデータもあります。

――長寿社会を幸せに生きるためにはこの4つの因子が重要なんですね。前野教授はよく「利他的な人は幸せだ」と話されていますが、なぜ利他的な人は幸せになれるんでしょうか?

前野:これまでにも、世界中で利他性と幸福度の関係にまつわるさまざまな実験や研究が行われてきました。

例えば、お金を自分のために使った人と他人のために使った人とでは、他人のために使った人の方が明らかに幸福度が高い、積極的に寄付やボランティア活動に参加している人は幸福度が高いなど、利他的な人は幸せであるという研究結果が出ているんです。

興味深いことに、無理やりボランティアに参加した人も、幸福度が高い傾向にあります。自分がしたことで誰かが幸せになり、結果として社会全体が良くなって、みんなが幸せになる――。それを実感することが、自らの幸せにつながるんだと思います。だから、社会貢献と幸福度も相関関係が深いといえます。

利他の心は幸せに生きるための第一歩

――前野教授やリンダ・グラットンさん、茂木健一郎さんが登壇されたシンポジウム「人生100年時代における幸福感を考える」でも社会貢献と幸福度との関係性が話されました。「人生100年時代」という言葉の生みの親であるリンダさんは講演で、これまで私たちは「学ぶ」「働く」「老後」という3つのステージで人生を考えるのが一般的だったけれど、人生100年時代においては、年齢を重ねても新たな学びを繰り返しながら、積極的に挑戦し続ける「マルチステージ」の生き方が必要だと話されていましたね。

前野:何歳になっても学んだり、新しいことにチャレンジしたりしてどんどん変化をしていくということは、まさに幸せに生きる条件そのものなんです。

「年を取ってまで新しいことを始めるなんて」とか「何歳まで働かなければいけないんだ」と苦痛に思う人もいるかもしれませんが、実際に行動に移したときに得られる喜びは大きいと思います。

また、リンダさんはどれだけ稼いで貯金したか「有形資産」よりも、一人一人の知識やスキル、健康状態、成長する力などの「無形資産」が重要だとも話していましたが、幸福学の研究にも通じるものがあります。

シンポジウム「人生100年時代における幸福感を考える」より、「マルチライフステージ」の重要性について語るリンダ・グラットンさん

――20代の若い世代にとっては「人生100年時代」と言われても、「まだまだ先のことだから……」とあまりピンと来ないかもしれません。今のうちから、誰もが心豊かに生きられる社会を実現するために何かできることはありますか?

前野:まずは没頭できる趣味を見つけること。本当に幸せになるための鍵は「利他」ですが、心に余裕がなければ、誰かのために何かをしようと思うことすらできない。だから、まずは自分の心を満たすための手段が必要なんですね。

もう1つは、利他の心を育てること。といっても、いきなり休日にボランティア活動に参加するなど、ハードルを上げる必要はありません。

例えば、スーパーやコンビニで買い物をするときに店員さんに「ありがとう」と伝えるとか、小さなことからでいいと思います。「ありがとう」と言われた人は幸福度が上がって「もっと仕事を頑張ろう」と思えるし、言った人も気持ちがいい。これが利他の始まりです。

他にも、バスの乗務員さんに挨拶をしたり、電車で高齢者や困っている人に席を譲ったり、レストランを出るときに「ごちそうさまでした」と伝えたり……。それから、誰かに親切にされたら、自分も親切にしようという気持ちが生まれますから、多様なつながりを体験することも大切ですね。

そんな日々の積み重ねで少しずつ育った利他の気持ちが、ボランティアや社会貢献活動への参加にもつながるのではないでしょうか。

前野さん、リンダさん、脳科学者の茂木さんが登壇したパネルディスカッションの様子

前野:あとは、シンポジウムでリンダさんも話していましたが、余裕があればぜひ海外生活を体験してみてほしいですね。僕自身は30歳の時に経験した2年間のカリフォルニア留学を通じて、日本とはまるで違う文化や社会の在り方に触れ、一気に視野が広がりました。

「やってみよう」因子にもつながりますが、これまでとは違う価値観に触れて、多様な人々と出会い、共に過ごすことは、人格形成のためにとても重要だと思います。

お金とは「幸せ」を媒介するためにあるもの

―― 一方、日本では子どもの貧困や教育格差も深刻で、海外留学したくてもできない学生たちも大勢います。こうした現状を踏まえて、大人世代が、誰もが心豊かに生きられる社会を実現するためにできることは何でしょうか?

