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「100年生きたい社会」ってどんな社会? 「100年生活カフェ かたりば」と一緒に考える
- 人生100年時代、100歳まで生きたくないと考えている人は全体の7割にも及ぶ
- 100年生活者研究所は、カフェでの対話などを通して「人生100年時代の幸せ」を研究する実験的な場所
- ごちゃまぜな街をつくり多様な考え方を受け入れることが、100年生きたい社会の実現につながる
取材:日本財団ジャーナル編集部
あなたは、100歳まで生きたいと思いますか?
この問いに対し、「100歳まで生きたくない」と答えた人が全体の7割にも上るという調査結果が明らかになりました。
この調査を行ったのは、広告会社博報堂の「100年生活者研究所」です。同研究所では、人生100年時代の幸せや、100年生活したいと思う社会にするためには何をすればいいのかを探究しています。大きな特徴として、組織外の意見やアイデアを取り入れ、新たな技術やサービスの開発を行う「リビングラボ(生活空間+実験場所)」という方式をとっています。
その取り組みの一環として、高齢者が多く集まる街、東京・巣鴨に「100年生活カフェ かたりば」を2023年3月にオープンしました。訪れたお客さんのリアルな声を聞くことで、100年生きることの幸せを生み出すアイデアを出し合い、それを検証・発信する試みだといいます。
今回、100年生活者研究所の大高香世(おおたか・かよ)さんにお話を伺いました。
高齢化先進国の日本で、人生100年時代の幸せを探究
――100年生活者研究所を設立したきっかけを教えてください。
大高さん(以下、敬称略):日本は高齢化率、平均寿命ともに世界トップで、高齢化先進国といわれています。その日本で高齢化にも対応した社会を実現し、他の国でも取り入れられるような新しいモデルをつくり、発信していきたいと考えました。
また人生が100年に伸びることによって、生活、教育、健康などさまざまなもののあり方が変わっていくと思います。人生80年時代では「学び20年、働き40年、老後20年」という人生設計でしたが、人生100年時代となれば、学びの20年のあとは働いたり学んだりと、もっと多様な生き方になるはずです。
企業や自治体もそれに合わせて変えていかなければいけないことがあると思うので、そのサポートをすることも目的とし、研究を行っています。
――100年生活者研究所では、組織外の意見やアイデアを取り入れ、研究を進めるリビングラボという形を取っているとのことですが、その理由はなんでしょう?
大高:従来の研究所のような方法ではなく、今の時代にあった、より多様でサステナブルな研究方法をとりたいという思いがあったからです。
これまでの研究所というのは、内々で調査を行い、その調査結果を誰にも見せずに分析し、そのまとまった結果を「○○白書」やシンポジウムのような形で発表することが多かったんです。ただ、私がもともと博報堂で共創マーケティング(※)の会社を立ち上げ、10年ほど経営していたこともあり、立場の違ういろんな人が力を合わせて商品やサービスを生み出す力の大きさを実感していました。
ですので、企画の段階から多様な人たちに携っていただき、声を聞いたり、アイデアをもらい、一緒につくっていったりすることで、より広い視点での研究が可能になると考えたからです。
- ※ 企業が自社だけでなく他企業や生活者と共にマーケティング活動を行うこと。参考:商品開発だけじゃない! いま注目される「共創マーケティング」とは? (1/3):MarkeZine(マーケジン)(外部リンク)
――「100年生活カフェ かたりば」を巣鴨につくったのは、高齢者の声を聞きやすいという理由からでしょうか?
大高:そうですね。まずは100歳に近い方々からリアルなお話を伺いたいという思いがありました。
一方で私たちはこの研究所を、シニア研究の場とは捉えていないんです。人生が100年になることによって、幸せのあり方や、生き方に変化が起きますが、それは高齢者の方だけの問題ではなく、若い方たちにも関係のある話です。
実際、最年少ですと高校2年生の方が参加したこともあります。年齢を問わず、訪れた方のお話を伺っています。
――実際にカフェを訪れた方には、どのようにしてお話を聞いているのでしょうか?
大高:最初に伺う質問は決まっていて、「人生100年時代といわれますが、100歳まで生きたいと思いますか?」というものです。そのあとは普段の生活や、好きなもの、そこから徐々に未来についてのお話を聞いていきます。インタビューというより、本当におしゃべりをしているような形ですね。
――「100歳まで生きたいと思いますか?」という質問には、皆さんどのように答えていますか?
大高:100年生活者研究所全体の調査結果となりますが、約4割の方が「あまりそうは思わない」、約3割の方が「全くそう思わない」と答えています。全体の7割もの人が、100歳まで生きたくないと考えているわけです。
ただ、今の時代というのは、言い方が少し難しいですが、望もうが望むまいが「100歳まで生きてしまうかもしれない」時代だと思います。だとすれば、人生100年まで生きるというのはどういうことなのか、みんなで考えるきっかけが必要ではないかと思っています。
――100歳まで生きたくないと答える理由は何なのでしょうか?