前野:理想は北欧のような社会の在り方ですよね。スウェーデン、ノルウェー、フィンランドは税率が約50パーセントととても高いのですが、その分、無料で教育や医療が受けられるなど制度が充実していて、どんなに貧しい家庭の子どもたちにも、希望の進路に進むチャンスがあります。

一方日本では、国の保証制度がない分、民間のさまざまな団体が支援活動を行ったり、クラウドファンディングなどを通してさまざまな現状を訴えたり、寄付を募ったりするなどの活動をしています。

まずはこうした活動や、子どもたちを取り巻く環境に関心を持ち、目を留めてほしいです。子ども食堂などボランティア活動に参加するほか、自分自身や家族の遺産を子どもたちの未来のために寄付する「遺贈(いぞう※)寄付」もおすすめです。

――シンポジウムでも「遺贈寄付」が取り上げられていましたが、「遺贈寄付」と幸福度にも相関関係があるのでしょうか?

前野:そもそも「お金」とは、幸せを媒介する存在なんです。人は働いて手にしたお金で食事をしたり物を買ったり、幸せを得た対価としてお金を支払い、新たにお店がお金を得て……というように、お金を介して幸せがどんどん広がっていくわけです。

私は、「遺贈寄付」は人生最後の利他だと考えています。自分が一生懸命貯めたお金を、本当に思いのある団体や活動に寄付をすることは、利他を積み重ね、育ててきた人にとっては、本当に幸福なことではないでしょうか。

家族に遺すことも大切だと思いますが、ある程度のお金を得てしまうと多くの人は、幸せの条件でもある向上心や、利他的な心を失ってしまう。ときには家族間でもめ事に発展してしまうこともありますよね。

そう考えると、「遺贈寄付」は我が子の幸せのためであるとも言えるかもしれません。

リンダさんは講演の最後に、「あなたは何をした人として、世の中に名前を残したいですか?」と問いかけていました。ちょっと極端な表現ですが、家族や知人に「大金持ちだけれど、最期までがめつい人だった」と思われ続けるよりも、「子どもたちの未来のために『遺贈寄付』で社会貢献をした人」として記憶に残る方が素敵だと思いませんか?(笑)

写真:「日本財団夢の奨学金」の奨学生たち
日本財団が取り組む「遺贈寄付」の活用事例(外部リンク)の1つ。写真は社会的養護のもとで暮らした若者の自立及び大学、専門学校等への進学を経済的・精神的な面で支援する「日本財団夢の奨学金」
写真:日本財団が建設を支援した障害児特別支援学校で学ぶ生徒たち
日本財団が取り組む「遺贈寄付」の活用事例(外部リンク)の1つ。写真はミャンマーの障害児特別支援学校の建設

――最後に、前野さんが考える「人生100年時代」を幸せに生きるために、一人一人ができることとは何でしょう?

前野:自分がワクワクすること、ときめくことを見つけることかなと思います。リンダさんが提唱しているように、もはや65歳でリタイアして終わりという時代ではない、新しい楽しみを見つけたり、挑戦し続けたりしていくことで人生がどんどん幸せになっていくと思います。

僕は58歳から書道を始めたのですが、90歳くらいになったら書家になりたいんと思っているんですよ。そんなワクワクする夢があると、100歳を迎えるのが楽しみになりますよね。

さらに言うと、生活の中で利他の心を育てていくことで、もっと幸福度は増します。

お金持ちになってもならなくても、資産をみんなのために循環させて、より良い日本、より良い世界に変わっていくことを願いながら一生を終えたいものですね。

「90歳になったら書家になりたい」と笑顔で夢を語る前野さん

編集後記

利他の心が、自分自身の幸せにもつながっていることに、改めて気付きました。もう1つ印象的だったのが、常に笑顔の前野教授とお話をしていると、周囲も自然と笑顔になり、和やかな雰囲気に包まれるということ。

「人生100年時代」、本当に100年も生きられるのだとしたら、ワクワクしながらハッピーに過ごしたい。そう考える人は多いのではないでしょうか。まずは、今日、目の前にいる人を笑顔にすることから始めてみませんか?

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

前野隆司(まえの・たかし)

慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授、同大学ウェルビーイングリサーチセンター長。博士(工学)。キヤノンなどを経て現職。2024根年4月から武蔵野大学ウェルビーイング学部長兼任予定。幸福学、幸福経営学、イノベーションの研究・教育を行っている。著書に『ディストピア禍の新・幸福論』『ウェルビーイング』『幸せな職場の経営学』『幸せのメカニズム』『脳はなぜ「心」を作ったのか』など多数。

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