大高:ほとんどの方がおっしゃるのは、「人に迷惑をかけてまで生きていたくない」ということでした。その気持ちは私にも分かります。ただ、人間は生きていれば必ず誰かのお世話になっているわけで……。
例えば赤ちゃんの頃は保護者の世話なしには生きていけませんし、社会人となっても同僚や先輩、後輩、得意先などみんなに支えられて仕事をしています。「年齢を重ねたら、またちょっとお世話になると思ってもらえるといいんじゃないですか」とお話しすると「確かにそうだよね」と皆さんおっしゃいますね。
――「人に迷惑をかけるのを嫌がる」というのは日本の国民性のような気もしますね。
大高:私もそう思っていたのですが、2024年3月に行ったアメリカ、中国、フィンランド、韓国、ドイツを対象とした国際調査の結果を見ると、どの国でも6割から8割くらいの人たちが「自分が長生きすることでみんなに迷惑をかけたくない」と答えていました。
一方で、他国とは明らかな差が出ている部分もあって、「100歳まで生きることを『チャンスが増える』と捉えている」「100歳の人が幸せそうに見える」という問いに対して、肯定的な回答をした日本人は極端に少なかったんです。日本人は100歳まで生きることについて、ネガティブな面に目を向けやすい傾向にあることが分かってきました。
人生100年時代はマルチなルートで楽しむ
――他にも、皆さんの声を聞く中で課題だと思う点はありましたか?
大高:人生の捉え方を変えないといけないという点でしょうか。先ほどもお話ししましたが、人生80年時代の「学び20年、働き40年、老後20年」という考え方を引き継ぐと、老後が40年に増えることになり、つらいと思います。
なので学びの20年を超えたあとは、仕事以外にも子育て、学び直し、ボランティア副業などを行ったり来たりできるようになると、未来も楽しいと思うんです。なるべく若いときからシングルではなく、マルチなルートを都度選択できる人生というのを考えておくと、人生100年時代もハッピーに生きられると思います。
――100年生活者研究所が考える、誰もが長生きしても生きやすい街というのは、どんな街でしょうか?
大高:これからの街づくりのキーワードは、「ごちゃまぜ」になると思います。
これまでは経済面で効率的に成長するため、仕方がなかった部分もあるとは思うのですが、人を分けた街づくりが一般的でした。例えば障害のある方とない方、年齢などで使う場所を分けるとか、制限をかけるとか……。
教育や仕事もそうですよね。6歳になったら、個々の発達具合などは一切考慮せず、全員小学校に入る。60歳になったら、どんなに活躍していても定年とする。今これだけ社会が成熟して、多様な幸せのあり方が叫ばれる中で、果たしてそれが本当にいいやり方なのだろうかと思うんです。
それを解決するキーワードが、多様な生き方のできるごちゃまぜな街になるのではないかと思います。
――「ごちゃまぜ」についてもう少し具体的に教えてください。
大高:例えば富山県で始まった富山型デイサービス(※)が良い例だと思います。
健常者も障害者も未就学児も高齢者も一緒になって過ごせる小規模・多機能・地域密着型の福祉サービス空間なのですが、若いうちにそのような場所で過ごした経験があると、人の生き方やあり方が多様であっていいということが学べます。
ちょっとの迷惑にも寛容になれるし、何より自分が高齢になったときに頼れる人や場所があるということなので、安心して年を取ることができるんじゃないでしょうか。
高齢者のために、障害者のためになどといって社会を分けるのではなく、最初から誰もが100歳まで生きることを想定しておくことが重要だと思っています。
多様な考え方に触れて認め合うことが、成熟した社会につながる
――100年生活者研究所が実現したい社会とはなんでしょうか?
大高:小さな希望と大きな希望の2つあります。
小さな希望は、個人に対する希望で、年を取ることが悪くない、むしろ楽しいと思える意識を広げていくことです。日本では「老」という文字が付く言葉は、ネガティブな意味で捉えられることが多いじゃないですか。一方で中国での「老」は、大先生や味のあるというような意味で捉えられています。
調査結果でも年を取ることをポジティブに捉える国も多くありました。時間がかかるかもしませんが、日本で徐々に意識が変わっていくといいなと思っています。
大きな希望は、社会に対する希望で、「ごちゃまぜな街」のモデルを1つは実現させることです。社会にあるいろいろな壁を取り払って、縦や横だけでなく斜めの関係も含めて交流していくことこそが、成熟した社会の幸せをつくっていくことにつながると考えています。
――人生100年時代を楽しく生きられるような社会にするために、私たち一人一人ができることはどんなことでしょうか?
大高:小さな頃からいろいろな考え方に触れ、多様な考え方があると認められるようにすることが第一歩だと思っています。
自分と違う考えや主張を目にすると、イライラしてしまいますよね。多分、そのイライラが発展して、分断を生んでしまっていると思うんです。でも、自分と違う考えに染まる必要はありません。「そういう意見もある」と受け入れることが小さな一歩になると思います。
大高:あとは生きていることに感謝できるかというのも大きいですよね。ここにいらっしゃる方で、「朝起きた時に太陽に向かって『おはよう!』と言うと、すごく気持ち良く一日を始められる」とおっしゃった方がいて、「なんて素敵なんだろう」と感じたんです。
生きていることに感謝して、今日も精いっぱい頑張ろうと思える、そんな日々の先に幸せな100年生活というのが待っているような気がします。
編集後記
取材を通して、老後や100歳の自分について考えました。あまり現実味がなく、遠い未来にある気がしていましたが、今の日々のあり方、生き方を見つめ直すことが、人生100年時代を幸せに生き、ウェルビーイング(well-being※)を実現することにつながるのだと気付かされました。
100歳の自分のイメージがより良くなるよう、考え、行動していきたいと思います。
- ※ 身体的・精神的・社会的に良好な状態。特に、社会福祉が充実し満足できる生活状態にあること
撮影:永西永実
〈プロフィール〉
大高香世(おおたか・かよ)
100年生活者研究所所長。1990年博報堂入社。マーケターとして戦略の立案や、新商品開発/新規事業の立ち上げなどを担当。一方で様々なワークショップのファシリテーターとしても活動。2013年、共創型のオープンイノベーションを提供する新会社「株式会社VoiceVision」を設立。2023年100年生活者研究所の所長に就任する。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。